1998 Nov. 後期 (Arcana 18)

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過去のお言葉

Nov. 23th(Mon.)

正午過ぎまで寝ていて、午後は一時間半ほどチェロの練習。 夕方から洗濯に掃除、食材の買い出しなどドメスティックな一日を過ごす。 夜は翻訳など書き物の仕事。

Book Guide 1999 を久しぶりに更新。 今回は一度読み出したら止められないようなエンタテイメントを 選んでみました。苦手なジャンルなので、あんまり気の利いたセレクト ではないです。

山一證券の事件から丁度一年くらいがたったようで、 TVをつけるとたまたまその特集をやっていた。 一年前にはあの泣きながら謝る会見があまりにインパクトがあったものだから、 何を醜態を見せているんだ、とあきれかえって見ていたものだった。 不況のせいもあるとは言え、要は不正と会社運営の誤ちから倒産したわけで、 そのあらましを明らかにし、 社員達や関係会社に対する内外へのこれからの対処を、 冷静に発表してしかるべき場所で、 泣いて謝罪してすむなら経営者はいらない。 部外者なものだから、身勝手に以上のように考えていたのだが、 一年たって冷静に考えてみると、そうではないのかも知れないなあ、 と思いなおした。

というのも、日本において「法人」というのは本当に「人」 と思われているらしい、と気付いたらである。 普通は「法人」というのは一つの法律上の方便に過ぎない。 一人の人として扱った方が便利なことが手続き上たくさんあるからだ。 多分、日本以外の国では基本的にそう思われていると思う。 だから会社の犯罪というものは基本的にない。 それは経営者や、担当者や、とにかく誰か個人が起こした犯罪であり、 犯人が釈明をし、または責任をとってさばかれるものだ。 会社が倒産したのは、 だれそれが会社の資金を私的に着服した上にディリバティブの 計算を間違えたからであり、 公害が発生したのは工場設計の段階でだれそれが 公害対策よりも利益を重んじたからである。 しかるに、日本には法人という名の人が存在する。 それは社員達によってゴーレムかフランケンシュタイン博士の怪物のように、 創られて命を吹きこまれているのである。 しかし、やっぱり人造人間だから、身体が大きくって力が強くっても、魂はなくて、 何を考えているかよくわからず、どこかおかしくて、不気味である。 日本の会社には本社ビルの上の方に、きっとその巨大なゴーレムがいて 社員はそのゴーレムを愛しているのである。 世間の人はゴーレムが悪いことをしたって言うけど、 それは誰のせいでもゴーレムのせいでもないんだ。 でもみんなは悪いことをしたから、僕らのゴーレムを殺せって言う。 みんな何も分かっちゃいない。ゴーレムはただゴーレムなのに。 ゴーレムの葬式には僕らで涙ながらに彼の思い出話をし、 たくさんの花を捧げるだろう。

Nov. 24th(Tues.)

午後からBKCへ。留学生数学と暗号ゼミ。 生協に注文していた ThinkPad 235 が届く。 小さくて可愛らしい。これで何処でも仕事ができて、嬉しいなあ… この前会った時にS大のHさんが Plamo Linux がいいようなことを言ってたので、 試してみるか。

特に話題のない一日だったので、また数理経済ミニ講座。
今、某A社の株は100円の値をつけている。 丁度1年後にこの株は 80% の確率で150円に値上がりし、 20% の確率で 50円にまで値下がりすると予測されている。 というのも、既に嘘っぱちデモ宣伝中の素晴しいソフトが納期までに仕上がれば 確実に値は 150 円くらいに上がるのだが、開発者の天才プログラマK氏が 仕事の多さに音を上げて納期に間に合わない可能性が20%くらいあるのだ。 (私は某A社の内部事情に詳しいのである。) 儲かりそうな株だが、20 % もの確率で半額になってしまうのはかなり痛い。 そこでこのリスクを回避するために、 「1 年後にA社の株を 100 円で売る権利」を売ってくれるように、 A社の社長に持ちかけることにした。 これはディリバティブの一種でヨーロピアン・プット・オプションと呼ばれている。 すなわちヨーロッパ型(未来の決まった時点でのみ行使できる)で、 プット型(売りつける権利)のオプション商品である。 これがあればA社の株で損は絶対にしない。 なぜなら、株が 50 円に下がった時はこの権利を行使して100円で売れば、 100円で買って100円で売ったのだから損はない。 株が150円に上がった時は、もちろん「権利」を行使せず、 黙って150円で売れば50円の儲けである。
ではここで問題。この「権利」の適切な値段はいくら?

まず素朴な解答。この「権利」によって、僕の1年後の利益は、 80 % の確率で50円儲かり、20 % の確率で損得なしになるから、 儲けの期待値は 50*(80/100) + 0 * (20/100) = 40 円である。 この「権利」によって、僕は確実に損をせず、 40円の期待値の儲けを出すことができる。したがって、 この「権利」の値段も 40 円とすべきである。

もう少しひねった解答。ちょっと待て。この「権利」を買っていない時の 期待値を計算していなかった。80%の確率で50円儲け、20%の確率で50円損だから、 期待値は 50*(80/100) + (-50)*(20/100) = 40 - 10 = 30 円。 ということはこの「権利」は元来 30円だった期待値を 40 円に底上げ してくれたものと考えられる。 よってこの「権利」の値段はその差額 10円である。

それでは、最後に本命の解答を述べよう。
その値段を x とおく。 株を a 単位購入すると同時にこのオプションを b 単位買う。 すると出費は - 100*a - x*b である。 1年後、株が値上りしていれば、株を売って 150*a の収入があり、 収支は -100*a - x*b + 150*a = 50*a - x*b 円である。 株が値下りしていれば、権利を行使して、b 単位の株については 100円で売り、(a-b)単位の株については50円の値段で売るから、 収支は -100*a - x*b + 100*b + 50*(a-b) = -50*a + 50*b -x*b 円である。 ここで a = 1/2, b=1 とおくと、どちらの未来でも等しく 25-x 円の収支となる。 したがって、この権利が 25 円以下ならば、以上の戦略をとれば、 未来がどっちに転ぼうが同じだけ儲かってしまう。 また逆に権利を売る立場に立てば 25円以上ならまた確実に儲かってしまう。 よってこの権利の値段は 25 円でなくてはならない。

注意すべきことは、この権利の値段は未来を決める確率に全く 関係ないということである。

Nov. 25th(Wed.)

午前、午後とも情報処理演習。 夜はI御大と京都駅近くの阪急ホテルで一緒に食事して帰宅。

昨日のオプション価格の計算は非常に簡単だが、 実は、人類がこの考え方に達したのはごくごく最近のことである。 何故だろう。オプションの評価問題そのものは少なくとも、 オランダのチューリップ相場の頃からあったので、 これはとても不思議なことだと思う。 昨日の書き方ではちょっとごまかしたが、空売りが計算に入るからだろうか (実は昨日の戦略ではオプションを空売りしている)。 いや、空売りそのものはずっと昔からあったことだ。 何かが人間の思考をブロックしていたのである。 非常に不思議なことだ。

Nov. 26th(Thurs.)

午前中はチェロの練習をして、午後からBKCへ。 ネットワーク関係の会議に顔だけ出す。 どうやら、またしてもNT○にしてやられたようで、 皆さん困っておられるようだった。 ここで実名を出すのもどうかと思うので伏せ字を入れさせていただくが、 Ac**lar1100 はいつになったら公約通りに動くのか、 もはや誰にも予想できない。最初からシ○コにしておけば、、、 などという今さらな意見も出ていたが、 どうなっていくのやら。

会議の後、一旦自宅に帰って、ちょっとチェロをさらい、 18時から膳所にてレッスン。 速弾きの練習で、「へとへとになるまで練習すると、 ほどよく力の抜けた感じが把めます」というもっともな アドバイスなどを頂いたり。 その他にはやはり左手のポジション移動が難しい。 最近はかなり弾いても疲れなくなってきたし、 フレーズを解釈をしてメロディックに弾く練習などもあって、 とても楽しい。

今日の読書。「賭博者」(ドストエフスキ)。

Nov. 27th(Fri.)

午後よりBKCへ。
来年の卒業研究の説明会。僕が面倒を見る来年の卒研生は、 暗号三名、確率論二名、プラスアルファ。ということらしい。 来年は院生も増えるから、最低でも三つゼミを組織するということか、、、

学系会議の後、帰宅。 逃避行動として、 最近復活した PentiumPro マシンに Linuxをインストールして、 ネームサーバにしてみたり(その暇あったら仕事しろ)。 たった4台の環境でネームサーバ立てる必要など、どこにもないのだが。

ところで、もうすぐ「1000人のチェロコンサート」 というものがあるのだが、 日本に1000人もチェロ弾きがいたのだなあ。 いや、声をかけて集まったのが1000人ということは、 実際はその数倍はいるのだろう。 マイナーなようでいて、実は非常に広く愛されている楽器なのだろうか。

ところで、日本で一番多い(たくさん売れた)楽器は何か御存知ですか?

Nov. 28th(Sat.)-29th(Sun.)

チェロを弾いたり、コンピュータをいじったり、 読書をしたり、音楽を聴いたり、その合間に仕事をしたり、 普通の土日。

年末が近づいたなあ、と感じるのは、来年の手帳のコーナーが 文房具屋に出来る頃だろうか。
ちなみに私はここ数年、(ちょっと恥ずかしいが)「超整理手帳」を使っている。 さらにちなみに自分のオフィスでは(さらに恥ずかしいが)「超整理法」を使っている。 野口先生の言うほど一般的な効果があるかどうかはわからないが、 少なくとも大学に勤める人間には非常にフィットしていると思う。 超整理法について知らない人は中公新書の「超整理法」を参照のこと。

手帳に決まった予定と、電話番号さえ書いておけば良い人、 つまり備忘録として手帳を使っている人にとっては、 手帳は好きなデザインのものを選べば良いだけだが、 手帳を相手にスケジュールをこねくりまわして、 他の仕事の時間や自分のための時間をなんとかひねり出さなければならない人は、 手帳に対して何らかの「個人的見解」を持つことになる。

そういった私の見解の一つは、手帳(スケジュール帳)は 「少なくとも一ヶ月分が一目で見渡せなければならない」 である。これが一番重要なので、 他はまあ好みの問題であると思う。 実際、重要なデッドラインは最低でも一週間以上未来にある時から、 考慮に入れなければならないのだが、 それが今日の日付から距離的にどれくらい先なのかが、 一目で分かる必要があるからだ。 これがページをめくって確認できるのと、一目で同じ平面にあって 分かるのとは全然、劇的に違う。 疑う人は自分の手帳から一ヶ月の壁かけカレンダーに予定を書き写してみるといい。 実際、非常に多忙で有能な人には、一ヶ月カレンダーを A4 コピーして手帳代わりに持ち歩いている人がいる。 普通の手帳の一ヶ月スケジュールでも良いのだが、 あれは書きこむのに狭すぎる。どうしても一ヶ月で A4 の広さはいる。 そうすると、持ち歩く手帳の候補としては、 A4 以上の大型手帳、一ヶ月カレンダーをコピーして自作、 超整理手帳の三通りしかない。(超整理手帳では一目六週間分が 蛇腹に折りたたまれている) この中では多分、カレンダーをコピーする手が一番良いと思うのだが、 流石に持ちあるくのに抵抗があって、出来合いの超整理手帳を使っている。

Nov. 30th(Mon.)

午後から BKC へ。明日は午後全てが会議なので、 火曜定例の暗号ゼミを今日やる。RSA のアルゴリズムなど。

即自宅に帰って、チェロを弾いたり、自宅のコンピュータの設定をしたり、 本を読んだりする合い間に、今日締切の仕事をする。 内容は昔作ったライブラリの英訳。 コンピュータの設定は、某 A 社の天才プログラマ K 氏が書いた Open Design の特集本を参考にしながら、 NFS を使って最近復活した samsara をファイルサーバにしてみたり。 ちなみに僕はコンピュータのホスト名に香水の名前をつける。 今の所、samsara, dune, tresor, poison とつけてきている。 名前をつけるで思い出したが、その昔作ったライブラリの名前は 'CypherFuncs' と言う。原作者の権利として僕が名前をつけたのだが、 もちろん「駄洒落」である。 名前をつけるというのには、奇妙な楽しさがあるものである。

ところで、日本で一番良く売れている楽器は縦笛だろう、 という方が多かったが、答はハーモニカである。 しかし、答の出所は確かヤマハ調べとかで、正確なものではないだろうから、 本当は縦笛が一番かもしれない。 おそらく縦笛、ハーモニカが一位と二位を争っているだろう。 某 A 社の S さんに言われたのだが、日本の初等音楽教育ではハーモニーを 重視しないような気がする。確かにリコーダーをチューニングした記憶はない。 共鳴はその原理上、 正確にチューニングした楽器同士でないと起こらないので、 教えるのが面倒なのだろうか。 二つ以上の楽器がぴたり共鳴するあの感じを(あの感じ、としか言葉では表せないが)、 みんなが子供の頃に味わえればよいのに、と思うのだが。


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