審査員物語34 鷽八百社に行く(後編)

15.07.01

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基に書いております。

審査員物語とは

ここ数日、鷽八百機械工業KKの本社のISO14001の維持審査が行われている。今日は最終日となった。リーダーを勤める三木にも、メンバーの審査員たちにとっても、鷽八百という会社は今まで審査した会社とちょっと感じが違い自分たちの持っているイメージからはどうしようもない会社としか思えない。さて、結果はどうなるのだろうか?

コーヒー 三木は初日以降、本社を拠点にして本社と東京都内にあるいくつかの事業拠点を審査していたが、他の審査員は全国の支社、支店の審査を行って最終日に再び鷽八百本社集合した。5人のメンバー全員が顔を合わせるのは三日ぶりだ。
始業前から審査員控室に集まった。三木は勤務時間外に仕事を強制したくなく、用意されたコーヒーを飲みながら審査の感想などを話しあうのが通常だ。
三木
「どうでしたか、この会社の印象は?」
三木の問いかけに、年配の契約審査員の島田が口を切った。
島田審査員
「いゃあ、この会社には参ったね。『この職場の環境側面は何か?』と聞いても意味が通じないんだ」
それを聞いて小浜審査員があいづちを打つ。
小浜審査員
「同感です。私の場合は、コミュニケーションといっても、ISO規格のコミュニケーションを理解してませんでした」
菊地審査員
「私が席について、では順守評価について審査しますといいましたが、相手は何をしたと思いますか?」
島田審査員
「さあて、想像もつかないけど・・・マニュアルでも必死にめくっていたのかな、アハハハ」
小浜審査員
「そんなところでしょうね」
菊地審査員
「それどころじゃありませんよ、何もせずにじっと私を見ているのです」
小浜審査員
「何もしない?」
菊地審査員
「そうなんです。順守評価という言葉を知らないのです。変だと思ってISOの勉強とか教育をしているのかと聞くと、そのようなことをしていないという回答でした」
島田審査員
「ふざけた話だ、」
三木
「菊地さん、それでどうしたの?」
菊地審査員
「何度か順守評価の記録を見せてほしいということを言いましたが話が伝わらないので、しかたなく環境法規制を守っているかどうかを点検しているか、しているならその記録を見せてほしいというようなことを言いました」
小浜審査員
「まあ、そう言えば間違いないだろうな」
菊地審査員
「しかし相手が出してきたものは、環境法規制の順守点検記録ではありませんでした。会社の業務に関わる法律全般について点検した膨大な記録でした。そこには下請法から外為法、建設業法、セクハラ、情報管理その他もろもろありまして、環境法規制がどれかさえはっきりしないのです」

三木はそれを聞いて、この会社はそういう仕組みなのだろうと思う。それはISO14001要求を満たしているのだろうか。それとも不十分なのだろうか? 不適合だとすると、どの条項のどのshallに反しているのだろうかと頭の中で考えた。
小浜審査員
「まったくレベルの低い会社ですね」
島田審査員
「まったくだ。私も同じようなことを体験した。自分の職場の環境側面を知らないだけでなく、環境側面という言葉そのものを知らないんだよ」
小浜審査員
「環境側面と言えばISO14001の最重要なキーワードじゃないですか」
島田審査員
「この職場で著しい環境側面はなんですかと聞いても、環境側面とはなんですかと聞き返されたよ」
小浜審査員
「著しい環境側面は周知しなくちゃならないのでしょう」
三木
「いや、その要求はない。著しい環境側面を管理しなければならないということですね。だから厳密に言えば環境側面の管理を決めてそれを教育し運用していればダメとは言えない」
島田審査員
「しかし・・・・それではどのように審査をするのでしょう?」
三木
「現実を良く見て、我々が著しい環境側面であるものが決定されているか、そしてそれが管理されているかどうかを判断するしかないのだろうか」
小浜審査員
「ええと・・・ずっと前のことになりますが、審査員研修で監査性、オーデタビリティとかいいましたっけ、審査がしやすいかという意味だそうですが、そんなことを習いましたね。
この会社はオーデタビリティが低いということですか?」
三木はオーデタビリティという言葉を初めて聞いた。菊地は知っていたようだ。
菊地審査員
「ああ、その言葉を聞いたことがあります。会社によって監査性が高いところ、低いところがありますね。ISOのために仕事の仕組みを見直したところはサクサクと審査ができて気持ち良いですが、従来からの会社の仕組みで審査を受けるところは、ISO規格と会社の業務のつながりが1対1でないだけでなく、スパゲッティのようにゴチャゴチャで審査がしにくく困ります。
会社の仕組みを改善するためにISO認証するのですから、規格に合わせて会社の仕組みや用語を見直すべきですよね」
島田審査員
「とすると、この会社は監査性が低いということかね?」
菊地審査員
「低いなんてもんじゃなくて、五里霧中、なにもかも不明確でまったくダメですよ」

やがて始業のベルが鳴り、三木はさあ、始めようと声をかけた。審査員打合せが開始された。
打合せ結果、まず第一にISO規格要求と業務プロセスの関連が明確でなく、それが種々問題の根本原因であるということにした。 会議 そしてマニュアルが社内で活用されていないこと、ISO規格の考えが周知されていないことなどを問題として提示することにした。具体的不適合として重大なものとして「札幌支店において順守評価している証拠がない」というものと、「マネジメントレビューにおいて規格で定めるインプットを経営者が確認している証拠がない」というものである。
メンバーの審査員からは実を言って10数件の不適合の提案を受けたが、三木は根本原因はシステムが未熟であることだから、今回はこれだけを絶対に直させ次回から順次改善させていこうという見解で納得してもらった。実を言ってあまりにも多くの不適合を出すことは前回来た審査員が問題であるということになる。そして前回の審査ではいろいろともめたと聞いているので、あまりにも大事にするのではなく、今回は絶対ダメというものを先方に認めさせ橋頭堡を確保した後に少しずつ指導していこうと頭の中で描いていた。
お昼までに報告書の概要をまとめた。メンバーは肩の荷を下ろした気分で昼食をとった。


午後一番から、クロージング前の打ち合わせである。打ち合わせ前に、三木は横山を呼んで報告書案のコピーを依頼した。当然、すぐにそれは廣井部長や山田課長が見るだろうから、報告書案を見て連中驚愕しただろうと三木はニヤリとした。
会社側メンバーは、山田課長、横山、森本である。管理責任者である廣井部長の顔が見えない。さすがに三木は山田に苦情を言ったが、重要な業界の会合で欠席はできないという。代わりに私が全権委任されていますからと笑う。三木は苦虫をかみつぶしたような顔をする。しょうがない、始めるか。

三木
「長期間、また全国をまたいだ大がかりな審査でしたが、ご対応ありがとうございました。審査結果、問題が多々ありました。クロージング前にそれら問題の説明をさせていただき、ご了解を得たいと思います。」

三木は山田と横山の顔を見ていたが、二人とも何の感情もなく三木の顔を見ている。
こいつら、何を考えているんだろうと三木は思う。
三木
「それでは報告書案をご覧ください」
三木は報告書で不適合のページを開いた。
三木
「札幌支店では、順守評価をしている証拠がありませんでした。そもそも質問の意味をご理解されていないようです。これは4.5.2で重大な不適合とさせていただきます」
山田
「はあ、すみません。4.5.2と言いましても、shallがいくつもありますので、どの要求事項に反しているかを説明してくれませんか」
三木
「といいますと?」
三木は先日、横山がISO審査でトラブルがあると山田がすべて処理していると言ったのを思い出した。この野郎はなんだかんだと言い逃れをしてもみ消そうというのだろう。コノヤローと心の中でつぶやいた。
山田
「ISO17021では、要求事項の特定と証拠の明示とありますので、それに従って不適合である説明をお願いします」
三木
「あのね、これは重大な不適合だから、言いつくろうとか、ごまかすことはできないですよ。全然、順守評価をしていないのだから」
山田
「ですから、どのshallを満たしていないのかということを記述しなければ、審査がISO17021不適合なのですが」
三木は審査初日に横山と雑談したとき、山田はISO規格をそらんじていると言ったことを思い出した。ISO規格とはISO14001や14004だけでなくISO17021やそれ以外のガイド66なども含めてのことだったのか。そう気づいていささか驚いた。自分はISO17021をあまりよく知らない。それに細かいところはガイド66をそのまま引用していたはずだ。山田がISO17021を読み込んでいるとしたら三木は議論できる自信はなかった。まずいと、一瞬たじろいだ。
しかしハッタリに驚いてはいけないと気を取り直してJIS規格票を指で4.5.2とたどった。
三木
「では正確にいうなら、ISO14001の4.5.2.1では『組織は、適用可能な法的要求事項の順守を定期的に評価する手順を確立し、実施し、維持しなければならない』と要求しているが、札幌支店では、該当法規制の順守評価を実施した記録がなかったといえばよろしいですか」
山田
「はあ、なるほど。しかしながら、札幌支店では、法務部の指示による内部遵法点検で自主点検を行っており、また業務監査で遵法点検を受けていて、それらの記録を審査員にお見せしたと言います。それは十分に『適用可能な法的要求事項の順守を定期的に評価する手順を確立し、実施し、維持している』と言えませんか?」
菊地審査員
「ああ、そういえばわけのわからない膨大な記録を見せられたが、そこには下請法から外為法、建設業法といろいろあって、どれが環境法規制にあたるのかを向こうの担当者は説明できなかった。だから、ISO14001規格で要求している遵守評価にはあたりません」
札幌支社で審査した菊地が口を挟んだ。
三木は菊地に続けて
三木
「私どもはISO14001にありますところの『適用可能な法的要求事項の順守を定期的に評価した記録』を拝見したいのです。例えば環境法をリストにして、それに沿って順法確認したようなものを想定していますが」
三木は絶対的に有利な場合は穏やかに語るに限ると、10年近い審査員経験から悟っている。しかし山田は平静そのもので反論してきた。
山田
「ISO規格には環境法だけを取り出せとか環境法のリストを作れとは書いてありません。私たちが自分の必要で行っていることをお見せして、審査員の方がそれがISO規格を満たしているかを確認していただきたい思います。ええと、私どもでは、特別にISOのための仕事をするのではなく、過去からしていることを規格要求事項とつなげて参照できれば規格適合であると考えています」
三木は山田が平静に話すのに反感を持った。こいつは生意気なヤローだ、長年主任審査員をしてきた私以上に規格を知っているとでも言うのか?
考えてみれば、審査員のほうが企業で働く人以上にISO規格を知っているという理屈もないはずだが、三木はそんなことは思いも浮かばない。
三木
「何を根拠に、そのような主張をされるのですか?」
山田
「序文にあります。規格の序文では、『既存のマネジメントシステムの要素を適用させることも可能である』とあります。規格の序文は要求事項ではありませんが、規格を読むときの前提条件であると認識しています。そして、私どもが貴社に提出した環境マニュアルで、規格要求と対応する弊社の業務が参照できるようにしています。マニュアルの、ええと、あっ23ページです、当社では法務部の指示による自主点検と内部監査を順守評価にあてると記しております」
三木
「マニュアルにそのようなことを書いていても誰も読んでいないなら意味がない。そうだ、思い出したが、各職場で質問したんだが、だれも環境マニュアルを読んでいない。それに環境マニュアルは最上位の文書じゃない。これじゃあ、まったくの不適合だ」
三木は語気強く言い切ったが、山田は気にせずに言い返す。
山田
「規格では環境マニュアルを要求していません。それにまずご同意いただきます。ではなぜ弊社で環境マニュアルを作っているかと言えば、貴社が審査契約書で、規格要求と弊社の文書や業務を参照できる文書・・かっこして環境マニュアルとありますが・・を提出せよとありますので作成しています。環境マニュアルの位置づけは提出時にも説明しておりますし、環境マニュアルの中でも弊社では環境マニュアルを社内に示していないと記述しています。そういうわけで、最上位どころか社内文書でもありません」

三木は思い出した。一昨日監査部を監査したときも、何といったかなあ〜、そうだ下川とか言った若造が環境マニュアルの関係とかマニュアルはマネジメントシステム文書ではないということを説明したことを思い出した。三木はそれを忘れていたことを悔やんだ。
三木
「君の言いたいことは?」
ビジネスにおいて相手を「きみ」なんて呼ぶのは自分の部下、それも相当目下の者に対してだけだろう。取引先とか顧客に対して使う言葉ではない。相手が顧客なら「無礼な」と言われても当然だろう。しかし今の三木はいささか頭に血がのぼっていた。
山田
「ISO14001の4.5.2.1は、組織が規制を受ける法律を守っているかを定期的に点検することを要求しているだけでそれ以上の意味はありません。それには従来からしている方法を当てはめてもよく、環境法規制だけでなく会社の倫理遵法全体のチェックをしているなら、それを審査で見てもらっても良いということです。
ついでに言えば、組織のメンバーがそれを順守評価と呼ぶことは要求されていません。いや順守評価という言葉を知らなくても良いのです」

注:(2015.07.09追加)
「組織のメンバーがそれを順守評価と呼ぶことは要求されていない」なんて書くと、そんなことは当たり前だという声が聞こえそうだ。
ちょっと待ってください。
ISOTC委員の吉田敬史さんが日経エコロジー誌(2015/8月号)に書いている。「(2015年改定において)私は不退転の決心で『組織で使用される用語を、この国際規格で使用される用語に置き換えることは要求されていない』と付属書に盛込むことを要求し、それがかなった」と
これは、現実がそのような文言を規格に盛り込まなければならないような状況であるということの証左であろう。
あなたが審査員であるなら、その審査は規格を満たしているかどうかプロセスアプローチで行っているかもしれない。いや、そういう方法で審査しているだろうと信じたい。しかし、世の審査員の多くは、規格の文言がマニュアルに書いてあるか、手順書に漏れていないかを一語一句チェックするようなことしかできないという現実があるのだ。
果たして、2015年規格改定後は、少しは審査のレベルアップが成るのか、どうであろうか?
その次の改定において、「審査において規格の文言があるかないかをチェックしてはならない」というフレーズが追加になるようのことがないことを期待したい。もっとも次回改定があるかどうか、ISO14001が存続しているかどうかも定かではないが。
おっと、その文言が追加されるとしたら、MS規格じゃなくてISO17021だろうって言っちゃいけない。おふざけ、おふざけ

島田審査員
「ええ!順守評価という言葉を知らなくても良いだって?」
メンバーの島田が声を上げたのを、三木は手でそれを制した。
山田
「それどころかISO14001には、組織のメンバーが規格を理解することも要求事項にありません。また会社の実務と規格の関連を説明できることという要求もありません。ISO17021で、『組織は規格要求事項への適合の責任を持つ(4.4.1)』とありますが、規格の用語を使って説明することを要求していません。いや、理屈から考えて規格適合であることを立証する責任がありません。それに適合であることを立証することは悪魔の証明ですね。組織にできることは規格不適合と言われたとき、それを否定することだけです」

ISO17021の『組織は規格要求事項への適合の責任を持つ(4.4.1)』という文言を根拠に、組織が規格適合を証明しなければならないと考えている審査員は多い。私も長らくそれをどういう風に解釈すべきなのかと悩んでいた。
あるとき某認証機関の取締役と話したとき、『適合させる責任は組織にあるが、それを立証することは悪魔の証明だ。適合を確認するのは審査員だよ』と教えてくれた。
またぶらっくたいがぁ様からも同様のことを教えられたことを明記しておく。
三木
「それじゃだれが適合であることを確認するのかね?」

山田

NAGASUNE
鷽八百機械工業株式会社
東京都千代田区大手町
登録証
ISO14001:2004/JISQ14001:2004

登録範囲

本社及び支社における事業活動全般
(詳細は別紙に記す)

登録番号 XXXX 登録日 XXXX

当認証機関が貴社の環境マネジメントシステムを審査した結果、適用規格に適合していることを確認しました。

発行日 200X.XX.XX

(株)ナガスネ環境認証機構
代表取締役 ****


「それこそ認証機関じゃないですか。
その証拠に、ここにあるお宅の審査登録証には・・・・山田は会議室の壁に掲示してあるISO審査登録証を指さして・・・『当環境認証機構は貴組織の環境マネジメントシステムを審査して、ISO14001:2004に適合していることを確認しました』と書いてありますね」


三木は脇の下が湿ってきたのを感じた。このまま相手のペースに巻き込まれてはまずい。早いところ流れを変えなければ・・・
三木
「順守評価で時間がくってもしかたがない。それじゃちょっと、それはおいといて、マネジメントレビューに行こう。
社長インタビューで環境関連の報告として何を見ているかと質問したら、環境実施計画の進捗を見ていること、それを見て指示を出していることは分かった。しかし規格ではそれ以外、パフォーマンスや、内部監査、順守評価なども見なければならない。それらを見た様子がない。これは4.6の重大な不適合だ」

三木は山田がこれを飲めば、先ほどの順守評価は不適合から取り消そうと思い始めた。ものごとには駆け引きと妥協が必要だ。順守評価は次回で不適合にしてもよいだろう。
山田
「マネジメントレビューというのも規格の言葉ですから、社内的にはその言葉を使わなくても良いわけです。ISO規格では『内部監査の結果、法的要求事項及び組織が同意するその他の要求事項の順守評価の結果(2004年版 4.6 a)』とあります。
これに対応した弊社のマニュアルの記述として『内部監査の報告や内部統制の報告を受けて、決裁し指示する』としております。ですから審査においては規格の言葉で聞くのではなく、マニュアルに書いてあるものを実際にしているかを一般語で聞くべきです」
山田は全然動じる風がない。
三木
「いったい、じゃあどうせいってことだ?」
山田
「例えば『社長は部下からどのような報告を受けているのですか?』、『それを元にどのような判断を指示しているのですか?』と規格の言葉を使わず、実際に何をしているかを聞くべきです。そしてその回答が規格で求めるものを満たしていて、それが証拠に裏付けられているかを見るのです。もちろん当社では環境だけを切り分けていませんので、環境以外についても語るかもしれませんが、実際の会社では環境だけとか、品質だけという審議はありません」
山田の説明を聞いて、三木だけでなく他の審査員たちも黙っていられなくなったようだ。
島田審査員
「御社は、環境をまとめて管理していないようだ。それが問題だと思う。例えば、全社の環境実施計画が1枚にまとまっていないのですが、目的目標を横通しで見られるようにすべきじゃないのかな?」
山田
「まず、弊社では目的とか目標という言葉もISO的な意味では使われていません。弊社では、平たく一般語で質問しなければ、みなさんが期待する回答は得られません。
本題ですが、弊社のように規模が大きくなりますと、いくつもの事業部に分けられ、それぞれのカンパニーの責任者が経営責任を負って事業を推進します。ですから各事業部はそれぞれ毎年度にその年度の計画を立てます。その中に売上も新製品開発も品質や宣伝なども織り込んでおります。もちろん環境に関しては、新製品の環境性能、法改正対応、予防保全などもあります」
島田審査員
「事業計画的なものは従来からあるのだろうけど、ISO対応として環境に関するものをまとめたらより改善になると思うね」
山田
「改善とおっしゃっても・・・改めて環境に関するものだけを抜き出して全社分ををまとめても、使い道もありません。手間ひまがかかるだけです」
島田審査員
「いや、審査のときに分かりやすいと思うがね」
山田
「それは審査しやすくなるという意味でしょうか。当社にとってのメリットはなんでしょうか?」
菊地審査員
「お宅はオーデタビリティが低すぎるんだよ、オーデタビリティなんて言っても分らんかもしれないが」
山田
「存じております。でもそれはISO規格の不適合ではないでしょう。みなさんにとって審査が難しいということでしょうか?」

あなたにとって審査が難しいですかと言われて菊地は面白くない顔をしたものの口を閉ざした。へたをすると藪蛇だ。

三木はそういうやりとりを聞いていて、何かひっかかるのだが、それが何か思い出せない。しばらくして審査のひと月くらい前に山田が来たことを思いだし、そのとき彼から説明資料をもらったが、ファイルしただけで見ていなかったことを思い出した。あのときの資料をもってきたはずだがと、ファイルをめくった。あった、そこを開いた。
それは、『弊社の環境マネジメントシステムの考えは、一般的な会社とは異なると思われますので説明します』という文章から始まっていた。

『当社では社員にISO規格の教育を行っていません。環境マニュアルは認証機関への提出文書であって、社内で強制力のある文書ではありませんし、社員に読むことを求めていません。』
マニュアルが社内で意味を持たなくてISO規格適合なのだろうか?、三木は今まで審査した会社でそんなところを見たことがない。
『方針は経営者の専決事項ですから、審査でのコメントはご遠慮申し上げます』
ふざけたというか、態度が大きな会社だ。これでは環境方針が4.2を満たしていなくても、不適合にするなということか?
『弊社では、教育訓練、自覚、是正処置、環境側面など、ISO規格の言葉を社内では使っておりません。通常の言葉でヒアリングして規格を満たしているかを審査してください。
内部監査は業務監査を当てております。監査部の者はISO規格を知りませんが、ISO規格を環境マニュアルが満たしていて、環境マニュアルを社内規則が裏付けていて、監査部の担当者が法規制と社内規則に通じていれば、その監査はISOの求める内部監査を包含することは論理学の三段論法です。』

そんなことが数ページに渡って記されている。

周りが静まりかえっているのに気がついて三木は顔を上げた。他の審査員たち、そして山田たちが、みな自分を見つめていたのではっとした。一瞬どうしたらよいのか頭に浮かばず、三木は山田の顔を見て何を言おうかと考えた。
三木が山田を見つめているので山田は口を開いた。
山田
「今までの議論で問題となっているのは、弊社がISO規格を満たしていないことではなく、ISO用語を用いて説明できないということのようです。しかしISO規格では経営者や社員が規格を理解していることやISO用語を知っていることを要求していません。ISO審査とは、審査員がヒアリングによって、その組織が規格を満たしているかどうかを確認することなのです。
それからオーデタビリティ云々を言われましても、私どもは御社との契約に基づいて環境マニュアルを提出しておりますから、それで十分かと思います」

山田が言いたいことは、この会社は審査性が低いということ、しかも審査性が低くてもそれは悪いことでもなく、組織側が審査性を高める義務もないこと、認証機関と審査員は審査性が低くてもISO規格適合か否かを判定できる力量が必要だということだ。
三木は、山田の論理が正しいのか間違っているのか判断つかなかった。しかし今山田を論駁することは自分にはできそうになかった。それは己の力量が足りないのだろうか?、あるいは山田が正しいのだろうか?
去年の審査メンバーはそのことにさえ考えが至らずお門違いの不適合を主張したから自滅したのだろうと今になって三木は気が付いた。
審査部長が三木にその問題と鷽八百社の考えを伝えなかったのは、三木なら相手より上手で論破すると考えていたのか、それとも三木を嫌っている取締役が三木に自滅してほしかったのか、あるいは三木なら形式にこだわらない融通無碍の審査ができると読んだのか、
いや、山田がわざわざトラブルを避けるために事前説明に来てくれたのにもかかわらず、自分が山田をISO規格も理解していない輩だと誤解して、忙しいと追い返したことが今回の問題の発端だ。三木はいかに自分がうかつだったかと気が付いた。背中を汗がタラーと流れるのを感じた。
はっきり言って三木は山田の足元にも及ばない。提示した不適合案は撤回しよう。そして・・・許されるなら追って山田に教えを乞いに来なければならないなと思った。

三木
「分かりました。貴社のマネジメントシステムがISO14001規格に適合し、そして運用されていることを確認しました。しかしこのように難しい監査ははじめてでした」

三木はそういって、所見報告書の修正を始めた。

うそ800 本日の思い
そもそも「規格なんて知らんよ」は当時私が実際に受けた審査での対応を書いたものです。私サイドから見れば審査員の出した不適合なんて不遜そのもの、ふざけるな、金返せと言いたかった。もちろん私だって社会人だからケンカなどせずに、丁寧に説明して何ごともなくお帰り頂いたのはもちろんである。
しかしその後ずっと考えていたことは、いかに相手をきれいに、あるいは立ち上がれないように返り討ちにするかということではなく、審査員がなぜそのような誤った考えにいたり不適合ではないものをドヤ顔で不適合だと言うようになったのかということです。
会社員経験があり普通の頭があれば、不適合を出すに当たり前後左右良く考えると思います。具体的には規格文言だけでなく、常識で考えて妥当だろうとか、会社の一般的業務においてどうかとか考えると思います。しかし現実は単にISO規格の文言と一致していないから、あるいは先輩審査員が言ったからというような理由(根拠)で不適合としているように思えます。
第33話では札幌支社の総務部長が「ISO審査とは会社がISO規格を満たしていることを点検することではなく、従業員がISO規格を知っているかをテストすることなのですか?」と皮肉を言いました。それは20年間、企業側でISO審査を受けていた者の実感です。
また審査性というのもあります。審査員が「順守評価をします」と言った瞬間に、環境法規制一覧表なるものが出てきて、その法規制ごとに○×がついている点検票が出てきて、シャンシャンと審査(もどき?)が進み予定時間より早く終わり、審査員と企業担当者がコーヒーをすすって「よかったですね」なんて語り合うのはいったい何なんだと言いたい。
ISO認証制度が実効がないのは、結局審査員の力量もない、審査方法も稚拙であるということに尽きるのではないのだろうか?
そして力量のない審査員の存在が、企業にISO事務局なる無用の職を作らせ、その職に就いた本来業務ではノーナシたちが、「俺たちは賢い」「俺たちが会社を良くする」なんて勘違いして、その悪しきPDCAがどんどんと会社を悪くしてきたのではないか。その結果が、企業側のえらいさんたちが「ISOは役に立たん」という結論に至ったのではないですか。
そもそもオーデタビリティの高い楽な審査でお金をもらえるなんて考えるのが間違いです、世の中はそんなに甘くない。

私のしていた環境監査の経験を聞いてほしい。
私への指示は「○○という関連会社に環境監査に行け、遵法と事故の心配がないかどうかしっかり見てこいよ」というようなものである。もちろんミスったら、お前の責任だよというのはオヤクソク
その関連会社はISO認証もしていない。だから監査側はどんな環境法規制が関わるか現地に行く前は知らない。いや、その会社自身も知らないのではないか。
じゃあ、どんな監査をするのかと言えば、現場をじっくり見せてもらい、監査員つまり私がこういった法規制に関わるのではないか、こういった事故が起きる可能性があるのではないかと、考えることになる。そして規制を受けるだろうと推定した法規制に関して、有資格者、届出、公害防止措置、設備などがちゃんとしているかどうかを確認していく。事故の予防についても同じである。
そんな方法じゃ環境法規制や過去の事故事例を知らないと監査できないじゃないかと言われれば、その通りだ。
該当法規制一覧表があったとしても、それを見て、そこに載っている法律への対応状況を確認するだけでは論理的におかしい。その会社が正直かどうかわからないし、法規制一覧表に漏れがあるかどうかわからないのだから。
じゃあ、ISO規格など役に立たないのか?と聞かれると、そこが面白いところではあるが、ISO規格は私が監査するときのチェックリストとして役に立った。もちろん「〜をしてますか?」「〜がありますか?」というような使い方はできない。規格が意図しているものをしているか、あるか、ということを自分なりに変形というか翻訳して、かつそれを質問せずに自分が観察し確認するのである。
「著しい環境側面を決定しているか」の代わりに「管理しなければならないことを認識しているか」、「自覚する」の代わりに「関係者は重要性を認識しているか」、「内部監査」の代わりに「現場の実態をトップが知る仕組みはあるか」と読み替えなければならない。
ひょっとするとだが、規格を作った人は規格文言にこだわらず、その意図を理解して会社の仕組みを見直したり、その意図が実現されているかを監査せよと考えたのではないだろうか?
それが書かれた言葉がすべてだと盲目に聖書を信じるがごとく、ISO規格の文字が最高であると信じる亡者たちがISO規格を貶めたのではないかという気もしてきたぞ!
後で気が付いたのだけど・・・皮肉だと分らない人もいるかな?


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