規格なんて知らんよ

12.03.03
某社のISO14001審査で、午前の審査を終えた審査員たちが、昼食のため控え室に戻ってきた。
「いゃあ、この会社には参ったね。『この職場の環境側面は何か?』と聞いても意味が通じないんだ」
「同感です。私の場合は、コミュニケーションといっても、ISO規格のコミュニケーションを理解してませんでした」
「私も『マネジメントレビューを説明してください』と聞いたが、目的目標の進捗とか、内部監査報告とか言うだけ。そもそもマネジメントレビューがどんなものか知らないようで、まったく規格を分かってない」
「ほんとにレベルが低い会社だ」
「まったくだ」その他大勢がうなずいた。
と話が弾んでいるようです・・・

こんなマニアックなウェブサイトをご訪問したあなたは、きっとISOの事務局とか、そうでなくても会社でISOに関わっているに違いありません。あるいは、ひょっとして審査員かもしれないし、コンサルをされているのかもしれません。
ともかく、ISOになんらかのかたちで関わっていらっしゃるでしょう。そんなあなたは、この話を聞いてどう思いますか?
状況が分からないよ、とおっしゃいますか?
ではあなたを審査する立場に置き換えて状況をご説明しましょう。あなたは審査リーダーとして4名の審査員を率いて、ある会社にISO14001審査にお邪魔したとします。
では、始まりです。

最初の部門である資材部に案内される途中の廊下で、向こうから歩いてくる社員がいたので、4.4.2の教育訓練をチェックしようと思いました。あなたは、そういう出会いがしら的な審査が理想の審査だと考えています。
案内者に断って、その社員に声をかけました。
「ISO審査をしています。ちょっとお聞きしますが、自覚というものをご存知ですか?」
「はあ!自覚ですか? 認識するとか反省するという意味でしょうか」
「ISO規格では、会社で働くすべての人が自覚しなければならないことになっていますが」
「そういうことなら、知りませんと言うしかありませんね」
「はあ〜、知らないと・・・」
「すいませんね」と言いながら、相手は悪いことと自覚したふうもなく、スタスタと歩み去った。
彼の後姿を見送りながら、あなたは重大か否かはともかく、これは記録しておかねばと考えた。しかも失礼なことに、案内者はフォローもしないではないか。

資材部に着いて気を取り直して、あなたは部門審査を始めます。先方は役員である資材部長と担当者の二人が対応しています。
../2009/table.gif 「資材部の著しい環境側面としては、どのようなものがありますか?」
「ええと、著しい環境側面て、なんでしたっけ?」
部長が悪げなく言い返す。
「点数をつけて環境側面評価をしたでしょう、そのとき点数が大きくなったものです」
あなたは思わず声が大きくなった。
「点数をつけるなんて、そんなことしたか?」
部長は首を曲げて担当者に聞く。
「きっと環境保護部の人が言っていた、管理しなければならない項目のことのようですね」
「ああ、そうか、審査員さんも人が悪い。あまり難しい言葉を使わんでください。弊社では6年前に認証を受けるとき、余計なことをしないで、会社の仕事をそのまま見てもらって、ISO規格に適合しているかどうかをチェックしてもらおうと決めたんですわ。だから我々はISOのための文書とか教育は一切してません。
と言って環境をないがしろにしているわけではなく、過去から環境に配慮していたつもりで、だからISO14001を満たしていると確信しとります」
「こいつらは、何を考えているんだ! 教育していないと部長も言うし、自分自身もISO規格を知らない。これで認証していたなんて、とんでもない」とあなたは心の中で悪態をつくに違いない。




最終日のクロージング前の審査員との協議の場
「4日間、どうもありがとうございます。では審査結果の概要の報告と、不適合と適合の確認をしたいと思います」
とリーダーのあなたが切り出しました。
会社側は、管理責任者である環境保護部長とスタッフ3名が並んで座っています。
ちなみにこの会社では、管理責任者という役割を定めていない。
『環境保護部長がISO規格でいう管理責任者である』とマニュアルには書いてあるが、社内でヒアリングしたところ、環境保護部長を知ってはいたが、誰も管理責任者という存在を知らなかった。ふざけたというか、とんでもない会社だ。まさにISO番外地だ。

「札幌支店では、順守評価をしている証拠がありませんでした。そもそも質問の意味をご理解されていないようです。これは4.5.2で重大な不適合とさせていただきます」
「はあ、すみません。4.5.2と言いましても、shallがいくつもありますので、どの要求事項に反しているかを説明してくれませんか」
即座に先方の担当者の一人が発言した。
「といいますと?」
あなたはコノヤローと心の中で・・・
「ISO17021では、要求事項の特定と証拠の明示とありますので、それに従って不適合である説明をお願いします」
「あのね、これは重大な不適合だから、言いつくろうとか、ごまかすことはできないですよ。全然、順守評価をしていないのだから」
「ですから、どのshallを満たしていないのかということを記述しなければ、審査がISO17021不適合なのですが」
こいつISO17021を読み込んでいるのか? 私もISO17021はあまり知らないのだと、あなたは一瞬たじろいだ。気を取り直してJIS規格票を指で4.5.2とたどった。
「では正確にいうなら、ISO14001の4.5.2.1では『組織は、適用可能な法的要求事項の順守を定期的に評価する手順を確立し、実施し、維持しなければならない』と要求しているが、札幌支店では、該当法規制の順守評価をした記録がなかったといえばよろしいですか」
「はあ、なるほど。しかしながら、札幌支店では、法務部の指示による内部遵法点検で自主点検を行っており、また業務監査で遵法点検を受けていて、それらの記録を審査員にお見せしたと言います」
「ああ、そういえばわけのわからない膨大な記録を見せられたが、そこには下請法から外為法、建設業法といろいろあって、環境法規制がどの法律かを向こうの担当者は説明できなかった。だから、ISO14001規格で要求している遵守評価にはあたりません」
札幌支店に行った審査員が発言した。
あなたは札幌支店に行った審査員に続けて
「私どもはISO14001にありますところの『適用可能な法的要求事項の順守を定期的に評価した記録』を拝見したいのです。例えば環境法をリストにして、それに沿って順法確認したようなものを想定していますが」
絶対的に有利な場合は穏やかに語るに限ると、あなたは10年以上に渡る審査員経験から悟っている。
しかしくだんの担当者は平静そのもので反論してきた。
「私どもでは、特別にISOのための仕事をするのではなく、過去からしていることを規格要求事項とつなげて参照できれば規格適合であると考えています」
この担当者は生意気なヤローだ、主任審査員を10年もしている私以上に規格を知っているとでも言うのか?
「何を根拠に、そのような主張をされるのですか?」
「序文にあります。規格の序文では、『既存のマネジメントシステムの要素を適用させることも可能である』とあります。規格の序文は要求事項ではありませんが、規格を読むときの前提条件であると認識しています。そして、私どもが貴社に提出した環境マニュアルで、規格要求と対応する弊社の業務が参照できるようにしています。マニュアルの、ええと、あっ23ページです、当社では法務部の指示による自主点検と内部監査を順守評価にあてると記しております」
「マニュアルにそのようなことを書いていても誰も読んでいないなら意味がない。そうだ、思い出したが、各職場で質問したんだが、だれも環境マニュアルを読んでいない。それに環境マニュアルは最上位の文書じゃない。これじゃあ、まったくの不適合だ」
あなたは断固として言い切りました。
ところが担当者は馬耳東風のようです。
「規格では環境マニュアルを要求していません。それにまずご同意いただきます。ではなぜ弊社で環境マニュアルを作っているかと言えば、貴社が審査契約書で、規格要求と弊社の文書や業務を参照できる文書・・かっこして環境マニュアルとありますが・・を提出せよとありますので作成しています。環境マニュアルの位置づけは提出時にも説明しておりますし、環境マニュアルの中でも弊社では環境マニュアルを社内に示していないと記述しています。そういうわけで、最上位どころか社内文書でもありません」
あなたはだんだん気が遠くなるような感じになってきました。
「君の言いたいことは?」
担当者は淡々と語ります。
「ISO14001の4.5.2.1は、組織が規制を受ける法律を守っているかを定期的に点検することを要求しているだけでそれ以上の意味はありません。それには従来からしている方法を当てはめてもよく、環境法規制だけでなく会社の倫理遵法全体のチェックをしているなら、それを4.5.2.1に当てはめても良いということです。ついでに言えば、組織のメンバーがそれを順守評価と呼ぶことは要求されていません。いや順守評価という言葉を知らなくても良いのです」
「ええ!順守評価という言葉を知らなくても良いだって?」
他の審査員が声を上げたのを、あなたは手でそれを制した。
「それどころかISO14001には、組織のメンバーが規格を理解することも要求事項にありません。また会社の実務と規格の関連を説明できることという要求もありません。ISO17021で、『組織は規格要求事項への適合の責任を持つ(4.4.1)』とありますが、規格の用語で説明できることを要求していません。認証機関が評価する責任を持つのです(4.4.2)」

あなたは相手のペースに巻き込まれているのに気がつきました。ここで流れを変えなければ・・
「順守評価で時間がくってもしかたがない。ちょっと、それはおいといて、マネジメントレビューに行こう。マネジメントレビューで何を見ているかと質問したら、環境実施計画の進捗を見ていること、それを見て指示を出していることは分かった。しかし規格ではそれ以外、パフォーマンスや、内部監査、順守評価なども見なければならない。それらを見た様子がない。これは4.6の重大な不適合だ」
あなたは相手がこれを飲めば、先ほどの順守評価は不適合から取り消そうと思い始めました。ものごとには駆け引きと妥協が必要だ。順守評価は次回で不適合にしようと・・
「マネジメントレビューというのも規格の言葉ですから、社内的にはその言葉を使わなくても良いわけです。マニュアルには『内部監査の報告や内部統制の報告を受けて、決裁し指示する』とあります。ですから審査においては規格の言葉で聞くのではなく、マニュアルに書いてあるものを実際にしているかを一般語で聞くべきです」
その担当者は全然動じた風がない。
「いったい、じゃあどうせいってことだ?」
「例えば『社長は部下からどのような報告を受けているのですか?』、『それを元にどのような判断を指示しているのですか?』と規格の言葉を使わず、実際に何をしているかを聞くべきです。そしてその回答が規格で求めるものを満たしていて、それが証拠に裏付けられているかを見るのです。もちろん当社では環境だけを切り分けていませんので、環境以外についても語るかもしれませんが、実際の会社では環境だけとか、品質だけという審議はありません」
別の審査員が黙っていられなくなったようで発言した。
「御社は、環境をまとめて管理していないようだ。それが問題だと思う。例えば、全社の環境実施計画が1枚にまとまっていないのですが、目的目標を横通しで見られるようにすべきじゃないのかな?」
「まず、弊社では目的とか目標という言葉もISO的な意味では使われていません。弊社では、平たく一般語で質問しなければ、みなさんが期待する回答は得られません。
本題ですが、弊社のように規模が大きくなりますと、いくつもの事業部に分けられ、それぞれのカンパニーの責任者が経営責任を負って事業を推進します。ですから各事業部はそれぞれ毎年度にその年度の計画を立てます。その中に売上も新製品開発も品質や宣伝なども織り込んでおります。もちろん環境に関しては、新製品の環境性能、法改正対応、予防保全などもあります。」
「事業計画的なものは従来からあるのだろうけど、ISO対応として環境に関するものをまとめたらより改善になると思うね」
その審査員が諭すように言います。あなたは様子をみています。
「改善とおっしゃっても・・・改めて環境に関するものだけを抜き出して全社分ををまとめても、弊社では使い道がありません。手間ひまがかかるだけです」
「いや、審査のときに分かりやすいと思うがね」
「それは審査しやすくなるという意味でしょうか。当社にとってのメリットはなんでしょうか?」

そんなやり取りを聞きながら、あなたは、そういえば審査前にこの担当者が認証機関に訪ねてきて、事前説明をしたことを思い出した。
そのとき彼の説明を聞き説明資料ももらったが、あまりよく見ていなかったことに気がついた。あのときの資料をもってきたはずだがと、ファイルをめくった。あった、そこを開いた。
それは、『弊社の環境マネジメントシステムの考えは、一般的な会社とは異なると思われますので説明します』という文章から始まっていた。
『当社では社員にISO規格の教育を行っていません。環境マニュアルは認証機関への提出文書であって、社内で強制力のある文書ではありませんし、社員に読むことを求めていません。』
そんなことでISO規格適合なのだろうかと、あなたは10数年にわたる審査員の経験から考えた。過去にそのようなことを言っている会社は見たことがない。
『方針は経営者の専決事項ですから、審査でのコメントはご遠慮申し上げます』
ふざけたというか、態度が大きな会社だ。これでは環境方針が4.2を満たしていなくても、不適合にするなということか?
『弊社では、教育訓練、自覚、是正処置、環境側面など、ISO規格の言葉を社内では使っておりません。通常の言葉でヒアリングして規格を満たしているかを審査してください。
内部監査は業務監査を当てております。監査部の者はISO規格を知りませんが、ISO規格を環境マニュアルが満たしていて、環境マニュアルを社内規則が裏付けていて、監査部の担当者が法規制と社内規則に通じていれば、その監査はISOの求める内部監査を包含することは論理学の三段論法です。』
そんなことが数ページに渡って記されている。
周りが静まりかえっているのに気がついてあなたは顔を上げた。他の審査員たち、そして会社側の人たちが、みなあなたを見つめているのにはっとした。
例の担当者が口を開いた。
「論点は、弊社がISO規格を満たしていないことではなく、ISO用語を用いて説明できないということのようです。ISO規格では経営者や社員が規格を理解していることを要求していません。ISO審査とは、審査員がヒアリングによって、その組織が規格を満たしているかどうかを確認することなのです」
あなたは、彼の論理が正しいのか間違っているのか判断つかなかった。しかし今彼を論駁することはできそうになかった。
それは己の力量が足りないのだろうか?、あるいは相手が正しいのだろうか?
「分かりました。貴社のマネジメントシステムがISO14001規格に適合し、そして運用されていることを確認しました。しかしこのように難しい監査ははじめてでした」
あなたはそういって、所見報告書の修正を始めた。

本日のまとめ
ISO審査とは、ISO規格を満たしていることを説明してもらうことではなく、ISO規格を満たしているかを確認することだ。だから監査性が低くても文句を言ってはいけない。だって認証機関は大金を取っているのだから。
監査性とはauditabilityの訳語で、監査しやすさを意味する

本日の危機
若干脚色してはいますが、某社とは私の勤め先のこと。先日、私が相対した審査員がこれをお読みになられたらバレバレですね。
でもご安心ください。私は引退しますので、二度とあいまみえることはありません。もっとも私に審査員教育をご依頼されるなら、喜んで引き受けましょう。

蛇足
問:
神を信じていて悪事を働く人と、神を信じないけど行いが正しい人の、どちらが天国に行けるのでしょうか?
答:
どちらも、あの世にいけます。
問:
外観はISO規格を満たしているけど実質のない会社と、分かりにくいけど実質はISO規格を満たしている会社では、どちらが遵法と汚染の予防を達成するのか?
答:
どちらも地球温暖化を止めることができず、生物多様性の保全もできません。彼らの行く手は地獄です。

更なる蛇足
最近は蛇足が多すぎる・・・


さっそくぶらっくたいがぁ様からコメントを頂きました(2012.03.03)
そんなことでISO規格適合なのだろうかと、あなたは10数年にわたる審査員の経験から考えた。過去にそのようなことを言っている会社は見たことがない。

ウチに来なくてヨカッタね。少なくとももう1社ありますから。

「分かりました。貴社のマネジメントシステムがISO14001規格に適合し、そして運用されていることを確認しました。しかしこのように難しい監査ははじめてでした」

難しいというよりも、逆に今まで自分たち(審査員)がラクな審査ができるよう、業界を挙げて仕向けて(洗脳して)きただけでは?

私の知っている範囲では、某L○○△社はマニュアルを受領しないで審査していると聞きます。それが当たり前でしょうね 。

自己レスですが(2012.03.04)
一般的なISO審査員は、ISOのために会社は仕組みを作るべき、いやそこまでいかなくても作るのが一般的だという発想があるのではないだろうか。少なくとも私が過去20年間にあいまみえた審査員の9割はそうであった。
「元からの会社の仕組みがISOに合っていることを説明するべき」ですと語ったのは、B▽○I社(当時)の審査員など少数である。
しかし、待ってくれ
ISO審査というか認証が顧客要求であるならば、「元からの会社の仕組みがISOに合っていることを説明するべき」という発想がありえるかもしれない。しかし、ISOを使って会社の改善を図るというなら説明する義務を負わないように思う。
もっとも、私は顧客要求で認証をする場合でも会社側が説明するのは余計な手間だから、審査員が現実をみてそこにISOの要求が染み渡っていることを確認すべきだろうと思う。
なぜなら、審査費用はバカにできない金額なのだ。大金を払った上に、更に会社側が手間ひまかける必要があるとは思えない。

それと大多数の審査員の誤解というか認識のずれは、環境なり品質なりを、切り出せると考えていることだ。
審査員の語るのを聞くと、テーラーの職能別職長制が思い浮かぶ。それはひとつのアイデアであろうが、現実の企業には存在しない。多くの企業では環境取りまとめ部門をおいているが、それが正しいこと、あるいはあるべき姿であるのか私はわからない。現実にCSR部門などない会社は多いが、そういった会社がCSRなど無視しているかと言えば、そうではなくCSRが企業風土に浸透していれば不要な部門であることは明白だ。
この駄文中では審査員が
御社は、環境をまとめて管理していないようだ。それが問題だと思う。例えば、全社の環境実施計画が1枚にまとまっていないのですが、目的目標を横通しで見られるようにすべきじゃないのかな? と発言しているが、現実にそう語る審査員は多い。
あなたが会社の上級管理者だとしよう。環境を切り出してまとめることに意義を認めるだろうか?
もし、そうであれば上級管理者をしたことがないに違いない。
管理とは限られた予算を有効に使い、最大の効果を出すことだ。現実には下級管理者の場合は、その裁量範囲は人件費管理に限定される。
さて、そのときこれは環境対策、これは安全対策、これは品質対策、これは・・・という発想というか、運用がありえると考えるなら異常である。
企業経営はもちろん上級管理者においては、環境は重要ではあるが、ワンノブゼムの一部である。環境も外為法も税法も等しく重要なのだ。
「環境法規制を守れよ、守っているかを確認しろ」というなら、それは大間違いだ。
「当社に関わる法規制を守れよ、守っているかを確認しろ」と指示するのではないか?
だから審査においては、環境法規制の順守評価をしているかを確認するのではなく、その会社の法規制の順守確認方法をみて、どのようにISO規格が織り込まれているか、言い方を変えればISO規格要求を満たしているかを確認しなければならない。
マネジメントレビューも、文書管理も、教育訓練も、その他大勢みな同じだ。
良く聞くアホな話だが、品質と環境のマネジメントレビューをあわせて行っているとか、それはすばらしいなんて語る人がいる。会社の実態は常時すべての項目についてマネジメントレビューを行っているはずだ。そこには定期的という発想もないし、品質だ、環境だという発想もない。企業が存続していくためにしなければならないデシジョンメーキングを適宜行い、短いサイクルでフィードバックをかけていかなければという現実がある。それを認識しないではISOも審査もありえない。まあ、認識しない人が多いのだろうけど。
一般的なデシジョンメーキングとマネジメントレビューは違うなんて語るアホもいるのでダメ押ししておく。企業の方針も、目標も、システムの要素も、いや人事異動も、組織改変も、新規事業への進出、撤退、工場建設など必要なとき時宜を失せずに行うのが経営である。 一般的なデシジョンメーキングとマネジメントレビューは違う なんて言葉遊びは現実企業においては意味を持たない。
一歩下がって、マネジメントレビューということ自体、
バーチャルだと認識してことにあたらなければならない

ISO審査が「紙ごみ電気」から、本来業務になれば、バーチャルなISOゴッコではすまなくなる。そのとき審査員は企業の経営や管理の現実を知り、それを踏まえて審査をしなければならない。そして、ISO審査で会社を良くする、改善できるなどと思い上がったことを考えては道化にすぎない。
じゃあ、ISO審査とは機械的作業なのかといえば、そうではないだろう。ISO審査において経営者の方針が徹底されているのか、会社のルールが適切に運用されているのかを点検し、その観察した証拠から、単に運用がルールどおりかを判断するに留まらず、方針そのものが適切なのかを含めて、ルールの適切性、有効性、効率性を考えて、問題を提起することではないのだろうか。
もしそれができないなら、認証制度など今すぐ崩壊すべきだと思う。


N様からお便りを頂きました(2012.03.04)
規格なんて知らんよ に拍手
本日のお題「規格なんて知らんよ」に拍手。
おばQさん、引退なんぞしないでほしいですね。

N様 毎度ありがとうございます。
引退を惜しまれることは大変ありがたく名誉なことですが、実戦から離れれば正直なところ、書くものはホラ話、老人の昔話になってしまうと思います。
やはりISO審査に日常的に関わっていて、そこでの問題点や疑問点を提起して論じなければならないと思います。
ただ、引退しても統計データなどを基にして議論することは許されるかもしれません。これからじっくり考えます。
ありがとうございました。

ぶらっくたいがぁ様からお便りを頂きました(2012.03.04)
ISO審査が「紙ごみ電気」から、本来業務になれば、バーチャルなISOゴッコではすまなくなる。そのとき審査員は企業の経営や管理の現実を知り、それを踏まえて審査をしなければならない。

それはそうですが、現役の審査員でそれができる人は1割以下だと思います。これからいったいどうするんでしょうね。
某認証機関から聞いた話ですが、ISO17021の改正で組織に対して不適合の説明責任をキッチリ果たすことが明確になり、それができない旧タイプ審査員には、再教育ではなく引退を迫っているそうです。

ぶらっくたいがぁ様 毎度ありがとうございます。
その某認証機関というのも、半分というか完璧にボケているような気がします。
と言いますのは、「不適合の説明責任」というものは、別にISO17021改正と関係なく、過去からあったからです。
ISO17021:2011では「9.1.9.6.3 不適合の所見は、審査基準の特定の要求事項に対して記録し、不適合の明確な記述を含め、不適合の根拠となった客観的証拠を明示しなければならない」と確かに明記されていますが、過去にはなかったのかといえば、そうではありません。
ISO17021:2006では引用規格でISO19011:2003を提示しており、ISO19011の6.5.5では「審査基準と証拠を記録する」ことになっています。
更に遡れば、それ以前はISO14001はガイド66、ISO9001はガイド62が適用されていましたが、例えばガイド66(JISQ0066:2000)の5.4.1e)5)において「不適合についての明確な記述を含む」とありました。
更に遡れば、ISO10011-1:1990の5.3.2.2において「不適合については、監査の基準となった規格又はその他の関連文書のどの要求事項に抵触するかを明らかにする」とありました。
不適合とは過去よりそのその定義はで「要求事項を満たしていないこと」ですから、該当する要求事項である審査基準及びその証拠を示すことは審査員の義務であることは1987年からなのです。
要するに、過去いや現時点そのような審査員が存在していた、存在を許容していた認証機関は、そもそもが存在を許されるはずがなかったのです。
そういう意味では、飯塚教授が節穴審査員といったのとは違いますが、力量のない審査員が存在したということは歴史的事実であることは間違いありません。
でも、言い方を変えると、過去だってそのような要求があったのだから、ISO17021が改定されて明確になったところで改善されることは期待薄でしょう。私はそう思います。
認証の質が上がって認証制度が存続するのか、認証の質が変わらず先細りは変わらないのか、どうでしょうかね?

名古屋鶏様からお便りを頂きました(2012.03.04)
昔、サイボーグ009(石森章太郎作)の中で、料理評論家なる人物が「本物の中華料理」の評価をしようとして「これまでニセモノばかり食べ過ぎたために何も言えなかった」という描写がありました。
何しろ、バーチャルなシステムばかりを見すぎると・・・

名古屋鶏様 毎度ありがとうございます。
ニセモノが通れば本物ヒッコムといいまして(そんなこと言いませんよ)、ともかく世の中には、ニセモノが多いようです。
中華料理なら毒がなければ害はないかもしれませんが、骨董品、ブランド品、紙幣、コイン、衣料品、DVD、チケットなどなど
以前、どうみてもおもちゃにしか見えないSONYのウォークマンを見たことがあります。ニセモノと言うよりもジョークだったのでしょうか?
ある電機メーカーの人に聞いた事例ですが、遮断機で中国製のニセモノが「MADE IN JAPAN」と銘打たれて売られていたそうです。その人は「現在は中国でしか生産していないのでMADE IN CHAINAしかないのに」と笑ってました。
我々も、ニセモノ環境担当者とかニセモノISOと言われないように研鑽に励みましょう。


外資社員様からお便りを頂きました(2012.03.05)
いやぁ、かっこいいですね。
『弊社では、教育訓練、自覚、是正処置、環境側面など、ISO規格の言葉を社内では使っておりません。通常の言葉でヒアリングして規格を満たしているかを審査してください。内部監査は業務監査を当てております。監査部の者はISO規格を知りませんが、ISO規格を環境マニュアルが満たしていて、環境マニュアルを社内規則が裏付けていて、監査部の担当者が法規制と社内規則に通じていれば、その監査はISOの求める内部監査を包含することは論理学の三段論法です。』
こういう啖呵を切った場面を見たいです。
映画かドラマを作れば、関係者の間だけですが、大絶賛かもしれません。
少し前の映画ですが「県庁の星」で、ダメ店長と思われていた人が、消防監査で 突然 法規を諳んじて、一件落着の場面を、なぜか思い出しました。
ただ、ISO素人の私は、マネをするを大やけどを負います。
これが言えるのは、審査の担当者がISO規格(認証対象の規格だけでなく、9000番や17000番代なども)と、会社のマネジメントシステムの両方を熟知しているからですね。
そして双方の通訳もできるし、ISO規格を見れば、会社の中の規定として 文書として存在していなくてもどういう業務のやり方で担保されていると判るからです。
だだ、ドキュメントになっていない部分まで、これで大丈夫だと言い切るには、ずいぶんと勇気と自社のマネジメントに対して自信が無いと言えないのではと感じました。
一方で、前に聞いたお話では、ISO担当として 窓際みたいな人が割り当てられて、会社に規則についてはともかく、ISOが判らないから翻訳が出来ずに、相手の言うがままに資料を作って、無駄な作業になってしまいます。
どちらが実際に多いかは不明ですが、ISO **マニュアル(**には、環境とか品質が入る)を作る人が、ISO規格が求めるものと、会社のマネジメントの双方を理解している事は、担当者としての必要な力量なのだと判りました。
とても参考になりました。 感謝いたします。

外資社員様 いつもご指導ありがとうございます。
正直なことを言いますと、企業側が審査員を論理で説得しようとしてもなかなか難しいですね。過去幾たびどころか、毎年何度もチャンチャンバラバラしておりますが(もう未来はないでしょうけど)、論理よりもISOの権威者、環境なら寺田さん、品質なら重信さんあたりの言葉を引用して、師のたまわくと言った方が、審査員を説得するのは簡単です。それもおかしなことですが、そのような審査員は多いです。勘ぐれば、考えるのではなく権威者に従うという習性なのかもしれません。
問題はもっとあります。同じ認証機関から派遣される審査員が替わるたびに同じことを言って聞かせなければならないということは、その認証機関のレベルが知れます。悲しいことです。
また別の観点ですが、外資社員様がおっしゃるように、ISO規格だけでなく、会社の仕組みというか、経営ということを知らないと話ができません。私は上級管理者になったことはありませんが、会社の仕組みというのを垣間見ております。だからISO規格を直読しておかしいのではないか、本来の意図は違うのではないか、と感じる(考えるのではなく)ことは多々あります。会社の仕組みを知るということは、会社側だけでなく、審査員になる方も必須の要件と思います。
だってマネジメントレビューを年に1回とか2回していますという説明を聞いて、納得する審査員がいるのですが、会社で社長でなくても、部長、課長を勤めた人ならウソだって分かりますよ。そんな会社なら間違いなくつぶれます。
それと、一般的なデシジョンメーキングとマネジメントレビューは違うとのたまわく審査員殿も多いですが、会社でそれを区別して開催し決裁すべきと考えるトップ経営者や役員がいるものでしょうか?
不思議な国のアリスならぬ、不思議な国の審査員です。
また環境法規制だけを調べるとか、監査部の業務監査はISOの内部監査とは異なるものだと口にすることは、会社の監査を知らないことを白状しています。
私は、もう卒業ですが、今までそのようなレベルのISOではなかったことを誇りに思っております。
外資社員様はじめ皆様のご指導に感謝申し上げます。


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