異世界審査員8.少佐登場

17.07.24

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。

異世界審査員物語とは

プロジェクト管理が進化したのは、プロジェクトの規模が大きくなり、かかる金額も大きくなり失敗が許されなくなったからだろう。第二次大戦の頃の戦闘機開発は、日本もアメリカもいろいろ作ってみて、よいものがあったらハッピーという感じだった。
F35戦闘機
F35戦闘機開発はアメリカの財政に影響
を及ぼすほどになった。
スカンクワークスが低予算で開発してい
たのは過去の話になった。(注1)
21世紀の戦闘機開発は国家が傾くほどおお金をかけている。そうなるとプロジェクト崩れは許されない。そのほか日程管理、費用管理も重大となり、その結果、頭の中だけでコントロールできなくなった。
品質保証という考えが出てきたのも、品物が複雑になり、一旦作り上げてしまうと良否判定ができない特殊工程や破壊試験しかできないものなどが現れたからだろう。実際に品質保証の発祥は第二次世界大戦のイギリスで、爆弾の不発対策だと言われている。しかし必要は「発明の母」であるが、母だけでは子供は生まれない。多くの場合、「偶然は発明の父」と言われているが、それはありていに言えばダジャレだ。現実を踏まえて言えば「技術は発明の父」というのが正解だろうと思う。いくら必要であっても、技術の裏づけ、それも製造技術だけでなく、測定技術や評価方法などの進歩がなければ実現できない。

考えたのですが: 特殊工程と破壊検査でしか品質確認ができないのは同じかというと、違うように思えます。
それはサービスを想定すると明らかです。あるサービスを提供したとき、その良否は顧客にも判断できないことは多いと思います。無形なものへの評価はときには意識下、潜在的であるけど、度重なることで良否、是非の印象は明確になるのではないだろうかと思います。なによりもサービスは生産と消費が同時であり、提供前あるいは提供後に品質評価することは不可能ですし、サービスの破壊検査なるものを想像できません。

統計的品質管理というものが現れ実用化されたのは測定技術の進歩のおかげだ。標準偏差(注2)を計算しようにも測定器がなければどうしようもない。測定技術と工作技術は表裏であり、測定できなければ管理すべきパラメーターが分からない。 スピーカー 結果として工程を管理できるはずがなく、結果を許容する(諦める)しかなかった。具体的には、ある種の塗装においては常に不良発生を覚悟していたし、半導体などでは歩留まりといって不良発生確率を容認していた。
似たような話だが、昔といっても1980年頃だが、長岡鉄男とか井上なんちゃらというオーディオ評論家なるものが存在し、ステレオの音質を評価するのだが、美味しんぼのごときわけのわからない言葉で我々を煙に巻いていた。まあオーディオメーカーの盛衰には影響しただろうけど、人命にはかかわらなかったから許す。だけど技術が進むとあいまいな日本語で形容していたものが、スパッと数値で表されるようになり評論家は死滅した。

余談であるが、 スピーカーの周波数特性というものがある。スピーカー(あるいはスピーカーシステム)に一定電圧で周波数を20〜20,000Hzまで連続的に入力したときの音圧レベルの変化を記録した曲線である。本来なら可聴範囲はフラットであってほしいが、現実はものすごい山谷である。今なら周波数アナライザなんてのを使えば、アットいう間だ。しかも音圧レベルだけでなくインピーダンス、歪など多数のパラメーターを同時に測定できる。しかし1960年代半ばにはそれができず、ポイントポイントの周波数の音圧レベルを目視で読み取り、手でグラフ用紙にプロットしているのを見たことがある。技術の進歩は理論の進歩以上に残酷である。
なんでそんなことを知っているのかと言えば、私は40年前はハムに凝っていて、50年前はステレオに凝っていたからだ。

ISO9001は枯れた技術にしか使えない。ISO9001は発明には適用不可能なのだ。天才に遅刻をするなとかネクタイをしろと要求するのは良い管理ではない。管理下に置いて適正なアウトプットが出るなら、それはもはや革新的ではなくルーチン業務である。
いや天才の管理方法は凡才の管理方法とは違うのだ。
じゃあ、プロジェクト管理手法、品質保証の考え方、統計的品質管理などは管理項目がすべて解明されていて必要とする測定器がなければ意味がないのだろうか。アポロ計画ではスタート時点ではノーベル賞レベルのブレークスルーがいくつも起きなければならないと言われたそうで、計画はそういう発明がなされる確率も考慮され策定されたと聞く。そういったプロジェクトではそれ相応の金と人財を投入したのだろう。一般のプロジェクトでは発明まで考慮することはできないしプロジェクト崩れになるのがオチだ。いや国家の命運がそのプロジェクトにかかっているからこそプロジェクト崩れを起こさないためにいろいろ考えたというのが本当なのかもしれない。

大工

練兵場建設の工事開始からひと月が経った。工事は順調である。石川棟梁が作った計画表が効果的で、工事の先行や遅延が一目瞭然だ。そのため工事業者たちは毎日それを眺めて、遅れがないだけでなく、他に負けないように、いや他人に勝とうと頑張る。それで工事が進むのが早い。
楽なことばかりではない。いくつもの仕事が並行して行われているために、多数の業者が入り乱れ、荷馬車や大八車の出入りも多い。そんなこんなで構内や構外での交通事故の恐れもあったが、伊丹が所在の警察に話をつけて交通整理を頼んだり、構内を一方通行にしたり、また各業者が搬入する時間割を作ったりしている。幸い今まで事故は起きていない。
そんなわけで藤田中尉も黒田軍曹も出勤してもすることはなく、一日一回、現場巡回した後はほとんどなにもすることがない。あまり現場にいるのも作業者に圧迫感をもたらすので、良くないと認識している。
毎夕の打ち合わせには藤田中尉と黒田軍曹が顔を出すものの、不明点や問題があればその対策検討は伊丹が仕切っている。こまごました支払いや庶務事項も伊丹一任だ。藤田中尉は己の存在意義は上官への報告と伊丹の後ろ盾であると割り切っている。まさに藤田が司令官、伊丹が参謀である。負けるいくさではないと確信しているが、負けたときは藤田が責任を取ればよい。

とある午後、藤田中尉が自席で舟をこいでいると軍曹に肩を叩かれた。
黒田軍曹
「中尉殿、少佐殿がお見えです」
藤田中尉
「少佐!?」
藤田は一瞬で飛び起きた。そして事務所の窓から外をうかがう。
幸い木越少佐はまだ門を入ったところだった。藤田は眠気が飛び、軍曹が起こしてくれたことに感謝した。
木越少佐はこの練兵場建設の責任者である。藤田中尉は事務所の外まで走り出て木越少佐を敬礼して迎えた。
木越少佐
「どうだ、順調か?」
藤田中尉
「はい、順調に進んでおりまして、今のところ問題はありません」
木越少佐
「やはりお前を指名したのは正解だったな。ところでそのでかい机というか板というか、その上に載っているたくさんの木っ端はなんだ?」
藤田中尉
「これがこの練兵場の建設計画です」
木越少佐
「なんだとう?」
木越少佐はしげしげと大きな板の上に載ったたくさんの駒を眺めた。
木越少佐
「これは・・つまりこの駒は毎日の仕事を示しているのか?」
藤田中尉
将棋の駒
矢印
将棋の駒
「ハイ、今日は〇月〇日ですから、ここに〇月〇日と書いてある縦の列の上から下まで眺めますと、そこに置かれている駒が本日の実施する仕事を示しています。
そして昨日までの駒が裏返っているかどうかが、仕事の進捗具合を示します。
ご覧になるとお分かりと思いますがすべて計画通りというわけではなく、ここでは兵舎第3棟の屋根ふきが1日遅れています。まあこれはすぐに挽回できると考えます」

木越少佐
「なるほど、そうするとここの第4棟では上棟が1日先行、そしてこの第1棟では水道工事と電気工事が2日先行しているということか」
藤田中尉
「そうであります。一目瞭然でしょう」
木越少佐
「まさに兵棋へいぎ演習だな、たまげたよ」
藤田中尉
「兵棋演習とはなんでありますか?」
木越少佐 チェス
「お前は技術士官だからやったことがないかもしれん。実際に兵隊を動かさずに盤上の駒を部隊にみたて、それを動かして演習するものだ。
将棋や囲碁やチェスも元々は兵棋演習であったという。それが長い歴史で単純化・抽象化されて、今では単なる遊びになったようだが」
藤田中尉
「なるほど、しかし我々の場合は相手が変化したり攻撃したりしてきませんから、その兵棋演習よりは楽ですね」
木越少佐
「そうだな、しかしすごいことを考えたものだ。これはお前のアイデアか?」
藤田中尉
「そうですと言いたいところですが、ここにいる伊丹です」

木越少佐は机に座って明日の材料搬入計画を確認していた伊丹を見た。伊丹は座ったまま会釈した。
木越少佐
「伊丹? そんな者がウチにいたか?」
藤田中尉
「いえ、ここの業者たちがこの建設計画を立てるときどうしたらよいかと相談した技術者でして、この工事に当たって臨時の嘱託として雇用しました」
木越少佐
「なるほど、伊丹君とやら、君はこういうことが専門なのか?」
伊丹は立ち上がって木越少佐の前に立った。
伊丹は2010年では日本人の平均身長である170センチだが、木越少佐は1900年の平均身長で158センチ(注3)しかない。木越が伊丹を見上げる形になる。

伊丹審査員
「いえ、本当は作業改善とか品質保証といったことが専門です。とはいえ食べるためにはなんでもしております」
木越少佐
「その話、興味があるな。作業改善とはどんなことなのだ?」
伊丹審査員
「作業改善とは良いものを安く早く楽に作るようにすることです。
作り方、道具、作業台、着用する衣服、照明、人間関係、そういったことを検討します。
製造に限らず事務所、商店、倉庫などすべてが対象です。
そんなことを指導してお金をもらうといえばお分かりいただけますか」
木越少佐
「品質保証とは?」
伊丹審査員
「品質保証とは製品の品質が良いことを保証することではなく、製品を作る過程、作業者、機械、環境条件などを管理して、よい製品が安定して製造できるようにすることです」
木越少佐
「なんだか良くわからんな。我々は工廠で使う物を買う仕事をしている。良い品物は欲しいが、それを作っている工場が良いと言われても有難くはない」
伊丹審査員
「少佐殿は乱雑で掃除もしていない工場では不安でしょう?、整理整頓が行き届いていて規律正しい工員が働いている工場なら安心と思いますよ」
木越少佐
「だが製品が検査合格したならどちらでも同じではないか」
伊丹審査員
「確かに1個買うとき、あるいは一回限りの取引ならそうでしょう。しかし継続して購入するようなところに対しては、毎回検査して良否を判定するような仕組みではなく、その会社にしっかりした生産体制を構築させて、不良ができないようにしたほうが安心しませんか。そういう考えを品質保証と言います」
木越少佐
「なるほど、伊丹君はそれが専門か?」
伊丹審査員
「そうではありますが、現実はそういう仕事はありません。先ほど申しましたように、食うためには、今回のように建設工事の計画も立てますし、荷車の交通整理もしますし、まあ何でも屋です」
黒田軍曹
「少佐殿、お茶が入りました。こちらへどうぞ」
お茶
木越少佐
「おい、軍曹も中尉も暇なんだろう、忙しいふりしても見りゃ分かるよ。こっちに座って話でもしようや。伊丹君も座れよ」

軍曹は少佐の言葉を聞いて慌ててお茶を3個追加する。
伊丹は変な話にならなければと思いながら隅に座った。

木越少佐
「伊丹君、日付を書いて仕事を棒線で引くというのは見かけるが、この兵棋演習みたいなのを考えたのは君だと聞いたが」
伊丹審査員
「おっしゃるように普通は紙に書くだけですね。今回は大勢の業者が関係し、いろいろとやりくりを試みることが必要でした。紙に書いてしまうと消して書き直すのも大変です。それで自由に動かせる駒を使ったらというのが発想です。
そしてそれをそのまま進捗フォローに使うことにしたのです。というのは今のところ問題はありませんが、もし重大な遅延とかが起きればそれ以降の工程をこの駒を動かして再検討するつもりです」
木越少佐
「軍では兵舎建設なんてのよりも大規模な事業が多いが、なかなか日程の管理というのは難しい。こういった方法を使えば管理ができるかもしれないな」
伊丹審査員
「ある程度は役に立つでしょうけど、基本的には個々の作業というか仕事が標準化され実現可能ということが前提でなければなりません」
藤田中尉
「それは計画を分解したすべての作業は、どのように実行するか決まっていなければならないということになるのですか」
伊丹審査員
「そうです。例えば屋根ふきの方法が決まっておらず所要時間が分からなければ計画は立てられません。言ってみれば当たり前のことですね」
木越少佐
「現実はそうではないな。例えば新しい貨物自動車を開発するとき、エンジンなどまだ存在していない。計画を構成する要素のほとんどに不確定な要素があるのが現実だ」

最初は飛行機とか戦車の開発と書こうと思いましたが、このときはまだライト兄弟が飛んで数年後、日本ではまだ飛んでいない。戦車の登場はこれから起こる第一次大戦のこと。ということで貨物自動車にしました。とはいえ日本で初めてのトラックは蒸気エンジンが1904年、ガソリンエンジンは1907年でした。話が合いません。いかに機械の登場が遅く、一旦世に出るとあっという間に広まるということでしょうか。(注4)

伊丹審査員
「おっしゃる通りです。管理とは既に確立したものを効率よく無駄なく進めることです。管理向上すれば開発が成功するわけではありません」
木越少佐
「そういっちゃそれまでだよな」
伊丹審査員
「しかしながら実行可能なものであっても、管理がまずければ費用や時間が余分にかかってしまうということは多いでしょう」
木越少佐
「確かに」
伊丹審査員
「ですから日程計画とか進捗管理ということはないがしろにできません」
黒田軍曹
「少佐殿、伊丹さんは計測器管理にも詳しいそうです。工廠でも伊丹さんを招いて講演とか講習を企画したらどうでしょうか」
木越少佐
「伊丹君はいったい何が専門なんだ?」
伊丹審査員
「申し上げましたように品質保証です。とはいえ品質保証は狭い分野ではありません。製造工程において管理すべき項目は多岐にわたります。
計測器、検査の方法、作業者の教育、文書や記録はどうあるべきとか、多様な観点から管理項目を定め、結果として生み出される製品の品質向上を図るのです」
木越少佐
「その品質保証を行えば成果は出るのかね? つまり品質が良くなるのか?」
伊丹審査員
「少佐殿、発想はその逆ですね」
木越少佐
「逆とは?」
伊丹審査員
「品質を良くするためには品質保証を行わなければならないということです。
品質保証とは完成品を検査して質を確保するのではなく、製造工程で質を作りこむという考えです」
木越少佐
「検査すれば合格したものの品質は保証されるだろう」
伊丹審査員
「検査で合格しても品質が保証できるのは限られています。いや検査では合否判定できないものの方が多いのです。
例えば爆弾や銃弾が不発(注5)でないことを確認するには爆発させるとか射撃するしかなく、破壊検査になってしまいます。 小銃弾 当然、全数検査できませんから抜取で検査するしかありません。しかし抜取でロットが合格したところで全部良品というわけではありません。
公表されていませんが噂では当たっても爆発しない魚雷が5割(注6)、技術的に完成したと言われる砲弾でも不発弾は3割と聞きます。まあ小銃弾なら千にひとつかふたつでしょうけど。
全部良品にするには、製造工程を管理するしかありません。管理とは製造条件を一定に維持することです。全数良品を求めようとすると品質保証をしっかりしなければならないのです」
木越少佐
「お前、そういう数字をどこから仕入れてきたのか知らんが、あまり口にしない方がいいぞ。
まあ言っていることはわかるし極めて重要なことだ。それでどんなことをすれば品質保証ができるのだ?」
伊丹審査員
「これも先ほど出ましたプロジェクト管理と同じですが、前提として製造条件が確立されていなければなりません」
木越少佐
「そうだろうなあ。銃弾の最適な製造条件を知らなければ管理しようもない」
伊丹審査員
「ただ難しいと言って管理項目を把握することを諦めてはいけません。不発弾がないことは戦闘員にとって最低限の要求でしょう。そのためには供給する者は最善を尽くさねばなりません。製造条件がわからないなんて、最前線で戦う兵士に言える言葉ではありません。もし解明されていないなら研究して製造条件を明らかにするよう努めるべきです。そして最適な製造条件を保って生産するのが銃弾生産者の責任でしょう」
木越少佐
「まあまあ、熱くなるな。確かにお前の言うとおりだ。考えてみるとそれは破壊検査になってしまう銃弾や爆弾だけでなく、検査することが可能な兵器でも同じことだな」
伊丹審査員
「おっしゃる通りです。先日、ここにいらっしゃる藤田軍曹殿も関わったのですが、歩兵銃の照門の検査ゲージの寸法が狂ったということがありました。その問題は軍曹殿のおかげで解決したのですが、ゲージの管理、担当者の教育、検査方法や異常時の手順など見直すべきこともあるように思えました。そういう仕組みを見直していけば不良が減るというのでなく、不良が出ない仕組みが実現できます。それが品質保証です」
木越少佐
「お前の話を聞いていると、工廠で品質保証という考えを採用すべきだということを言いたのか?」
伊丹審査員
「品質保証というのは購入者が供給者に対して要求するものです。工廠が取引業者に対して、このような条件で生産すべき、そうでないと買わないよと要求するのです」
木越少佐

「しかしそれは武器弾薬を使用する立場からすれば、工廠に対する要求でもあるな」

注:工廠とは軍の工場のこと

伊丹審査員
「使用者と供給者と考えると同じですね。前工程、前工程へと要求は遡ります。
もちろん闇雲に要求すればよいということではなく、先ほど申し上げたように製造後に良否が分からないものや、破壊検査しかできないものが優先すると思います。
重要でないもの、良否がすぐにわかるものに手間暇かけることはありません」
木越少佐
「言っていることはよくわかる。
おい、藤田中尉、このような品質の専門家がいるのだから居眠りなどしてないで暇があるなら教えてもらえ。さっき門のところでお前が居眠りしていたのが見えたぞ。
ところで伊丹君、君はどこの学校を出たのか?、どんな業務経験を積んできたんだね?」
伊丹審査員
「お聞きしますと藤田中尉殿は皇国大学卒とか、私はそのような最高学府は出ておりません。また自慢できるような業務経験もありません。ただ過去従事してきた仕事において、改善をしたり不具合があれば再発しないようにと努めてきました。そしてそれを広く世間に活用しようと考えまして・・、この仕事に就いたわけです。
とはいえ現実は厳しくそれで食べていけるような状況じゃありません。しかし今は何でも屋であっても、そのうちこの分野の草分けと呼ばれるようになりたいと念じております」
木越少佐
「いやあ、今日はためになった。こういうところに新しい考えの専門家がいる、大志を抱いた技術者がいるということを知っただけでもうれしい。伊丹君、頑張ってくれよ」

木越少佐は伊丹の両手を握ってそのまま帰っていった。
藤田中尉
「いやあ、あの人があんなふうに語ったのは初めてですよ。伊丹さん少佐に気に入られましたね」
伊丹審査員
「それなら有難いことです。もしまたお仕事がありましたらぜひお声をかけてください」
藤田中尉
「いやいや、あの木越少佐の雰囲気では、すぐに品質保証を始めようなんて言い出しそうですよ」


練兵場建設工事も終わりに近づいた。建物や道路は完了し、今は植栽の植え付けやえらいさんからイチャモンがついた建屋の色などの手直しをしている。まあそんなことがあったが計画より1週間早く完了することになりそうだ。

この一件で棟梁の石川さんは一躍名をあげた。大きな仕事を任せてもほかの業者を取りまとめて請けてくれるという評判だ。
木越少佐と藤田中尉も鼻が高い。実は関係者からは予定期日には仕上がらないと思われていたようで、木越少佐はライバルの鼻を明かしたとうれしそうである。黒田軍曹も木越少佐と親しくなり、その引きで新しい部署に異動するかもなんて言っていた。
伊丹にとっても初めての売り上げがたちうれしい。

新世界技術事務所 新世界技術事務所にもいろいろと話が来た。
まずは大手ゼネコン会社からだが、スケジュール管理について教えを乞いたいという話が来た。また噂を聞いた大学の先生も話を聞きたいといっている。石川棟梁の計画表は土木や建築業者の間で有名になったようだ。
吉本社長は単なる講演とかでなく指導料を取れないかと考えている。

練兵場が完成したら工廠と伊丹の嘱託契約は終了だが、新しい仕事の話をしたいと藤田中尉から言われている。口ぶりでは木越少佐のご意向らしい。説明はなかったが品質保証のことか、今後の大きな仕事のスケジュール管理について人を派遣してほしいということなのか、まさか伊丹を正規な軍属にしようとは考えていないだろうとは思うが、

森広鉄工所の方から、品質向上について今度指導してほしいという話が入っている。ゲージの問題のときただ働きだったことへの埋め合わせと、今回練兵場建設で新世界技術事務所を見直したこともあるのだろう。
その他、ふたつみっつ改善指導依頼の話も来ている。

しかしそうなると実働伊丹一人ではどうにもならない。石田マネジャーはその後どうしているのだろう。彼が期待できないなら別な人を補充する必要がある。
最近は工藤番頭がISO規格とか品質保証の勉強をしているようで、こちらの世界の人を雇用できるならそれもありかなと伊丹は思う。それがこの世界の発展に一番寄与するだろう。だけどそうなると新世界認証が事業拡大を図るというそもそもの計画とは変わってしまう。

うそ800 本日の予告
いやあ、これからのストーリーはどうなるのか、全く見当がつかないというのが予告ですわ

<<前の話 次の話>>目次


注1
「ステルス-スカンク・ワークスの秘密」、ベン・リッチ、1997、講談社
なお、スカンクワークスは今も健在で、マッハ10で飛ぶ飛行機とか、超音速ミサイルなどの開発をしている。
注2
標準偏差という考えが古くからあるわけではない。わずか100年前の1894年カール・ピアソンが初出で、この物語の10年前である。この物語の舞台設定が10年早ければ伊丹は世界的数学者になるところであった。
注3
Paroday日本人の平均身長・体重
2010年の成人男子の平均身長は172センチだなんて細かいことは言わないでください。
注4
注5
爆弾・魚雷の不発と銃弾の不発は意味が違う。
爆弾や魚雷は標的に当たって爆発しないことであり、銃弾は引き金を引いても発射しないことである。どちらも実際に使用しないとわからない重大問題ということは同じだ。
注6
花魁船
絵を描いてみましたが、簪(かんざし)
というよりオールにしか見えませんね
魚雷が実戦で使われたのは1877年、日露戦争(1904)でも使われた。
魚雷の歴史は長いが不発はどこの国でもとんでもなく多かったようだ。
この物語のはるか後年、1943年アメリカ潜水艦によって魚雷攻撃を受けた第三図南丸は12発の魚雷が命中したが内10発が不発で沈没せず、魚雷が突き刺さったままトラック島に曳航された。そのときの様子がかんざしを髪に差した花魁(おいらん)のようだったことから「花魁船」と言われたという。


外資社員様からお便りを頂きました(2017/07/24)
おばQさま
ついに少佐が登場ですか、どこまで上がるのか、最後は鎮守府長官か、連合艦隊の幹部なのか、楽しみにしております。

お話しを読んで、こういう地味な活動こそが重要で、日本が米国に勝てそうな分野なのではと感じました。
ファンタジーな超人が出たり、超兵器は、おばQ様には似合いません。
こういう地道なお話しは、むしろとてもリアルがあって、読んでいて勉強にもなります。
米国流は、身分社会ですから、頭の良いエリートが戦略やシステムを作って資本を投下して、あとは単純労働者が働きます。言い換えれば現場の知恵やスキルは、あまり期待しない。
南方で米軍捕虜になった日本兵のほとんどが、監視する側の米兵に持った感想は、なんで自分たちは、こんな数もまともに数えられず、文字も読めない奴らに負けたのか?
言い換えば、そんな兵隊で勝てる単純だけど贅沢なシステムを作って、戦略は立派な人間が作ったから。
日本の敗因の一つは、現場は献身的な努力をして、戦略を作る側は世間しらず現場知らずのマンネリ戦術だったから。
当時の日本は、米国並みの贅沢なシステムは作れないので、同じ土俵では戦えません。
結局 勝てそうなのは、現場の平均的な質の高さと、下士官などの優秀さです。
それを活かせるのは、ここでお書きになったような、現場で品質改善をするような方向が正しいのですね。
現在の日本でも、世界の競争の中で生き残っている例は、電子部品の会社です。
これらの会社に行って思うのは、現場のレベルの高さです。
そして、それらの部品屋さんを支えるレベルが高く広い裾野(治具屋、材料屋、加工屋など)です。
これを失わずにいるから、いまだに世界のトップを走ることができるのだと思います。

お話しを拝見して、そんな方向が垣間見えて、とても楽しみです。

外資社員様 毎度ありがとうございます。
>どこまで上がるのか
中古車販売をご覧になったことがありますか?
80万くらいの中古車を100万くらいに値付けして、毎日1万ずつ引いていきますと書いてあります。
翌日は99万、次の日は98万、97万、20日が過ぎ、あと5万下がったら買おうかと考えていると、次の日は別の車が100万で展示されています。
ですから少佐の次に登場するのは会社の給仕とか人力車の車夫かもしれません。まさか将官など!
実を言って、人間は自分の体験したこと以外わかりませんし書けません。私が今まで付き合ったというか日々仕事で会っていた人というのは、下は作業者、パートですが、上は工場長とか支社長など事業所長クラスまでで、役員クラスはめったに会うことがありませんでした。
また自衛隊の知り合いや友人でも、下は二等陸士から下士官もいますが、上は二佐、三佐止まりで将官どころか一佐というものを見たことがありません。ちなみに現在の自衛隊で防大を出た人は定年直前に二佐にはなれるそうですが、一佐には優秀でなければなれないそうです。定年前に二佐の人は一佐になれるはず。
おっと、ですから将官の考えること、言葉使い、表情というものが思い浮かばないのです。よって私の物語に出てくるのは二佐、中佐とまりでしょう。
ところで唐津一も好きだった一人ですが、彼も昨年お亡くなりになり、彼の後を継いで現場に喝を入れられる人が思い当たりません。残念です。
ところで最近思い悩むのですが、私が40年前、30年前、20年前、もっと頑張ればどうだったのだろう?もっと勉強していればどうだったのだろう?と悔いというか考え込んでしまいます。そのときだって遊び惚けていたわけではないつもりですが、つい「あと1割の努力」という言葉を思い出します。
外資社員様はマンガなど読まないかもしれませんが、20年も前に『なぜか笑介』ってサラリーマンマンガがありました。その中で主人公が言います。「あの時あと1割の努力をしていればよかった」と
自分が努力したつもりでも、頑張ればあと1割上積みできたはず、そうすればもっと良い結果がでたのではないかという疑問、悩みです。
まあその答えを見出す前にこの世におさらばするしかなさそうです。

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