*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。
審査員物語とは![]() |
「秦さん、ちょっと規格について教えてもらえないかな」
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「これは三木さん、お珍しい。なにか審査で疑問でもありましたか。おっと私が大ベテランの三木さんに説明するなんて釈迦に説法でしょうけど」
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「いやいや、私もISO9001とかISO14001については人並みに理解していると思いますが、審査の規格であるISO17021については耳学問だけ、正直まったく知らない状態でして・・ 秦さんに審査基準のISO規格について知るには、どうしたらよいか教えてもらおうと思いまして」 | ||||||
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「なるほど、確かに一般の審査員の方は認証規格については詳しいですが、審査そのものの規格や基準については講習で聞いた程度でしょうからね」
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「それと・・・・ええと、先日のこと、今までJ○△で認証を受けていた会社がウチに鞍替えしたところの審査をしたのです。そのときその会社の担当者から質問されたのですが、今までは維持審査で7人日かけていて、当然それだけの費用が掛かっていたそうです。それに対して今回ウチが行った審査では5人日でした。その違いはどうしてなのかと聞かれまして、私は答えることができませんでした。あれはどういうことなのでしょうか?」
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「なるほど、立ち話でもなんですからコーヒーでも飲みながら話をしましょうか」
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秦は立ち上がり、二人は給茶機でコーヒーを注いで部屋の隅にあるテーブルとスツールに座った。 | ![]() |
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「あまり初歩から話をするとお怒りになるかもしれませんが、基本から話しますね」
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「いえいえ、ぜひとも基本から教えてください」
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「マネジメントシステム認証というのは過去からいろいろな変遷がありますが、今時点(2010)ではISO17021規格で定められています。これは2006年に制定されましたが、今現在改定作業が行われています」
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「ISO17021が制定されたとき講習会を受けた記録がありますが、あれからまだ2・3年ですよね。また改定になるのですか?」
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「現在は審査手順とか審査員の基準としてISO19011とISO17021のふたつがありまして、この二つの役割分担といいますか、取り合いが明確でないのですよ。ISO17021が認証機関への要求がメインで、ISO19011が審査員や監査員への要求になっているのです。内容が整理されていないためいろいろ不都合がありまして、現在ISO19011が内部監査専用、ISO17021を第三者認証専用というふうにしようという方向で改定が検討されています」
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「なるほど、となると今は審査とか監査についてはISO19011を読み、認証機関の要件についてはISO17021について読まなければならないということですね」
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「そうです。まあ、定められるというか要求されることは、時代が変わってもそう変わるわけではありません。ですから審査のときの参考にするということでしたら、別に規格が古いから役に立たないということもありません」
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「なるほど」
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「ISO17021が制定されたとき、従来はISO9001ならガイド62、ISO14001ならガイド66というもので審査基準が定められていたわけですが、そういうものが廃止されたかと言えば、実際にはISO規格に上積みされるIAF基準などで収録というか引用されているので死んでいるわけではありません。要するに過去の規格基準を勉強していることはそのまま役に立つということです」
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「なるほど」
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「現実にはISO17021だけでは審査はできません。それでISO規格で足りないものは認証機関の、いや認定機関でしたね、その国際団体であるIAFが種々こまかい基準類を作っています。我々認証機関はISO規格の上にIAF基準を上積みしたもので審査することになります。実際には我々がそれを読む必要はありません。JABがそれを翻訳してJAB基準として制定しています。つまり私たちにとってはJISQ14001にJAB基準を上積みして審査することになるわけです」
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「あのう、具体的にどのような基準が重なっているわけですか?」
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「そんなに複雑ではありません。『マネジメントシステム認証機関に対する認定の基準』、『EMS審査登録機関に対する認定の基準』、その解説、『マネジメント認定機関の認定の手順』、その指針、その他に先ほどのガイド66などがありますが」 注 上記は2010年時点のタイトルである。当時は品質、環境別体系であったが、現在の基準体系はマネジメントシステム認証全体で見直されており、表題も番号も全面的に変わっている。 | ||||||
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「ええと、そういったものはどこで手に入るのでしょうか? 日本規格協会から買うとかするのでしょうか?」
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「手間もお金もかかりません。すべてJABのウェブサイトから入手できます。自分でプリントする手間はかかりますがね。これらはかなりの頻度、年に2・3回くらいの割で改定がありますので、最新版を維持するのはけっこう大変です。まあ細かいことが多いですから、私のような仕事でなければ年に一度くらい一式をプリントすれば大丈夫ですよ」
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「あのう、審査工数とかの基準もそこにあるのですか?」
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「あります、あります。どこだったか忘れましたけど、先ほど申しました基準のどれかに定めてあります。」
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「そいじゃとりあえず今、秦さんに教えていただいた基準類をプリントして読んでみます。それでわからなければ秦さんにお伺いするということで」
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「なあにあんなもの1回読めばわかりますよ。 ああ、それとですね」 | ||||||
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「またあるのですか?」
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ところが実際にはそれでも手順不足というか詳細があいまいなところがあり、各省の課長などがいわゆる通知というものを出します。もちろん宛先は企業や国民じゃなくて省の各機関とか各自治体にですが」 | ||||||
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「そうですね。廃棄物処理の細かい判断基準などは法律、施行令、規則では決めてなくて、通知を細かく見ていかないと分らないですからね」
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「まあ、どんなカテゴリーでも文書というかルールを定めると、このようなヒエラルキーになるんですねえ〜、今申しました審査に関するルールというか基準でも、細かいところについてはJABが認証機関に通知として出しているものがあります」
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「なるほど、そうしますと先ほどおっしゃった基準類だけでなく、そういった通知を一読しておかないとならんということですな」
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「そういうことです。それとめったにないことですが、ISO14001規格解釈についての通知もありましたね」
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三木は頭をひねった。
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「ええと、私も最近物覚えが悪くなりましてね・・・あれは2006年かな、「ISO 14001 規格解釈に関する質疑応答」なんてのが「ISO 14001/4 翻訳・解釈 WG」ってところから出ていましたね。もう4年くらい前ですか」
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「ええと・・・」
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「いえいえ、ご存じなくても大丈夫です。言いたいことはあれですよ、明確に定められた文書だけでなくそういった半分非公式な、非公式という意味は効力というか強制力があるかどうかわからないという意味ですが、そういった通知なるものも参考にしないとならないということです」
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三木は秦からもういちど今の質疑応答なるもののタイトルを聞いてメモする。秦はネットからその文書も入手できるという。 三木は秦にお礼を言って自席に戻る。家に帰るとプリントするのもひと仕事だ。会社ならレーザープリンタがあるからあっという間にプリントできるが、インクジェットのプリンタではプリントするにも長時間かかる。100ページもあれば今日中には終わらない。すぐさまJABのウェブサイトにアクセスしてプリントする。厚さ1センチくらいになった。それを総務に持って行って製本してもらう。電車の中で読んでもかまわない文書だから明日からの移動の際に読もうと思う。 ●
審査員のお仕事は旅行することだ。日常、電車であろうと飛行機であろうとバスであろうと、とにかく移動というか旅行する。時間があればその時間に仕事をしたいのがやまやまだが、昨今は情報漏洩が厳しく言われており、社外秘以上の書類は人目に付くところでは見てはいけない。
● ● ![]() なるほど自分が日常当たり前と思っていることも、ちゃんとルールで決まっているのだと感心する。不適合を出すときには証拠と根拠を書けとあるだけでなく、どのshallかまで書かなければならないことになっている。例えばISO規格の一項目にshallが一個しかなくても、要件が複数記述されている場合があるから、そのときはその要求事項のどの要件かを明示しなければならない。文書管理に反しますではいけないのだ。 読んでいて三木も冷や汗が出ることが多々あった。三木が知らないことが多いのだから一般の審査員はどうなのだろうか? 鷽八百社の山田はこういった基準類をすべて読みこなしているのだろう。CARにへたなことを書いたらひっくり返されることは間違いない。 *CAR: corrective action requirement 以前、山田の部下の横山という女の子が、審査でトラブルがあると山田課長が全部処理していると語ったが、確かにJAB基準類を頭に入れている審査員などあまりいないだろう。山田にしたら赤子の手をひねるようなものだろうなあと思う。いや、山田が特別なのではなく、審査員側が一層の研鑚に励み向上しなければならないのだと思う。 移動中、ヒマがあれば三木はJAB基準類を読み替えし、ポストイットを貼り、マーカーを引いて暗記したり、疑問箇所をまとめたりした。 ●
半月ほど過ぎた月曜日のこと、三木は再び秦氏を訪れた。またコーヒーを持って打ち合わせ場に座る。
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「いやあ、秦さん、先日はありがとうございました。とても勉強になりました。今までああいった基準類を勉強していなかったことを後悔しています。ああいう知識があればもっと違った審査ができたと思います。」
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「確かに知識は力になりますが、知識を力にするには知恵が要ります。そして知恵があればそれほど知識はいりません。数学で公式を丸暗記しなくても基本的な公式からほとんどが導き出せるように、基本を知っていれば大丈夫ってことがありますからね」 ちょっと頭に浮かんだが、二次方程式の解の公式を導き出せる人は何割くらいいるものだろうか? 日本人なら全員中学校で習ったはずだが、大人になれば半分いや9割方の人は忘れているのではないだろうか?
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「だって常識があってもISO認証規格で、なにをどう決めているかなんてわからないでしょう」
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「そうでもないのです。今では第三者監査が基本だなんてお考えの人が多いかもしれません。でもね、20年前に第三者認証なんてなかったわけです。だけど当時だって、内部監査もありましたし二者監査なんていつもしたりされたりしていたわけでしょう」 (今この物語は2010年です) | ||||||
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「確かにそう言われると・・・」
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「そういう監査においての基本というのは誰が考えても落ちつくところというか基本的要件は同じですよ。不適合を示すときは証拠と根拠を明確にしろなんてのは、監査も裁判も変わりません。罪刑法定主義というのは刑事事件だけでなく監査においても同じことです」
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「ほう!といいますと、先日、秦さんはISO17021が改定中とおっしゃってましたが、改定されても中身は変わらないということですか?」
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「変わらないと思います。変わるのは用語とか項だてとかでしょう。そもそも今回はISO17021と19011の取り合いの見直しというか整理が目的でしょうし」
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「なるほどなあ〜 あ、そう言えば審査工数ですがね、業種や人員による表はありましたが、どうもあれを読むだけでは一律には決まらないようですね」 | ||||||
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「審査工数ですか、厳密にというか条件がこと細かく決められているわけではなく、かなりあいまいな記述ですから認証機関による解釈というか分類の仕方によって2割や3割の差は生じるでしょうね。 あるいはどうしても受注したいという気持ちからの戦略価格なのかもしれない。認定審査でイチャモンがつかない程度なら良いのでしょう」 | ||||||
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「それで思ったのですが、受入検査などの抜取検査でしたら消費者危険とか生産者危険をしっかりと決めて契約しますよね。第三者認証も抜取だという説明がISO17021にありますが、そのときの危険率とか抜取数なんて理論はありませんよね?」 注:ISO17021:2006 4.4.2注記に「いかなる審査も、組織のマネジメントシステムからのサンプリングに基づいているため、要求事項に100%適合していることを保証するものではない」とある。2011年版でも同一の文言がある。 | ||||||
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「確かにそれはありませんね。第三者認証というものは、それほど厳密というか科学的な根拠に基づいているわけじゃないのです。それで審査して認証するわけですから、認証で何かを保証するわけにはいかないでしょう」
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「現実の工数を考えると審査のメッシュは粗すぎるのではないでしょうか?」
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「確かに・・・・とはいえ、抜取検査のように消費者危険を1%とかにしようとしたら、抜取数を上げなければならず審査工数は現行の何倍にもなるでしょうね」
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「工数が現行の何倍にもなれば費用対効果から考えて認証を受けようとする企業はないでしょうね。 しかし現状の抜取というかせいぜいが1項目について1件程度しか見ていないというのは、工数の問題なのでしょうか、それとも審査においては統計的云々というレベルまで技術レベルが至っていないのでしょうか?」 | ||||||
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「うーん、その両方なんじゃないかなあ〜。消費者というか世の中に信頼してくれというなら、そこらをもっと理論をしっかりしないと通用しないでしょうね。おっと認証機関の者がそんなことを言っちゃいかんか」 それはIAF基準とか認定機関の問題だなと三木は思う。AQLもAOQLも考えずに抜取を行うという発想もおかしなことだと三木は思う。いやいや、そんなのを抜取とは呼べない。単なる手抜きでしかない。三木は過去、検査業務に関わったことはない。しかし営業部門にいてお客様と交渉や契約をしていた立場でいたので、そういった用語とか考え方は身に付いていた。 規格を読んだことも勉強になったが、秦氏と話ができたことも大変ためになったと思う。 | ||||||
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「変なことを聞いてもいいですか?」
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「ハイ、なんでしょう?」
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「秦さんは以前、審査員をされていましたが今は審査員はしていないですね。それと60を過ぎたはずですが、なぜ私のように子会社に移らないのか不思議に思いまして」
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「ハハハ、人には皆得手不得手というのがありまして、私は・・・三木さんのおうわさはいろいろと聞いています」
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「は!悪いうわさでなければよいですが」
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「三木さんの心温かい審査が評判です。三木さんに審査してほしいという会社は多いのですよ。 私はなにごともイチゼロという性格でして、悪いところを見つければ不適合と判断するしかありません。それが私の職業人としての良心ですから。ただそれは認証ビジネスとしては不向きなんですね。我々は適合している企業に認証を出すのが目的じゃなく、この会社の存続が目的ですからね。 それで会社としては私をお客様と会う仕事でなく、認定機関との渉外とか、規格関連の委員会などに出すようになったというわけです。私にしてもそういった仕事は好きでしたし、この認証機関に来る前から業界団体とか委員会などに出向していたこともありまして、知り合いも多いのです。 そういったところに参画するには子会社所属ではまずいようで・・・よく下請とか子会社の人に名刺だけ持たせるということをさせる会社も多いですが、官公庁相手になると通用しないこともあり、無給嘱託なんて言葉ご存じでしょう、そう言った処遇ではだめなんだそうです。そんなわけで未だに本体にいるわけです。おっと、賃金をご心配なら、60過ぎてからは7掛けでして、三木さんと同じですよ」 | ||||||
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「いや、そんなことを思ったわけでは・・・」
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