*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。
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翌日、伊丹が出社すると工藤が心配そうに話しかけてきた。 ![]() | ||||||||
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「伊丹さん、お顔を見てとりあえずは安心しました。どんな | |||||||
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「予想していましたが南武少佐だけでありませんでした。憲兵の岩間少佐という方がいまして、この方の質問がメインでした」
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「料亭で尋問というわけでもないでしょうが、どんなお話で結果はどうなったのでしょう?」
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「容疑者というよりも情報源として使いたいとのことでした。情報提供については否応は言えないでしょうけど、私は技術などと同じく軍事とか歴史の情報をこちらに伝えて外乱を与えるのはどうかと思うのですよ」
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「私はこちらの国民ですから、先進技術だけでなく兵器や戦略や作戦についての情報も持ち込んでくれたらうれしいですがね」
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「どうでしょう、先日の自動小銃もこちらの技術では作れないと聞いて、いささかホットした感じではあるのです。もし戦車とか飛行機とか外国より数十年も先んじたものを装備したらどんなことになるのか想像もつきません」
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「私も想像もつきませんが、戦争で負けるより勝つ方が好ましいですね。伊丹さんの世界では本土に敵が攻め込まれた経験ないでしょうけど、こちらでは扶呂戦争のときロシア軍が北九州、島根、鳥取に上陸し結構内陸まで攻め込んできました。 我が国の戦艦が自分の国に向けて艦砲射撃をしたのです。そんなことが起こるなんて、それまで想像もしませんでした。今からわずか8年前のことです。 今でも山陰の海岸では砲弾で崩れた石垣とか神社の鳥居などが残っています。あんな経験をすると、我が国が他国よりも優れた武器を装備してほしいという思いは強いですね」 | |||||||
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「なるほど、私の世界では空襲はありましたが、敵軍が上陸してきたという経験は沖縄の一部を除けばありませんからね。学生を戦場に送るななんて寝ぼけたことを言う人もいます。自分たちの町や学校が戦場になるという発想はできないようです」
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「アハハハハ、この国ではそんなことを言えば呆れられますよ。わざわざ出かけなくても、向こうから攻め込んできますからね。こちらでは『故郷を戦場にするな』と言われてます」
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「ともかく私は従来通りの仕事を続けられるようです。向こうからの物品を調達する依頼があるそうですが」
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「こうなってしまえばある意味、伊丹さんも安心して暮らせるのではないですか。もう身の | |||||||
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「そう考えるしかありませんね」
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数日後、早速岩屋少佐から連絡が来た。新世界技術事務所に憲兵上等兵が書面を持ってきた。伊丹が受け取って中を拝見すると指定された日時に出頭せよとある。承知した旨回答する。すると口頭ではダメだというので書面にする。どうも杓子定規である。今後こんなやり取りが続くのだろうか。● ●
数日後の午後、憲兵司令部に行くと会議室に案内される。 部屋には岩屋のほか二名の士官がいる。岩間が紹介する。 ![]() | ||||||||
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「こちらが伊丹さん、こちらは参謀本部の中野中佐と辻中佐だ」
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「伊丹と申します。どのようなお話か存じませんがよろしくお願いいたします」
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「伊丹さんのことをあらまし説明してある。こちらの二人が伊丹さんから直接お話を聞きたいというので」
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「私のことはもう憲兵だけでなく関係者には周知されたわけですか。ということは私は犯罪を犯さない限り自由に仕事をしても良いと理解してよろしいのですね」
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「そう理解していただいて構いません。実を言って伊丹さんには警護をつけています。お断りしておきますが、監視とか逃亡させないためでなく、他から害をなされないようにという身辺保護です」
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「それはありがたいのかどうか、私の商売に差しさわりがなければよいのですが。もし憲兵に目を付けられているなんて噂がたって仕事の依頼が来なくなっては困ります」
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「砲兵工廠の方は差しさわりないでしょう。それに皇族や高官それに重要な学者には警護が付いてますから、警護が付いているから噂になることもないでしょう。 伊丹さんがどこでどのような仕事をしているかは把握していますが、いずれも我が国にとって重要であると認識しています。ですからその継続は問題ないというか、ぜひとも継続してほしいと考えています。だからこそ伊丹さんに万が一のことがあっては我々が困ります」 | |||||||
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「わかりました。それでは本題に入っていただけますか。 辻中佐殿、中野中佐殿、知っていることは何でも話しましょう。ご質問なりご依頼なりお話しいただけますか」 | |||||||
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「事前に二人で質問を打ち合わせてきた。私がまとめてお話したい。 まずひとつはそちらの世界の歴史、国内と世界の流れを教えてほしい。ああ、今ここでというわけではない。参考図書などを集めて、そのサマリーを講義してほしいのだ。もちろん歴史というのは勝者の記録だから、ひとつでなくて多面的にいろいろな観点の書物を集めてほしい。我々はそれらを熟読するつもりだが、概略を1日くらいで説明してもらいたい」 | |||||||
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「承知しました。何日くらい時間がもらえますか。また図書は1部ではなく人数分となりますと結構な金額になると思います。もちろん1両2両の話ですが。それはご負担いただけますね」
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「可能な限り早くといいたいが半月か一月くらいでなんとかならないかな。 お金についてはもちろんだ。正直言ってまだ正式な予算はないので事前に見積もりを出してほしい」 | |||||||
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「承知しました」
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「今言った一般的な歴史のほかに、戦史というか1900年以降2000年くらいまでの我が国、いやそちらの日本国の関わった戦争と世界で行われた戦争について知りたい。そういった書物などを集めてほしい」
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「日本の関わったものについてはわかりました。 ただ世界全般については正直言って網羅的なものはあるのかどうかわかりません。もしそれを早急にとなりますと私だけでは手が足りませんが、そちらの希望納期とかどうでしょうか」 | |||||||
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「伊丹さん、奥さんがいますよね。今は向こうの世界にいるようですが。奥様にそういった仕事をやっていただけないでしょうか。女中さんも大勢いてお暇なようですし」
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「アハハハハ、よくご存じですね。 今後いろいろなご要望があるでしょうから、それも含めて家内に調査とか本を買うとかしてもらいましょう」 | |||||||
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「それから主たる武器の時代的進化というか、飛行機とか戦車とかイメージはお分かりでしょうけど、そういったものをまとめてもらいたい。もちろんそれについても我々は詳細をこれから勉強するつもりだが、概略を説明してもらえば手っ取り早い」
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「分かりました。これも資料と1日コースということですね。これも概要を示して家内に資料を収集させましょう。おっとご安心ください。家内は軍事について何も知りませんが、私も知らないから同じですよ。家内も普通の頭を持っていて大学も出ていますから大丈夫でしょう」
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「喫緊の課題として、現在緊張が高まっている欧州でのことだが。そちらの世界での開戦から終戦までの流れをまとめたもの、できれば詳細がいい。使用された武器、会戦、その他」
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「承知しました。こちらと向こうの歴史は似ているようで若干違います。向こうの世界では開戦は2年後ですが、こちらではどうか分かりません。まああと半年くらいは勃発しないでしょうけど」
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「向こうの世界での、国内の事件、変動など現時点から今後10年くらいに起こるものを詳細について資料を集めてほしい」
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「分かりました。 気になっていることを、ひとつ申し上げておきます」 | |||||||
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「なんだろう?」
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「こちらでは皇帝陛下といいますが、向こうは天皇陛下と称しています。向こうの明治天皇は今年7月30日に崩御されました。お断りしておきますが、こちらの歴史と向こうの歴史は違います。違いますが一応心に留めておいていただきたく」
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「うーむ、分かった。辻さん、岩間さん、これは機密だ」
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「以上で大体でしょうか。 私からのお願いがあります。それは私からの情報提供は陸軍に限定してほしくない。歴史は向こうの世界と同じとは限りませんが、兵器などはそのアイデアなどはこちらでも十分に活用できるはずです。ですから海軍も情報共有をしていただきたいと思います。私自身、同じことを二回するのは面倒です。 以前から砲兵工廠での講義には海軍工廠からも参加していただいており、関係は悪くないと思います」 | |||||||
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「安心してくれ。ここには陸軍参謀本部の人間だけだが、それについては海軍と協議済だ。伊丹さんの講義などには双方から出席する」
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「それを聞いて安心しました。私の世界の海軍と陸軍は犬猿の仲と言われています」
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「余裕があるときは犬猿の仲でいられる。ここもそうだった。しかし敵が上陸してきて、まさに国家存亡の危機になったとき以来、我が国では陸軍と海軍は一体で運用されている」
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「それは大変結構なことです。これからの新兵器開発は、より高額に長期間かかることになります。例えば機関銃などは海軍も陸軍も同じものを使うとか、飛行機も共通にするとかしないと開発費ばかりかかります」
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「そういうことを徹底しないといけないな。弾丸も共通化することも必要だ」
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「もう時間ですな。伊丹さん、一席設けておりますので・・」
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4人は憲兵司令部を出てすぐの料亭に場所を移す。● ● ![]() |
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「先日のところは高いんですわ。ここはあそこほど格調が高くはありませんが、客のほとんどは身内の者なので話が漏れることはありますまい」
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「では伊丹さんにこれからもよろしくということで、乾杯」
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「正直言いまして私は向こうの世界では単なる一市民でした。ですから政治とか軍備などに詳しくありません。依頼された仕事は一生懸命にするつもりですが、あまり私に期待されると困ります」
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「いやそんなに深刻にとらえることもありません。我々だって伊丹さんにおんぶにだっこというわけでなく、あくまでもそちらの歴史を参考にするだけです」
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「実は私はそれについて疑問を持っているのですよ」
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「どのようなことでしょうか?」
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「向こうの世界とこちらの世界は違う。しかし技術とか機械はどちらの世界でも同じ効用を持ちます。向こうの機械を此方に持ち込めば同じ仕事をしますから、こちらの世界が独自の努力で進歩していくよりも急速に進化していくことになります。 それはこの世界を大きく乱してしまい、向こうの歴史との違いを更に大きくしていくだろうと思います」 | |
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「もちろん我々は外国に比べて我が国がより急速に進歩していくことを目指しているわけだが」
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「本来の進歩よりも外乱によって加速された進歩は悪影響をもたらすのではないかと危惧するのです」
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「それは分からないな。良い方に変わるのか、悪い方に変わるのか」
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「少なくとも向こうの歴史を参考にして、こちらの世界ではそうならないように動くことは可能ではないだろうか」
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「しかしそうなりますと、ますますこちらの本来の歴史からも、向こうの歴史からも離れていく。向こうと違い中国と戦争しないという選択をしたとき、別の国と戦争をするようなことになると、かえって悪化するのではないか」
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「伊丹さんの話ぶりでは何もしない方が良いとお考えのようですね」
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我々は時代という激流を川下りしているようなもので、途中で降りたり引き返したりできません。ひたすら舟を転覆させないように岩にぶつけないようにと操るだけです 分からなかった人はパス↑
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「しかし外部の情報を受けずにいれば、無事激流下りができるわけではない」
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「もちろんそうですが・・・・外部からの情報は外乱に過ぎないのではないかと思うのです」
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「伊丹さんの言い方をすれば、過去より 我々はそうならないように、祖先から受け継いだこの国を次の世代に渡さなければならない。そのためにはあらゆる手を尽くしたい。それだけだよ」 |
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注1 |
第一次大戦は飛行機の黎明期で単葉機・複葉機・その他が混在した。単葉は1枚翼、複葉は二枚翼で、三葉とは3枚翼の飛行機である。 *二枚以上をすべて複葉機という言い方もある。 レッドバロンと呼ばれたリヒトホーフェンの愛機フォッカーDr.Iは三枚羽根である。実はこの飛行機は車輪の間にも小さな翼があり四葉機とも言われる。 | ||
注2 | オーバーキル(Overkill)とは過剰殺戮、過剰攻撃などと訳され、元は地球上の人間を何度も殺すほどの核兵器があることを意味した。相手に対して強大すぎる武装を意味したりする。
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注3 | この比喩は某書籍のパクリだ。ご存知かな? ただし50年も前の本だ。
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