ある業界ではとても普通で日常的に使われるものが、往々にしてその他の業界の人からすると奇妙だったりかっこよかったり珍しかったりするものである。おおかたそれは、美しい。 はたしてそれが紙の場合はどうか。ここでは、デザインとしてそれらを採用しているものではなく、それらの紙に「道具美」を見い出し、その敬意が本全体にみなぎっていると思う二冊をbookyします。 同じ意味で美しいと思う、子どもの頃に使ったようなノートやお仕事系罫線シリーズをおまけでbooky。


レイアウト
著者 橘弘一郎
発行 印刷学会出版部 昭32
定価 800円

上の写真は2001年2月、東京渋谷の古本バー『NON』で購入(1800円)したときのもの。透明な袋に入れてNONオリジナルのシールを貼ってくれるのがうれしい。右の写真に映っている洋書は一緒に買った別の本。


これは印刷にかかわる全てのひとにむけてつくられた「レイアウト指導書」である。印刷についての説明は当然だが、課外読本として和紙や装幀、いい印刷とはなにか、またその心構え、といったことまでかかれていてとてもバランスがいいと思った。ちなみに著者は、谷崎潤一郎の本が大好きらしい、装幀造本も含めて。そういうことも自然に書かれているってのがいいでしょ。

上の写真
左:『映画ファン』誌の6色プロセス印刷過程を表したもの、表紙は司葉子。
右:いきなり挿入見本として「ウス紙」。写真にかぶせてトリミング指定などを書込むときに使うものだが、なぜか左上が四角く切られている。誰か読み手がなにかのサンプルに使ったんだろう。

ほかに挿入見本として、「映画世界社」のレイアウト用紙とネーム紙も付いている。別にどってことなくどこの編集部にもあふれてあるものだが、きれいだと思う。本文級数に合わせた文字枠の□が印刷されていないものであった。

下の写真
「右ページの全面写真版はこのページの組版を原寸で現わし組版を構成する活字・込物・インテルなどのありさまを示したものである。」とある。これもきをてらう感じは全く無くて、よりわかりやすく誌面を作りたいという気持ちがにじにじとあふれて伝わるから不思議。


クララ洋裁研究所

CD 立花英久
AD+D 立花文穂
写真 久家靖秀
写真 立花文穂
文  小池一子
英訳 ケン・フランケル
発行 立花英久
発行 バーナーブロス
印刷+製本 立花英雄
2000年 4200円 
初版限定1000部

小池一子氏の両親が昭和の大戦をはさんで創設移転倒壊再建してきた出版と洋裁の『クララ』。そのモダンで端正な社屋が2000年に解体を余儀無くされ、その前日にプライベートエキシビジョンのなかで立花氏が行ったインスタレーションの記録でもある。
洋裁のときに型紙をとる茶色い薄い紙と、とった型紙を生地にうつすときに使うロウひき紙が挿入されている。角背でしおりつき、ベージュの布装にタイトルだけが黒で押されてある。後付けに入れられたマークの羅列がまたいい。

洋裁の過程には線がたくさん出てくる。直線曲線、どれも人の体に寄り添っていてとても美しい。
包装紙の裏を使った型紙、デザインのメモ、工夫されたハンガー、使い込まれた道具...大正昭和を過ごした二人の日常の断片に、立花氏が敬意と歓喜をもってその美しさをとらえたその日のエキジビションを、ここに再び本として私達におすそわけしてしてくれたという感じ。 洋裁をするひとならまず間違いなく宝ものになる一冊。


中国の子供ノウト

これは中国の子供用のノートで、作文用紙と方眼用紙。表紙のずれずれの印刷やぱくぱくパクリな絵柄もいい。
日本でメジャーなのはジャポニカ学習帳だろうか。科目ごとに違う表紙の写真もいいんだけどなにより中の罫線のいろいろが楽しかった。事務用の様々な書式も、今ではとても美しく思える。薄い紙、紺一色の罫線、B版のサイズ...。

農家の出納簿

大正期、神奈川県農会が農家に配付した現金出納簿記帳。例えば通常家事費なら、勝手道具、青物、乾物、佃煮、郵便、奉公、兵隊...などなど細かく分けて書き込むようになっていて、その分類のしかたがおもしろい。
「農家の主婦用として考案し、記入及び年計に際し増収及び節約すべき費目を知得する所あらしめむとす」「これは適否を試験せんがため本書を印行して有志に頒ち其訂正を要む」
日用訓として「第一に勤勉、第二に倹約、第三に貯蓄」さらに「上に立つものの指図を受け」「真心込めてセッセと働き」「安くとも不用の物を買わず、必要ならば高くとも良い物を買う」「貯蓄は確実、活用が大事」etc.。改訂版は、でたのだろうか。

これを買ったのは鎌倉の游古洞。ここは最近めっきり骨董やっぽくなってきたが、店の左奥にずいいと進むと見えてくる平積みされたもののなかにこの手のものがたくさんある。昭和の奥様系のものは特に豊富。
「変わったものをお買いになるのね」と鎌倉マダムな女主人、「ええ、こちらには変わったものがたくさんあるので、つい」と応じる。変人扱いは不愉快だが、こういう場合は共有できるから愉快である。