『三四郎』(夏目漱石)教案    

 
はじめに
  これまでいくつかの教科書に「三四郎」の第二章が掲載されていた。私たちが何度か授業で取り扱った経験からは、第一章の汽車の場面が生徒の関心を引き授業として盛り上がる。大学に入りエリート社会に入っていこうとする三四郎が、上京する汽車の中で日露戦争後の現実社会に生きる女や爺さん広田先生と出会う。彼らとの出会いに戸惑い衝撃を受ける三四郎の様子は共感を感じさせ、汽車の女の「度胸がない」という言葉は強い印象を残す。広田先生と三四郎の会話も興味深く、日露戦争後の日本や日本人の意識について考えさせられる。
  漱石は『三四郎』の予告で「田舎の高等学校を卒業して東京の大学に這入つた三四郎が新しい空気に触れる、さうして同輩だの先輩だの若い女だのに接触して色々に動いて来る、手間はこの空気のうちにこれらの人間を放すだけである、あとは人間が勝手に泳いで、自ら波瀾が出来るだらうと思ふ」と書いている。漱石は『三四郎』までの作品で道義を中心に世界を構成しようとし、世の中を批判する人物を中心に描いていた。しかし『三四郎』からは大きく転換し、現実の関係を問題にしはじめる。素朴で素直な三四郎やひょうひょうとした広田先生はそれまでの道義的人物を越えた新しいタイプの人物である。また汽車の女や爺さんは現実社会を逞しく生きる人物である。

 導入

1 この作品の背景となっているのはどのような時代か。
 ・ 明治時代後期。日露戦争の後。

2 主人公三四郎は、汽車でどこへ向かおうとしているのか。
 ・ 熊本の高等学校を卒業して、これから東京大学に進学するため、上京するところである。

 汽車の中 女との出会い

1 三四郎は汽車で乗り合わせた女にどのような印象を抱いたか。
 ・ 色が黒いことが目につき、「九州色」だと思った。
 ・ 何となく異性の味方を得たような気がした。

2 三四郎が女をみて「何となく異性の味方を得た」ように思ったというのはどういうことか。
 ・ 三四郎は大阪に近づくにつれ、女の色が白くなり故郷を離れる心細さを感じていた。京都から乗り込んできたこの女は、色が黒く、田舎者同士として親近感を覚えた。 * この女は「口に締まりがある。眼がはっきりしている・・・」というように田舎の御光さんと印象が違っており三四郎の興味を引く。

3 女が爺さんに話した彼女の身の上はどのようなものか。
  ・ 女の夫は呉で海軍の職工をしていたが、戦争中は旅順に行っていた。戦争が終わって帰ってきたが、また大連へ出稼ぎに行った。最初は仕送りもあったが半年前から音信不通である。それで食べて行くことが出来ずに仕方なく里帰りをする。

 * たくさんの兵が死んだ中で幸せなことに女の夫は生きて帰ってきた。その喜びもつかの間、戦後になおさらひどくなった不景気のために広島では食べていけず、大連へいった

4 女の夫に対する気持ちはどのようなものか?
  ・ 女は夫が音信不通になっても「不実な性質ではないから大丈夫だ」と信頼している。厳しい境遇の中で信頼関係が築かれている。

5 爺さんが「旅順以後急に同情を催した」とあるが、
 a)当時「旅順」とはどのような場所であったか。
  ・ 日露戦争の激戦地であり、5万7千人もの兵が死んでいる。
 b)じいさんが女に「同情を催した」というのはどういうことか。
  ・ じいさんの息子も戦争で死んでおり、女の境遇を他人事には思えない。

 c)じいさんは戦争をどうとらえているか。
  ・  いったい戦争は何のためにあるのかわからない。
  ・  こんな馬鹿げたものはない。
 * 多くの人が死んだ旅順の戦いから生還したのに、食べていけず、また大連にいくしかなかったという話を聞いて、じいさんは自分のことのように女に同情している。戦争中には税金が跳ね上がり、戦争に勝っても、景気は悪くなる。女の苦労はたくさんの人々が共有していた苦しみである。じいさんの言葉はそういう庶民の感覚から出ている。 * この作品の背景になっている日露戦争について調べさせる方法もある。戦勝国として日本のマスコミが沸き立ったことや、一方それが庶民に何をもたらしたかを考えさせる。

6 爺さんの女への慰めの言葉は何か。
 ・ 「なにしろ信心が大切だ。生きて働いているに違いない。もう少し待っていればきっと帰って来る。」
 * 爺さんは戦争の苦労を身をもって体験した。息子の死や生活苦を経験してなんとか生活してきた爺さんは、夫の安否を心配する女の心情を理解し、女に慰めの言葉をかける事ができる。 * このあと爺さんは「元気よく出て行った」と書かれている。爺さんや女の生活には感傷にふける暇はなく、苦労を引き受け、日々の困難に対処していくしかない。苦労話は苦労話として共感し「しきりに慰めた」あと、汽車が止まると元気よくそれぞれの生活に戻っていく。

7 「三四郎は飛んだことをしたのかと気がついて、女の顔を見た」とあるが、
a)飛んだ事とは何か。
 ・ 三四郎が窓から投げた弁当の折りの蓋が、女の顔に当たった事。
b)女はどんな態度を示したか。
 ・ 「女は静かに首を引っ込めて更紗のはんけちで額の所を丁寧に拭き始めた」
 ・ 女は「いいえ」と答えた。まだ額を拭いている。
c)このような女の態度から、どんな印象をうけるか。
 ・ 落ち着いている。
 ・ 少々のことには動じない。

8 三四郎と女の「会話はすこぶる平凡であった」とはどういうことか。
 ・ 女は名古屋でどうするか思案して話かけるが、三四郎はたいした返事が返せない。 * 爺さんと違って女と三四郎との間では共通の話題がなく話はとぎれがちである。じいさんと女は短い間にも話が発展するが、三四郎は世間知らずで戦争に切実に関わることもなく、爺さんと女との間にあったような共感はない。

9 「迷惑でも宿屋に案内してほしい」という女の要請に対して三四郎はどのように感じたか。
 ・ 「一人で気味が悪い」というのをもっともだと思ったけれども、快く引き受ける気にならなかった。
 ・ 知らない女なので頗る躊躇したが、断る勇気もでなかった。

10 女に宿屋についてこられて、「帽子に対して極まりがわるい」とあるが、
 a) 帽子は三四郎にとってどういう意味があるか。
  ・ この当時高等学校にいくのはごく少数であり、高等学校の帽子はエリートの象徴であった。
 b)極まりがわるいとはどういうことか。
  ・ 三四郎は高等学校を出て大学に進もうとしている。彼は自分がエリートコースを歩む人間だと意識しており、帽子にも自負心がある。三四郎は汽車で乗り合わせただけの知らない女と関わりあいになることに戸惑いを感じている。

11 女の方ではこの帽子をどう思っているか。
 ・ 「ただの汚い帽子だと思っている。」
 ・ 帽子に全く関心がない。三四郎が期待するような敬意を払ってくれない。
 * 三四郎が重きをおいているような、地位を示すシンボルとしてみていない。

12「三四郎にも女にも相応なきたない看板」とはどういうことか。
 ・ 安宿にしか泊まれないという意味では女と三四郎は同じである。
 * 女は三四郎に親しみを感じて宿屋への案内を頼んでいる。女は三四郎に距離を感じていない。

13 「上がり口で二人連れではないと断るはずだった」のにどうして断れなかったのか。
 ・ きびきびと仕事をこなす都会の安宿のペースについていけない。 店の者に二人連れだと思われても、今更断る勇気がない。

14「こいつはやっかいだ」とはどういう心理か。
 ・ 夫婦でないと断る勇気もないし、女と同じ部屋で泊まるのも困ると思っている。

15 「ちいと流しましょうか」と言って湯船に入ってきた女に対して三四郎はどうしたか。
 ・  風呂から飛び出した。
 * 三四郎が断ったのに女は意に介さず風呂に入ろうとしたので三四郎はあわてふためいた。

16「どうも失礼いたしました」というとことから女のどんな様子がうかがえるか。
 ・ 風呂から逃げ出した三四郎と比べて、動じず落ち着いている。

17「一寸出て参ります」と言った女はどこに行っていたのか。
 ・ 子供への土産に玩具を買いに行っていた。 * 汽車の中で爺さんに「久しぶりで国へ帰って子供に会えるのはうれしい。」と言っていたように女は、京都でも名古屋でも子供へのお土産を買っている。
 * 女は子どものためにてきぱきとすべきことをしている。夫への信頼とおなじく子どもへの愛情が伺える。

18 「三四郎はますます日記が書けなくなった」どういう心理か。
 ・ いたら、いたで女が気になるし、いなければ、いないで女が気に掛かる。三四郎は女に強い関心を持ち注意深く観察している。他のことには手が着けられない。日記の世界に逃げ込むことができず、女に関心を寄せるのが三四郎の特長である

19 下女が「『頑固に』一枚の布団を蚊帳一杯に敷いて出ていった」という表現には二人のどのようなすれ違いが示されているか。
 ・ 一つの布団ではまずいとこだわっている三四郎と、さっさと仕事をこなそうとしている下女とが対比されている。あれこれ応じながら、まったく三四郎のいうことを聞く気がない。

20 女が先に布団に入ったあと三四郎はどうしたか。
 ・ 蚊帳の中になかなか入れず、敷居に座って団扇を使っていた。
 ・ このまま夜を明かそうかと思ったが蚊がぶんぶん飛ぶので凌ぎきれなくなった。
 ・ 蚤除けの工夫をすると言って、シーツをくるくると巻いて布団の真中に仕切りを作った。
 ・ タオルを2枚敷いてその上で細長く寝た。
 ・ その晩は三四郎の手も足もこの幅の狭い西洋手拭の外には一寸も出なかった。

21 布団の真ん中に仕切りを作ったのはどうしてか。
 ・ 「蚤よけの工夫」を理由にして女との間を隔てる壁を作った。

22 「夕べは蚤はでませんでしたか」というのはどういうことか。
 ・ 蚤除けの工夫をするといった下手ないいわけをからかっている。

23 「夕べは蚤はでませんでしたか」と言われた三四郎はどうしたか。
 ・ 三四郎は、「ええ、有り難う、お陰様で」と真面目な返事をしつつ、決まり悪さを何とか紛らわそうとして、「下を向いて、お猪口の葡萄豆をしきりに突っつきだした」
 * 漱石は戸惑う三四郎と、「にこりと笑って」、三四郎の不甲斐なさを指摘する女を対比している。女は三四郎の弱点を指摘する存在として描かれている。

24「あなたはよっぽど度胸のない方ですね」といった時の女の様子はどのようであったか
 ・ 「女はその顔をじっと眺めていた」
 ・ 「にやりと笑ってやがて落ち着いた調子で」言った。
 * 「にやりと笑って」「落ち着いた調子で」という表現は、女が直感的に三四郎の弱点を鋭くとらえていることを示している。

25「あなたはよっぽど度胸のない方ですね」というのは、三四郎のどのような態度に向けて言われた言葉か。
 ・ 女に興味を抱いているが、女と関わることを恐れていた態度。
 ・ 三四郎は女に面と向かって話もできず率直に断る勇気も持たない態度。
 * この言葉は女に戸惑う三四郎のはっきりしない態度に向けられたものであるが、あとで三四郎が「二十三年来の弱点」と感じるように三四郎の価値観や自信を壊してしまうような力を持っている。

26「あなたはよっぽど度胸のない方ですね」といわれた後の三四郎はどのように描写されているか。
 ・ 「三四郎はプラットフォームの上へはじき出されたような心持ちがした。」
 ・ 「車の中へはいったら両方の耳がいっそうほてりだした。しばらくはじっと小さくなっていた。」
 ・ 「三四郎はそっと窓から首を出した。」
 ・ 「三四郎はまたそっと自分の席に帰った。」 * 女の言葉からうけた衝撃の強さが分かる。この衝撃が三四郎が自分自身を省みるきっかけになる。

27 「三四郎はこの男に見られた時、なんとなくきまりが悪かった。」のはどういう気持ちか
 ・ 自分の動揺を悟られたのではないかと体裁を気にしている

28 「本でも読んで気を紛らわせたい」とはどのような気持ちか。
 ・ 書物の中に逃げ込んで女の言葉のショックをやわらげたい。

29 「運悪く当選した」とはどういう意味か。
 ・ よりによってもっとも読む気にならないような難解な書物だったということ。

30「読む気にならない」のにうやうやしく読むのはどういうことか。
 ・ 三四郎は本を開いて読むポーズをとりながら夕べのおさらいをするつもりだということ。
 * 三四郎は書物的な世界に入ることで女から受けた衝撃を忘れることはできない。女の言葉の意味の方が三四郎にとって重要であることを示している。



  「元来あの女は何だろう。あんな女が世の中にいるものだろうか。女というものは、ああおちついて平気でいられるものだろうか。無教育なのだろうか、大胆なのだろうか。それとも無邪気なのだろうか。要するにいけるところまでいってみなかったから、見当がつかない。思いきってもう少しいってみるとよかった。けれども恐ろしい。」
  「別れ際にあなたは度胸のない方だと云われた時には、吃驚した。二十三年の弱点が一度に露見したような心持ちであった。親でもああうまく言いあてるものではない。」
  「三四郎は此処まで来て、更に悄然てしまった。どこの馬の骨かもわからないものに、頭の上がらないくらいどやされたような気がした。ベーコンの二十三ページに対しても、はなはだ申し訳がないくらいに感じた。」
  「どうも、ああ狼狽しちゃ駄目だ。学問も大学生もあったもんじゃない。甚だ人格に関係してくる。もう少しはしようがあったろう。けれども相手がいつでもああ出るとすると、教育を受けた自分には、あれよりほかに受けようがないとも思われる。するとむやみに女に近づいてはならないというわけになる。なんだか意気地がない。非常に窮屈だ。まるで不具にでも生まれたようなものである。けれども......」

31 「あの女」に対してどのような印象を持ったのか。
 ・ おちついて平気、無教育、大胆、無邪気
 ・ いけるところまでいってみなかったから見当がつかない、
 ・ もう少しいってみるとよかった。けれども恐ろしい。
 * 女は魅力的で、独立的であり、三四郎も女に対して肯定的な印象を持っているが、三四郎は女を理解できず、女に近寄ることができない自分を感じている。

32 三四郎は「度胸がない」と言われたことをどう受け止めているか。
 ・ 「吃驚した。二十三年の弱点が一度に露見したような心持ちであった。親でもああうまく言いあてるものではない。」
 * 三四郎は女の言葉を自分の弱点を的確に示すものと考える。

33「三四郎は此処まで来て、更に悄然てしまった。」とあるが、三四郎はどのようなことに気づいて「更に悄然てしまった」のか。
 ・ 教育のない女が大胆に的確に自分の弱点を指摘することができる。学問を修めたはずの自分自身が狼狽していることを情けなく感じた。
 * どこのだれかもわからない「馬の骨」の言葉として聞き流すのではなく、それを自分の弱点を示す言葉として受け止めるのが三四郎の特長である。

34三四郎はどのようなことを、「意気地がない。非常に窮屈だ。」と考えているか。
 ・ 教育を受けた自分には、あれ以外の態度を取ることができないことを「意気地がない」と感じ、「むやみに女に近づいてはならないというわけになる」ことを「窮屈だ」と考えている。
 * 三四郎は、女のような積極性に対し気後れし、対等に接することができないということを「意気地がない」と感じている。一般的には高等教育を受けることによって高い見識や人格を身につけると考えられているが、高等教育を受けることによって女のような大胆さや率直さを失い、このような女に近づけなくなることを三四郎は「窮屈」だと考えている。
 * 三四郎は下層の世界と離れたエリートの世界が限定された「窮屈」な世界であることを直感している。漱石はエリート世界と下層の世界を相対化した上でエリートの精神を解明しようとしている。

35「ベーコンの二十三頁に顔をうずめている必要がなくなった」とは、どのような心理か。
 ・ 大学で研究して、著作を出して、世間で喝采されて、母が嬉しがるという未来のことを考えることによって、女の言葉のダメージから立ち直った。
 * これから彼は東京の大学へ入り女や爺さんとは別の世界に進む。三四郎は教育を受けたおかげでこのような未来を考えることができる。しかしこの女から受けた衝撃を東京でも時折思い出すことになる。

 汽車の中 広田先生との出会い

1 汽車であった男の印象は
 ・ 髭の男。面長。痩せぎす。神主じみている。鼻筋が真直ぐに通っている。

2 この男を「中学の教師と鑑定した」したことは、三四郎のどういう特徴を示しているか。
 ・ 服装が立派でないことから、中学校の教師だろうと判断している。
 ・ 三四郎は、自分には大きな未来があるという自負によって男を軽くみている。

3 帽子が注目されたのをうれしく感じたのはどうしてか。
 ・ 大学生であることに注目されたい。
 * 汽車で出会った女には、「ただの汚い帽子」と思われていた。

4「なんとも聞いてくれない」とあるが、彼は何を期待していたのか。
 ・ 東京の大学についてもっと尋ねてほしいと思っている。
 * 東京の大学へ行くことにプライドをもっている。

5 なんだか中学校の教師らしくなく思えてきたのは、男のどのような態度からか。
 ・ 眠っている男の新聞を平気で読むように促す。
 ・ 熊本の高等学校の生徒と聞いても関心をもたない。

6 それでも大したものではないと思うのは、どうしてか。
 ・ 三等の席に乗っている。
 * 三四郎はこの男の対応にとまどったものの、三等車に乗っているのだからたいしたものではない」という最初の印象を確認し直した。

7 子規の話 ・ 豚の話 ・ レオナルド ・ ダヴィンチの話を聞いて辟易するのはなぜか。
 ・ 博識で難しいことを言うわりには真面目だか冗談だかわからない話し方である。
 ・ からかわれているのがどうなのか分からない。
 ・ 話についていけない。どう対応していいか分からない。

8「何だか夕べの女のことを考え出して妙に不愉快」になるとはどういうことか。
 ・ 男に対応できないと感じたときに女のことを思い出して不愉快になっている。

9 いささか物足りなかったのは何に対してか。
 ・ 大学に入ることをいかにも、平凡な事のように言われたこと。
 * 帽子に目をとめる男には、もっと高く評価されると思っていた。

10 三四郎の西洋人への反応は、どのようなものか。
 ・ 「大変美しい」
 ・ 「頗る上等に見える」
 ・ 「自分が西洋へ行って、こんな人の中に這入ったら定めし肩身の狭い事だろうと迄考えた」
 * 田舎者の三四郎は、西洋人にあこがれと劣等感を感じている。それは広い世界を自分の中に取り込もうとする素直な態度である。

11 三四郎の西洋人に対する反応と男の反応はどう違うか。
 ・ 「『ああ美しい』と小声で言って、すぐに生欠伸をした」
 ・ 「どうも西洋人は美しいですね」
 ・ 「お互いは憐れだなあ」
 * 男は日本と西欧の距離や日本のおかれた立場を冷静に考察し、日本と西欧の間には少々の努力ではどうにもできない距離があることを認めている。その上で西欧に追いつくため努力し続けなければならない困難な立場にある日本の独自の課題を認識しようとしている。男の態度には単純なあこがれや劣等感、狭い愛国心や気負った批判を越えた独特の余裕が感じられる。
 * 漱石がこのような日本の立場や日本人の精神をどのように考えていたかは、「現代日本の開化」において展開されている。

13「あれは日本一の名物だ」「富士山より他に自慢するものがない」とはどういう意味か
 ・ 富士山は自然が作ったものである。まだ日本は文明において誇れるものはない。
 * 男は日本は文明も精神も非常に遅れていると考えている。

14「どうも日本人でないような気がする」のはどうしてか。
 ・ ほとんどの日本人は日露戦争に勝って日本は一等国になった、これから日本はどんどん発展すると考えている。その中で、この男はまったく違う考えを持っているように見える。

15 「すぐなぐられる」「国賊扱いされる」とはどういうことか。
 ・ 熊本では日本が一等国になったと考える人ばかりであり、日露戦争後の日本を「滅びるね」と評価することは、日本を侮辱するように受け取られる。

16「こういう思想」とは。
 ・ 冷静に今の日本の状況を考えようとする思想。
 ・ 日本の現状を批判的にとらえる思想。

17 日本より頭の方が広いとはどういうことか。
 ・ 頭の中では、日本の現状や外国との関係等を把握することができる。

18 「ひいきの引きたおし」とは
 ・ 日本に対してだけ好意を寄せようとすることで客観的に日本の現状を見ることが出来ず、冷静に日本のためを考えることができなくなる。

19 真実に熊本を出たとはどういうことか。
 ・ 旧い小さな世界を出ること。
 ・ この男のような考え方があることを知った。
 ・ 自分の知らなかった考え方や価値観があることを知った。

20 「非常に卑怯であった」とはどういうことか。
 ・ 今まで自分は非常に狭い範囲の知識しか持っておらず、一面的な考え方をして自信を持ちうぬぼれていたことを「卑怯」だったと三四郎は考えている。

21「東京へ着きさえすれば、この位の男は到る所に居る者と信じて」とはどういうことか。
 ・ 三四郎は広田先生の言葉を特殊なものではなく真実をついたものと受け止めてている。さらに新しい価値観に出会うことを期待して東京に向かおうとしている。
 * 実際には東京で、広田先生ほどの人物には出会わない。広田先生は他の学者や知識人とは違い出世や成功を目的とせず冷静に社会を観察し現実にどのように関わるかを追求する人物であった。三四郎はそのことを上京後の広田先生との付き合いを通して知っていく。

22 汽車での二つのエピソードから三四郎はどのような人物と思われるか。
 ・ 自分の知らなかった考え方や生き方に接して、素直に驚き、多様な価値観を自分の中に受け入れることができる人物である。
 ・ どうせ下層の女と風采の上がらない男の言うことと無視すれば帝国大学生としての狭い誇りを守ることができる。しかし三四郎はそのような偏狭なプライドにとらわれず、女や男の言葉を受け入れて自分を省みるだけの度量を持っている。
  (2005.6.23)

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