1.特技をいかそう

 それを最初に見つけたのはシェリルだったんだ。
「ビルー、女神様が変だよぉー」
「え?」
 僕とシェリルは双子の女神像の掃除をさせられていた。まぁ毎日のことなんだけど、はっきり言ってうっとうしいことこの上ない。だって、そんなに大事な女神様なら、ちゃんとサルモンの神殿においときゃいいんだ。なのにどうしてこんな廃鉱山の、それも一番下にほってあるんだろ。ラシュのやつが村長をついだら、首しめてでも神殿に移させてやろっと。
 ……それはおいといて。
「どこがさ」
 シェリルは普段から人が気づかないようなことでもすぐ見つける。一方僕はそういうことはさっぱりだ。人の気持ちを察するのは、割と得意なんだけど。
「ほら。昨日と腕の向きがちがうよ」
 女神像に近づいていった僕に、シェリルは右の女神像の腕を指し示して見せた。
「そーかなぁ」
「そーよ。ずっとあっち向いてたのに、今日はこっち向いてる」
 そう言われても、僕には今の「こっち」しか分からない。
「そんなわけないだろ。石像が生きてるなんて、それこそ何十年も前の魔物がいた頃の話ならともかく」
[……なき神……の末え……よ]
「きゃーっ!!いまなんか声がしたぁーっ!!」
 シェリルがいきなり悲鳴を上げた。そういえばなんか聞こえたような気もするけど……
(ははあ)
「リバトぉ!!いー加減でてこいよっ!」
 僕は適当に見当をつけた方向に向けて怒鳴った。と、通路の陰からそいつは現れた。
「へっへー。ばれたか」
 ……相変わらず軽いやつ。これがほんとなら一緒に掃除してるはずのリバトだ。
「あーリバトったら、掃除さぼって!」
 シェリルが怖い顔でリバトをにらんでいる。たぶんおどかされた恨みもこもってるんだろう。
「よくわかったな。さすがビル」
「こういうくだんないこと考えるのはおまえしかいないじゃんか」
「ひっでぇの。で、掃除もう終わった?」
「終わったわよ。だから帰りの荷物持ちはリバトに決定ね」
「そんなぁ」
 シェリルの一言でリバトには公平な労働が割り振られた。うん。自然の摂理だよね。
「さぼったのは悪かったけどさ。今日は僕なにもしてないぜ?」
「なにもしてないのをさぼったって言うんじゃない」
「じゃなくて、いたずらしてないってこと」
 僕とシェリルはぶん、とか思いっきり音を立てて顔を見合わせた。
「え?じゃ、女神像の腕の向きは?」
「そんなもん変えられるわけないだろ」
「さっきの変な声は?」
「それ僕も聞いた」
 シェリルの顔から血の気が引くのが見えた。リバトもぞっとしたような顔をしている。たぶん僕もそうだったと思う。
「「「逃げろー!!」」」
 叫ぶなり僕たちは、女神の間から駆け出していた。

「それで女神様を放り出してきたのか。バチあたりな」
 帰ってきた僕たちはリバトのばあさんにこれでもかってばかりにひっぱたかれた。
「だってだってあれじゃ『しんれーげんしょー』だもん!!」
 シェリルはほっぺた押さえながら力説する。隣で僕とリバトも、やっぱりほっぺた押さえながらうなずいた。
「なにが心霊現象か。今でこそ石となっておるが、あのお二人の女神様は本当に生きていらしたのだぞ。腕を動かしたり声を出したり、別段不思議でもないわい」
 石になってるんだったら十分不思議だと思うんだけど。でもとりあえずそんなこという勇気はなかった。
 ばあさんはいすの上で体を動かして座り直すと、
「それでその声はなんと言っておったのじゃ」
「ちゃんと聞こえなかったよ。なんかこう、耳元でこそこそってささやくような」
「うん。神官とかいってたような」
「あー、あれ神官って言ってたんだ」
 ばあさんはぱたぱた手を振った。
「もうええ。おまえらのような罰当たりに女神様の声が聞こえるだけ奇跡じゃ。……で、シェリル。どちらの女神様の手がどっちに向いたんじゃ?」
「んーとね。右の女神様の、右手が、そーね、あっちかな」
 シェリルの指さした方向は、海の方だった。
「レア様の右手が……よもやその方角、セルセタか……」
「セルセタって、樹海の真ん中にでっかい穴ぼこがあるんだよね」
「へー、リバト意外に物知り」
「えへへ」
「そ、そんくらい僕だって知ってるよ!」
「い や か ま し い !!!」
 僕のプライドをかけた一戦は、ばあさんの一喝でチャラにされた。
「人が考え事をしとるのに、きゃあきゃあ騒ぐでないっ!」
「あ、それじゃ僕たち失礼しまーす」
 一瞬の隙をついた一言だった。間髪入れず家を飛び出すリバトに僕たちはあわててついていく。こういう時間のやりくりというか、有効利用にかけてはリバトにはかなわない。
「こりゃ!まだ話はおわっとらんぞ!」
 ばあさんの怒鳴り声なんか知ったこっちゃなかった。
 後で聞いた話だと、その晩、ばあさんは今は亡きじいさんが、魔物に捕まって殺されかけた自分のために単身なぐり込みかけて石にされたのを思い出して泣き出し、リバト含めて家族中でなだめるのに一苦労だったらしい。
 でも……
 たしかばあさん助けようとして走り回ったのは、通りすがりの剣士だったって話も聞いたけど。

[フィーナ……]
[彼の力をあてにすることは、もうできない。それは分かっているけれど……]
[彼の行く先々で過去の亡霊は弔われ、失われるべき『魔法』の力は着実に消えてゆく。でも彼にも人間としての限界がある。ここにも、セルセタにも、フェルガナにも、ケフィンにも……魔力の残滓は、どうしても残ってしまう]
[そう。そしてそれは、今度こそ、その地のものたち自身が、己の手で決着をつけなくてはいけない]
[彼は……そのために、そのお膳立てをするために……選ばれているのかもしれないわね]
[呼びかけ続けましょう。あのときのように]
[私たちの力は弱っているけれど]
[彼らなら、あの6人の血を引く彼らなら]
[今日も、わずかだけど、聞こえたようだわ]
[聞いて……幼き神官の末裔たちよ]
[この、かつてイースと呼ばれ、今エステリアと呼ばれる島のために]
[[あなた達の力が必要なのです。どうか答えて……]]

 その翌朝は、なんか一晩中しゃべりかけられたような感じで、よく眠れなかった。

「え?リバトもシェリルも?」
 女神像の掃除に出かける最中、僕は二人から奇怪なことを聞いた。
「そうさ。見ろよ、僕なんか目の下にくまできちゃった」
「あたしねむーい」
 つまり、二人とも一晩中話しかけられたような感じで眠れなかったらしい。
「で、言ってること分かった?」
「ぜーんぜん」
「うーん。やっぱり神官とか何とか言ってたみたい。あと魔力がどうしたとか、力がいるとか」
「そういうビルはどうなんだよ」
 リバトに言われて、僕ははたと困った。
「あのさ。……はっきり聞こえたんだけど、……全然覚えてない」
「「なんじゃそりゃ!!」」
 僕は二人からつっこみを入れられた。だから言いたくなかったんだ。
「でさ。ばあちゃんが村はずれのジェンマさんちからこれ借りてきたって」
 リバトが言いながらズボンのポケットから取り出したのは、いい加減骨董品の銀のハーモニカだった。
「なんだよそれ」
「女神様の前で吹いてみろって」
「なるほど。おまえの殺人音波で石になった女神様をたたき起こすのか」
「うるさい!」
 そうこうしてるうちに、曲がりくねった坑道は女神の間にたどり着いていた。
「どーする?先掃除すましちゃう?」
 シェリルの言葉に僕は首をひねった。
「ほかになんかすることあったっけ?」
「僕のハーモニカを聞けぇぇ」
 後ろから亡霊がささやいている気がするけどほっとこう。
「もう。ビル、意地悪してたらリバトいつまでもそうやってるわよ」
 そう思ったからわざとやってるんだけどね。
「いいよ。そんかわりさっさっとすませろよ」
 リバトはにっと笑ってハーモニカを口に当てた。
「……あれ。なんか、いきなり今メロディー思いついた」
 リバトは変な顔をしながら、そのメロディーとやらを吹き始めた。
 聴いたこともない曲だった。でも何だか、変になじめる曲だった。
 そして曲が終わったとたん。
 女神像が輝きだした!
「きゃあでたぁーっ!」
 悲鳴を上げるシェリル。僕もリバトも……かっこわるいけど、全然動けなかった。
 見てるうちに、像の光は像の上に集まって……
 像とそっくりな、女の人の姿になった。
「わー……美人……」
 リバトが呆然とつぶやく。ほんと。あの顔が人間の顔になったらこんなに美人に見えるなんて考えもしなかった。シェリルはなんか僕たちがあまり美人美人言うからか少しふくれている。
[ようやく、会うことができました。幼き神官の末裔たち……]
 唐突に右の像の上の人がしゃべった。……って言うか、声が頭の中に聞こえて、その人の口が動いてたから、そう感じたんだけど。
[私はレア。古代イースの女神の一人です]
「イース?」
 聞いたことのある名前だ。なんでもプレシェス山は何十年か前は空に浮いてて(ほんとかね)、そこにはかつて栄えたイースって国が残ってたらしい。まぁ、僕のじいさんがそのイースの出だって言うし、全くのよたじゃないんだろうけど。
[そうです、ビル=ファクト。あなた達のことは知っています]
「何で僕の名前まで?」
 そう。僕の家には珍しく「家名」ってやつがある。珍しいってったって、シェリルにもリバトにも、村長の息子のラシュにもあるんだけどね。
[ビル=ファクト。シェリル=ダビー。リバト=メサ。いにしえの六神官の血を引く子供たち。あなた達の力を貸してほしいのです]
「なによそれ」
 まだぶすっとしたようすでシェリルが言う。
[わたしはイースの女神フィーナ。かつてこのイース……エステリアを魔の手から救ってくれた青年がいました]
 今度は左の像の上の人がしゃべった。
[彼の名はアドル=クリスティン。彼の手によって魔の元凶である黒い真珠はうち砕かれました]
[さらに彼は遠くセルセタの地へとおもむき、黒い真珠の力の源である太陽の仮面をも破壊してくれたのです]
「その人って結構破壊魔じゃない?」
 シェリルの一言に僕とリバト……それに像の上の二人も凍り付いたように見えた。
[と……とにかく、彼の活躍で、暴走した魔力は地上から消え去り、人々は安寧を取り戻すことができたのです]
 そう言ったフィーナさんの額に汗が見えたのって、気のせいだろうか。
[ですが、魔力とは、究極的にはこの世界そのものの力]
[すべての魔力の源は、その力を本来と違ったかたちで表す変換装置、あるいは技術にすぎない]
[だから、魔法の力を一人の人間が完全に消し去ることは、そもそも無理な話なのです]
「つまり、まだエステリアには魔力が残ってるってこと?」
 およそ見当がついたので、僕は二人より先にそう言ってみた。二人ともちょっとびっくりした感じだったけど、すぐうなずいた。
[わずかに残った魔法の力が、再び魔となって結実しようとしています]
[ひとたび魔が現れれば、魔は魔を呼び、やがては人の手にはおえなくなってしまいます]
[かつてそれゆえにイースは天空へ逃れ、セルセタは地の底へ沈み、フェルガナの島は海中へ没し、ケフィンに至っては時の狭間に封じられた]
[それらの呪縛はアドルにより断ち切られました。あとは、その地に住まうものたちが決着をつける番です]
[この地の、魔の力を封じてください。あなた達の手で]
「ぼ、僕たちが?むりだよ、そんなの!」
 リバトが思いっきりびっくりしたように言った。僕だってそう思ったし、シェリルはぷるぷる首を振っていた。
[大丈夫。あなた達には、イースの六神官の子孫としての力があります]
[あなた達三人ともう一人、ラシュ=トバ。そして、残るハダルとジェンマの子孫。6人の力をもってすれば、決して不可能なことではないはずです]
「え゛。ラシュも入れるの」
 リバトがすざっと身を引いた。ラシュは別に乱暴な訳じゃないんだけど、どうもリバトで遊ぶくせがある。ラシュの方はともかく、リバトはラシュを本気で苦手にしている。
[逆に言えば、6人の力がそろわなければ、魔の力を封じることはできません。この地に再び魔物があふれ出すことになるでしょう]
「それって半分脅迫じゃなーい!!」
 悲鳴を上げるシェリル。
[あなた達が受け継いだ、いにしえの神官の力を意識するのです。
ビルは『心』の能力
シェリルは『光』の能力
リバトは『時』の能力
ラシュは『力』の能力
 そうすれば、今まで以上の力を得ることができるはずです]
「心……」「光?」「時」
 いきなりそんなことを言われて僕たちはめんくらった。……なんかそう言われれば、僕たちの『特技』って、そーゆー感じかもしれないけど。
[それに、『大地』の力を持つハダルの子孫と、『知恵』の力を持つジェンマの子孫。二人の仲間を捜すことから始めた方がよいでしょう]
[さあ、あなた達の力を、ほんの少しだけですが、強めてあげます]
 二人の姿の光がいきなしすごくまぶしくなって、すぐに止んだ。
[私たちにできるのはこの程度です。どうか、この島を、魔の手から……]
 それっきり。
 光とともに、レアさんとフィーナさんの姿は消えてしまった。

「ねービル。どーする?」
 シェリルは思いっきり困ったって顔でそう聞いてきた。
「どーするったってさ」
 後ろ頭で手を組んで、僕。
「僕らの手に負えるこっちゃないよ。へんなことになる前に、父さんや母さんに話し振った方がいいと思うな」
「それなら、何で僕たちに目つけたんだろね」
 リバトがぽつりと言う。
「いつも掃除してるからだろ。だいたい神官の子孫って言うけど、神官って……」
 そう言ったとき、突然僕の目の前に変な光景が現れた。

 行き交う人々。服がなんかすごく古くさい。その人たちの体や、建物のそこかしこできらめく輝き……それが「クレリア」と言う金属だということが、なぜか僕には分かっていた。そして一転、恐怖に顔を引きつらせ逃げまどう人々。人々の後を追う、こいつらは……昔話に出てくる、魔物?
『すべての原因は……』
『やはり、クレリアか』
 いつの間にか風景がまた変わって、明るい部屋に何人もの人が座って何か話し合ってる場面になった。
『黒い真珠の力を、このような形で流出させることが、そもそも無理であったのか』
『時がない。このままではイースは魔に呑まれる』
『女神と我ら神官の管理下にない、すべてのクレリアを封じねばならぬ』
『だが、そうしたところで、すでに湧き出した魔はどうする』
『……逃れるより、術はない。黒い真珠の力を直接使い、人々を神殿近くに集め、この山を地上より切り離す』

「結局、それも付け焼き刃で……いったん止まった魔の攻撃も、ものの数週間で再開、サルモンの神殿は内部から湧いた魔に取られちゃったんだ」
 僕は──その、たぶん本当にわずかの間に、イースの歴史を見ていた。
「ビル……?」
 シェリルが少し、こわごわって感じで僕に呼びかけた。
「たぶん……僕たち、本気でイースの神官の子孫だと思うよ」
「なんだよ、その変わり身の術はさ」
「今、イースの歴史が見えた。もしレアさんとフィーナさんが言ったとおりやらなかったら……あんなことが、もっぺん起こるかもしれないんだ」
「あんなことって?」
「たくさんの人たちが死んでた。でっかい化け物が6匹いて、人間くらいの奴は数え切れないほどいて。そんであちこち火事で燃えて……ひどかった」
 あんまし、詳しく思い出したいことじゃなかったから、正直説明になってなかったと思う。
「僕たちが生まれる前のエステリアみたいになるってこと?」
「そんな感じ……かな」
「やだやだ、そんなの絶対やだっ!」
 いきなしシェリルが叫んだ。
「おじいちゃんが前に言ってた!魔物が、村の人たちをいっぱいさらって殺したって!それが分かってても、自分は村の扉の番しかできなくって、つらかったって!その時のおじいちゃんものすごく悲しそうだった!そのなのやだっ!」
 そういえば──シェリルの爺さん、やっぱりイースの出だったっけ。
「ゆうべの婆ちゃん……すっごく悲しそうだったな……」
 リバトまでしんみり言い出す。
「どっちが変わり身だよ。……どっちみち、僕たちにどうこうできないってのは変わらないんだし。家帰って、父さんと母さんに話してみよ」
「うん」
 シェリルとリバトはとりあえずうなずいてくれた。
「じゃ掃除して帰ろ」
 シェリルがぞうきんしぼって、レアさんの顔をふいた、その時。

[我が名を騙る者の裔め……]

 どっからか、気味の悪い声でそんな声がしたかと思ったら、いきなりばたん、とかいって部屋の扉が閉まった。
「な、なんだよっ!」
[闇を司る我がダビーの名を騙る者の裔め、女神の力得たとて復活を遂げたる我にかなうとてか?その命の迸り、全て我が糧と為してくれよう]
「難しいこと言ってないでさっさと出てこいよっ!」
 普段だったら僕も、たぶんリバトだってシェリルだってこんな状況ではったりなんてかましてられなかったと思う。でも。
 なんか、この声にはびびってる場合じゃない。そんな気がして、僕たちはありったけの意地をかき集めていた。
[くくく。ファクトの僭称者が、空元気を]
 とたん、僕たちの目の前で赤い霧がひゅっ、と渦を巻いた。
[我はヴァジュリオン、ダルク=ファクト様より闇を司る神官ダビーの任を受けし者]
 霧が……コウモリと人をまぜこぜにしたような、怪物の姿になる。
[神官名ガルバ=ダビー。貴様らの命の迸りたる生き血、もらい受ける]
 ……
「……えーと」
 僕は、どうしようかな、と思って、ぽりぽり頭をかいた。
「踏もっか」
 リバトが『そいつ』を見ながら腕組みして言う。
「な、なんか、踏んだらべちゃとか言って靴とか服とか汚れそうでやだぁ」
 シェリルのいやがり方もそんなに外してないと思う。なにせ、そいつ──自称ヴァジュリオンときたら、手のひらに乗るくらいの大きさだったんだ。確かに格好は気味悪いけど、はっきし言ってぜんっぜん怖くない。
[ぬうっ?!いかん、復活を焦ったかっ]
 ……なんか、そいつ自身混乱してるみたいだ。
「よーし、じゃビル、踏んで」
 しれっと言うリバト。
「そーゆーのは言い出しっぺがやれよっ!」
「うー……分かったよぉ」
 リバトはひょいっと足を上げて、そいつめがけて振り下ろした。
[……ふん]
 どすん!
「いってーっ!」
 リバトは力一杯ただの地面を踏んづけた。
「あ、あれ?いなくなったぞ?」
 ヴァジュリオンはいつの間にか姿を消していた。
「ど、どこ行ったんだぁ?」
 リバトが目のはしに涙なんか浮かべてきょろきょろする。と。
「い、いたいいたいいたいいたいっ!!!!」
 いきなしシェリルがいたいいたいってわめきながら踊り始めた。
「な、なに踊ってんのさ、シェリル」
「なんかいっぱいちくちくするーっ!」
 踊ってると言うか、シェリルは何かを追っ払おうとしてじたばたしてるみたいだ。
[くかか。体が小さいと言うことはこの姿になれば貴様らには見えぬと言うことだ]
 どこからかヴァジュリオンの声がする。
[貴様らの血を順繰りに吸い尽くしてやるわ。まずはダビーの僭称者、小娘、貴様からだ!]
 なんとなく、その言葉からヴァジュリオンの居場所は分かった。つまり、めちゃくちゃ小さくなって──それも、シェリルの様子からすると分裂して、シェリルに虫みたくたかってるんだ。それは分かっても……目に見えるハエとかアブとかなら追っ払いようもあるけど、見えないほど小さいんじゃどうしようもない。水をかけようか、とも思ったんだけど、あいつが水に弱いとは限らないし、シェリルをびしょぬれにしたらもっと怖いような気がした。(今から思うとのんきなこと考えてたなー、と思う。)
 僕とリバトがどうしようか頭をひねってると。
「……ちがうもん。ダビーは『光の神官』。うそ言ってるのはあんたの方よ」
 シェリルがぼそっと言った。いつのまにか踊りはやめている。
<我が受け継ぎし『光』の力よ、この邪悪の真の姿を照らし出せ!>
 シェリルがびしっ、と叫び、シェリルの体から光があふれ出す。その光の中に、まぶしそうに目を腕で覆っているヴァジュリオンの姿が見えた。
「このやろっ!」
 僕はとりあえずぞうきんをひっつかんでヴァジュリオンを思い切りひっぱたいた。
[ぐがっ!こ、これは女神の気を帯びた水!……]
「いまだ、リバト!」
「おうっ!」
 べち。
 リバトの右足が今度こそヴァジュリオンを力一杯踏みつぶした。

「あれ……さっきのやつどしたの?」
 目をぱちぱちさせてシェリルが聞いてきたんで、僕はこけそうになった。
「シェリルが呪文唱えて光出して、それで居所分かったから僕とビルで、ほれ」
 リバトがヴァジュリオンを指さしてみせる。っていっても、いつの間にか骨だけになってしまってた。それもすごい勢いで崩れていってる。
「呪文って?」
 今度はリバトもこけた。
「光の力がどーとかって……覚えてないの?」
「うーん……なんか、こいつ(といいながら、シェリルはヴァジュリオンの骨をけっとばした)の言ってるの違う、って思ったとき、長い服着たおじいちゃんが手つないでくれたような気がする」
「……なに、それ」
「そしたら、ぱっ、って、なんかはじけたような気がしたの。あとよく覚えてない」
 シェリルは首をひねった。ついでに僕とリバトも首をひねった。
「……分かんないからいいや」
 しばらくそうやってて、結論がそれだった。
 最初に辛抱切れたリバトがばたばた扉のとこへ走っていって、
「あ、開いてる」
 そう言ってとん、と扉を押した。
「じゃあさ、今度こそさっさと掃除片付けて、帰ろうぜ」
「「ん」」
 そんなこんなで掃除に時間が掛かったもんだから、その日のおやつは抜きだった。大好物のパンケーキだったのに。
 ヴァジュリオンのばかやろぉーーーーっ。
(訳者注・最後の文字ににじみの跡あり)

(つづく)


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