ステージ3    ラスプーチン、強襲

 さて。
  神原早樹、当年取って16才。それなりに16年分の人生経験は積んできたつもりであった。
 そして──今彼女の目の前で起こっている出来事に対して、そのほとんどは役にも立ちそうになかった。
 大企業グループ・来栖川の内部抗争に、縁戚にありながら、むしろその故に巻き込まれたらしい少女・由香里。その彼女を守ろうと現れたメイドロボのマルチ、そして彼女が操る戦闘ロボット、コンバットロイド「あるるかん」。ひょんなことで出会った彼女たちを、とりあえず祖母の道場にかくまう算段で連れてきたのだが……
 その道場に、異様な風体の巨人が乱入してきたのだ。
 身の丈は3メートルをゆうに超えているだろう。どういうわけか「これ」の出現を察知していたらしいマルチの手で、すでに「あるるかん」は起動している。あるるかんも初めて見たときは恐ろしく巨大に見えたが、侵入者の方はそれを頭一つ上回っていた。さらに、スリムな体躯のあるるかんに比して、侵入者の見た目のボリュームはまるで柳と屋久杉と言った有様だ。
 そいつの手、らしいものは、地面に届きそうなほどに長い。表情はあくまで冷たい。大きな鷲鼻が特徴的な顔は、スラブ民族系のそれをモチーフにしたものらしい。この季節、気候的に暑いわけではないが、この日本では北海道でもなければいつ着ても暑そうなコートに身を包み、趣味の悪いマントまで羽織っている。
 背後の門は木屑と化していた。そいつの巨躯は、見かけ倒しではないようだ。
『HMX-12の姐さんですね?ちょいとお願いがあってこの「ラスプーチン」をお邪魔させてもらったんですが』
 だしぬけにそいつがしゃべった。というか、どこかに仕込まれたスピーカーから声がしたらしい。
「な、なんでしょう?」
 少々慌てた様子でマルチが答える。
『由香里お嬢さまをこちらへ頂きたいんですがね』
「おっ、お断りしますっ!」
 あるるかんが半身を引き、構える。宣戦布告、と言ったところか。
『それじゃまあ力づくってことで……いきな、ラスプーチン!』
 どむっ。
 巨体が動いた。意外なほどの早さである。ざっと10メートルほどもあったあるるかんとの距離が瞬く間に縮まり──そして、その姿が消えた。
「?!」
 マルチのみならずその場にいた早樹、由香里、葵の三人も、思わず相手を捜して辺りを見回す。と、鈍い音と共に、あるるかんが唐突に地面に倒れた。
「あるるかんっ!」
 マルチの声であるるかんは一瞬で立ち上がる。が、立ち上がった瞬間また鈍い音がして、別の方向へ倒れ込む。
「ラスプーチンか……それならこういうのもありですね……」
 マルチはつぶやくようにそう言った。次の瞬間再び立ち上がったあるるかんが強く揺れた……が、今度は倒れない。よく見ると、右手に持った例の「腕」を、なにやら虚空に向けて突き出している。何かをつかむように曲がった指の辺りから、ものがきしむような音がしている。
「わたしには光学ステルスは見破れませんが……あるるかんには分かるんですよ」
 そこで、マルチは由香里の方へ向き直った。
「お嬢さま、よく見ててください。これが、浩之さんの下さったあるるかんです」
 マルチはすう、と息を吸って、
「レザァ・マシオゥ(戦いのアート)!」
 その叫びと共に、あるるかんはわずかに腰を落とした。ちょうど人間のへそのあたりで上半身と下半身が別れ、間から胴回りの半分ほどの軸が姿を現す。そのロックとおぼしい部品が、こん、と下へ落ちるや──
 あるるかんの上半身がものすごい勢いで回転を始めた。それと同時に、何かの破片が空中から次々に現れてくる。まるで、あるるかんが何もないところからそれを引き出しているかのように。
「見えなくなってたのかな」
 唐突に由香里がつぶやいた。反射的に早樹が聞き返す。
「え?」
「さっきのおっきいの。見えなくなって、あるるかんをなぐってたのかなって」
「……確かにそう考えると、あるるかんがいきなり倒れたりした理由は分かるわね」
 早樹は虚空から飛び出し続ける部品の屑を見ながら、
「じゃ、あれは、あるるかんがあのデカブツを引きちぎってるの?」
 というよりも……
 高速でその上半身を回転させるあるるかんが少しずつその身を進ませて行くと、ドリルがスクラップを破砕しているかのような勢いで屑鉄が飛び散り始めた。さすがに、由香里たちの所までは届かなかったが……おそらくはマルチの加減であろう。
 ややあって、きゅん、きゅん、きゅん、とあるるかんの回転が止まった。一瞬の間をおいて、重い音が二つわずかにずれて響いた。そして、地面にしみ出すように、先ほどの異形のなれの果てとおぼしい二つの残骸が姿を現す。
「……虎乱(こらん)」
 マルチが思い出したようにつぶやき、あるるかんの腰の軸は再び隠れた。
『ラスプーチンが……まるで、赤子のように……全てが、違いすぎる……』
 なおも聞こえてくる声に一同がはっとすると、いつの間にか先ほどの犬が後足だけで立ち上がっていた。
『正直姐さんをみくびってたらしい。またお会いしやしょう』
 突然犬の背からコウモリの翼のようなものが広がった。かと思うと、その姿はふわりと浮かび上がる。
「ちっ!!」
 庭へ飛び降りた早樹が犬めがけて駆け寄る。と、
「やめてあげて……くださいぃ……」
 マルチが早樹の服の袖をぐっとひっぱった。つい行動を躊躇している間に、犬の姿は夜の空に消えてしまった。
「あの子たちは悪くないんですぅ……でも、わたしはお嬢さまをお守りしたいから、向かってくる子とは戦わなくちゃいけませんけど、でも、かわいそうなんですぅ」
 マルチは早樹の袖をつかんだままうつむいてしゃべり続けた。
「……」
「あの犬さんはたぶん『シッペイ』ですから、一緒に他のCRがいなければ大したことはできないです。もちろんまた来るでしょうけど、それは……すでにシッペイに入ってこられた時点でおんなじことですし」
「ま、逃げちゃったもんはしょうがないよ。ところで……」
「はい?」
 マルチは顔を上げた。
「行方不明になったCRって、全部把握できてるの?」
「えっと、全てではありませんが……でもどうしてそのようなことを?」
「なんかマルチ、あの連中のこと知ってるみたいだったから」
 早樹はマルチの目をじっと見つめた。
「はぁ、一応あるるかんをわたし用にお預かりしたときに、主な機体のデータは教えていただきましたので。さっきのラスプーチンとか、シッペイはあるるかんにはお兄さんに当たるんですよ」
「……そんだけ?」
「はい?」
 きょとんとするマルチと、
「お姉ちゃん?!」
 とがめるような由香里の声。
「ごめんね、マルチ、それに由香里ちゃん。どうしてもすっきりしないから……3つだけ聞かせて。マルチは由香里ちゃんを誰から守りたいの?誰のために守るの?そして……どうすれば由香里ちゃんを守りきったことになるの?」
「え……」
 マルチの目がロンパリになった。
「えっと、えっと……最初の質問のお答えは、お嬢さまを危険な目にあわせる方からです。あ、でも、わたしドジですから、ひょっとしてわたしがお嬢さまを危ない目にあわせてしまうんじゃ……そ、そしたらどうしたらいいんでしょう……」
 なにやらロンパリ目のままマルチは両手をじたばたとさせている。
「……そ、それから、二つ目ですけど、もちろんお嬢さまご自身のためですし、お世話になった浩之さんのためでもありますし、あ、でも、わたし自身もお嬢さまをお守りしたいって言うことは、わたしのためでもあるんでしょうか……うぅ」
 さらにばたばた。
「えっと最後のご質問ですが、とりあえずお嬢さまが狙われなくなって落ち着くまでご無事でいらっしゃったら、守りきったことになると思うんですが……あ、でも、そんなのどうやったら分かるんでしょう……」
 ばたばたが止んだ。ゆっくりとその手が胸の前で握りしめられる。
「はうぅぅ、なんだか分からなくなってきちゃいましたぁ」
 ぽろり。
 マルチの目から涙がこぼれるのを見て、由香里が素早くマルチに駆け寄る。が、
 なでなで。
「はい……?」
 由香里の手が伸びる前に、早樹の手がマルチの頭をなでていた。
「……でも、由香里ちゃんを守りたいんでしょ?」
「はいっ」
「好きなんだよね。由香里ちゃんのこと……」
「は、はい……」
「ごめんね、マルチ……変なこと聞いて……」
 なでなで。
「へ?」
 気が付くと、由香里は精一杯背伸びして早樹の後ろ頭をなでていた。
「……お姉ちゃん、もういいよね……」
「うん」
 ほのぼの。
 早樹はそのほのぼのに心地よく浸っていた。

「しかしまあ……」
 葵はこれも庭に降りてきて、ぐるり見渡すと、
「散らかったもんだね」
 ずり。
「ばっちゃん、それなんか違くない?」
 早樹はこけながら言った。
「あ、わたしお掃除しますっ」
 マルチがぱたぱたと走り出して、……ほどなくぱたぱたと戻ってきた。
「すみません、お掃除道具ってどこなんでしょうか……」
 由香里はまたギブアップポーズで首をふるふる振った。
「えーと道場の横の用具室の中。一緒に行こう。由香里ちゃんも来る?」
 早樹はマルチの手を取って由香里を見た。
 こく。
 由香里は小さく頷いて二人の方に駆け寄ってきた。
 用具室の扉を引き開けて、早樹は隅に立てかけてあるほうきを取ると、
「そーね、マルチは身長[たっぱ]ないし、ちりとり持ってってくれる?あと、できたらさっきの奴のがらくた、あるるかんにでも拾ってもらえたらうれしいな」
「はいっ」
「わたしは?」
 由香里がきょろきょろと辺りを見回しているのに、
「ばっちゃんもじっとしてないだろうし、小さめのほうき持ってくから、ちりとり持ってって、ばっちゃんと二人で細かいくずとか取って。あ、絶対くずに直接触っちゃだめだよ」
 こくこく。
 由香里は頷いて、早樹が手に取ったプラスチック製のちりとりを受け取った。早樹は小さいほうきをもう一本手にし、大きめの金[かね]のちりとりをマルチに渡した。
 ててて、と駆けて行く由香里を見ながら、早樹はマルチに呼びかけた。
「ね、マルチ」
「はい?」
「あの騒ぎだと警察も来るだろうから……その時に、由香里ちゃん頼んで見よう」
「はぁ……」
「マルチは嫌かも知れないけど、組織には個人は勝てないよ」
 生かじりの兵学理論ではあったが、早樹は以前そのことを痛感したことがあった。
「そぉ……ですね……」
「CRってもともとは警察で使うために開発されてたんでしょ?うまく話持っていけば、その辺のやっかいごともなんとかなるかもしれないし」
「……」
 マルチはうつむいた格好で何かを考え込んでいる風だった。
 そのとき。
「……きゃああっ……!!」
 由香里の悲鳴が響いた。

 反射的に用具室を飛び出した二人の前に、異様なものが姿を現した。
 数メートルにもなる翼を広げた、天使、の姿の何か。いや、CRに間違いないだろう。
 その右腕に、由香里が抱えられていた。じたばたともがいてはいるが、非力な腕でふりほどけるものではないらしい。
「う……あるるかんは5メートル以上離れると操れないんですー」
 マルチが悔しそうにつぶやく。
『まったく、「ラスプーチン」使ってガキ一人誘拐もできんどころか、返り討ちに合うとはな』
 美しい天使から、およそ似合わない野卑な声が発せられる。
『元同僚として情けない限りだぜ。なぁ、「ケルブ」?』
「く……その子を放しなさい!」
 早樹はそれでも、天使型CRの隙をうかがいながら叫んだ。
『強がるねぇ、嬢ちゃん。そう言われて放すと本気で思ってんのか?』
(マルチ、こいつの注意を引いてる間に、あるるかんを!)
 早樹はそいつの注意が自分に向いたのをみて、ささやいた。
(……あ、ありがとうございますっ)
 マルチはじりじりと体を進めて……一気に駆けだした。
『ん?アルルカンを出す気か!』
 気づいて体を回そうとするCRに、
「覇っ!!」
 飛び出した早樹は足めがけて拳を突き込んだ。CRがぐらりとバランスを崩しかけ、あわてて体勢を立て直す。
(なるほどね。こんなでっかい羽根つけてるからもしかして、とは思ったけど……やっぱ重心が高いんだわ)
『この小娘が!!』
 天使型CRから怒声が響くと、突然自由な左腕から何かが走り出た。振り上げたそれが月光を浴びて輝く……認識の前に早樹は体を跳躍させていた。
 重い音を立てて、地面に突き刺さるそれ。
(刃?バランスないくせに、何考えてんのこいつ)
 ざく、と音がして、CRが刃を引き抜く。どうやら、自分が振り回す刃によるバランスの変化には追随できるらしい。振りかぶった刃を、今度は横様に薙ぐ。早樹は瞬時に身をかがめてかわした。
『……ちょこまかと……やむをえんな、時間がない。あばよ』
「くっ!!」
 早樹は屈んだ勢いから跳躍してCRの右腕を狙った。……が、その目標がすいと遠ざかる。
(なに?)
 思わず見上げたCRは──夜空に浮かんでいた。
「どっから入ったかと思ったら、空を飛ぶなんて……そんなのあり?」
 呆然と見上げる早樹の耳に、
「レザァ・マシオゥ!!聖[サン]ジョルジュの剣!」
 マルチの叫びが届いた。
 跳躍したあるるかんが、右腕に生えた凶悪なギザギザ付きの刃を空飛ぶCRに叩きつける。
 刃は確かに、CRに当たった。
 だが、CRの上昇スピードはあまりに速かった。
 あるるかんの刃は、天使型CRの、腿の部分を粉砕したに留まった。
「あうう、待つですーっ!!」
 マルチは錯乱したのか自身がぴょんぴょん飛び跳ねている。
 無論、天使型CRが待つはずもない。
 CRは──由香里をかき抱いたまま、夜空に姿を消した。

「なんてことよ……よりによって、目の前でっ……!!」
 早樹は歯がみしながらマルチに目を転じた。
 呆けている、ように見えた。
「お……お嬢さまぁ……」
 短いつぶやきが聞こえたきり、動く様子もない。
「う……」
 そこへ、頭を振り振り、葵が歩いてきた。
「ばっちゃん……?」
「いやはや、情けない。不意打ちを食らってのびちまったよ。堀川葵も年かね」
「だ、だいじょうぶなの?」
「殴り方の分かってる打撃だったよ。いい意味でね。脳震盪は起こしたろうが、それでしまいだろうさ」
 言って、今度はマルチに歩み寄る。
「マルチ、しっかりおしよ」
「あ、葵さぁん……」
 向き直ったマルチの顔は、いつの間にか涙で濡れそぼっていた。
「あの子を守るって約束したんだろ?じゃ、こんなとこで泣いてる場合じゃないだろ」
「うっ……は、はぃぃ……」
 なでなで。
 葵はマルチの頭をなでてやった。
「さてしかし、こうなっちゃあ、110番するのが一番いいだろうねえ……」
 葵がつぶやくと、
『そいつぁ二番の手ですな』
「?!」
 はっと声のした方を見れば、先ほどの犬型CRがはっはっと舌を出していた。
『あの「ケルブ」が誰の差し金か、証拠もないのに警察がすぐ動けるもんじゃありませんや。お嬢さまをとっとと助けたいんでしょ』
 早樹は思わず犬ののどを握りしめていた。
「何を白々しい!!あの堕天使もどうせあんたのでしょうが!!」
「あ、あの、シッペイにあまりむごいことを……」
 マルチはなにやらおたおたしている。
『ま、幸か不幸か、「ケルブ」はあたしのじゃァありましねぇ』
 犬からはなおも、いささかカンに障る軽い口調の声が続いている。
『商売敵って奴でさ……できれば止めたかったんですが、「ラスプーチン」があのザマですからねぇ』
 首を絞められたまま、犬は器用にマルチに目を向けた。
『姐さんから聞いてますかね?あの子がどういう立場にいるのか』
「……まあ、ね」
『もともとCRのテストオペレータとして雇われてたあたしらに、それぞれヘッドハンティングがかかって、でまぁ、こうやってお嬢さまの取り合いをやってるわけですがね。「ケルブ」の飛行機能は完全じゃあ無かったはずだが、おおかた近くで車に乗り換えるんでしょうな』
「……それが、どうしたってのよ」
『ラスプーチンを壊したあんたらに、ちょいとボーナス得点を差し上げようかと思いやしてね……お嬢さまの行き先を』
「どっ、どこですかっ!」
 いきなりマルチが犬の頭をつかんでぶんぶん振る。
「ち、ちょっと、マルチ!こんなもん、嘘に決まってるでしょ!!」
『まぁそういわねぇで、ちょいと門の方を見ちゃくれませんかい』
「?」
 6個の目が門の方を向き……
 コート姿の、長髪の男の姿が、ひょいと手を挙げた。
『紹介が遅れてすんません。あたし、雪田青峰といいやすんで』
 犬からの声は、その男のものらしかった。
『近づいちゃ殴られちまいそうなんでね。こんなとっからで勘弁して頂きてえんですが……嬢ちゃんの疑うのももっともですがね、だまされたと思って聞いてみてくれてもバチはあたんないでしょ』
 門の男の姿が微かに揺れる。……笑って、いるのだろうか。
「……とっとと言いなさいよ」
 早樹はひとまず犬の首から手を離した。とりあえず情報を速く得て、それから判断する手もある。何より今の状況では、来栖川関連の施設──この町内だけで、来栖川家本邸を含めて5つはある──のどこに、あるいはまるで別の場所に由香里が連れてゆかれたのか、判断材料がまるでないのだ。
『あのお嬢さんは、一時来栖川総研に連れて行かれてたらしいんですがね、どういうわけかお嬢さまが総研に入ったその日に爆破テロが起きて、気がつきゃお嬢さまの部屋はもぬけの殻って寸法だったそうでね。まぁおおかた、総研に影響力のないメンバーズのどなたかの仕業でしょうが……』
 そう言えば、昨日、来栖川総研でぼやが出たというニュースはあった。
『ですからおそらく、次にお嬢様が連れて行かれるとしたら、間違いなく総研より守りの堅いとこでしょうな……といって本邸へ連れ込んで騒ぎでもおこした日にゃ、「御館様」の逆鱗に触れるのが関の山。となると、ケルブと車程度の組み合わせで何とかなりそうなとこといやぁ、あそこしかありませんや』
「だからどこよっ!!」
『隆山、雨月館[うげつかん]』
 その言葉に、マルチがはっとしたように表情を変えた。
「聞いたこと、あります……。来栖川家の別荘の一つだったんですけど、立地条件がいいので地下を実験施設に大改造したとか……」
『さすが姐さん。地上部の居住施設に影響が出ないよう、妄執じみた防護設備が整ってることを加えりゃ、来栖川セキュリティサービスに行っても恥ずかしくありませんぜ』
「隆山……あの、温泉地の?」
『へえ。遠からず近からずってとこでね……さて、場所もお教えしたことだし、あたしらも行くとしますか』
「行くって……」
『だから商売敵だっていったでしょ。あたしらはあたしらでお嬢さまを手に入れなきゃなりませんからねぇ。あんた方より先に』
「くっ……!!」
『じゃあ申し訳ありやせんが、お先に。一応網を張っちゃあいますが、どうもあたしの部下じゃ止め切れそうにないんでね』
 それだけ言うと、犬は確かに本物の犬にはあり得ないスピードで門の向こうへと姿を消した。むろん、男の姿はとうの昔にない。
「信じたものかね……」
 葵が腕組みをして首をひねった。
「隆山……あたし、心当たりがいるから、電話してみる」
 早樹はやにわに身を翻した。
「心当たりですか?」
 付いてくるマルチに、
「そ。同じエクストリームファイターで、隆山じゃ場合によっては来栖川なんかよりよっぽどの家柄の子」
「じゃま、私も綾香さんに電話してみようかね」
 これも付いてくる葵が言うのに、
「頼むね、ばっちゃん」
 早樹は頷いて見せた。
(由香里ちゃん……絶対、助けてあげるからねっ……!!)

「御館様」
 暗い室内に声だけが聞こえる。
「なんです?」
「先ほど入った報告ですが……由香里様は、『M』とともに確認されたそうです」
 室内の、安楽椅子に座る人影がため息をもらす。
「そう……『M』が動き出したのですね。よろしい。『S』にかねて準備のものをお渡しなさい」
「かしこまりました」
 その声を最後に部屋は沈黙に満たされる。……いや。
「由香里は……他の誰にも、渡しはしない……!!」
 来栖川家当主、通称「御館様」、来栖川綾香はそうつぶやいて、安楽椅子の手を握りしめた。

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