ステージ4    隆山にて

 ぷるるるる。
 途切れた呼び出し音のあと、一呼吸おいて、
「悠子、神原さんって女の子から電話だよ!」
 階下から聞こえてきた母の声に、柏木悠子[かしわぎ ゆうこ]は読みかけの雑誌をおいた。
「こっちで取るねー!」
 返事を返して、部屋の中の子機を外線に切り替える。
「もしもし、替わりました」
『あ、悠子?』
「どしたの、早樹、こんな時期に」
 悠子と早樹は、エクストリームの舞台で知り合ったライバルであった。前期大会では優勝を争い、双方ともにドクターストップ寸前で悠子がTKOを食らっている。中学くらいの時から互いに意識しあい、それだけにリングを降りている間は、友人としてかけがえのない存在ではあった。
 が、かといってそんなにしょっちゅう行動を共にしているわけでもないし、連絡しあっているわけでもない。早樹の住む町と悠子の住む温泉で有名なこの隆山とは、しょっちゅう行き来するにはいささか遠すぎるのである。そんなわけで、早樹の方から悠子に電話してくると言えば、エクストリームの順位決定戦が近づくか、あるいは観光シーズンであるのが普通だ。
「こっちは紅葉にはまだ早いし……別にあたしに言ってこなくても、どこでも部屋とれると思うよ?」
『じゃなくて!悠子んとこって、旅館の予約状況一発で分かるくらい、隆山の事情には通じてるんでしょ?』
「……なに熱くなってんだよ。ってゆーか、隆山の観光状況に通じてるって言うのが正確なとこよ。それもマジで地下情報になったら本家に頼まなきゃ分かんないんだから」
『その地下情報で知りたいことがあるのよ』
 早樹の口調にどこか、試合に臨む時のような真剣味を聞いて、悠子はベッドに横たえていた体を起こした。
「……いちお言っとくけど、いくらこの隆山で柏木の家が力があるって言ったって、昔ほどじゃないんだからね。それに本家だって、どれだけ動いてくれるか約束は出来ないよ」
 ひなびた湯治場であった隆山を一大観光地に仕立て上げたのが、悠子の先祖に当たる柏木耕平だったことは、隆山の人間ばかりでなく知られていることだ。名実共に隆山最大の観光旅館「鶴来屋」を経営する、その柏木の本家が隆山の観光協会にのみならず、更に広い力を持っているのも、むべなるかなではある。
『いいよ、ダメ元だし。……「雨月館」って知ってる?』
「『雨月館』?んな旅館あったかなー……あ、雨月山[うづきやま]のどっかのお金持ちの別荘か。悪いけど早樹、そこまではちょっと本家でも顔が利かないと思うな」
『じゃなくて、その雨月館に、最近人がよく出入りしてるとか、そういうのは分からない?』
 悠子は首をひねった。
「何が知りたいのさ、あんた」
『……そこに、知り合いの女の子が連れ込まれたかも知れないの』
 一瞬、何を言っているのかと思った悠子だが、早樹の口調は真剣で冷静だった。
「……最近、雨月山近辺で柄の悪そうなのはよく見るけどね」
『ほんとっ?!』
「雨月山に柏木家の菩提寺があるんだ。親戚持ち回りで墓掃除やらされるんだけど、今月家の番でさ。2週間くらい前から、チンピラっぽいのが時々うろついてるのを見かけるようになったね」
 電話の向こうの早樹は、なにやら誰かと話でもしているような感じだったが、
『ごめん、3人泊まれるとこない?メイドロボ同伴可で』
「そーだね、それだったら家でも構わないよ。そっちが迷惑じゃなかったら」
『さんきゅ、悠子……じゃ、今からそっち向かうから』
「今からって、こっちの終電にぎりぎりぐらいだよ?」
『急ぐんだ。電車なくなったら走ってでも行くよ』
「……分かった。じゃ、駅で待ってるね」
 悠子は電話を置いた。そして、すぐに別の番号を回す。
 数回の呼び出し音の後、
『はい、柏木です』
 少女の声が出る。かけた先は柏木の本家だった。
「あ、小藤[こふじ]姉?あたし、悠子」
『あれ、どうしたの、悠ちゃん』
「おじさん達まだ鶴来屋だろ?伝えといて」
『何?』
「封印、解くかも知れない」
『おばさんには?』
 電話の向こうの少女の口調が変わる。
「今から話すよ。じゃ、頼むな」
 悠子は再び電話を置き、階下の母の元へ向かった。

 一方。
「神原早樹、一世一代の大博打かもね」
 受話器を置いた早樹はぐっ、と拳を握り、マルチと葵に改めて向き直った。
「可能性は高いと思います。……あまり自信はありませんけど」
 なんだか頼りないフォローを入れてくれたマルチの頭をとりあえずわしわしなでて、
「さてと、まずは……マルチの服なんとかしなきゃいけないわね」
 そう。どたばたで気にかけている余裕がなかった(本当のことを言えば今も余裕があるわけではない)のだが、マルチは未だにだぶだぶのクラウン(ピエロ)スタイルのままだったのだ。顔も白塗りペイント付き、しかも何回となく流した涙で結構すさまじい顔になっている。隆山への足は基本的に電車か車だが、早樹達にとって実際的な選択肢は電車しかない。この格好ではさすがに平然と電車に乗るのは難しいだろう。
「とりあえず駅へ行く途中で私の家によって、服見つくろうか……」
「すみません、お世話になりますぅ」
「じゃ、私は綾香さんにコンタクト取ってみるよ」
 葵は替わって受話器を取り、早樹たちに無言で頷いて見せた。
「そうだ、マルチ、充電は大丈夫?」
 ふと空腹を覚えた早樹が気になって聞いてみる。
「えーと、バッテリーの残量は明日の朝までは大丈夫そうです。ただ、列車での移動中は待機モードでいた場合ですけど。万が一の時は補助電源もありますから」
「あるるかんの方は?」
「長いこと動いてませんでしたから、ちょっと不安ですけど……一応トラブルシュートでは、あと2日間は連続稼働できるそうです」
「なら、悪いけど、隆山まで強行軍でいい?」
「はいっ、がんばりますっ!!」
 ガッツポーズのマルチ。
「……じゃ、ばっちゃん。ちょっと、行ってくるね」
「三十六計、逃ぐるに如かず……無理だけはするんじゃないよ」
 マルチがあるるかんを片づけるのを待って、早樹とマルチは道場を後にした。

 その30分ほど後には、どうやら二人は車上の人になっていた。
「す……すみません、バッテリーをかなり消耗してしまいましたので……」
 普通席に座るなりすやすやと?寝入ってしまったマルチは、とりあえずすっぴんの普段着。現地までは早樹との相談で、耳パーツは外している。端子の類は肌に隠れてしまうようで、見た目普通の女の子と変わらないのは、計算通りだ。ちなみに着ているのはトレーナーに大きなポケット(この中に耳パーツを入れている)付きのつなぎのジーンズ。早樹の方もトレーナーにズボンと、動きやすい服装であることは変わりない。
 とうに日も落ちて、車窓からは街の灯火が見える。それが、駅を過ぎるごとに少しずつまばらになって行く。同時に巨大な影が窓の彼方に量感を増してゆく。──隆山へと連なる丘陵である。この、線路と平行する丘陵ががくりと向こう側へ方向を変えてぱっと視界が開ければ、そこはもう温泉郷・隆山だ。
(とりあえずもう乗り換えはないし、今のところ問題はなしか)
 改めて状況を振り返る。……正直、一介の女子高生にはどうにも重すぎる話だ。が、乗りかかった船ではある。それに、舞台が隆山に移ったことで、多少楽観しているところもある。いざとなれば悠子経由で柏木家の力を……というのはだいぶん甘い見通しには違いないが、少なくとも来栖川という財力を敵が持っている以上、柏木という手札の可能性はありがたいことに違いはない。
 窓から入った明かりに外を見ると、ちょうど列車が駅を通過するところだった。隆山口駅まではあと10駅ほどある。そのうちこの列車が停車するのは隆山口を含めて3駅だ。
(あたしも、少し体休めとくか)
 早樹は瞼を閉じて、体の力を抜いた。

「あ、早樹」
 改札を出てきた早樹とマルチを、快活な声が出迎えた。
「悠子、久しぶり」
 一瞬笑顔を見せた早樹だったが、すぐに表情を引き締めて、
「えと、この子がマルチ。マルチ、こいつがさっき話した悠子」
「こいつはないだろ」
 ぺち、と悠子は早樹の頭をはたく。
「悠子さんですかー。よろしくお願いします」
 とりあえずお辞儀するマルチ。
「うんうん。……で、その大荷物はなに?」
 マルチがえっこらせと引っ張るスーツケースを見て悠子が首をひねる。
「とりあえず……落ち着けるとこで話したいんだけど」
 なんとなく辺りを見回しながら、早樹。
「なんかやばそうな話だったよね。じゃとりあえず、あたしん家行こ」
 そして10数分後、一同は悠子の家にいた。
「……っとまあ、おおざっぱにはこう言うことなんだけどね」
 おおよそ、葵にしたような説明を、早樹は悠子に語った。
「今ひとつつかめないんだけど……とりあえず、雨月館に由香里ちゃんって子が捕まってる、らしいわけだ。で、早樹とマルチはその子を助けたい、と。これで合ってる?」
「そーゆーことね」
「そのための切り札が、そのスーツケースん中に入ってるロボット……アルルカンだっけ?ってことか」
「はい。……わたしは、あるるかんがある限り、負けませんから」
 凛とした表情で、マルチは言い切った。
「OK。じゃ、どっからなぐり込むか、考えよっか」
 呆気にとられた様子の早樹とマルチに、
「ここまで話して、のけものってことはないだろ」
 悠子は不敵な笑みを浮かべて見せた。
「……ありがと、悠子」
 早樹はおたおたしているマルチの肩をぽんぽん、と叩いて、答えた。
「す、すみません……無関係の方ばかり巻き込んでしまって……」
 マルチはぺこぺこと頭を下げている。
「さて、問題の雨月館だけど、個人所有の別荘だからまず入るとこからが難題だね。そして、由香里ちゃんがどこにいるのか、そもそも館内の間取りがどうなってるのかがさっぱりわからない──じゃ話にならないから、本家に頼んで、雨月館の消防設備図手に入れてもらったよ」
 悠子はA4の紙を何枚か卓上に広げた。FAXで送ってきたものらしい。
「ふえー。さすがは柏木」
「おかげで本家の従姉[あねき]に掃除当番押しつけられちまったけどね」
 悠子は苦笑いしながら、一枚の紙を選んで、一点を指さした。
「これが表玄関。いっぺんだけ外から見たことがあるけど、門からはそんなに距離はなかった。で、これが2階と3階……どれがどの部屋なのかは推測に頼るしかないけど、多分割と狭い部屋は寝室じゃないかと思う。ただ、これはあくまで宿泊施設だから……」
「連中が由香里ちゃんを道具扱いしてる以上、ここにいる可能性は高くはないわね」
 早樹が悠子の言葉を継いだ。
「マルチはこの辺の知識はないの?」
 聞いてきた悠子に、マルチはふるふると頭を振った。
「すみません……これがセリオさんでしたら、来栖川のデータベースから探せるのかも知れませんけど……」
「せりお?」
「わたしと同時期に開発されたメイドロボです。来栖川のデータベースにアクセスできるんです。……もう動いている方はいないと思いますが」
 なんとなし元気のなさそうな様子で、マルチはうつむいた。
「ないものねだりしても始まらないや。で、地下施設の方なんだけど」
 ぱさ、と並べられた数枚の紙を見て早樹は呆気にとられた。
「これ、単にこの階がありますってだけじゃない」
 要するに区画が全く記されていないのだ。
「こうなると実際の階構成も当てにならないね。こっちに電子戦のプロがいれば、どこかの端末をジャックする手も使えるんだろうけど」
 なんとなく悠子と早樹の目がマルチに向く。マルチはいっそう所在なさげにうつむいた。
「……わたしは基本的に、家事手伝い用ですから……あるるかんは実効的な破壊力重視の設計なので、そう言った方面にはお役に立てません」
「……警察の依頼にしちゃ物騒なロボットだね」
 悠子のその独り言は、早樹も感じていたことだったが、早樹はあえてそれを無視していた。ともかく今必要なのは、その破壊力であるわけだから。
「向こうは当然、要所をそのアルルカンみたいなロボットで守っているだろうね。それに対抗する手段は、アルルカンしかない……」
「わけでもないです。多くのCRは攻撃力を単純に重さで得ているところがありますから、攻撃力の高いCRほど一般に体が大きくなって、動きがにぶいんです。うまく動けばかく乱は出来ると思います」
 語るマルチの目が澄んでいた。かなり、冷静になっている。
「いずれにせよ戦力は分散できないな。人質が増えても困るし」
「行きは3人で、帰りは4人になるんだね……大所帯だなぁ」
「通路が狭いとシャレんなんないな」
 悠子はふとマルチを見て、
「アルルカンって、この部屋の中で出せる?」
「この部屋ですか?……ちょっとつかえますけど……」
 天井と辺りをくるりと見回して小首を傾げるマルチ。
「ふーむ。となると、かなりでっかいんだね」
 カバンに手を伸ばそうかどうか迷っている風のマルチを、悠子は手を伸ばして止めた。あるるかんの大きさをざっと確認したかっただけのことらしい。
「よし。分からないことはどうしようもないから、やめ。賭けるなら地下として、打てる手は……なるたけ派手になぐり込んで、相手を動かすしかなさそうだね」
 悠子はそう言って早樹の顔を見る。早樹はそれにうなずき返した。
「じゃ悠子、悪いけどマルチのバッテリーが上がりかけなの。コンセント使っていいかな」
「OK。じゃあ、充電の間、あたしたちも少し休もうか」
「あ、ありがとうございますっ」
 マルチはえっこらせとスーツケースを引っ張ってきて、横にあるパネルを開いた。その中から電源ケーブルを一本と数本の接続ケーブルを引き出し、右手首をひねる。空いた隙間からこれも数本のケーブルを出してスーツケースのケーブルとつなぐと、コンセントに電源を差し込んだ。
「すみません、このパネルのここの表示が『GO』になれば充電は済みますので……」
 言うが早いか、くたっと床にくずおれるマルチ。言われた表示を見ると、二つ並んだデジタル表示が「−−」から「14」に変わり、やがて「15」になった。
「なんかあわただしい子だね」
 つぶやく悠子に、早樹は苦笑した。
「空回りしてるみたいだけど……由香里ちゃんのことで、一生懸命なんだなってすごく分かる。なんか……ほんとに人間みたいな心があるみたい」
「あるんじゃないのか?小さい頃よく見たマルチと、同じロボットとは思えないぜ、こいつ」
「……そーかも、ね」
 早樹はようやく「20」になった表示を見ながら、そうつぶやいた。
「この調子なら30分はかかるね……とりあえずタイマーかけるから、仮眠とろう」
 悠子の言葉に、早樹は軽く頷いて、目を閉じた。

 ぴぴぴぴ。
 早樹が微かな電子音に目を覚ますと、ぼんやりした視界の中で、マルチがんー、とのびをしていた。
「あ、早樹さん、おはようございますぅ」
 ぺこり。
「……今、夜中の1時だよ」
「はやっ?」
 悠子がにゅっと突き出した目覚ましを見て、仰天した顔のマルチ。
「そ、そういえば、充電前に日付が変わったばかりだったような……」
「あんたの体内時計は大丈夫?しっかりしてよ、マルチ」
 ぺし、と軽く頭をはたいてスーツケースの表示を見る。「GO」の表示が出ていた。と、悠子の持つ目覚ましがぴぴぴっ、と音を立てる。
「こっちも鳴ったね……んじゃ、出かけようか」
 悠子は軽くストレッチして体の目を覚ます。早樹も屈伸して、頬を叩いた。
 ちゃかちゃかとケーブルを片づけながら、
「はいっ」
 と答えるマルチ。
「どうぞ、よろしくお願いしますっ」
 膝に頭がくっつきそうなくらい深々と頭を下げる。まぁ、性分なのだろう。
「目的地までは徒歩。自転車はあるんだけど、そのスーツケースが運べないからね。それに雨月山の麓からは登り一本だから」
 悠子は窓の外を指さす。月が明るい。
「川向こうのあれが雨月山。雨月館は海よりの、正確には雌雨月山っていう方の半ば辺り。ここからはおよそ1キロ強の道程になる」
 悠子はそこで早樹とマルチを見て、
「ではこれより作戦開始。時刻はマルチの体内時計に統一。内容がないのに作戦もないもんだけどね」
 頷く早樹とマルチ。
「道案内、頼んだよ」
 早樹の言葉に悠子は頷く。
 ……そして、およそ30分の後。
 一行はとりあえず、雌雨月山の麓まで邪魔もなくたどり着いていた。無論ここまでは全くの公道だったからではある。そして、その公道から分岐する一本の道。
「『これより私道につき関係者以外の立ち入りはご遠慮下さい』か」
 その分岐点から、既に雨月館の姿は窺える。見たところ館には灯の気配はないが、
「館自身があれだけ明るいってことは、不寝番がかなりいるね」
 早樹はそう言って、不意に寒気を感じた。
(?)
 妙な土音を聞いたような気がして振り向いたが、悠子が居るだけだ。
「悠子?」
「……ん。それに……外で様子をうかがってるゴミが、ざっと20人」
「え?」
 悠子の様子が、少しおかしかった。
「悠子、どうかした?」
「ちょっと……ね。気を研ぎ澄ましただけ。おかげで色々分かる」
 振り向いた悠子の目が、なぜか一瞬、猫の目のように早樹には見えて、体が強張った。
「ごみ?」
 マルチのほけっとした問いは、だから少し早樹にとっては有り難かった。
「犬使いが言ってたんだろ。自分たちも由香里ちゃんを捕まえに行くって……多分、そいつらじゃないか」
「様子をうかがってる、か……」
 早樹は少し考え込んだ。
「どうせ先に着いてるんなら、少しくらい引っかき回してくれてても有り難かったんだけど」
「連中に捕まるとまずいな……となると、一丁正面から突破するか」
「しょ、正面ですか」
 マルチは目を見開いた。
「確かにこうなりゃそれも手だね」
 早樹も笑みを浮かべて頷いた。
「まぁ、あたしにちょいと考えがあるからさ。先陣は任して」
 悠子はそう言って、ぐっと親指を立てて見せた。

「……配置完了です、雪田さん」
 雪田青峰はぞんざいにうなずき返すと、
「雨月館に把握できた限り、CRは5体。一方こっちはCRが4体。数だけ見りゃこっちが劣勢みてえですが……向こうの一体は手負い。それにま、自慢じゃないですがこっちには『シッペイ』が残ってる。にわか作りの混成部隊はあっちもこっちも同じ、ならタイトな連携のとれるこっちにも分があろうってもんです」
「しかし雪田さん、ありゃ雨月館でしょう」
 『雨月館』の一言で彼らの前に立ちふさがる厄介ごとは全て言い尽くしたかのように、雪田の横の若い男が吐き捨てる。
「そう。地上は、今でこそ客は一人いるかいないかだが、来栖川の賓客を守るための、そして地下はそれプラス研究成果を守るための仕掛けがわんさとある……」
 緊張する場の雰囲気に雪田は両手をひょいと上げて、
「そうびびんなさんな。そう思ってちょいと仕掛けをしてきたんでね」
「仕掛け?」
「ある人たちに先に入ってもらえそうなんでね。それでまぁ、とりあえず入り口付近のトラップを片づけてもらって……」
 と、雪田の足元の犬──戦闘情報コントロールCR、「シッペイ」がうなり声を上げた。
「どうやら期待に違わずおいでなすったらしい。どの程度の味方を付けてきたか……ちょいとお手並みを見せてもらいますか」
 雪田は暗視装置のスコープを遠望に設定して、シッペイの示す「ある人たち」の辺りに目をやった。
「へ?!」
 自分でも間抜けだと思う声がつい漏れる。
「どうしたんです、雪田さん」
「真っ正面から、女の子2人とCRワンセットですかい?そりゃないでしょ、姐さん……」

「……で、その考えってなんなのよ、悠子」
 一応は並木の木陰から門を伺いながら、早樹。
「連中の度肝を抜いてやるのさ。とりあえずあたし一人で出来ることだから、早樹とマルチは用意だけして、門が開いたらすかさず突っ込んで」
 悠子は一人先を行く。マルチは既に耳パーツを着け、あるるかんを呼び出せるようにしている。
「あるるかんはいたほうがいいのでは……」
「この場合に限りいない方がいいね。まずまちがいなく連中呆気にとられるはずだから、その隙をついて出してくれるといいかも」
 そうこうする内、門までの間になにも遮蔽物のないところまで3人はたどり着いた。
「いい?まずあたしが一人で門の前に立つ。すぐに門が開くから、その勢いで追いついて。飛び込んだら周りの人間は手当たり次第殴り倒す。もし連中が銃剣類を持ってたら、悪いけどアルルカンに頼るしかないから、たのむね」
 判然としないが、なぜか妙に迫力のある悠子の様子に、つい早樹とマルチは頷いた。
「行くよ」
 と、言い置いて。
 悠子の姿が宙に舞った。
 数メートルの距離を軽々と超えて、門の前に降り立つ。
「こんばんわ」
 大音声でそう呼ばわるなり。
 悠子は蹴りの一撃で、1トンほどもありそうな鉄格子の門を、蹴倒した。
「あ……」
 屋敷の中の連中も。
 雪田一味も。
 早樹とマルチも。
 思わず呆然とした。
 だから、多分この夜の騒動は。
「あるるかんっ!!」
 続く、このマルチの叫びが、実際の口火を切ったと言っても、良かっただろう。

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