「Ω−SURFACE Stories」


2.護衛なんて暇じゃない


 ふむ。
 意味もなく崎田総は頷いてみた。
「分かってくれたんですか?」
 目の前の依頼人がそう言っては来るが、総としては別段、状況が分かったというわけではない。ただ、とりあえず頷きでもしないことには場をつなぐ術を見いだせなかったのだ。そんなわけで、今度は、総はその返答に窮することになった。
「どうぞ」
 タイミングがよいのか悪いのか、そこへ助手の梨沢亜記美がコーヒーを運んできた。とりあえずすすって、その熱さにいつものごとく慌ててカップを置き、一息つく。
「……こっちは仕事だから、報酬を確実にいただけるのなら――といいたいところだけどね。あんまり訳の分からない依頼ではうかつに引き受けられないんだよな」
 そう言って、総は目の前の依頼人を半眼で見た。ぴしっと制服に身を包んだ――女子高校生。この探偵事務所「Ω−SURFACE」にこんな人種がやってくるのは亜記美が押し掛けバイトに転がり込んできたとき以来である。
「とにかくヘンな人がいるんです!つけられたり無言電話とかかかって来るんです!被害者本人が言ってるんだから間違いないでしょお!」
 怒りの表情にプラス、目の端涙で迫ってくる依頼人(候補)、木原瑞穂嬢の剣幕に、総は一言胸中で、
(説得力ないぞそれじゃ)
 とつぶやきつつ、ため息を一つ落とした。

 探偵というのも結局商売である。商売とは結局金儲けである。儲からないことをするのは自殺行為である。で、
(わずかな儲けに走って大きなネタをつかむ機会をつぶすかどうか、ってとこだ)
 帰る気配を見せようともしない瑞穂からそれとなく視線をそらしつつ総は考えた。
「目、そらさないでくださいっ!」
 再び怒鳴られて面倒くさげに総は瑞穂を見直す。これといって特徴のない娘だ――特段ルックスやスタイルが特徴的なわけでもない。どころか明日会ったら忘れているのではないだろうか。そのくらい印象の希薄な少女である。
「一週間前に無言電話がかかってきたのが最初だって言ったね?」
 総は瑞穂の話を頭の中で反復する。
「無言電話はあんたのいる時を狙って一時間おきに一回、ただし午前一時まで。つけられてるってのは、帰宅時間が分かっていることからの類推かな?」
「それだけじゃなくて、変な手紙が下駄箱に入ってたりするんです。昨日いつお風呂に入ったかとか、学校で何回……その、トイレに行ったかとか……」
「ふーむ」
 絵に描いたような──ストーカーの手口。
「それがなんだってまたこのΩ−SURFACEに」
 総がこの件の最大の疑問を発した。
「知り合いからつてで……その知り合いもつてで聞いた話だけど、っていってましたけど」
「知り合いね」
 総は何となく天井を見上げた。内容的、金銭的に自分の気に入った仕事であれば総は基本的に引き受けていた。これまでに彼がこなしてきた仕事はかなり多岐にわたるし、その中で出会った人間の層も決して浅くはないと彼は思っている。巡り巡ってこんな女子高生にたどり着かないとは言い切れないが……。
 なにかしっくりこない。
「川原さん……だそうです」
「なに?」
 瑞穂の口にした名前に総はいすをひっくり返して立ち上がった。
「その、あたしの知り合いのつて、っていうひとの名前」
「引き受けた」
 総ははっきりきっぱり言い切った。
「へ?」
 瑞穂の方が呆気に取られた様子で返す言葉を失う。
「依頼は引き受けた。とりあえず木原さん、あんたをガードしつつ、ストーカー氏をとっちめればいいわけだね?ちなみにうちは、報酬は誰であれ必要経費プラス三倍増の額をいただくことになってるんだが、それでいいかな?」
「……は、はぁ」
 さっきまでの勢いをまるで総に奪い取られたように、ぼんやりとこくこく頷く瑞穂。
「それじゃ早速あんたの家までガードといくか。おっと、その前に一応この書類にサインを。印鑑があれば押してくれてもいいがなけりゃサインだけでも結構」
 亜記美が首を傾げながら持ってきた契約書をひったくるようにして瑞穂の前に差し出す。まだ呆然としている体の瑞穂に向かって、総は契約書の署名欄を気ぜわしく指先で叩く。
「はい……」
 やはりぼーっとしたままかりかりとサインを済ます瑞穂。
「よし。それじゃ木原さん、こんなとこにゃ長居は無用だ。帰宅と行こうや」
 なおもぼーっとしている瑞穂を後ろから押すように、総は気ぜわしく事務所を後にした。
「……なに、あれ」
 これまたあっけにとられたように呆然とつぶやく亜記美に、
「以前2度ほど類例があったと記憶していますが」
 レリアが言ってきた。
「若い女の子相手だと所長が張り切るって?」
 いささかならず棘のある亜記美の物言いに、レリアは冷静に首を横に振って、
「所長が『川原』と言う名前に過剰反応を示した履歴です」

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