SW3(後編)

SWリプレイ小説Vol.3(後編)

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 翌日、フォウリーら一行はガトーと分かれて進むことになった。
 猿の本拠地も分かったことだし、もう囮の荷馬車は不要との判断からであった。
山賊達は荷馬車が囮と知ってさぞがっかりとしたことだろう。
しかし彼らをそのまま逃してはガトーが危険だし、どこかでまた何かをしでかすかもしれないので、とりあえず馬車の荷台に簀巻きにして縛り付けた。
そしてこのままベルダインへと戻り、警備兵へと突き出すのだ。
それほどの被害が出ていないから極刑は無いだろうが、それでも何十年かの牢獄暮らしが彼らを待っているだろう。
だが、フォウリー達に彼らに対しての慈悲の心などおきようはずもなかった。
「明日の朝までに帰ってこなかったらベルダインかガルガライズに行ってかまわないわ。」
 フォウリーは出発する際にそうガトーへと言った。
一行は神妙な表情のガトーに見送られつつ南へと足を進めた。
 しばらくジャングル内の街道を南へと行き、東へと伸びる獣道へと入るのだ。
大体の位置は山賊から聞き出していた。
「蒸し暑いね。」
 エルフィーネは手で仰ぎながらそう言った。
もちろん前のフォウリーに話しかけているのだ。
「そうね‥‥。」
 逃げ場がないから諦めたのか、フォウリーは一応返事だけは返した。
だが彼女が耐えようとしなくても、今日はエルフィーネはあまり口を聞かなかった。
暑さにまいっているのか、それとも寝不足からなのだろうか。
とりあえずフォウリーは心の中で安堵しながら森の中を進んでいった。
 しばらくリュウを先頭にジャングルの木々を払いながら進んでいった。
彼は天性の感というか、こういうところでも迷わずに東に行けるらしい。
もっとも獣道を進むのだから、多少注意をしていれば迷うことなど無いのだが。
 そのリュウが不意に上を向いて呟いた。
「猿がいる。」
 その言葉に他の者も上を向いた。
いつのまにか彼らは猿の群に囲まれていた。
猿たちは盛んにキーキーと鳴いていた。
「あのさ、猿に馬鹿にされてるような気がするのは私だけ?」
 苦々しげな表情でエルフィーネはそう呻いた。
「いや、気だけじゃねぇな。絶対に俺らを馬鹿にしてらぁ。」
 彼女の後ろのロッキッキーがそう答えた。
だが猿たちはそれ以外のことをしてきそうな雰囲気ではなかった。
ただ彼らを馬鹿にして鳴いている、それだけなのだ。
「あんまり気にするな。」
 リュウはそう言うと再び東へと歩き始めた。
他の者もちらちらと上を気にしつつ彼に着いていった。
猿たちもそれに併せて移動していった。
 それからしばらくは森の中を単調に移動するだけに費やされた。
猿たちの方もはやし立てるのに飽きてきたのか、何匹かが木ノ実などを投げつけてきたりもした。
だがほとんどがあさっての方に飛んでいった。
たまたまリュウに当たったがさしたる被害もなかった。
「ちょっと、止まって!」
 そんな中不意にフォウリーがそう叫んだ。
エルフィーネやロッキッキー、それにルーズは猿たちに気を取られていたので、危うく前の者にぶつかりそうになった。
「どうした?」
 リュウが怪訝顔でフォウリーへと尋ねる。
「沼よ。」
 フォウリーはそう言って目の前を示した。
木の葉などで見分けにくくなっているが、確かに目の前に沼があった。
あと一歩踏み込んでいたら先頭の2人は沼にはまっていただろう。
「どうするのですか?」
 後ろからザンがそう尋ねた。
「‥‥調べよう。」
 リュウはそう言って慎重に沼の中に入った。
プレート・メイルを着込んでいるフォウリーには出来ない芸当である。
5人と猿の見守る中、リュウは慎重に沼の中心へと歩いていった。
 その沼には先住者がいた。
それはリュウの足音に敏感に反応し彼が近づくのを待った。
そして突然に大きな口を開けて襲いかかったのであった。
「うわ!」
 リュウは足下からの突然のワニの襲撃を何とかかわした。
そして避けざまに剣を抜いたが、すぐにこの場所が戦うのに不向きであることに気づくと、逃げることに専念した。
ワニの方も久方ぶりの獲物をとらえんとがんばったようだが、残念ながらそれはかなえられなかった。
リュウはどうにか沼の外へと逃げたのである。
ワニは沼の外での己の不利さを知っていた。
再び沼の泥の中へとその身を隠してしまった。
「危なかったね。」
 唖然としてみていたフォウリーは慌ててそうリュウへと言った。
「ああ。」
 彼は剣を鞘へと戻した後でそう頷いた。
「で、どうするの?あのワニ倒すの?」
 エルフィーネがワニの消えた付近を指さしながらそう尋ねた。
「まさか?!当然迂回するのよ。」
 とんでもないと言うような手振りをフォウリーは見せた。
「ワニなんか倒してもしょうがねぇものな。」
 後ろからそうロッキッキーが言った。
「そう言うこと。」
 フォウリーはそう頷いた。
「行こう。」
 なら自分の、沼でのワニとの格闘は何だったんだ、とはリュウは言わなかった。
ただそう仲間を促しただけである。
猿をお供に引き連れたフォウリーらは沼を迂回して東への歩みを進めていった。

 沼を迂回した後も、彼らは依然として獣道を東へと向かって歩いていた。
いつの間にか猿たちの姿は居なくなっていた。
猿たちの根城に近づいたためか、それとも彼らを猿知恵で罠にはめようと言うのか。
 獣道は突然に終わりを告げた。
少し森が開け、かわって細い道が姿を現した。
「道?それも石畳の?」
 フォウリーは怪訝そうな表情でそう呟いた。
「かなり古い物のようですね。」
 スタッフでこつこつと石畳を叩きながらザンはそう呟いた。
「方向的には猿たちが逃げていった方に続いているようだ。」
 リュウは道の続く方を見据えながらそう呟いた。
だが木々のために見通しは悪く、鬱蒼と茂る木々のほかは見えなかった。
「よお、お前とこの石畳とどっちが年上なんだ?」
 真剣な表情の仲間達の横でロッキッキーがそうエルフィーネへと尋ねた。
「石畳に決まってるでしょ!」
 エルフィーネは鋭い声でそう答えた。
半分本気で怒っているようだ。
「おおこわ。」
 ロッキッキーは隣のルーズにそう言っておどけて見せた。
ルーズはやれやれといった表情を見せた。
「進むしかないわね。」
 フォウリーはリュウとザンを見てそう言った。
確かに今の彼らにはそうするしかないだろう。
「そうだな。」
 リュウは反論もせず頷いた。
「この先にはいったい何があるのでしょうかね?」
 ザンは道の続く東の方を身ながらそう呟いた。
もちろん誰も答えられるはずもなかった。
6人は古い石畳の道を一列で東へと向かって歩いていった。

 森の中を進んでいた彼らの眼前に一本の釣り橋が飛び込んできた。
どうやら橋の下は谷川になっているらしかった。
釣り橋は木のツルと丸太、それに枝を使って作られた物で、どうやら人間が作った物のように見受けられた。
長さはおよそ10メートルほどで、それより幾分谷の幅は狭かった。
 彼らはばらばらと釣り橋の端へと集まった。
そして6人が6人ともふちから下を覗き込んだ。
谷は6メートルほどの高さがあり、そこにはゆったりとした流れの川があった。
だがそれほど水深は無いように見受けられた。
「ここを行くの?」
 エルフィーネは素朴な釣り橋を見つめながらそう言った。
「そうよ。ご不満?」
 意地悪げな笑みを浮かべてフォウリーはそう彼女へと尋ねた。
「別に。ただいかにも何かあるかなって感じがしただけ。」
 素気なくエルフィーネはそう言った。
「何かって何よ。」
 さらにしつこくフォウリーは詰め寄った。
「罠とかよ。橋が落ちるとか橋の真ん中付近で両端に敵が出てくるとか。」
 彼女の答えはかなり偏っていた。
しかし敵が出てくるのはどうかと思うが確かに橋を何者かが、おそらく猿であろうが落とすという考えは的外れでないように思えた。
「じゃあとりあえず1人だけ渡ってみましょうか?」
 フォウリーはそう言ってロッキッキーを見た。
「いやだね。向こう側に何かいたらどうすんだよ。だからやっぱりここはリーダーが行くべきだな。」
 そら来たと言わんばかりにロッキッキーは口を動かした。
おそらくこの事ありと見て心の中で反論を考えていたのであろう。
「しょうがないなー。じゃあ私の次に来なさいよ。」
 フォウリーは一つ息をつくとそう言って釣り橋へと足を踏み入れた。
もちろんその前に念のため腰に縄をつけて、である。
端から見ると猿回しの猿に見えるのだが、そのことを口にする勇気ある者は彼らの中にはいなかった。
「がんばってー。」
 意味のないエルフィーネの声援を背に彼女はゆっくりと釣り橋を進んでいった。
橋自体はそれほど弱くは無さそうなのだが、鎧のせいなのか彼女が一歩進む度にぎしぎしと情けない音を立てた。
だがどうやら彼女の重量ぐらいは持ちこたえそうであった。
安上がりな材料にしてはかなりの強度といえた。
 ちょうどフォウリーが半分ほどまで釣り橋を進み終えたときである。
何処から来たのか橋の向こう側のたもとに猿が数匹現れたのだ。
突然のことにフォウリーの歩みは止まった。
「ちょっと‥‥やめてよね。」
 そして嫌な予感が彼女の胸をよぎった。
よして予感は現実のものとなった。
猿たちは橋にとりついて揺らし始めたのである。
「きゃーーーー。」
 彼女はまるで生き物のように波打つ橋から振り落とされまいと必死になって橋をつるしている太いツルに掴まろうとするが、どうやら無駄骨であった。
足を踏み外し脳天から川底に直撃、となるところであったが腰につけた縄のお陰でどうやらそれは免れたようであった。
「ぐう‥‥。」
 そのかわり一瞬息が出来なくなるほどの激しいショックを受ける羽目になったのだが。
しばらく彼女は登ってこれないであろう。
猿たちもフォウリーが落ちたのを見て、橋を揺らすのをやめた。
リュウ達は何とかフォウリーを支える縄を近くの木に結びつけた。
重い彼女を支えるのはかなり厳しいからだ。
「しょうがねぇ、俺が行くか。」
 ロッキッキーはそう言って立ち上がった。
いつの間にか座り込んでフォウリーの演じる喜劇を観賞していたのだ。
「命綱は?」
 ルーズがロープを見せながらそう言った。
「いるかよ、そんなもん。俺様は落ちねぇ。」
 彼はそう言うが早いか釣り橋の上をだーっと走り出した。
慌てて猿たちは橋を揺らし出すが、彼はそんなものをものともせず橋の上を疾駆していた。
中間点を過ぎもしやこのまま‥‥という期待を見守る者に抱かして、ロッキッキーは突然橋の上から消えた。
「あれぇーーー。」
 彼はいきなり意味不明なところで落ちたのであった。
仲間達は、いや猿たちですら唖然としてその落下を見届けた。
「口ほどにもないわね。」
 一部始終を見届けたエルフィーネはぽつりとそう呟いた。
「まったくですね。」
 ザンはそう頷くしかなかった。
「こらー!自分で言ったんだからなんとかしろー!」
 ルーズは淵の所まで移動するして、びしょびしょになって立っているロッキッキーにそう叫んだ。
「うるせー、それよりもいたわりの言葉の一つもねぇのか!」
 水に濡れた髪を掻き上げつつロッキッキーはそう叫び返した。
彼の声は谷川の崖に反射してよくこだました。
「ないわよー。」
 それにはエルフィーネが答えた。
彼は無言のまま大きく息をついた。
「後で覚えてろよ。」
 ロッキッキーは小さな声でそう言うと猿側の崖を登るべく崖に手をかけた。
だが猿たちの方も彼が登ってくるのを黙ってみているわけではなかった。
彼めがけて腐った果物やら小石やらを投げつけてきたのだ。
頭に腐った果物を受けながらも彼はなんとか岸壁を登り切ることが出来た。
それを見た猿たちは悲鳴に似た叫び声を上げながら森の中へと逃げていった。
「こら!待ちやがれ!」
 ロッキッキーはそう叫んだがもちろん猿たちは待つはずもなかった。
「ねぇちょっと!早く引っ張り上げてよ。」
 そのころようやく口が聞けるまでに回復したフォウリーが、宙ぶらりんの状況でそう叫んだ。
思い出したようにザンが淵に立つ。
「自分であがってきてくださいよ。貴方の鎧は重すぎます。」
 ザンはそうフォウリーへと言った。
もちろん彼女が怒り出さないように言葉を選んでのことだ。
「まったく使えない人たちね。」
 フォウリーはそう呟くとロープを伝って上へと登り始めた。
一回だけ滑り落ちたものの、彼女はどうにか登り切ることが出来た。
「さて、もう猿は平気よね。」
 フォウリーを先頭にして残った者は釣り橋を渡った。
そしてまだ伸びる石畳の道を猿の消えた方向へと進み始めた。

 釣り橋からしばらくの間、石畳の上を進むフォウリー達に猿は容赦無い攻撃を加えた。
その多くが腐った果物を投げつけてくるというものであった。
目立つからかエルフィーネが主にその対象になっていたが、彼女は何とかそれらを回避していった。
 石畳の道はしばらく行ったところでまるで草の中に溶けるように途切れた。
そして彼らの正面にはかなりの高さの崖が現れた。
「これを登るのか?」
 リュウは身長の5倍ほどある崖を見上げながらそうフォウリーへと尋ねた。
確かに崖には足がかりもあるし、すぐ近くにがけの上までもある大木も生えているので、登ることはそれほど難しく無さそうである。
現に猿たちはその大木を使って崖を越えているらしかった。
「少し回ってみましょう。」
 自分の鎧がこの様な時不適であることを知っているフォウリーはそう行って左手の方を示した。
「分かった。」
 リュウは頷くとそちらの方向へと足を踏み入れた。
その後をフォウリーらが続いていった。
 崖を左回りに進むと5分ほどで再び道に出会うことが出来た。
フォウリーの感が正しく働いたのだ。
道はどうやら崖の上の方に続いているらしかった。
「さあみんな、もう少しよ。」
 フォウリーはそう仲間を励ますと先頭を切って歩き始めた。
道は緩やかな上り坂になっていった。
がけの上は平らなテーブルのようになっていた。
そして彼らの正面に大きな岩があり、そこに一匹だけ猿が座っていた。
見張りだったのか、彼らの姿を見るや否や大きな声で鳴きながら走り去っていった。
「追うわよ!」
 猿どもの巣が近いと確信したフォウリーの号令一下、彼らは逃げた猿の後を追った。

 彼らは崖の上をぐるりと回るような格好で逃げた猿を追った。
猿の逃げた方向は再び崖になっていて、そうするしか方法がなかったのだ。
その崖の裏に回り込んだとき、彼らはふと立ち止まってしまった。
目の前にまるで隠れているかのように小さな遺跡があったからだ。
「遺跡‥‥?まさか。」
 フォウリーはそう呟いた。
だが確かに遺跡であった。
立てられた当時はかなり重厚な石造りの建物であっただろうが、ジャングルに覆われ、かなり朽ち果てていた。
入り口であろう場所の上では、群のボスであろう大猿がうろうろしながら威嚇の声を上げていた。
また回りの木の上にはかなりの猿がいるようだ。
遺跡の前庭であろう付近には空になった酒樽や、木箱がいくつも転がっていた。
「行きましょう。」
 フォウリーはそう言うと遺跡へと歩き始めた。
冒険者としての血が騒ぐのか、それとも遺跡に眠っているであろう宝物のためであろうか。
だが彼らが遺跡へと近づいていくといままで静まり返っていた猿たちが、再び大声を上げて彼らを威嚇し始めた。
そのうちにまた木ノ実や枝などを投げつけてきた。
「走るわよ。」
 そう言うが早いかフォウリーは入り口めがけて走り出していた。
他の者もそれに続く。
しかし運が悪いというか、エルフィーネのマントに猿の投げつけた腐った果物が嫌な音を立てて当たった。
「マントがー。」
 一瞬エルフィーネの走る速度が落ちた。
そこに狙いすまされた果物が投げつけられた。
それは見事に彼女の顔面へとぶちあたった。
猿たちから歓声が飛ぶ。
「ぶ‥‥、最悪。」
 彼女はマントの裾でそれを拭うと、今度は一目散に入り口へと走り込んだ。
始めに入り口に入ったのは当然フォウリーで、最後は当然エルフィーネであった。
いつの間にか大猿は遺跡の上の方によじ登っていた。
「さて中に入りましょうか。」
 エルフィーネが到着したのを見てフォウリーは遺跡の中を指し示した。
「もう少し待って。拭っちゃいたいから。」
 エルフィーネはそう言って荷物の中から水袋と白布を取り出すと、顔と服に付いた果物のシミを拭っていった。
「さて行きましょう。」
 それが終わるのを待ってフォウリーは再び仲間へとそう言った。
「了解。」
 彼らはそう言って遺跡の中へと足を踏み入れた。
遺跡の上にいたボス猿はせっぱ詰まったような鳴き声を上げた。
そして心配そうな表情で彼らの後をついて遺跡の中へと入っていった。

 遺跡は入り口から少し入ったところでホールのような部屋になっていた。
入り口から猿達の心配そうな鳴き声が聞こえてきていた。
その声にかふと振り向いたエルフィーネの目に、少し距離を置いてこちらを見ている大猿の姿が映った。
「ねぇ、あの猿着いて来るみたいよ。」
 彼女は隣のザンへとそう話しかけた。
「そうですね‥‥。一体どうしたというのでしょうか。」
 ザンは頷きながらそう言った。
だが彼の関心は猿にはあまり向いていなかった。
「餌でも欲しいんじゃねぇのか。」
 後ろからロッキッキーがそう割り込んできた。
「なら何かあげてみてよ。」
「冗談だろ?結構残りすくねぇんだぜ。」
 ロッキッキーはご免だというような素振りを見せた。
「ほら後ろ。ごちゃごちゃやってないで。誰か地図を描いてよ。」
 フォウリーが騒がしい後ろの連中にそう言った。
「誰か描けるの?」
 エルフィーネはそう言って後ろの3人を見回した。
だがそれぞれに首を振るだけであった。
「誰も描けないみたいよ。」
 彼女はそうフォウリーへと言った。
「まったく、じゃあ誰が描くのかしら?」
 もちろんフォウリー自身は描く気はなかった。
自分で描くくらいなら感で進んだ方がましよ、と思っているようだ。
「俺が描く。」
 彼女の隣のリュウがぼそっとそう呟いた。
あまりにも意外な人物がそういったので一瞬他の者の動きが止まった。
「そ、そう。よろしく頼むわね。」
 心の中で大丈夫かしらと思いつつもフォウリーは彼に任せることにした。
「分かった。」
 彼はそう言って荷物の中から紙とペンを取りだした。
「えーと、じゃあこの部屋からね。」
 フォウリーはそう言ってぐるりと辺りを見回した。
このホールはほぼ正方形の何もない部屋であった。
ただ四方の壁には森や水辺の絵、天井には青空が描かれ、その画面に無数の様々な動物達の絵が描かれていた。
「森の中にいるみたいね。」
 ふとエルフィーネがそんなことを漏らした。
この壁絵はそれ以外には表現できようもなかった。
「特に何も無さそうだな。」
 鋭い視線で辺りを見渡していたロッキッキーがそう呟いた。
「そうなら行きましょうか。」
 彼らは正面の壁にある通路へと入っていった。
大猿はどうしようか迷ったようだが、ついと外に出ていってしまった。

 通路は人ひとりが歩けるほどの広さでしかなかった。
通路は少し行ったところでどうやらT字に分かれているようであった。
後は右奥に扉が一つあるだけである。
彼らはとりあえずその扉を囲むように立っていた。
「さてとりあえずシーフさん方、扉を調べちゃってくれる?」
 フォウリーはそう言ってロッキッキーとザンの顔を見た。
「しょうがねぇな。」
 始めはまずロッキッキーが調べたが結果は思わしくなかった。
「だめだ、わからねぇ。」
 ロッキッキーはそう言って投げ出すように手を上に上げた。
「私が。」
 入れ代わるようにザンが扉を調べるがこちらの方も結果は思わしくなかった。
「むう、分かりませんね。」
 ザンはそう言って立ち上がり、ロッキッキーの方を見る。
「と言うことですので、後のことは任せます。」
 彼はロッキッキーの肩をぽんと叩くと脇の方へと避けてしまった。
「おいおい。」
 ロッキッキーは大声で無責任なと言いたかったが、自分もそうだと気づいて思い直した。
そして覚悟を決めたのか彼は取っ手を取って思いきり内側に引いた。
運が強いのか罠の類はなかった。
いや扉の向こうには何もなかったという方がいいだろう。
昔は部屋だったのであろうが、今は天井が落ち壁が崩れて、木の根や草が生えているだけであった。
「‥‥。」
 ロッキッキーは頬肉の辺りをひくひくさせて扉の向こうを見ていた。
「あ、猿。」
 ロッキッキーの後ろから部屋の中を覗き込んでいたエルフィーネが、そう言って天井の方を指さした。
大猿がじっと彼らを見おろしていた。
「さ、さあ、次に行きましょうか。」
 フォウリーは放心状態のロッキッキーにそう声をかけた。
「あ、ああ。」
 彼はそう頷いてばたんと扉を閉めた。
その衝撃で天井からぱらぱらと埃が落ちてきた。
「どっちに行くんだ?」
 地図を描きながらリュウがそう尋ねた。
「そうね、右に行きましょうか。」
 別に考える前もなくフォウリーはそう言った。
どちらにしろ全部の部屋を回るのだからどっちから行ってもいいと思っているようだ。
そして彼らは通路を右に折れていった。

 廊下を進むにつれ、異様な匂いが彼らの鼻をつきはじめた。
動物の糞と物の腐った匂いが混じりあった形容しがたいものであった。
「嫌な匂いね。」
 フォウリーは手で鼻を覆いながらリュウへと言った。
「ああ。」
 彼はそう答えたが、あまり気にしていないようであった。
廊下は少し進んだ所で左へと折れていた。
その先はどうやら広間になっているようであった。
「うっ。」
 フォウリーは一歩部屋に入って思わず立ち止まってしまった。
広間いっぱいに果物の食べかすや枯れた気の葉や草、それに猿の物であろう糞が散らばっていたからだ。
「どうやら猿達がねぐらにしていたようだな。」
 リュウは部屋を見回した後でそう言った。
「ということは何もないわね。戻るわよ。」
 早々にフォウリーはそう言うとくるりと向きを変えた。
エルフィーネらも彼女にならい、すぐに後戻りを始めた。
そして彼らはT字で左に折れず、まっすぐ進むのであった。
 T字をすぎてすぐに廊下は右に折れていた。
その角の左側にも先ほどと同じ様な扉が一つあった。
「とりあえず調べてみましょう。」
 珍しくザンが自分から進んで調べるようだ。
彼は扉の前にしゃがみ込みツールを片手に扉を調べていった。
やがて彼は何か確信したように頷くと、おもむろに扉を開けた。
突然のことであったがそれでも反射的にフォウリーとリュウの手は武器の柄に伸びていた。
だが扉の向こうはまたしても外に通じていた。
何年か、それとも何十年か前までは部屋であったであろうが、今にその面影はまったくなかった。
「無駄骨でしたね。」
 自分が調べたにも関わらずザンはさっぱりとした口調でそう言った。
これがロッキッキーだったら文句の一つも言うであろうが。
「そうね。」
 柄に伸びた手を戻しつつフォウリーはそう答えた。
「かなり古そうだからね、この家は。」
 ザンの後ろから扉の向こうを覗き込みつつエルフィーネはそう言った。
ロッキッキーもそれにならって覗き込み、ざっと辺りを見渡す。
「何もねぇ事は分かったから早く次に行こうぜ。すぐそこにも扉があるからな。」
 彼はそう言って折れた先の通路を示した。
その通路にはまだ2つほど扉があった。
「そうね。」
 フォウリーはそう言って振り向いた。
「あんまり期待できないけどね。」
 ルーズはぼそっとそう呟いた。
「さあ行きましょう。」
 フォウリーはすぐ先のドアへと歩き始めた。
エルフィーネ達もそれに続く。
ザンは扉を静かに閉めて彼らの後を追った。

 今度の扉も今までと似たような物であった。
あまり期待はしていないがそれでも調べないと気がすまないのは、冒険者の悲しい性であろう。
今回はとりあえずロッキッキーが調べることになった。
彼はザンに任せようとしていたが、フォウリーに急かされて渋々と扉に向かった。
罠が特にないと分かったまではよかったが、彼は掛かっていた鍵を外すことが出来なかった。
それはザンについても同様であった。
傍目にはちゃちな鍵に見えるのだが、見た目とは違いよほど難しいのであろうか。
鍵が掛かっているという事は中に何かしらがあるという可能性が大きい。
故にやむなくザンが魔法で鍵を開ける羽目になった。
ハイ・エンシェントの短い詠唱の後、かちりと小さな音を立てて彼らを扉の向こうに行かせまいとがんばっていた鍵の抵抗は終わりを告げた。
「さっそく入ってみましょう。」
 フォウリーはそう言って扉を開けた。
扉の向こうは誰かの個室だったのであろうか、ベッドやタンスなどの家具が置かれ、床にはカーペットが敷かれていた。
「うひょー。見るからに怪しい部屋だな。」
 ロッキッキーは満面の笑みを浮かべて早速部屋の探索に入った。
ザンも彼を手伝うように部屋を調べ始めた。
しばらくしてザンが棚の中から何か見つけたようだ。
彼はそれを持って探索を見守っていたフォウリーやエルフィーネらの所へと戻ってきた。
「何か見つけたのか?」
 一番先にそう言ったのはルーズである。
「はい、でもあまり価値があるとは思えませんね。」
 ザンは頷きながらそう言った。
それを聞いてルーズはちょっとがっかりしたようであるが、それを見せてくれるように頼んだ。
ザンは頷いて右手を出す。
彼の右手の平の上には銀色の小さなメダルのような物が載っていた。
別段どうって事はないふつうのメダルのようであった。
そしてメダルに刻まれている物を見たとき、ぷいとフォウリーはそっぽを向いた。
それもそのはずである。
メダルには鎌首をもたげた蛇の文様が刻まれていたのだ。
以前蛇に苦い思い出のある彼女としては当然の行動である。
「‥‥あんまり趣味はよくないわね。」
 エルフィーネはそのメダルをまじまじと見つめながらそう言った。
彼女もあまり蛇は好きではなかった。
「20ガメルってとこかな?」
 ルーズはぼそりとそう呟いた。
「そんなものでしょう。」
 ザンはそう言ってそのメダルを自分の財布の中にしまい込んだ。
それくらいの物なら彼の物としても誰も文句は言わないであろう。
「駄目だな、何もねぇわ。」
 そう言いながらロッキッキーが戻ってきた。
その言葉にエルフィーネは部屋を見て思わず唖然としてしまった。
ベット、タンスは言うに及ばず、カーペットから椅子から何から何までひっくり返してあったのだ。
− 持ち主が見たら怒るわね。
 彼女は今は生きてはいないであろうこの部屋の持ち主に、ロッキッキーがこっぴどく怒られる様を想像して思わず吹き出しそうになった。
「そう、じゃ行きましょうか。」
 そんな彼女を怪訝顔で見つつフォウリーはそう言った。
そして彼らはザンとロッキッキーが荒らした部屋を後にした。

 廊下に出た彼らはもう一つの扉へと急いだ。
廊下はその扉よりもなお先に進み、しばらく後で右に折れていた。
「さてこの扉は何処に通じているのかしらね。」
 フォウリーは扉の前に立ってそう言った。
「さあ?また外じゃないの?」
 いつの間にか隣にエルフィーネが来ていてそう答えた。
「ロッキッキー、ザン。どっちでも良いから早く調べてよ。」
 そのエルフィーネを完全に無視してフォウリーは2人のシーフを見た。
「では、まずは私が。」
 そう言ってザンが前に進み出てきた。
今回のザンは本当に熱心である。
この遺跡に何か感じるものがあるのだろうか。
ザンは扉を相手にしていたがすぐに立ち上がってしまった。
「特に何もありませんね。
それに風が入り込んでいるところを見ると、多分扉の向こうは外ですね」  ザンは脇の方に避けながらそう言った。
「外‥‥ね。」
 フォウリーは呟いた後取っ手に手をかけた。
彼女は扉を押し開いたが、ザンまたはエルフィーネの言葉が正しいことを証明したに過ぎなかった。
つまり外に通じていたのである。
「外‥‥ね。」
 フォウリーはぽかんとした表情でそう呟いた。
他の者もつられたように外を見る。
「さっきと同じか。別に何も無さそうだな。」
 めざとく目を走らせたロッキッキーがそう言った。
「そう‥‥ね。」
 フォウリーは苦笑しながら扉を閉めた。
「じゃあ行きましょうか。」
 フォウリーの言葉に彼らは通路を先に進んでいった。

 廊下を道なりに右に折れるとすぐに下へと続く階段があった。
階段の広さは通路とほとんどかわらなかった。
20段ほどで終わっているようだ。
「どうする?」
 階段を見つめながらリュウはフォウリーに何気なくそう尋ねた。
「どうするって降りるしかないでしょ?」
 フォウリーはそう答えた。
「うむ、そうだな。」
 リュウは大きく頷いた。
「行きましょうか。」
 フォウリーとリュウを先頭に彼らは階段を下りていった。
 階段の下はすぐ右に折れていた。
廊下は折れてさらに伸び、扉が3つあった。

だが正面の扉は開け放たれており、どうやら大きな広間に通じているらしかった。
そして廊下にはそこにたどり着くまでに左右1つずつ扉があった。
「とりあえず、近くの扉から調べていきましょう。」
 フォウリーはそう言って左手前にある扉を示した。
「そうだな。地下じゃあ外に通じているって事もねぇだろうしな。」
 そういってロッキッキーは扉の前に座り込んだ。
「土って事はあるけどね。」
 ぼそっとルーズがそう呟いたが幸いに誰にも聞こえなかったようだ。
「鍵が掛かってるな。‥‥罠はねぇな。」
 ロッキッキーはそうぶつぶつ呟きながら扉を開けようと努力していた。
他の者は後ろで一言もしゃべらずに彼の手元を見つめていた。
やがてかちっという音が廊下にかすかに鳴り響いた。
「‥‥うし!開いた。」
 ロッキッキーはそう言って立ち上がり扉を押し開いた。
「どれどれ。」
 そう言ってフォウリーが部屋の中を覗き込んだ。
部屋の大きさ的には先ほどの部屋と同じくらいであろうが、この部屋は多くの棚で埋まっていた。
雰囲気的には薬の貯蔵庫と言った感じである。
「中に入ってみましょう。」
 フォウリーらは部屋の中へと入っていった。
すぐにロッキッキーとザンが部屋の探索を始める。
「うわ?!何これ?」
 エルフィーネも棚を覗いてはいちいち声を上げていた。
ひからびた薬草とか砕け散った薬草、乾ききった軟膏など色々なものが棚に残っていた。
だが今薬として使えそうなものは残っていなかった。
フォウリーも別の所で棚を覗いていた。
大半はエルフィーネが見たものと同じように昔は薬でしたというものばかりであった。
− 何もない‥‥か?
 そう思って何気なく見ていたフォウリーの目に、棚の隅の方で何かが鈍く光るものが飛び込んできた。
「あら?」
 フォウリーは思わず声を上げ、棚の奥を見つめた。
そこには鈍く琥珀色に光る石が一個埃にまみれて置いてあった。
「何かあったのか?」
 先ほどのフォウリーの声を聞き逃さずロッキッキーを先頭にみんな集まってきた。
フォウリーは顔を上げ棚の奥の方の石を示した。
「うん、何かね。石みたいなんだけど誰か分かる?」
 フォウリーはそう言ってザンを見た。
ザンは頷いて視線をそちらへと向けるが、すぐに分からないと言うように首を振った。
リュウも、ロッキッキーも、エルフィーネも、ルーズも同様であった。
誰もその様なものを知らなかった。
だが多少なりとも価値がありそうなので、フォウリーはそれを持っていくことに決めた。
− 町で魔術師ギルドにでも持ち込んでみるか‥‥。
 フォウリーは無造作にそれを荷物の中にしまった。
「何かあった?」
 その後で彼女はロッキッキーとザンにそう尋ねた。
「いんや、ろくなもんな何一つねえよ。」
 ロッキッキーは両手を広げて首を振った。
「そう、なら出ましょう。」
こうして彼らはその部屋を後にした。

 外へと出た彼らは右奥の扉の前に集まった。
ここも今までと似たような扉でやはり扉には鍵が掛かっていた。
「ここは俺の出番だな。」
 ロッキッキーはまだ何も見つけていないのですこし意地になっているようだ。
彼はそう言うと扉の前に座り込んだ。
先ほどと同じ作りの鍵であったのだろうか、今度はそれほど時間はかからなかった。
「よし、開いたぜ。開けるぞ。」
 ロッキッキーはそう言って扉を手前に引いた。
 扉の向こうはどうやら書庫であるらしかった。
それこそ無数の本が所狭しと収められていた。
「ちっ、本かよ。」
 部屋の中を見てロッキッキーはそう舌を打った。
彼にとって本など1ガメルの価値もない代物であった。
「値打ち物の本があるかもよ。」
 ルーズはそう言って手近な本を一冊取ろうとするが、それは徒労に終わった。
本は非常にもろく崩れやすくなっており、彼の手の中で崩れてしまったのだ。
「ルーズ、慎重にお願いしますよ。本当に値打ちのある本だったら取り返しのつかないことになってしまいますからね。」
 ザンが呆然と自分の手を見るルーズにそう言った。
「これじゃあおっかなくって触れないよ。」
 ルーズはそのザンに対して両手をあげて見せた。
「しょうがありませんね。」
 ザンはそう言って、部屋の中に入ってきた。
そして割合丈夫そうな本を探すと慎重にページをめくった。
それにはロー・エンシェントで動物についてのことがまこと細かに書かれていた。
ためしにもう一冊開いてみたがそれも同じであった。
「どう?何か分かった?」
 真剣な表情で本を読むザンにフォウリーがそう尋ねた。
ザンは視線を本からフォウリーに移す。
「ええ、恐らくここの本の全てに動物達のことが書かれているでしょう。」
 ザンは慎重に本を閉じながらそう言った。
「動物?」
「ええ恐らくここは古代王国時代動物のことを研究していた所なのでしょう。」
 ザンはそう口にした。
まったく前回といい今回といい彼らはどうやら動物の研究所に好かれているようであった。
「じゃあ別に価値のありそうな物はないわけね?」
 フォウリーはそうザンに尋ねた。
「一般的にはそうですね。魔術師ギルドなら多少はくれるかもしれませんが。」
 ザンは自分の知っている魔術師で動物について研究していた者がいたかどうか考えつつそう言った。
「いくらにもならないと思うな。」
 横からルーズがそう言った。
「そうね‥‥。いくら変わり者の魔術師でも、まさか動物の本を高く買ったりはしないでしょう。」
 フォウリーもルーズの意見には賛成のようだ。
「なら行くべよ。まったく骨折り損だぜ。」
 ロッキッキーは急かすようにそう言った。
まったくついてないぜ、そう彼はその後に付け足した。
「じゃあ、後は正面の扉だけね。」
 フォウリーらは書庫を後にした。

 正面の扉は今までの扉と違って両開きのかなり大きいものであった。
ただ最近誰か通ったのか、それともこの遺跡が使われなくなってからなのか、ともかくも扉は開け放たれていた。
扉の表面には四角いへこみがあった。
恐らく鍵穴であろうが、扉は開いているのであまり意味はなかった。
「中はどうなっているのかしら?」
 先頭のフォウリーが扉の隙間から中を覗き込んだ。
中はかなり広い部屋であった。
そして多くの彫刻やレリーフで飾られていたが、その全てが動物をかたどっていた。
部屋の中で一際目を引くのは正面にある台座とその上の彫像であろう。
台座は美しい彫刻で彩られており、その上の彫像は金属製の鈍い光を放っていた。
彫像は三つあり、ワニ、蛇、熊であることが見て取れた。
「罠とかは‥‥ないわね。」
 そう言ってフォウリーが一歩部屋に入ると、後ろから猿の鳴き声が聞こえた。
振り返るとそこにさっきの大猿が心配そうな表情でこちらを見ていた。
「何か言いたいのかしら?」
 エルフィーネがそう呟いた。
「猿がか?冗談きついぜ。」
 ロッキッキーはそう言って首を振った。
「自分も猿みたいなもんでしょ?」
 エルフィーネは彼の方を見てそう言った。
「一緒にすんな!」
 ロッキッキーは真顔でそう言った。
後ろでフォウリーが忍び笑いを漏らしていた。
「ともかく中に入りましょう。慎重にですけどね。」
 ザンがそう言って急かした。
フォウリーらは頷き合い、部屋の中へと入っていった。
猿はもう一度まるで警告するような鳴き声を発した後、彼女らの後を追った。

 部屋の中の彫刻やレリーフなどに目もくれず、彼らは奥の彫像の前へと進んだ。
「ちょっと調べてみてくれる?」
 フォウリーはそう言ってロッキッキーの方を見た。
だが彼が非難の声を上げるより早くザンが口を開いた。
「私が。」
 彼はそう言ってフォウリーの返事を待たずに彫像の載っている台の前に座り込んだ。
だが特に罠とかは見受けられなかった。
ただ蛇と熊の間にもう一体分の隙間があることが不思議であった。
ほこりの具合を見てもそう見受けられた。
− もう一体は何処に?  また台座には上位古代語で何事か書かれていた。
− 無限を表すものに幸あれ。
それは真実の姿を守る、ですか。
 ザンは指で追ってそう訳した。
「彫像はどうやらミスリル銀で出来ているようですね。あと強い魔力を感じます。」
 ザンは立ち上がってフォウリーらの方を振り向いてそう言った。
「ミスリル銀?えらく値打ちもんじゃねぇか!」
 ロッキッキーはそう叫んだ。
「本当に?」
 その言葉にルーズの目が輝いた。
そして2人で食い入るように銀の彫像を見つめる。
「あとこの台座には上位古代語でこう書かれています。『無限を表すものに幸あれ。>それは真実の姿を守る』と。」
 ザンはロッキッキーとルーズを無視し、台座を指さしながらそう言った。
「無限を表すもの?」
 フォウリーはそう反復した。
ザンは彼女に頷いた。
「蛇じゃないの?」
 後ろからエルフィーネが蛇の彫像を示しつつそう言った。
確かに一部の宗教では蛇は再生や永遠の象徴でもある。
蛇とワニと熊の中で選ぶとなれば蛇しかないであろう。
「たぶんそうね。」
 フォウリーは素直にエルフィーネにそう言った。
「あと、一体足りないような気がするのですけど。」
 次いでザンは蛇と熊の間の隙間を示した。
確かに蛇とワニの間に比べると広すぎる。
「前に誰か持っていたのか?」
 リュウはそう言ってザンの方を見た。
だが彼は首を横に振った。
「それほど大きい物ではないのですから、持っていくのなら4つ全部持って行くでしょう。」
 ザンはそう言った。
確かに彫像の大きさは猫程度の物である。
無理すれば、どうにか4つ全部持っていけるであろう。
「じゃあ後ろにでも落ちているのかな?」
 エルフィーネはそう言って台座の後ろを示した。
台座は高さが1メートルほどあり、広さもそれくらいあるので後ろ側はここからでは影になって見えなかった。
一番近くにいたルーズが後ろに回ってみる。
台座と壁の間は2メートルほどあり、その間に確かに彫像が落ちていた。
だがそれ以外の物も落ちていた。
「落ちてるよ、猿の彫像が。誰かの服と一緒にね。」
 ルーズは苦笑しながらそう言った。
落ちていたのは服、というよりは、身につけていた物全部といった方が良かった。
何せ皮鎧や弓矢、革袋からはては下着まで落ちているのだから。
「誰のかしらね?」
 フォウリーはそれらを見ながらそう言った。
「さあ、分かりませんよ。」
 ザンはそう言って肩をすくめた。
「とりあえず調べてみんか。」
 ロッキッキーがそう言ってその装備品に触ろうとすると、再び猿の鳴き声が聞こえた。
振り向くと先ほどの猿が近くの柱の影にいた。
「うるせえ!」
 そう言ってロッキッキーは近くに落ちてた小石を猿へと投げつけた。
石は柱に当たったが、猿は慌てて陰に隠れてしまった。
「可哀想じゃないの。」
 エルフィーネが抗議の声をあげたがロッキッキーはそれを無視した。
「静かになったな。」
 そう言って装備一式を瞬く間に調べあげた。
「ち、しけてんな。こりゃ狩人かなんかの装備だぜ。」
 服を床に投げそう言って立ち上がったロッキッキーの足に何かが当たった。
「おや?何じゃこりゃ?」
 ロッキッキーはそう言ってそれを手に取った。
それは四角柱の形をした小さな金属柱であった。
「この部屋の鍵‥‥かしらね?」
 フォウリーが後ろから覗き込みながらそう言った。
「そうだとしてもあんま意味ねぇな。」
 そう言ってロッキッキーは隅にそれを投げ捨てた。
渇いた音を立ててそれは転がり壁に当たって止まった。
「さて、じゃあ彫刻を調べましょうか。ザン、お願いね。」
 フォウリーはそう言ってぽんと彼の肩を叩いた。
「はあ、分かりました。」
 ザンは自信無さそうにそう言った。
彼は仲間達の見守る中、とりあえず蛇の彫像から調べることにした。
きーきーとさっきの猿が鳴いていたが、ロッキッキーの姿をはばかって、近づいて来ようとはしなかった。
だが、丹念に調べても彫像は彫像であった。
強い魔力を感じることが出来るのだが、特になにかがあるわけでもない。
首を傾げながらザンは次の彫像を調べようと、熊の彫像に触った。
とたんに彼の身体に変化が訪れた。
「あーーーー。」
 彼の身体は青白い光に包まれた。
「ザン!」
 仲間たちの叫び声が部屋中にこだました。
光はザンの身体を包み込み、やがて消滅した。
だがそこにいたのはザンではなかった。
巨大な熊だったのである。
これには一瞬フォウリーらも戸惑ってしまった。
「ザン?!」
 先ほどと同じ言葉をちがう口調でそう呟いた。
 一方ザンの方は何が起こったのか良く分からなかった。
一瞬気を失ったのだろうか、光に包まれてから気がつくまでの記憶がなかった。
だが目の前に奇妙な物を見るような表情の仲間達がいた。
そのうちにフォウリーが彼の名を呼んだ。
彼は答えようとした。
だが出来なかった。
声が出せないのだ。
慌てて喉に触ろうとして彼は自分の身体の変化に気がついた。
自分が熊になっていることに。
良く見ると自分の来ていたソフトレザー・アーマーや服は、びりびりに破けて下に落ちていた。
− どう言うことですか?
 さしものザンもこの状況下では冷静にはいられなかった。
 フォウリーらはしばし呆然と熊にかわった仲間を見つめていた。
「どう言うことなの?」
 いらついたフォウリーがそう叫んだ。
「変化の魔法‥‥。すごいや、彫像にかかってるなんて。」
 ルーズが何かに思い当たったようだ。
「変化の魔法って?」
 フォウリーがそう問いただす。
「ソーサラー・マジックにあるんだよ。術者の姿を自由に変える魔法がね。」
 ルーズはそう説明した。
ソーサラーならではの知識であろう。
「直せるの?」
「ディスペル・マジックで解除できるだろうけど、まあこの魔法をかけた魔術師の力によるね。僕でも出来るかもしれないし、出来ないかもしれない。」
 ルーズはそう言った。
もし古代王国の名のある魔術師がかけたものであったら、おそらくルーズの力では無理であろう。
いや大賢者マナ・ライでも無理かもしれないのだ。
言葉は分かるのかザンであった熊が悲しそうな表情をした。
「何かいい方法はないのか?」
 それを見てロッキッキーがそうルーズに尋ねた。
「何か解呪の方法があるかも。」
 ルーズは苦々しい口調でそう言った。
それでぴんと来たのかエルフィーネの脳裏にある考えが浮かんだ。
「ちょっとまって!」
 エルフィーネが突然そう叫んだ。
「どうしたの。」
 他の者の視線が、ザンであった熊や、大猿までもが彼女を見た。
「ザンがさっき言ってたわよね。『無限を表すものに幸あれ。それは真実の姿を守る』って。無限を表すものは蛇でしょ。なら真実の姿を守るって言うのは動物に変化した者をもとに戻すって意味じゃないかな?」
 エルフィーネは蛇の彫像を示しながらそう言った。
「そうね、そうともとれるわね。」
 フォウリーはそう頷いた。
そしてザンの方を見た。
「聞こえて?ザン。」
 フォウリーに熊はうなり声と共に首を動かした。
「あの蛇の彫像を触ってみて。
いい?蛇の彫像よ。」
 フォウリーは蛇の彫像を示しながらそう言った。
ザンは分かったと言うように頷くとのっしのっしと台へと近づいていった。
そしてフォウリーらの見守る中、ぽんぽんと蛇の彫像を叩いた。
とたんに再び彼の身体を青白い光が覆い、次の瞬間には1人の男になっていた。
言うまでもなくザンである。
彼はぼんやりと人間に戻った自分の手を見つめていた。
「うまくいったね。」
 エルフィーネはフォウリーの方を見ながらそう言った。
おそらく自分で言っておきながら、彼女はあまり自分の案を信用していなかったのだろう。
「ほんと、良かったわ。」
 フォウリーはそうエルフィーネに言った後ザンを見た。
そして慌てて視線をそらせた。
それもそのはずである。
ザンはまさしく一糸纏わぬ姿だったのだから。
「ザン!早く何か着て!」
 フォウリーは金切り声でそう叫んだ。
それにザンは自分が裸であることに気づき、慌てて荷物を持って台座の後ろに回った。
「結構大きかったな。」
 ロッキッキーが意地悪げな声でそうエルフィーネに話しかけてきた。
「そう?」
 何事もない顔で彼女はそう答えた。
 予備の服を着てザンはようやく台座の後ろからでてきた。
「いやあ、まいりましたね。」
 落ちていたスタッフや革袋などを回収してザンは仲間のもとへと戻ってきた。
「まったくな。男の裸なんか見てもうれしくも何ともねぇよ。」
 ロッキッキーはけらけら笑いながらそう言った。
ザンは苦笑したままで何も言わなかった。
「所であの猿の彫像が落ちているって事は誰か触ったのか?」
 リュウは台の裏を見ながらそう言った。
「どうでしょうか?」
 ザンは首をひねった。
「とりあえずその彫像を戻してみたら?」
 エルフィーネは何気ない口調でそう言った。
「誰が?」
 フォウリーがそう言ってエルフィーネの方を見た。
「進んでやる人がいなければやっぱりリーダーでしょ?」
 事も無げに彼女はそう言った。
「あのねぇ‥‥、いえ、分かったわ。ザン、猿の像に魔力を感じて?」
 何か言おうとしたフォウリーであるが止めてエルフィーネの提案を了承した。
そしてザンに像の安全性の有無を確かめさせる。
「別に魔力は感じられませんね。」
 ザンはしばらく猿の彫像を見た後そう言った。
「やっぱりね。そんなに魔力が蓄えられているはずがないと思ったのよ。」
 フォウリーはそう言いながら彫像を台の上に戻した。
「はい、戻したわよ。」
 彼女は手に付いた汚れを払いながらエルフィーネの方を見た。
「うん‥‥。」
 彼女は歯切れの悪い返事を返した。
何か考えているのだろうか。
それともフォウリーが猿にならなくて残念がっているのだろうか。
「それじゃあさ、誰かがその彫像に触って猿になったって事?」
 エルフィーネは突然そんなことを言った。
「そうね‥‥。」
 フォウリーは頷かざるを得なかった。
「もしかしてよ、その猿ってあれか?」
 ロッキッキーがそう言って柱の影からちらちらとこちらを見ている猿を示した。
「確かに猿にしては少し頭が良すぎますね。」
 ザンもその猿の方を見ながらそう言った。
「人間にしては大したこと無いけどね。」
 ルーズはそう呟いた。
「よし、とりあえず捕まえてみましょう。そして蛇の像に触らせればはっきりするわ。」
 フォウリーはそういって猿を示した。
こうして喜劇とも言うべき猿の捕獲が始まった。
フォウリーは鎧のせいにして動かないし、エルフィーネは勝手にすればと言って座り込んでしまったので、結局猿の捕獲は男4人でやる羽目になった。
しかしさすがに猿だけあってすばしっこく、なかなか捕まえられなかった。
大の男4人が追いかけてくるのである、猿の方も必死になって逃げまどった。
その様を見ながらフォウリーとエルフィーネは笑いをこらえるのに一苦労であった。
ようやくリュウが猿を捕まえたとき、4人は少なからず猿に引っかかれていた。
リュウに捕まえられてもまだ猿はキーキー鳴いて、手足を動かしていた。
「こら、暴れるな。」
 リュウは逃がさぬようにしっかりと抱きしめると、猿は観念したのか急に静かになった。
「じゃあ、彫像に触らせてみて。」
 頬杖をついたままの格好で、フォウリーはそうリュウへと言った。
分かった、と頷いてリュウは猿を抱いたまま彫像へと近づいた。
そして猿の手を持って蛇の彫像へと伸ばす。
再び猿は暴れ出したが、かまわずリュウは蛇の彫像を触らせた。
とたんに猿が青白い光を放った。
「うわっ?」
 リュウは猿をほっぽりなげて慌ててその場から退避した。
 光は一度まぶしく光ったかと思うとまるで収縮するように消えていった。
そして1人の男がその場に姿を現した。
男は目を開け信じられぬように自分の姿を何度か眺めた後、突然おおはしゃぎをはじめた。
「やったー、人間に戻れたぞーーー。やったー。」
 男は20才ぐらいであろうか、それなりに分別もつく年であるはずなのに、素っ裸ではしゃぎ回ったのだ。
6人はただ唖然としてその男の騒ぎを眺めていた。
ただ本日2度目の男のストリーキングに、フォウリーの機嫌は最低になった。
何か言い様のない怒りが心の中にふつふつと湧き出てきた。
そしてそれが限界になったとき彼女は大声で叫んでいた。
「いい加減に服を着ろーーー!」
 フォウリーのその怒声に男は我に返ったようだ。
はっとして自分の姿を眺め、慌てて台の後ろへと走り込んでいった。
そしてそこにあった自分の服を慌てて着始めた。
「まったく‥‥常識ってものがないのかしら‥‥。」
 フォウリーは男が服を着てでてくる間中そう愚痴をこぼしていた。
 服を着終えて台の裏からでてきた男は恐縮した様子で頭を下げた。
「助けてくれてどうもありがとう。さっきはもとに戻れたあまり我を忘れてちまって‥‥。みっともない姿を見せちまって‥‥。」
 男は少し訛りのある語調でそう言った。
「貴方の名前は?」
 ザンがそう尋ねた。
「はあ、フォンスといいます。この近くのベインという村に住んでます。」
 男は先ほどの浮かれようがまるで嘘のような口調でそう言った。
「どうして猿になんかなっちまったんだ?」
 ロッキッキーが頭の後ろで両手を組んだ格好で男へと尋ねた。
「はあ、1ヶ月ほど前のことなんですが、この森に狩りに来ていたときにこの遺跡を見つけたんです。興味をひかれて中に入り、何やら高価そうな彫像を見つけたまでは良かったんですが、持ち帰ろうとしたとたんに猿に変わっちまって‥‥。」
 フォンスは気味悪そうに4つの彫像をちらちら見ながらそう言った。
「まって、少なくともこの部屋は鍵が掛かっていたはずよ?どこで鍵を見つけたの?」
 フォウリーはそう言ってフォンスに尋ねた。
「はあ、この遺跡の入り口の所に落ちてました。拾ったときは鍵とは思いませんでしたが。」
 フォンスはしどろもどろと言った感じでそう答えた。
おそらく先ほどの彼女の一喝が効いているのだろう。
「そう。」
 フォウリーはその答えに満足したようだ。
「なんで商隊なんか襲ったんだ?」
 また横からリュウがそう尋ねた。
「はあ、しばらくは猿の姿のまま途方に暮れていましたが、そのうちに今の仲間達と出会いそれなりに生活する術を覚えました。それでも人恋しくて街道を行き交う馬車や旅人を眺めていたんですが、ある日、この森近くで野営した馬車の一台が小さな樽を忘れていったんです。俺は無類の酒好きで思わずその樽の中身、ワインでしたがそれを少し失敬したんです。そしたらそれを見ていた群の仲間達も次々にワインの味を覚え、そのうちに不用心な旅人から水袋や瓶や壷を盗むようになっちまったんです。その頃には俺も人間には戻れない者だと思い始めたんで、手っ取り早く群れ全員分の酒を手に入れるために山賊まがいの手口を使うようになったんです。」
 フォンスは申し訳なさそうな表情でそう言った。
「呆れた‥‥。」
 エルフィーネは一言そう呟いた。
「まあ、そう言うなよ。自分が猿のままだとなっちゃあ自暴自棄にもなるわな。」
 ロッキッキーはフォンスの肩を持つようにそう言った。
「まあ、別に良いけどね。盗まれたのは私じゃないし、こうして仕事にもありつけたしね。けどね、腐った果物を人の顔にぶつけたのだけは許せないわ!」
 彼女はそう言ってフォンスに詰め寄った。
「そ、それは謝る。でもねぐらを守るためだったから‥‥。」
 フォンスは慌ててそう言った。
「お友達にもちゃんといっといてよね!」
 エルフィーネは指を突きつけてそう言うと、元の位置に戻った。
「貴方がいなくても猿達は商隊を襲うかしら?」
 フォウリーは何気ない口調でそう言った。
だがもし仮にフォンスが頷いたら彼女は猿を残らず殺すと言い出すであろう。
「そ、それは大丈夫だと思う。俺がいたから奴等は商隊から荷物を奪えたんだ。狙うにしてもせいぜい旅人の水袋ぐらいだよ。」
 フォンスは首を横に振りながらそう言った。
「そう、じゃあ、私たちの役目もおわりね。町へと帰りましょう。」
 フォウリーはそう言って立ち上がった。
「フォンス、貴方はどうするのですか?」
 ザンがフォウリーを恐ろしげに見ている彼にそう尋ねた。
「ああ、出来れば俺はベインの村に帰りたいのだが‥‥。」
 フォンスは彼らを伺うような視線でそう言った。
「一応商隊襲撃の首謀者だよ。町まで連れてかないの?」
 ルーズが慌ててそう言った。
彼としては働きをより確かなものにして報酬を貰いたかった。
「お偉いさん方が信じると思う?”猿のボスは実は変化した人間で、それを連れてきました”と言ってよ。」
 フォウリーはそう言ってルーズを見た。
ルーズは残念そうに首を振った。
「猿が襲撃しなくなったって言う事実だけあればよいのよ。>そうだろ?リーダーさんよ。」
 ロッキッキーがルーズの肩を叩きながらそう言った。
フォウリーは黙って頷いた。
「ならもう戻りましょう。ガトーが首を長くして待ってますよ。」
 ザンはそう言って皆を急かした。
が、これで帰るほど彼らは素直ではなかった。
「その前に誰かワニの彫像に触ってみない?」
 フォウリーはそう言ってフォンスを含め、そこにいた全ての者を見回した。
だが誰も自分から進んでそんなことをやろうとは言い出さなかった。
しばらく見回していた彼女であったが視線がリュウの所で止まった。
「ねぇ、リュウ。貴方触ってみない?」
 彼女はにんまり笑ってそう言った。
根がいいのか、それとも彼女には逆らえないと思っているのか、リュウは意外に素直に頷いた。
「さすがリュウ!」
 フォウリーはそう言って拍手を送った。
リュウ以外の者はほっと胸をなで下ろしたのであった。
 リュウは仲間達の見守る中、台の後ろへと行くと服を脱ぎ始めた。
変化することに対する当然の配慮である。
そして素っ裸になったリュウはおそるおそるワニの彫像に触った。
彼の身体は光に包まれ、そして完全なるワニの姿になった。
「いいぞー、リュウ。」
 歓声の中、ワニによるショーはしばらく続くのであった。

 元に戻ったリュウを含む一行とフォンスは地下から一階へと抜け、そして外へと出た。
木々の上からはいつの間にか猿の姿が消えていた。
肌で敏感にボスが消えたことを察知したのであろうか。
それを見てフォンスは少し寂しげな表情を作ったが、すぐに振り切るように笑顔を見せた。
「さて、貴方とはここでお別れですね。」
 ザンは彼が笑顔になるのを待ってからそう言った。
「いろいろとありがとうございました。もしベインの近くに来ることがありましたらぜひ寄ってください。心ばかりのもてなしをさせていただきます。」
 フォンスはそう言って深々と頭を下げた。
「分かったわ。そうさせて貰うわ。」
 一生行くことはないと思いつつもフォウリーはそう答えた。
フォンスはもう一度頭を下げ、それではと森の中に消えていった。
何度も、何度もこちらを振り返りながら‥‥。
「さて、私たちも戻りましょうか。」
 フォンスを見送った後、フォウリーはそう言った。
「帰りは猿の襲撃もないしね。」
 そのすぐ後にエルフィーネがそう付け足した。
「誰かさんは腐った果物をぶつけられなくてすむしな。」
 すかさずロッキッキーがそう口にする。
「誰かさんは橋から落ちないですむしね。」
 もちろんエルフィーネも負けてはいなかった。
− 結局ロッキッキーが引き受けることになるのね。
 フォウリーはそう思いながら、自分の保身にために決して口にすまいと心に誓うのであった。
 こうして3人の新しい仲間を加えた彼らの冒険は、ひとまず終わりを告げるのである。
だが彼らはこの時から大きな運命が胎動を始めたことを知らない‥‥。

              STORY WRITTEN BY
                     Gimlet 1993

                PRESENTED BY
                   group WERE BUNNY

FIN

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