SW4(前編)

SWリプレイ小説Vol.4(前編)


魔草に魅入られしが故に....


               ソードワールドシナリオ集
                  「猫だけが知っている『黒き夢の末路』」より

 ベルダインとガルガライズを結ぶ街道に巣くっていた猿達を退治してから5日が過ぎようとしていた。
騰りかけていた物価も数日の内に元の値段に落ちつき、酒好きのフォウリーとしてはまずはめでたしといった結末であった。
ペレインは輝く翼亭で彼らを待っていて、事のあらましを聞いた後で、報酬の500ガメルを払ってくれた。
もっともルーズの事で少しもめたが、結局彼はルーズの分も払ってくれた。
基本的に人が良いのだろう。
皆は一時的にではあるが財布が重くなってにこにこしていた。
もっともザンの方は装備の買い換えで収支はとんとんであったらしいが。
 また彼らの見つけた遺跡の方も第二次の捜索隊が組まれ、彼らが持ってくるのを忘れていたミスリル銀の彫像で大儲けした者がいた。
それを聞いてロッキッキーやルーズらは悔しがったが、今更言っても後の祭りであろう。
 そういえばルーズ、エルフィーネ、リュウの3人は、いつの間にかフォウリーらと行動を共にするようになっていた。
フォウリーらの方も仕事の度に人数を補充するわけにはいかないので、3人を仲間として受け入れたのだ。
彼らが取っている部屋の住人はいきなり倍になり、広さに慣れていた彼女らはしばらく狭さに悩まされたが。
 一度冒険を共にすると、お互いにかなりの信頼感を持つようであった。
まだ知り合ってから10日ほどしかたっていないにも関わらず、彼らは打ち解け10年来の友人のようであった。
今日も半ば彼らの指定席と化した丸テーブルに、仕事もなくたむろしていた。
他のパーティーは仕事を受けたのだろうか、それとも未知なる冒険に旅立っているのか、酒場には彼らしかいなかった。
 どこかに出かけていたのか、デビアスが表の扉から店の中に入ってきた。
レスが通る声で、お帰りなさい、と口にした。
フォウリーらは一瞬デビアスの方を見るが、また自分らの話に戻っていった。
デビアスは頭に手をやり少し考えていたようであったが、やがて彼らのテーブルに近付いてきた。
いち早くそれにフォウリーが気づく。
「仕事なの?」
 フォウリーのその言葉に他の者も視線を彼へと向けた。
デビアスはじらすように近くの椅子をひっぱってきて座ると頷いて見せた。
「ああ。この町の北にビルシュという名の村がある。そこにラギルという商人が住んでいるのだが、最近、奇妙なモンスターが周囲をうろつくようになって困っているらしい。退治したら1人頭800ガメル出してくれるそうだがやるか?」
 デビアスは一息にそう言った。
「ラギルって?」
 フォウリーはそう依頼主になるであろう商人の名をそう聞き返した。
「ああ、お前らは知らないか。ラギルってのはここ数年で財を築いた、この辺じゃちったあ名の知れた人物だ。商売の内容は、まあそうだな、西部諸国(テン・チルドレン)と周辺の国々との貿易品の運搬が主らしい。2年ほど前にビルシュ村の一画を買い取り、豪華な屋敷と狩猟場を作ったらしいな。」
 デビアスは自分の知っている事をそう話した。
「そういえばいたね、そんな成金が。」
 ルーズが追随するようにそう言って頷いた。
彼はこの辺りの出身であるので、ラギルの名前くらい知っていても不思議ではなかった。
「どうする?」
 デビアスの話を聞き終えた後で、フォウリーはそう仲間へと尋ねた。
「もちろん受けるよな?」
 まず始めにロッキッキーがそう言った。
ボー・クラモンの依頼の報酬には及ばないが、それでも800ガメルは大金である。
彼としては何としても受けたいであろう。
フォウリーは他の者の顔を見渡した。
特に反対しそうな者はいなかった。
「O.K.その依頼受けるわ。」
 彼女はデビアスの方に向きなおってそう言った。
「なら、悪いんだが、早速ビルシュ村に行ってもらえんか?そしてラギル本人にあって詳しい話を聞いてくれ。」
 デビアスはそう言うと立ち上がり椅子を元の場所に戻した。
そして早々にその場から立ち去った。
話が決まったのにその場にいると、彼らに酒代をたかられるのを知っていたからである。
「そうね、なら早い所行きましょうか。」
 フォウリーはそう言って立ち上がった。
そしてレスを呼び、食事代と酒代の精算をしてからそれぞれの部屋に荷物を取りに戻っていった。

 輝く翼亭から出た彼らの行動を決めたのは珍しくザンの一言であった。
その一言とはこうである。
「盗賊ギルドに行って、そのラギルとか言う人物の事を聞いて見ませんか?」
 ギルドと聞いてフォウリーらの中には眉をひそめた者もいた。
ギルド、特に盗賊ギルドに良い印象を抱いている者は皆無と言って良かったので、当然の反応であろう。
だが情報が集まるのも事実である。
何か些細なことでも分かれば、とフォウリーらはギルド行きを承諾した。
 ベルダインの盗賊ギルドは旧市街の南東の方にあった。
彼らの宿である輝く翼亭は新市街にあるので、ギルドに行くにはかなりの距離を歩かなければならなかった。
ギルドまでの道中何度もエルフィーネが文句を言ったが、結局彼女にはついて行くしか選択肢はなかった。
 ギルドの建物は密集した住宅地の中にあり、一見しただけではとてもその様な居住者がいるとは思えぬ建物であった。
だが多くの盗賊ギルドがそうであり、ベルダインの盗賊ギルドもまた例外ではないのだ。
入り口近くには見張りであろうか、1人の乞食が座っていた。
彼らはギルドの建物から少し離れたところで立ち止まった。
「では行って来ます。」
「しょうがねぇな。」
 ギルド内には加盟していない人間は入ることすら出来ないので、ここはロッキッキーとザンの2人に任せるしかないのである。
彼らはフォウリーらの見守る中、乞食と2,3話した後で屋敷の中に消えていった。
「大丈夫かな、あの2人。」
 彼らの姿が消えた後でエルフィーネはそう言った。
「大丈夫よ。別に喧嘩売りに行った訳じゃないんだから。」
 フォウリーはそう言ってもう一度ギルドの建物を見た。

 あまり広くない家の中、幾つかの隠し通路を抜けて、ザンとロッキッキーはようやく一つの部屋にたどり着いた。
金さえ積めばありとあらゆる情報が手に入る部屋である。
彼らは扉番らしき男に名と用件を告げ、そして部屋の中に入っていった。
部屋の中には3人ほどの男がいた。
彼らは鋭い視線をザンらに向けるが、すぐに彼らの事を思い出したようであった。
その内のやせた男が話しかけてきた。
「ああ、最近この町に入ってきた冒険者だな。
何か用か?」
 男は鋭い眼光のまま口元に笑みを浮かべつつそう言った。
「はい、ビルシュ村のラギルと言う人物について聞きたいのですが。」
 ザンは先ほど扉番に言ったのと同じ事をもう一度言った。
男はさらに口元をゆがませた。
「100ガメル‥と言いたい所だが、あいにくその男に関しては何にもネタはねぇな。」
 それを聞いて脇の方でナイフをもてあそんでいた男がふっと鼻で笑った。
ロッキッキーの方はそれにかちんときたが、もちろんこの場で激発するような愚かな真似はしなかった。
「そうですか。」
 ザンは神妙な表情でそう言った。
「用は終わりか?ならとっととうせな。」
 男はそう言って彼らを追い払う仕草をした。
「分かりました。」
 ザンとロッキッキーは部屋を退出した。

 ロッキッキーとザンはギルドの外に出て、彼らが戻ってくるのを待ちわびていたフォウリーらと合流した。
「何か分かった?」
 期待感のかけらもない口調でそう尋ねたフォウリーに対し、ザンは苦笑して首を横に振った。
「無駄骨だったわけね。」
 それを見て意地悪そうにそう言ったのはエルフィーネである。
わざわざこんな方まで歩いてきたというのに何も分からなかった、と言うことに彼女は不機嫌になった。
もっともそれくらいの皮肉で十分解消できるものであったが。
「さて、じゃあビルシュ村に行きましょうか。」
 フォウリーは内心で苦笑しながらそう言った。
「その前によ、俺よ、買いたいものがあんだけどよ。
寄ってても良いか?」
 ロッキッキーはそう仲間へと尋ねた。
「何処へ?」
「防具屋にな。だいぶこの鎧もくたびれたし、金もあるしな、もっと良い鎧を買おうかと思ってな。」
 ロッキッキーは薄汚れたソフトレザー・アーマーを見せつつそう言った。
確かに彼の鎧はくたびれていた。
「私もそれには賛成ですね。」
 それを聞いてザンはそう頷いた。
「あ、俺も。」
 果てはルーズまで賛同する始末だ。
「はいはい。じゃあ行きましょうか。どっちにしろビルシュに行くには新市街の方を通らなければいけないからね。」
 やれやれと言った様子でフォウリーはそう言った。
まるで聞き分けのない子に根負けした母親のような心境である。
エルフィーネは一人釈然としない様子であったが、渋い顔をしただけで何も言わなかった。
彼ら一行はこうして旧市街を後にし、新市街の一画にある防具屋を目指してまた歩き始めるのであった。
 ベルダインで最大を誇る防具屋でもあいにくとロッキッキーらの要求を満たす鎧は売っていなかった。
もっとも彼らの要求が高すぎただけの話なのだが。
店の主人に注文になると言われてどうしようか迷った3人であるが、結局質の良い鎧を注文することにした。
もっとも今から作らせるので3つ全て出来るのは1カ月以上後、と言うことであった。
とりあえず1週間後くらいには一つ目が出来上がってくるので、その頃に来て欲しいと言われて、彼らは頷くしかなかった。
そのひとつを誰が着るか、熾烈な争いの結果ルーズという事になった。
他の2人、特に始めに言い出したロッキッキーは納得いかないことはなはだしいのだが、何をいっても負け惜しみにしか聞こえなかった。
 その後で彼らはようやくビルシュ村へと歩み始めた。

 ビルシュの村はベルダインの北門を抜けて、徒歩で5時間ぐらいの所にあった。
なだらかな山の梺の傾斜地にある村の周囲は深い森に囲まれており、どこか忘れられた村という錯覚に皆は襲われた。
街道沿いにあるのではなく、少し入ったところにあるためだろうか。
 人口は20人から30人といったところであろうか。
村の建物の大部分は家畜用の畜舎で、ともすれば人間の何倍もの牛や豚、山羊などが住んでいるであろう。
村の回りにはその面積の何倍もの畑が拡がっていた。
この村はベルダインの農村では典型的な農耕と牧畜が盛んな所なのだ。
 道は街道から少し入ったところで村の方に続く道と畑の方に続く道とに分岐した。
フォウリーらは人影を認めて、畑の方へと入っていった。
畑にはとうもろこしに似た背の高い穀物や麦が植わっていた。
ところどころ柵に囲われた草原で、牛や山羊たちがのんびりと草を食んでいた。
だが辺りを見回してもラギルの屋敷らしい建物は見受けられなかった。
その事は彼らを少し不安にさせた。
 畑仕事をしていた村人達は、鎧を身に纏った冒険者達が近付いてくるのを不思議そうな表情でずっと眺めていた。
たしかにこの様な村では冒険者は珍しい人種になるだろう。
エルフなどがいればなおさらだ。
「すみません、ここ、ビルシュ村ですよね?」
 話が出来るくらいまで近付いた後、先頭のフォウリーが近くの若い男にそう尋ねた。
「あ、ああ。そうだ。」
 男は少し怯えながらそう答えた。
「この辺にラギルって商人の家があるはずなんだけど‥‥。」
 フォウリーは男の怯えた目に内心苦笑しながらさらにそう尋ねた。
男はラギルの名を聞いて一瞬表情を曇らせた。
いやそこにいた村人の全てがそうであった。
「ラギルの屋敷ならこの村の西にある。もう少し行かないと見えないな。」
 男はそう言って彼らが来た道の西を指し示した。
「そう。」
 フォウリーはちらりと視線を西に向けた後そう言った。
その時近くでまじまじと彼らを見つめていた中年の男性が話しかけてきた。
「あんたらラギルのところに出る幽霊を退治しにきたのかね?しかしあれは‥‥いや何でもない。」
 男はそう口ごもった後、彼らの追求を未然に逃れるかのようにそそくさと仕事に戻っていった。
「ちょっと待って。あれとは何なの?」
 フォウリーは慌ててその男を呼び止めた。
男は手を止めて彼らを見た後、何でもないと言ってまた野良仕事を再開した。
何度聞いても何でもないの一点張りであった。
他の村人も同様であった。
その事を聞いても知らないとか何でもないというような答えしか返ってこなかった。
フォウリーらは一度肩をすくめると別の質問をすることにした。
「幽霊ってどういう幽霊なの?」
 今度は中年の女性を捕まえてフォウリーはそう尋ねた。
「ラギルの所で聞いて。」
 彼女はそう答えるとまるで逃げるように仕事へと戻っていった。
多分他の村人に聞いても同様であろう。
「しょうがないわね。
それならラギルの所へ行きましょうか。」
 フォウリーはそう言って仲間を促した。
彼らは畑から西に続く道をゆっくりと歩き始めた。

 ラギルの屋敷はビルシュの村から大体20分ほど歩いたところにあった。
あの若い男は西と言ったが正確には西北西の方向である。
 ラギルの屋敷は煉瓦づくりの重厚な建物で2階建てであった。
屋敷の近くには馬小屋や猟犬の飼育所があった。
この事からもラギルはかなりの狩り好きであることが偲ばれた。
「でけぇ家だな。」
 ロッキッキーは感心したようにそう呟いた。
内心ではさぞかし金目のものが転がってるだろうなと、とんでもないことを考えていた。
「そう?そうでもないと思うけど。」
 フォウリーはさりげなくそう言って扉を叩いた。
返事は意外にもすぐに返ってきた。
「どちら様でしょうか。」
 そう言って若い女性の使用人が顔を見せた。
玄関の脇にでも常時待機しているのであろうか。
「依頼の話を聞いてベルダインから来た者です。」
 フォウリーはきりっとした表情でそう言った。
あやふやな態度ではかえって怪しまれると思ったからだ。
「どうぞこちらへ。お見えになり次第案内するように言われております。」
 彼女はそう言って扉を押し開いた。
 彼らが案内されたのは屋敷の中の奥の一室であった。
だがその後が長かった。
その部屋に中年の男が姿を見せたのは1時間も後のことであった。
「私がこの屋敷の当主、ラギルだ。」
 男はそう言って自己紹介した。
かなり上品な身なりをしているが、寝不足のためか目が充血していた。
どことなくやつれた様子もうかがえた。
「このパーティーのリーダーのフォウリーです。」
 フォウリーは腰を下ろしていたソファーから立ち上がってそう言った。
他の者も彼女の後にあわせて立ち上がった。
だがラギルは彼らの自己紹介を必要とはしなかった。
「うむ。早速だが仕事の話に移りたい。」
 ラギルはフォウリーに対して頷いた後、そう言って近くの椅子に座った。
フォウリーらも腰をかけ直す。
「夜な夜な館の周囲に現れる不気味な馬の化け物を退治して欲しい。」
 ラギルは疲れた目をフォウリーに向けた。
「馬‥‥の化け物ですか。」
 フォウリーは少し面食らったようだ。
この辺りにそんな化け物が生息しているのだろうか、と思ったようだ。
「そうだ。奴は1ヶ月ほど前に突然姿を現した。最初のうちは数日おきに現れたり現れなかったりを繰り返していたが、2週間ほど前から毎日のように現れるようになった。」
 ラギルは憔悴しきった表情を隠すように片手で顔を撫でた。
「一体どんな被害が?」
 フォウリーに対面するように座っていたザンがそう尋ねた。
「奴は夜中に現れると、不気味ないななきをあげて屋敷の周りを走り回り、時には小屋の柵や表にとめてあった馬車を壊すこともある。あまりに被害が続くので、10日ほど前に猟犬の飼育係と優秀な猟犬4頭が化け物馬を待ち伏せしたのだが、翌朝、ずいぶん離れた森の中で死体で見つかった。」
 ラギルの焦燥は一層強くなっていった。
手の打ちようの無さと、被害の大きさに苛立っているのだ。
「失礼ですがこの屋敷にはどれくらいの人がいるのですか?」
 ザンはそう尋ねた。
「何故そんなことを聞く?」
 不信感もあらわにラギルはそう言った。
「いえ、使用人の方々にも話を聞ければと思いましてね。」
 ザンはゆっくりとした口調でそう言った。
「‥‥私を入れて7人だ。使用人は女が3人、男が2人、他に馬ていが一人おる。」
 納得したかはともかくラギルはそう答えた。
「犬飼が殺された場所は?」
 そこには何か手がかりがあるかも知れないと思いつつ、フォウリーはそう尋ねた。
「この屋敷から西へかなり行ったところだ。行くのなら屋敷から少し北に行ったところにある獣道を入っていけばいい。」
 ラギルはフォウリーの考えを察したのかそう言った。
「化け物はどんなもんなんだ?」
 ロッキッキーは今までじっとラギルを観察していたが、不意にそう口にした。
「奴は青白い光に包まれている。そのいななきと足音は普通では考えられないほど大きく、落雷のように響きわたるのだ。」
 ラギルはそう言ったとまるで哀願するようにテーブルの上に身を乗り出した。
「このままでは気が狂ってしまう。1日も早く化け物を退治して貰いたい。」
 ラギルはそう言って頭を下げた。
「報酬は?」
 ロッキッキーの隣からルーズがそう口にした。
この手の輩はきちんと聞いとかないとな、と心の中で呟いていた。
「ああ、もし化け物を退治してくれたあかつきには一人800ガメル出す。」
 ラギルは口元に僅かに笑みを漏らすとそう言った。
こいつらも所詮は金で動く人間か、そう思ったようだ。
ルーズはラギルのその考えを見透かしても何も言わず、ただ頷いただけである。
「馬について何か心当たりは?」
 今度は押し黙っていたエルフィーネが口を開いた。
彼女はあまり人間の中年の金持ちの男は好きではなかった。
もちろん仕事と人物の好き嫌いは別であるが、なるべくならあまり接したくないと考えているようだ。
「私は何も知らない。あの馬の正体が問題なのではなく、あれをあんたたちが退治できるかどうかが問題なのだ。」
 その事を話すときのラギルは何故か口調が荒かった。
− なにか隠しているのかな。
 エルフィーネはそう思わずにはいられなかった。
「君たちには奴を倒すまでここに滞在して貰いたい。犬の飼育係の使っていた小屋を使ってくれ。では、私はこれで失礼する。」
 ラギルは早口でそう言うとさっさと部屋から出ていった。
ラギルの気配が遠ざかったのを確認してから、エルフィーネは口を開いた。
「なんかやな奴。」
 彼女は小声でそう口走った。
「でも依頼は依頼よ。とりあえずその小屋に荷物を置いて、使用人達にも話を聞いてみましょう。」
 フォウリーはそう言った。
部屋を出た彼らは使用人に小屋の場所を聞き、そこへと向かうのであった。

 一旦荷物を置いた後で彼らはもう一度屋敷の中へと戻ってきた。
今度はラギルに会うのではなく、使用人達に話を聞くのが目的であった。
まず彼らは使用人達が集まる部屋へと向かった。
その部屋は屋敷の1階の厨房の脇にあった。
彼らが入ったとき、そこにはうまい具合に馬てい、名をジョグというらしい、を抜かして全員がそろっていた。
「少し話を伺いたいのだけど良いかしら?」
 部屋に入り込んだ後でそうフォウリーは言った。
もちろん入り込んでから言うような言葉でないことは承知していた。
彼女らは顔を見合わせたが、拒否するほど勇気を持ち合わせてはいなかった。
「ええ。」
 使用人の中で一番年輩の女性がそう頷いた。
 残念なことに彼女らは重要なことは何一つ知らなかった。
ただ彼らは毎夜の不気味な出来事にすっかり怯えており、冒険者、つまりフォウリーらでも事が解決できなかった場合、暇を貰って故郷へと帰ろうと考えていると告げた。
しかし彼らは化け物の姿を見ていなかった。
彼らはその姿を見ると”あの不幸な犬飼いの様に”死んでしまうのだと信じているのだ。
ただ一つだけ有益な情報があった。
それはジョグという馬ていがその馬を見たという話である。
彼らは使用人達に礼を言うと、次はジョグの住む馬小屋へと向かった。
 ジョグは馬小屋の隅にある小屋に住んでいた。
小屋の大きさは彼らの小屋よりもなお狭いというほどのものであった だが狭さよりも隣の厩から漂う臭いの方が耐え難いのではとフォウリーらは思った。
ジョグもまた小屋の中にいた。
「あの‥‥話を伺いたいのですけど。」
 フォウリーは戸口の所で愛想笑いを作ってそう話しかけた。
だがジョグは彼女らを一瞥しただけで、後は何も反応しなかった。
「あの、毎夜現れる馬を見ているそうですね。」
 めげずにフォウリーはそう尋ねた。
ジョグはそれに対し小さく頷いただけであった。
「何回ですか?一回、それとももっと?」
 フォウリーは小屋の中に一歩入ってそう尋ねた。
「何度も見ている。」
 ジョグは小さな声でそう呟いた。
− 人嫌いなのかな?  戸口の所で覗き込んでいたエルフィーネはそう考えた。
「どんな様子ですか?」
 フォウリーはさらにそう質問した。
「‥‥あの馬はいつも南からやってくると、たけり狂いながら館の周りを走り回るのじゃ。別に儂が見ていても気にもとめとらん様子でな。」
 ジョグはまた小さい声でそう呟いた。
根本的に無口な人間なのだろう。
「一人使用人が殺されたと聞きましたが。」
「猟犬など嗾けるから殺されたのだろうよ。」
 ジョグはそこまで言うともう話は終わりだと言わんばかりに立ち上がった。
そしてフォウリーの脇を抜け外へ行こうとするがふと立ち止まって、彼女を見た。
「あの馬はラギルさんがおらんと出てこないんじゃよ。」
 ジョグはそう言うと、隣の厩へと入っていった。
− ラギルがいないと出てこない‥‥か。
 フォウリーはしっかりとその言葉を胸に刻んだ。
「じゃあ次は屋敷の周りを調べてみましょう。」
 フォウリーはそう言った。
そして彼らは屋敷を後にするのであった。

 ラギルの屋敷は北西に横たわっていた。
左右を森に囲まれ、道は正面のものが南に伸び、裏口からは北東に細い山道が伸びていた。
南に伸びているものはそのまま行けばザーン・ベルダイン間の街道につながり、途中で東に行けばビルシュの村にたどり着くはずである。
また屋敷より南東は開けた草原になっており、恐らくそこが狩猟場なのだろう。
 1人ずつに分かれて辺りを調べていた彼らは、やがて屋敷正面の前庭に集まった。
「何かあった?」
 フォウリーはそう他の者へと尋ねたが、結果は彼女と同じものであった。
つまり何も見つけられなかったのである。
「そう‥‥。じゃ、しょうがないわね。今度は森の中の殺人現場へと行くわよ。」
 彼女は別に落胆した様子もなくそう言った。
そしてフォウリーら屋敷の裏手から伸びる道へと向かった。
 ラギルに言われたとおりに獣道を入って30分ほど歩いたところに、それらしき場所はあった。
といっても立て札がしてあるわけではない。
少し開けたところに枯れた花が置いてあり、かろうじてそこがそうだと分かったのである。
「ここの様ね。」
 フォウリーは辺りを見回してそう言った。
「何か手がかりになりそうなものはありますかね?」
 ザンがそうフォウリーへと尋ねた。
「それを探すのは貴方の役目でしょ?ロッキッキーもね。」
 フォウリーはそう言ってザンとロッキッキーを見た。
「はあ、分かりました。」
「しょうがねぇな。」
 ロッキッキーとザンは分担して、辺りの捜索にかかった。
だが特に何も見つけられなかった。
「見つかる訳ねぇよ。10日も前なんだぜ。」
 ロッキッキーはあからさまな表情でそうフォウリーを非難した。
「それもそうね。じゃあ、屋敷に戻りましょう。」
 フォウリーは淡々とした表情でそう言って、来た道を戻り始めた。
− もしかして知っててやらせたんじゃない?  彼女の後ろ姿を追いながらエルフィーネはそう感じていた。

 屋敷へと戻った彼らはとりあえず屋敷の内外に罠を巡らせた。
事前に知らせておけば、素人の目にでも分かるほどのちゃちな罠だ。
本来ならもっと精巧な罠をはりたかったのだが、それだと馬ではなくて人間が引っかかる可能性があるので断念せざるを得なかったのだ。
とりあえず罠を仕掛けたこととその位置をラギルに知らせ、使用人達に注意するように伝えるよう頼むと、彼らは屋敷の辺りを定期的に見回ることにして、とりあえず与えられた小屋へと戻った。
 何度目の見回りだろうか、そろそろ日が暮れようという頃、館の裏口近くに身なりの悪い盗賊風の男がいるのに彼らは気がついた。
「あれは?」
 フォウリーは屋敷の影の辺りで立ち止まり、そうリュウへと尋ねた。
リュウは分からないと言うように首を振った。
「屋敷の使用人じゃないわね。あれは。」
 エルフィーネはじっとその男を見ながらそう言った。
「盗賊なのは間違いねぇ。そういう動きをしてらぁ。」
 ロッキッキーはそう言った。
「一連の事と何か関係あるかもね。とりあえず私一人で近付いてみるわ。何かあったらよろしくね。」
 フォウリーはそう言ってリュウの肩を叩くと、その男へと近付いていった。
男は近付いてくるフォウリーに気づくとぎょっとした表情になり、慌てて林の奥の方に姿を消した。
「リュウ、追うわよ。他は待機してて。」
 フォウリーは鋭くそう言うと男が消えた辺りの林に飛び込んだ。
すぐにリュウもそれに続く。
− 何処?
 フォウリーは素早く辺りを見回した。
その彼女を中がつつく。
彼女が振り向いたところで彼は一方向を指し示した。
その向こうに男がいた。
男は屋敷の庭を抜けて細い山道へと入っていったようだ。
− 行くわよ。
 彼女は手振りでそうリュウへと示すと慎重に男の後を追った。
そうこうしているうちに空が朱色に染まり始め、男の視認が難しくなってきた。
そのうえ男の方もフォウリーらの追跡に気づいたらしく、追手を惑わせるような歩き方を始めた。
いきなり林の中に入ったかと思えば数分出てこない、少し戻ってくる、先に行く、などを繰り返したのだ。
何とかフォウリーらも追いすがったものの結局見失ってしまった。
しばらく辺りを探索した後、フォウリーはどうしたものかとリュウの顔を見た。
「これ以上の追跡は危険だ。日が沈むし、道が分からなくなる。」
 リュウは自分の考えを素直に口にした。
「そうね、戻りましょうか。」
 彼女もリュウの意見の正しさを認めた。
フォウリーとリュウは暗くなり始めた山道を急いで屋敷へと戻るのであった。

 エルフィーネ、ロッキッキー、ルーズ、ザンの4人はフォウリーに待機と言われた場所でずっと待っていた。
だが待てども待てども戻らぬフォウリーとリュウが心配になったのか、それとも待つのが嫌になってきたのか、誰からともなく2人を追おうと言い出し始めた。
だが言い出した者も頷いた者も拒否した者も2人を追えるとは思っていなかった。
やがて太陽が地の向こうに沈み始め、血の色にも似た夕焼けが空一面を覆った。
「遅いね‥‥。」
 太陽の残滓さえ失われ始めた頃、幾度目かの言葉をエルフィーネはそう呟いた。
「ああ‥‥。」
 ロッキッキーが条件反射のように頷く。
彼らはフォウリーらが盗賊らにやられた、とは思っていなかった。
前回4人の山賊と立ち回ったフォウリーであるし、野生の感のかたまり、リュウも付いているのだ。
「今からでも追いかけましょうか。」
 ザンが心配そうな表情でエルフィーネにそう言う。
だが彼女は首を横に振った。
この後を沈黙が覆い、またエルフィーネが始めの言葉を呟く。
この繰り返しであった。
 辺りが藍色の世界に捕らわれラギルの屋敷や遠くビルシュの村の家々にも明かりがつきはじめた頃、ようやくフォウリーとリュウは屋敷へと戻ってきた。
「待たせてご免ね。追いかけてたらかなり奥の方まで行っちゃてさ。」
 戻ってくるなりフォウリーはそう口にした。
「で、どうだったのですか?」
 ザンの問いにリュウが首を横に振った。
「そうですか。」
 ザンはそれを言っただけであったが、エルフィーネは納得しなかった。
だが言ってどうこうなるものでもないので、何も言わなかった。
「おいよ、それよりも飯にすんべよ。腹がへっちまったよ。」
 ザンの横のロッキッキーがそう言って両手で腹部をおさえた。
「分かったわ。小屋まで戻りましょう。」
 フォウリーは苦笑してそう言った。
 その後彼らは小屋へと戻り、少し遅めの夕食を取るのであった。
 小屋のかまどや調理器具を勝手に使い、有り合わせのもので食事をとった後、彼らは今後の方針を話し合った。
「とりあえず、この後どうしましょうか。」
 フォウリーは食事をとって満足そうな仲間達にそう尋ねた。
ランプの灯が揺れ、オレンジの明かりが6人の頬を撫でた。
「とりあえずその馬の化け物とやらが出てくるのを待ってはいかがでしょうか。」
 控えめにザンはそう提案した。
「どっちにしろこう暗くちゃ何もできないけどね。」
 ルーズが窓の外を示しながらそう言った。
「そうね‥‥、それが良いかもね。」
 フォウリーはそう頷いた。
今まだ彼らは倒すべき相手さえ見てないのである。
また幾つか気になることもあるが、情報と呼ぶにはあまりにも小さく、そして漠然としすぎていた。
「それが現れるのは夜中なんでしょ?なら私少し寝かせてもらうね。」
 エルフィーネはそう言うと自分の荷物から毛布を引っぱり出し、隣の部屋へと入っていった。
苦笑してそれを見守ったフォウリーではあるが、悪いことではないと思ったようだ。
「あなた達も少し休んだら?どうせ現れたら飛び起きるでしょうし。」
 フォウリーもそう言って毛布を掴むと、小さなあくびをしながらエルフィーネの後を追って隣の部屋へと入っていった。
ロッキッキーらも顔を見合わせるとそれぞれに横になった。

 夜半も過ぎた深夜、ラギルの屋敷に近付くものがあった。
それは青白い光を放ち、馬の蹄の音を立てながら、屋敷正面の馬車道を進んでいった。
その光の正体はどうやら馬のようであった。
その青白い馬は見る見るうちに屋敷へと近付いてくると、戸口の前で高々と前足をあげ、そして蹄を地面に打ちつけた。
するとまるで落雷のような大きな音が辺り一面に響きわたった。
その音にラギルの屋敷にいた人間の全てが飛び起きた。
屋敷の裏手の小屋で休んでいた6人も例外ではなかった。
もっとも本当に寝ていたのは2人だけだったが。
「な、何?」
 飛び起きたエルフィーネは突然のことに毛布を抱きしめながら、そう隣のフォウリーに尋ねた。
彼女はすでに鎧を身につけている最中であった。
「化け物が現れたんでしょうよ。」
 そのフォウリーの言葉に慌ててエルフィーネも鎧を身につける。
その時また大きな音が響きわたった。
「うるさい、少し待ってなさい。」
 聞こえないと知りつつもフォウリーはそう口走った。
 フォウリーとエルフィーネの2人が鎧を身に纏い、剣を吊るして部屋を出たとき、ザンらはもうすでに準備を追えていた。
「おせぇぞ。」
 ロッキッキーが眠たげな眼でそう悪態をつく。
「ご免ね。それよりも場所は?」
 フォウリーはそう尋ねた。
あまりに音が大きすぎるのか、それとも近すぎるのか、彼女には音の発生位置が何処だか分からなかった。
だがそれは他の者も同様であった。
「しょうがない。ザンとエルフィーネは私と裏口へ。ロッキッキー、リュウ、ルーズは表に回って。」
 彼女はそう指示を出した。
6人は二手に分かれて小屋を飛び出していった。

 当たりはどうやら表へ回ったロッキッキー達の方であった。
彼らに視界に闇の中にうごめく青白い光が映ったのである。
青白い光は屋敷の前庭を走り回り、時折どーんと言う大きな音を立てていた。
屋敷に入ったり何かを壊す、という行動は今の所無いようだ。
3人はようやくその青白い光が馬の形をしていることが分かるくらいの距離まで近付いた。
「何だありゃ?」
 走りながらロッキッキーはそう言ってリュウに尋ねた。
「分からんよ。」
 リュウは首を横に振った。
ルーズも同様であった。
 すぐに彼らはその正体不明の馬に切りかかれるぐらいの位置までたどり着いた。
その距離になるとかなり馬の容姿も細部まで見取れるようになった。
その馬はかなり華奢な体格で、全身が濃い色の毛並みをしていた。
だが何よりも目を引くのは額の所にある星の輝きのような十文字の白い模様であろう。
かなり高貴な馬にも見えた。
 ロッキッキーとリュウはいつでも剣を抜ける体勢でその馬の出方を見守った。
その後ろではルーズがいつでも呪文を詠唱できる体勢で待った。
だが馬はそんなことを気にしてはいないように走り回った。
「くそ!」
 ロッキッキーはそう言って捕まえようと馬を追いかけ始めた。
それにリュウも加わるが、馬は逃げようともせず、しかし捕まりもせず走り回るだけであった。
ロッキッキーとリュウはすぐに捕まえることを諦めた。
「くそ!すばしっこい奴だ。」
 はあはあと息をしながらロッキッキーはそう呟いた。
リュウも肩で息をしながら頷いた。
そうこうしているうちに裏からフォウリー達も戻ってきた。
「あれがそう?」
 エルフィーネが馬を指さしてそうルーズへと尋ねた。
「そうみたいだね。」
 ルーズはまるで他人事のように呟いた。
「よう、リーダー。あれが何だか分かるか?」
 ようやく息の整ったロッキッキーはそう言って顎で馬を示した。
「さあ?普通の馬じゃないことだけは確かね。」
 フォウリーはそう言って自らも剣を抜いた。
それでも馬はいななきあげて走り回るだけであった。
「でぃやーー!」
 馬の動きを見て間合いを計っていたフォウリーは、突然叫び声と共に馬へと切りかかった。
馬は回避することが出来ず、フォウリーの剣に切り裂かれるはずであった。
だが彼女は剣諸とも馬の身体をすり抜けた。
「!?」
 勢いあまって転びそうになったフォウリーであるがどうにか体勢を立て直した。
そして動きを止めた馬を見る。
− 当たらなかった?いえ、剣では駄目?
 フォウリーは馬を睨みつつ頭の中で思考を巡らした。
動きの止まった馬を見て好機と思ったリュウが剣を抜き切りかかったが、結果はフォウリーと同様であった。
馬の身体をすり抜けてリュウも明らかに戸惑っているようだ。
「ルーズ、ロッキッキー、魔法を!」
 フォウリーはそう呆然としてみている2人にそう叫んだ。
通常の武器の効かないモンスターがいる、という話は聞いたことがあった。
なら魔法なら、と彼女は考えたのだ。
慌ててロッキッキーは神の、ルーズはマナの力を借り、青白い馬めがけて、攻撃魔法を放った。
だがそれすらもすり抜けてしまった。
それを見てフォウリーは愕然としてしまった。
これでは退治どころの話ではない。
何せこちらの攻撃が効かないのだから。
− イリュージョン?それとも‥‥?  フォウリーの脳裏にこの馬は囮でないかとの考えが浮かんだ。
やけに引っかかっていた盗賊風の男のことが不意に浮かんだからである。
− なら本命は裏口?
 もしそうなら彼女らは一杯食わされたことになる。
しかし果たして本当にそうなのだろうか。
彼女は思考のループに捕らわれそうになった。
− とりあえず林道の方を見て来よう。
何もないならそれで良いじゃない。
 彼女は慌てて首を振ってそう結論を出した。
「ザン、エルフィーネ、私についてきて。後の3人はその馬から目を離しちゃ駄目よ。」
 彼女はそう言って2人を促すと屋敷の裏手の方に走り出した。
慌ててザンとエルフィーネがそれに続く。
「まったく、人に押しつけやがって。」
 ロッキッキーは馬を睨み付けながらそう呟いた。

 屋敷の裏手へとついたフォウリーはそのまま林道へと入っていった。
その後を怪訝顔のエルフィーネとザンが付いていく。
「一体どうしたのですか?」
 ザンは前を歩くフォウリーにそう尋ねた。
「うーん、なんかさあの馬が陽動のような気がして。もしかしたら夕方の男がこのすきに忍び込んで来るんじゃないかと思ったんだけどね。」
 フォウリーは自信無さそうにそう呟いた。
月明かりの下、真の暗闇ではないといえ、林道はそれに近いものがあった。
皮肉にも明るい馬の光が彼らの目を暗闇に慣れさせるのを遅らせた。
「でも、あの騒ぎじゃあ屋敷中の人間が起きてるよ。忍び込むのならそんな面倒なことはしないと思うよ。」
 エルフィーネはフォウリーの考えに懐疑的なようだ。
フォウリーははたと立ち止まった。
「それもそうね。それに人の気配もないし、戻りましょうか。」
 フォウリーはそう言ってくるりときびすを返し、ザンとエルフィーネの間を抜けて、戻り始めた。
ザンとエルフィーネは一度顔を見合わせると、道を戻り始めた。
 フォウリーらが屋敷の正面に戻ってきたとき、戦いはまだ膠着していた。
馬は時折嘶いてこちらを威嚇するが、それ以上のことをしてこなかった。
どうやらこちらへの攻撃意志がないのか、それとも攻撃方法がないのかどちらかであると思われた。
 変化が訪れたのは夜が明けるほんの少し前のことであった。
馬は大きな声でいななくと、突然南へと向かって走り始めたのであった。
「あ、待て。」
 フォウリーらは慌てて馬を追った。
馬の方が足が速いがかなり遠くまで見渡せる草原の道を走っているのである。
そう早くには見失うようなことはないであろう。
だが馬はラギルの領地を出る前に忽然と姿を消してしまった。
見失ったのではない。
かき消えるように消滅したのだ。
「これは‥‥?」
 彼らはしばし呆然と馬が消えた辺りに立っていた。
やがて東の空が白み、太陽が姿を見せ始めた。
遠く東の方から鶏の鳴く声が聞こえてきた。
「とりあえず戻りましょう。」
 フォウリーはそう言って仲間を促し、館へと通じる道を戻り始めた。
次は逃がさない、と決意を秘めた視線を一度馬の消えた辺りに投げつけて。

 化け物馬を見失った彼らは寝不足と心身の疲労で鉛のように重い体を引きずって、離れの小屋へと戻ってきた。
彼らはぐったりとした様子で座り込んだり、床に大の字に寝転がっていた。
「一体なんなのかしら、あの馬は。」
 鎧を外して壁にもたれ掛かっていたフォウリーはそう呟いた。
「‥‥分かりませんが。」
 椅子に座り込んでいたザンがそう答えた。
「せめて手がかりでもあれば良いんだけどね。」
 窓際の所で寝転がりながらエルフィーネがそう言った。
「何処にあるんだよ、そんなもの。」
 上半身だけをエルフィーネの方に向けてルーズがそう言った。
「ラギルも知らないっていうしね。」
 ルーズに追随したフォウリーは視線だけを彼女に向けた。
「‥‥そういやよ、この小屋の前の持ち主はあの馬に殺されたって言ってたよな?」
 床に寝転がったままでロッキッキーはそう自問するように呟いた。
「馬の正体を知ったから消されたってこと?」
 ロッキッキーの言いたいことを理解したフォウリーがそう言った。
「なら、この小屋の中にその手がかりって奴があるかもよ。」
 ルーズは視線をフォウリーの方へと移した。
フォウリーはしばらく押し黙って考えた。
「そうね‥‥。家捜ししてみましょう。」
 彼女はそう言って立ち上がった。
他の者もやれやれと思いながら立ち上がった。
そして6人総出で小屋の家捜しが始まった。
かなりの時間をかけて小屋中を探し回ったが、結局手がかりのようなものは見つからなかった。
犬飼いがどこかに隠したのか、それとも彼の死は偶発的なものだったのか。
「この小屋にはなにもねぇな。」
 捜索に関してはこの中で一番頼りになる人物が、あっさりとそう言い切った。
彼が言うにはもしものためにものを隠すという場合、幾つかの法則があるらしい。
その中で一番重要なのは、見つかりにくく、見つけやすいと言うことである。
つまりそれを取り戻そうとする者には見つからず、その他の者には見つけやすいという場所である。
例えば一枚の紙だった場合、本の間や絵の裏とかは案外見つかりやすいのである。
しかし宝石箱とかに入っていればどうだろうか。
一枚の紙を見つけようとしている者にとって宝石箱は盲点であるが、その他の者にとって宝石箱は絶対に開けるものであろう。
この小屋でそのような場所は限られ、そこに何もないから、何もないと言えると彼はそう説明した。
もっともルーズを除いた4人には分かったような分からないような論理であったが。
「つまり無駄骨って事?」
 エルフィーネはストレートにそう尋ねた。
「そうだな。」
 ロッキッキーは頷いた。
彼女は大きくため息をついたが、疲れているのか文句は出てこなかった。
「うーん、やっぱりラギルを問いただすしかないか。」
 フォウリーは悩んだあげくにそう口にした。
「奴は知らないんじゃないのか?」
 リュウがそう口にした。
「そう言ってたけどさ、やっぱりこの屋敷に出るんだから、彼か使用人か、それともこの土地かに何かあるんだと思うの。一番知ってそうなのはやっぱりラギルでしょ?」
 フォウリーはそう説明した。
だがもっと別の考えも彼女は持っていた。
ラギルはあの馬の正体よりもあの馬を倒せるかどうかの方が重要だと言った。
考えが現実的なのだろうか。
それもある。
だが彼はあの馬の正体を、少なくともなぜこの屋敷の近くに現れるのかその理由を知っているのではないのだろうか。
だから正体を効く必要がないのではないか。
だが、これはあくまでも彼女の推測である。
べつにこの事についてラギルに詰問する気もなかった。
「じゃあ、行きましょうか。」
 ザンはそう言って、ローブを纏い脇に置いてあった杖を取った。
だが大半の者は鎧さえつけないラフな格好で小屋を出た。

 犬飼の住まいだった小屋を出た彼らはすぐに裏口から本邸の方へと入っていった。
そして女性の使用人にラギルに取り次いでくれるよう頼んだ。
彼らは昨日案内された部屋に通された。
そこに行くまでにその女性に化け物馬のことを根ほり葉ほり聞かれたが。
昨日の6分の1ほどの時間で、ラギルは部屋に現れた。
「用件は何かね。」
 彼は部屋に入ってくるなりそう切り出した。
「はい、では早速夕べの報告から‥‥。」
 フォウリーは簡潔に夕べの化け物馬との戦闘の事を話した。
ラギルは相づちを打ったものの半分上の空といった様子であった。
それ故に彼女が幾つかの事をあえて隠しても気づかなかった。
「‥‥以上です。所でラギルさん、本当にあの馬に何か心当たりはないのですか?」
 フォウリーは戦闘の話を結んだ後で、率直にそう尋ねた。
だがそれを聞いたとたんにラギルは椅子から立ち上がった。
「知らないと言っただろう?!私は忙しいのでこれで失礼する。」
 ラギルは叫ぶような口調でそう言うと、ずかずかと部屋から出ていってしまった。
フォウリーは苦笑して、ラギルの出ていった扉を見つめた。
「知らないにしては激しすぎるな。」
 いつの間に近付いてきたのかロッキッキーはそうフォウリーへと言った。
「そうね。」
 別に驚きもせずフォウリーは頷いた。
「で、これからどうします?」
 対面の椅子に座りながらザンがそう尋ねた。
「私寝たいんだけど。」
 すぐにエルフィーネがそう言った。
「もう少し我慢して。もう一回村で聞き込みたいの。」
 フォウリーは彼女の方を見ながらそう言った。
明らかにエルフィーネは不満そうであったが、それ以上は言わないようだ。
昨日一番寝ているのが実は彼女であるので、本来なら彼女はどうこう言えないのだが。
「さあ、行きましょう。」
 フォウリーらはラギルの屋敷を後にした。

 結局ビルシュ村での聞き込みは無駄骨に終わった。
彼らが何か尋ねても、村人達は皆一様に知らないとか、分からないとかいう返事しかしなかった。
村人達の視線にはあからさまな警戒の色が浮かんでいた。
彼らをラギルの手先とでも思っているのだろうか。
ともかくこれではどうしようもないので、彼らはラギルの屋敷へと戻ることにした。
 小屋で少し早い昼食を取った彼らはリュウの提案に従って、今度は昨日の盗賊の追跡をするために森へと入っていった。
もう反論する気力もないのかエルフィーネはただ黙って彼らに従った。
 林道には昨日のフォウリー、リュウのものと、盗賊のものと思われる計三つの足跡が残っていた。
フォウリーとリュウが今度は見失わないようにと慎重に足跡を追跡した。
その後をぞろぞろとザン、ルーズ、ロッキッキー、エルフィーネが続いた。
 林道は小川に架かった橋を過ぎてなおもつづいていた。
道は橋の辺りは草原の中を走っていたが、しばらく行くとまた林の中へと入っていた。
 故意に消されているのか、盗賊の足跡を追跡するのはかなり困難を究めた。
途中でフォウリーらの足跡が消えてからはなおのことであった。
再び森が開け、分かれ道へとたどり着いたのは屋敷を出てから数時間後のことであった。
分かれ道は東南へ通じる道と、北へと延びる道があった。
東南の方向にはビルシュの村のものであろう畑が見えるので、おそらく村へと通じているのであろう。
北の道は道と言うよりは獣道に近く、どうやら近くの山か丘に通じているようであった。
かなり歩いたように感じるが、村の畑が見えるところを見ると実際は数キロぐらいなのであろうか。
「どっちに行く?」
 フォウリーはそうリュウへと尋ねた。
「足跡は‥‥南か?」
 リュウは自信無さそうにそう言った。
素人目には足跡など見えないのだから、いかにその様なことに長けているとはいえ難しいのかも知れなかった。
「うーん、じゃあ、南へと行きましょうか。」
 フォウリーはそう言って歩き始めた。
分岐点から5分ほど歩いたところであろうか、不意にフォウリーは不快感を覚えた。
何か自分が罠にはめられたようなそんな不快感だ。
「ちょっと止まって。」
 フォウリーはそう言って他の者を制した。
「どうしたんだ?」
 隣のリュウが怪訝な表情でそう尋ねた。
彼女はそれに答えず、辺りをさっと見回した。
すぐに目の前の道が何かおかしいことに気づく。
「ロッキッキー、目の前の道を調べてみて。」
 彼女は最後尾のロッキッキーにそう言った。
「あいよ。」
 彼は仲間達の間を抜けて先頭にでた。
だが調べるまでにいたらなかった。
「落とし穴があるな。」
 彼はその道を一目見るなりそう言った。
「落とし穴?」
 フォウリーはそう言った。
「ああ。」
 彼は近くに落ちていた腕くらいの大きさの木を持ってきてその場所へ放り投げた。
とたんにカモフラージュされていた落とし穴が姿を見せた。
「あら、本当。」
 6人はそれぞれに落とし穴を覗き込んだ。
深さは5メートルほどあり、落ちたらまず自力では脱出不可能であろう。
「良かったわね。昨日無理しなくて。」
 フォウリーはそうリュウへと言った。
もし昨日夜の闇の中を無理して追跡していたら、恐らくひっかかっていただろう。
リュウは真顔で頷いた。
「てことは何、俺達は盗賊に一杯食わされたって事?」
 ルーズはそう言った。
「そうみたいね。」
 苦笑しながらエルフィーネが頷いた。
他の者も同じ思いであろう。
「足跡を見失ったんじゃしょうがないわね。じゃあ、小屋に戻って少し休みましょうか。」
 フォウリーは落とし穴を覗くのを止めてそう言った。
もちろん反対する者はいなかった。

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