SW4(後編)

SWリプレイ小説Vol.4(後編)

前編へ

 小屋へと戻った6人はそのまま泥のように眠り込んだ。
2人ほど除いて丸一昼夜以上一睡もしていないのである。
当然であると言えた。
 彼らがぼちぼち起き始めたのは、夜も更け始めた頃であった。
簡素な食事をとり、いまだ眠りから覚めきらない身体に活力を与えていった。
6人全員が起床し食事を取り終えたのは真夜中に近い時間帯であった。
「そろそろね。」
 鎧を着終えたフォウリーがそう呟いた。
「ああ‥‥。」
 剣の手入れをしながらリュウはそう頷いた。
「また夜更かしか、やだなぁ。」
 大きな欠伸をした後でエルフィーネがそう呟いた。
彼女もすでに鎧を身に纏っていた。
「寝不足はお肌に悪いってか。」
 済ました顔でロッキッキーはそう呟いた。
「貴方はもう気をつけても遅いもんね。」
 欠伸のため潤んだ瞳を彼へと向けて彼女はそう言った。
 ルーズはその2人をぼんやりと眺めていた。
− 仲が良いんだか悪いんだか‥‥。
 とその時、昨晩と同じように落雷のような音が響きわたった。
ぼんやりとしていたルーズは驚いて前のめりに倒れ込んだ。
「うわ?!」
 床に倒れる前にリュウが彼の身体を支えた。
「ありがとう。」
 ルーズは体制を立て直したあとでそう礼を言った。
「行くわよ!」
 フォウリーはハルバードを掴んで小屋の外に飛び出していった。
リュウ、ザン、ロッキッキー、ルーズ、エルフィーネの順で彼女に続いた。
 馬は昨日と同じように南から来たようだ。
正面玄関の前で足踏みを繰り返したかと思うと突然に蹄を打ち鳴らした。
その音は恐らくビルシュの村にまで届いているであろう。
ラギルの屋敷は音に共鳴してびりびりと震えているように見えた。
「止めなさい!」
 理解しないと知りつつもフォウリーはそう叫んだ。
発せられた”音”に驚いて馬は動きを止めた。
そのすきにフォウリーらは屋敷と馬の間に走り込んだ。
馬の方も足踏みを止め、警戒したように彼女らを見た。
「今日は逃がさないわよ。」
 フォウリーは武器を構え、独り言のように呟いた。
リュウとロッキッキーも彼女の後ろで武器を構えた。
− あれは幻影なのでしょうか?もしそうならそれ以上の明かりを与えれば消えるはず。
 ザンはその青白く光る馬をみながらそう考えた。
「目を気をつけてください。明かりをつけます。」
 ザンはそう言った後、短い手振りの後で上位古代語を呟いた。
他の者はあわてて目を押さえたり、背けたりした。
『ライト』
 馬の上辺りを中心に魔法による明かりが灯された。
− どうです?  ザンも目を細めて馬を見た。
だが別段変わったようには見受けられなかった。
だがさすがにうざったいのか、ライトの有効範囲からは移動した。
− どうやら違うようですね。
 ザンはそう考えたが、別段気にもとめていないようだ。
効けば儲けものぐらいにしか考えていなかったようだ。
「普通に責めても無意味か‥‥。」
 ようやく慣れた目で馬を見ながらフォウリーはそう呟いた。
− アンデットかしら‥‥?ゴーストみたいな。
 彼女は通常攻撃の効かないであろうモンスターの中から、その馬と似たようなものを知識から探し出してきた。
『ホーリー・ウェポン』
 彼女は心の中で短く神に祈った後、そう呟いた。
とたんに彼女の武器が白く輝いた。
「てや!」
 彼女は白く輝くハルバードを小脇に抱えるとそのまま馬へと突撃していった。
彼女の力とその勢いならチェイン・メイルぐらいなら簡単に突き通すであろう。
だが彼女の攻撃は失敗に終わった。
またしてもすり抜けてしまったのである。
「?!」
 彼女はしばらく走り間合いを取ってから振り返った。
馬は相変わらずそこにいた。
− アンデットじゃない?
 彼女は光る武器と馬とを相互に見比べながらそう思った。
「これでは攻撃のしようがありませんね。」
 フォウリーの攻撃も失敗だったのを見てザンはそう呟いた。
物理的な攻撃も魔法も効かないのだから、彼らは手も足もだせなかった。
「うーん、対精神魔法って効くと思う?」
 エルフィーネがそうザンへと聞いた。
「どういう意味ですか?」
 ザンは彼女へと尋ね返した。
「だから精神にダメージを与える魔法は効くと思うって聞いてるの!」
 彼女は少し怒ったようにそう言った。
自分が聞いているのに聞き返すなと言いたいのであろう。
「分かりませんよ、やってみたらどうです。」
 ザンはそう答えるしかなかった。
相手の正体が分からないのである。
効くか効かないかなんて言えるはずがなかった。
「無責任だなぁ。」
 彼女は一言そう言うと、一つ息を付いた。
そして馬を睨み付けて右手を回すように振った。
『闇の精霊よ、我が召還に従え。』
 彼女は精霊語でそう呟いた。
とたんに彼女の左前方6メートルくらいの所を中心に闇が形成された。
闇の精霊、シェイドの作る真の闇である。
ただ動いているのか、その闇はゆらゆらと揺れていた。
『行きなさい』
 彼女はそう言って右手で青白く光る馬を指さした。
揺らめいていた闇は、まるではじかれたように一直線に馬へと飛んでいった。
闇は馬に当たると同時に崩壊した。
それと共に馬はいななき、暴れ出した。
「効いたのですか?」
 ザンがそう尋ねた。
「多分ね。」
 エルフィーネは少し得意げな表情でそう言った。
しばらく馬は暴れているだけであったが、やがて背中に何か”もや”のようなものが現れてくるのにリュウが気が付いた。
「何だあれは?」
 ”もや”は馬と一体化してるように見えた。
− あれは‥‥スペクター。あれが本体なの?
 呆然としたままでフォウリーはそう考えた。
”もや”は馬を制した後もしばらく揺らめいていたが、やがてフォウリーらに共通語で叫んだ。
「私は決して死なない。父と妹の敵を、私と同じ沼の底に沈めるまで!」
 その後で馬は南へと走り出した。
「あっ。」
 フォウリーは追おうとするが無駄であると悟って諦めた。
そして集まってきた仲間へと言った。
「今日はもう来ないわね。後は明日にしましょう。」
 フォウリーはそう言って肩にハルバードを担いだ。
そして一度南の方を睨んだ後、小屋へと歩き始めた。

 翌日ロッキッキーは馬のいななきで目を覚ました。
「何だよ、まったく、朝っぱらから。」
 彼はそんな風にぼやき、何事かと眠い目をこすりながら、外へと出てみた。
いななきはどうやら正面玄関の方から聞こえてくるようであった。
いつもの癖からか、それとも今の自分の格好が分かっているからか、彼は屋敷の影からそっと様子を伺った。
ラギルが出かけるのであろうか、馬車と馬が前庭に引き出されていて、馬ていが忙しそうに働いていた。
彼はふらふらと馬ていへと近付いていった。
「よおジョグ、誰が出かけんだい?」
 ジョグは手を止めてロッキッキーを見た。
「ラギルさんに決まっておろう。」
 そう言うとまた仕事を始めた。
「そうか。邪魔したな。」
 ロッキッキーは内心はやりつつも、ふらふらと屋敷の影まで歩いていった。
そしてすぐに小屋にかけ込む。
「おい、起きろ!」
 彼は小屋に入るなりそう叫んだ。
びっくりしたようにザン、リュウ、ルーズは飛び起きた。
隣の部屋から眠たげな目でフォウリーとエルフィーネも顔を出す。
「うるさいわね、何の騒ぎ?」
 安眠を妨害されて気が立っているのか、フォウリーはロッキッキーを睨み付けた。
「ラギルがどっかに出かけるらしいんだ。どうするよ?」
 ロッキッキーは事実を出来るだけ簡素化して伝えた。
そしてフォウリーの指示を待った。
「本当?!‥‥ロッキッキー、ザン、彼を追ってみて。」
 フォウリーは少し考えた後でそう言った。
「馬車をかよ?」
 ロッキッキーは不満そうな顔でそう言った。
「何もずっと追えとは言っていないわ。何処に行くのか大体分かればいいの。」
 フォウリーは眠たげな目をこすりながらそう言った。
「はあ、努力はしてみます。」
 とんだ事を押しつけられたものだと思いつつ、ザンはそう頷いた。
「人使いが荒ぇよ、まったく。」
 ロッキッキーはぶつぶつと文句を言いながら、服を着替え外へと出た。
ザンも服だけを着て、外へと出ていった。
「で、私たちは?」
 2人を見送ったあと、エルフィーネはそうフォウリーに尋ねた。
「そうね。とりあえず、朝食でも取りましょうか?」
 フォウリーは彼女へとにっこり笑ってそう言った。

 ロッキッキーとザンの2人が馬車の見える位置に着いた頃に、屋敷からもラギルが出てきて、急いだ様子で馬車へと乗り込んだ。
ジョグが手綱を握り、馬車は街道の方へと向かって走り出した。
「追うしかねぇか。」
 ロッキッキーは動き出した馬車を見て一言そう呟くと、走り出した。
「そうですね。」
 ザンもそれに続く。
だが当然馬車の追跡など出来ようもなかった。
あっという間に馬車は彼らの視界から消えていってしまった。
ロッキッキーとザンは馬車が消えた時点で追いかけるのを諦め、走るのを止めてしまった。
しばらくその場に座り込み、上がっていた息を整えた。
「ったく、足で馬車追っかけろなんて絶対に無理だぜ。」
 まだ荒い息の中、ロッキッキーはそう呟いた。
「まったくです。」
 ザンはかったるそうに頷いた。
2人はその後何もしゃべらず、自分と相手の呼吸音をただ黙って聞いていた。
 しばらく休み、オーバーヒート気味だった身体が元に戻った所で彼らは立ち上がった。
「しょうがねぇ、戻るべぇ。」
 ロッキッキーは身体に付いたほこりを払いつつそう言った。
「そうですね。」
 ザンもほこりを払いながらそう言った。
2人は今度はゆっくりとした足どりで館へと歩き出した。

 ロッキッキーとザンが館へと戻ったとき、フォウリーら4人はいつでも出かけられる体勢で2人を待っていた。
「どうだった?」
 2人が顔を見せるなりフォウリーがそう尋ねた。
「馬車となんざ、はなから勝負になんねぇよ。」
 ロッキッキーは肩をすくめてそう言った。
ザンもロッキッキーの言葉に同意だと言うように頷くだけであった。
「何処に向かったかも見当つかない?」
 フォウリーは別に落胆したりもせずにそう尋ねた。
「わからねぇな。」
 ロッキッキーは首を振って見せた。
「そう‥‥。」
 それくらいは分かるだろうと思っていた自分が楽観過ぎたのか、彼女はそう思った。
「所であなた方のその格好は何なのです?」
 ザンはフォウリーらの格好を見ながらそう言った。
近くを調べるにしては彼女らの装備はすぎていた。
「えっ?ああ、一旦ベルダインに戻ってね、スペクターのことを調べようと思ったのよ。」
 フォウリーは自分の格好を見直した後でそう答えた。
「ちょっと待ってくれよ?少し休ませてくれねぇのか?」
 ロッキッキーは冗談と言わんばかりにそう叫んだ。
「朝食ぐらいは取らせてあげるわ。でも、今日中に帰って来たいから休むのは不許可ね。」
 フォウリーは済ました顔でそう言った。
「まじかよ。」
 不満そうな表情でロッキッキーはそう言った。
「はい、不満を言っている間にさっさと支度する。」
 フォウリーは2人をそう急かした。
2人にとって長く苦しい1日が始まろうとしていた。

 彼ら6人がベルダインへと着いたのは、正午をかなり過ぎてからであった。
ラギルの屋敷を出た時間が少し遅かったので、しようのないことであろう。
新市街地の北門を抜けて、すぐさま彼らは旧市街に住む賢者の家へと向かった。
旧市街に住む賢者、セネスはかなりの奇人として有名であった。
だが知識、特にモンスターの知識はこの世の全てのモンスターを知っているのではないかと思うほど、広く、そして深かった。
セネスのその名しか知らぬ者は偏屈な老人の姿を想像する。
だが実際の彼は30代半ばで、まだ初老の域にも達していないのだ。
 彼は訝しげな表情で戸を叩いたフォウリーらを迎えたが、追い返さずに家の中へと招き入れた。
家の中は本やらがらくたやらで足の踏み場もないほどであった。
フォウリーらは床一面に散らばるそれらを踏まないように注意しながら、居間であろう所までたどり着いた。
セネスは一つのソファーを示した後で、近くの安楽椅子に腰を下ろした。
3人掛けのソファーであろうがあいにく1.5人分を本が占領していた。
何とかフォウリーとエルフィーネが座り、後の4人はソファーの後ろに立った。
「で、何のようだ。」
 ゆっくりと揺れる安楽椅子からセネスはそう尋ねた。
「スペクターのことを聞きたいのです。それも出来るだけ詳しく。」
 フォウリーは積まれている本を気にしながらそう言った。
それを聞いてセネスはつまらなそうな表情をした。
「面白味のかけらもないのう。まあ、よい。教えてやろう。スペクターとは、肉体を失った怨念がこの世界に残っている、非常にやっかいな存在じゃよ。ふつうは、ぼうっと透き通った生前の姿が、もやもやした影のような形をとる。もちろん肉体を持たぬから武器による攻撃やダメージ魔法のようなものは効かぬ。唯一効くのは精神的な効果を持つ魔法だな。例を挙げれば”シェイド”や”メンタル・アタック”じゃな。また生前に神聖魔法以外の魔法を唱えられたのなら、スペクターとなっても使うことが出来る。後は‥‥憑依能力じゃな。まあのりうつるというあれじゃよ。」
 セネスは思い出すためにか片手を額に当てながらそう語った。
「それを倒す方法はないの?」
 フォウリーはそう尋ねた。
「あるよ。まずはさっき言ったシェイドやメンタル・アタックなどで奴の精神力を削る方法。スペクターの場合精神力が生命力その物じゃからな。次はスペクターの未練、恨みをはらさせる方法。どちらにしても成功すればスペクターは消滅する。」
 セネスはそう語った。
始めの方法をとるなら攻撃はエルフィーネに頼らなければいけなくなる。
なぜならばこのパーティーの中で精神にダメージを与える魔法を扱えるのは、彼女だけなのだから。
精神的に疲れさせるというのならば何人もいるのだが。
次の方法を採るならばスペクターが誰なのかを調べなければいけない。
− そういえば‥‥昨夜、何か言っていたわね。
 フォウリーは昨晩のスペクターの事を思い出した。
スペクターになった人物はどこかの沼に沈んでいるのだろうか。
「もう終わりか?ならもう帰ってくれ。儂もやらねばならぬ事が多いのでな。」
 セネスは安楽椅子から立ち上がるとそう言った。
確かにそれだけ聞ければ十分であろう。
フォウリーは仲間を促して立ち上がった。
「ありがとうございました。参考になりました。」
 フォウリーはそう言ってセネスに軽く頭を下げた。
「なら礼をはずんでくれ。」
 セネスはにっこりと笑ってそう言った。
フォウリーらは何も言わず彼に銀貨を渡して、彼の家から退去した。
そしてまた北門を抜け、ビルシュ村を目指した。

 ラギルの屋敷に戻ったのは、日も暮れてからかなり後であった。
屋敷の中の使用人に尋ねたところ、まだラギルは帰ってきていないようであった。
とりあえず彼らは小屋へと帰り、ささやかな夕食の後、彼らは歩き詰めで棒のようになった足を抱えて毛布の中に潜り込んだのであった。
その夜はスペクターとスペクター・ホースは現れなかった。
ラギルがいないと出てこないと言うジョグの話はどうやら本当のようであった。
 彼らは朝食を取った後で、まずこの辺に沼があるかどうかを調べることにした。
手始めに屋敷の使用人に聞いたところ、全ての者が知らないと答えた。
それもそのはずでラギルの屋敷の使用人は全てこの辺りの出身ではなく、ザーンやガルガライズ、はてはレイドと言った遠方の出身者だったのだ。
使用人の一人は、ご主人様は故郷が近いと里心がついてしまうと考えて、わざと遠方の出身者を選んだと言っていたと彼らに話した。
また別の使用人はビルシュの村人に尋ねた方がいいと彼らに言った。
その通りだと思った彼らはビルシュ村に足を運ぶことにした。
 村人達はフォウリーらを見ると露骨に警戒した表情を見せるが、それでも彼らの質問には答えてくれた。
彼らの探している沼とは、おそらく街道沿いに30分ほど行ったまばらな林の中にある奴だろうと教えてくれた。
村人に教えられたとおりに行ってみると確かに林の中にその沼があった。
しかしこの位置なら村よりもよっぽどラギルの屋敷の方が近い。
もっとも屋敷からも20分ほど歩かねばならない距離なので、使用人達が知らないのも無理がなかった。
「ここがそうなのね。」
 フォウリーは沼から発せられる悪臭に思わずむせかえりそうになりながらそう呟いた。
沼の大きさは直径50メートルほどであろうが、その半ばは干上がっていた。
沼の中央付近にはまだ水が残っているようだが、泥と変わらない色をしていた。
どうやらその水が悪臭の原因らしかった。
「こんな所どうやって調べるの?」
 鼻を押さえながらエルフィーネはそうフォウリーに尋ねた。
「歩いていけないかしら?」
 フォウリーは沼の表面を見ながらそう言った。
リュウがその辺りから枝を折ってきて、つついてみる。
「駄目だな、思ったより泥が柔らかい。半径の半分くらいの所で身動きがとれなくなるな。」
 リュウはそう言った後で泥のついた小枝を沼へと投げ捨てた。
「空から見るわけにもいかねぇしな。」
 ロッキッキーはそう呟いた。
「とりあえず、出来る限り調べてみて。」
 フォウリーはロッキッキーの言葉を無視して、そうリュウの肩を叩いた。
「分かった。」
 彼は頷いて沼の周りを回ったりして調べていたが、結局分からなかったようだ。
まあ見ただけで何か分かるのなら今までに誰かが見つけているだろう。
「しょうがないわね。次はもう一度村に戻って行方不明者探しよ。」
 フォウリーはリュウの報告を受けた後で、そう言った。
「また村まで行くのかよ?勘弁してくれよ。」
 ロッキッキーが嫌そうな顔でそう言った。
ルーズもそれに同調する。
「文句言わないでとっとと歩く。」
 フォウリーはそう言ってロッキッキーとルーズのお尻を剣の先でつついた。
2人は飛びはね、文句を言いながらも先頭を歩き始めた。

 村へと着いた彼らは最近行方不明になった人はいないかと尋ね回った。
誰に聞いても結果はいないであったが、その内の一人の青年が少し気になることを言った。
行方不明者はいないが最近別の場所に越した一家ならいるということである。
最近に行方不明者がいないのであればその人物が一番怪しいと言うことになる。
引っ越したと思ってた人が実は殺されていた、というのはよくある話である。
「その引っ越したという一家のことを聞きたいのですが。」
 ザンはそうその青年へと尋ねた。
「ああ、オーヴェル一家のことかい。この村の者なら誰でも知ってるよ。博学で親切な人で、あれほどいい人はそうはいないよ。まったくなんでタラントなんかに越してしまったのか、残念でしょうがないよ。」
 青年は腕を組み心底残念そうな表情をした。
「オーヴェルさん一家ですか?もう少し詳しい話を聞きたいのですけれど。」
 ザンはなおもそう言って、その青年に一歩近付いた。
「俺もそんなに親しくしていたわけではないから‥‥。そうだ、どうしてもオーヴェル一家のことを知りたいのなら牛飼いのジャンに聞いてくれ。彼が一番親しく付き合ってたはずだから。」
 青年は少し困ったように考えた後でそう言った。
「ジャンって何処にいるの?」
 後ろからエルフィーネが話に割り込んできた。
「ん?そうだな、今時分だと自分の牛舎で牛の世話をしているんじゃないかな。牛舎は村の中の北西の方だ。」
 彼はそう言って一方を示した。
「そう、ありがとう。」
 エルフィーネはにっこりとしてそう答えた。
青年は人形のような妖精の笑顔にすこしどぎまぎしたようだ。
慌ててそれを隠すと、彼らに挨拶して、畑仕事へと戻っていった。
「エルフィーネ、話に割り込まないでください。」
 ザンは彼が十分離れた後でそう彼女へと言った。
「良いじゃない別に。だってザンの話し方って回りくどいんだもん。」
 彼女は別に悪気を感じているとか言うことも無さそうだ。
ザンはさらに何か言おうとするがそれをフォウリーが止めた。
「はい、もう止めて2人とも。さあ、ジャンの所へと行くわよ。」
 フォウリーはそう言うとさっさと歩き始めてしまった。
他の者もそれに続いた。

 牛舎ででのんびりと草を食む牛にまぎれて、これまたのんびりと一人の男が牛の世話をしていた。
牛舎といってもかなり広く、その中に何十頭という牛が思い思いに食事を取っている有り様である。
− 人間より牛の方が多いわね。
 エルフィーネは舎内の見ながらふとそんなことを考えた。
ただかなり牛の臭いが強く、牛舎に入るのを彼らはしばし躊躇した。
何とか牛舎内に入った彼らは男へ近付いていった。
「貴方が牛飼いのジャン?」
 彼らが近付いても手を止めない男にフォウリーがそう尋ねた。
「そうだ。」
 男はまだ手を止めずに短くそう答えた。
「オーヴェル一家のことについて聞きたいのだけど。」
 彼女はそうジャンに用件を切り出した。
「‥‥仕事をしながらでいいのなら、話しても良い。」
 仕事が好きなのだろうか、彼はそう条件を出した。
「それで良いわ。」
 フォウリーらにしてみればのむしかないだろう。
「オーヴェル一家はタラントに越したって聞いたけどそれは本当なの?」
 フォウリーはまずそう切り出した。
「‥‥その様だな。だが儂に相談もなく、いきなりだったからな。」
 ジャンは一瞬だけ手を止めたが、そう言うとまた手を動かし出した。
「オーヴェルってどんな人物だったの?」
 フォウリーの後ろからそうエルフィーネが聞いた。
「オーヴェルがこの村にやってきたのは20年近く前だな。最初は耳がとんがっていたり、村はずれの山あいの小さな小屋に住んであやしげな薬草を扱うもんだから、村のみんなはたいそう気味悪がったさ。だが、ほどなく村人とも打ち解けることが出来てな、そのころから儂との付き合いも始まったのじゃよ。」
 ジャンは昔を懐かしむような目つきになった。
− エルフかハーフ・エルフ‥‥かな?
 エルフィーネは耳のことを聞いてそう思った。
急に見知らぬオーヴェル一家に親近感がわいたのは、最近エルフに会っていないからだろうか。
「何人家族だったのですか?」
 今度はエルフィーネの横のザンがそう尋ねた。
「オーヴェルと、サラ、マーサの2人の娘の親子3人じゃよ。
数年前に彼の妻は亡くなってしまった。」
 ジャンはそう答えた。
「彼らの小屋って何処にあるの?」
 フォウリーが今度は尋ねた。
「村から北西に伸びる道があろう。その道とラギルの屋敷へと続く道が交差するところにもう一本北に延びる道がある。その道を行くと高台に出る。そこにあるはずじゃよ。」
 ジャンはそう説明した。
彼らが先日行ったあの分岐点の事のようだ。
「ありがとう、助かったわ。」
 フォウリーはそう言ってジャンに頭を下げた。
「いやいや。」
 ジャンはそういって笑みを見せた。
彼らはジャンの牛舎を退出し、オーヴェル一家が住んでいた小屋を目指すのであった。

 彼らは村から北西に伸びる道をゆっくりと歩いていった。
村の広場から畑の中を通っていたその道は、草原を横切りやがて林の中に入っていった。
畑を抜けるまではそれなりの道であったが、草原に入った辺りから急に獣道程度の細い踏みわけ道になった。
やがて分岐点が近付いてきたであろう所で、不意にリュウが集団の足を止めた。
「みんな、止まれ。」
 リュウはそう言って右手を挙げた。
「どうしたの?」
 隣のフォウリーが怪訝そうな顔でそう呟いた。
「落とし穴がある。」
 リュウはそう言って前方を示した。
「あら、本当‥‥。こないだの奴かしら?」
 フォウリーはそう言って辺りを見回した。
だが、反対方向から登ってきたからか、その落とし穴が同一のものかどうか確信が持てなかった。
「とにかく避けていきましょう。わざわざはまることはないわ。」
 フォウリーらは大きく落とし穴を迂回して歩みを進めていった。
やがて道は木がまばらになり、明らかに人の手で切り開いた場所に出た。
そこが分岐点であった。
分岐点にぶつかるまで落とし穴らしいものには出会わず、先の落とし穴がどうやら前に見つけたものと同一らしいと分かった。
誰かが直したに違いないのだが一体誰が直したのであろう。
子供の悪戯にしては少し手が込んでいるように見えた。
「この道を北ね。」
 フォウリーは北に伸びる山道をを示しながらそう言った。
他には北に延びるような道は無いのでまず間違いはないだろう。
「じゃあ、行きましょうか。」
 フォウリーはそう言って歩き出した。
6人はフォウリー、リュウを先頭にエルフィーネとザン、ルーズとロッキッキーの順に道へと入っていった。
 先頭を歩きながらフォウリーは気づいたことがあった。
道が何カ月も放って置いたとは思えないほどしっかりとしているのだ。
− 誰か小屋を使っているのかしら?
 フォウリーはそう思ったが、それならジャンが言うはずである。
首を傾げながら彼女は道を進んでいった。
間もなく小さな小屋が彼らの視界に入ってきた。
小屋の煙突からは煙が立ちのぼり、盗賊風の男が2人、開け放した扉のそばで何やら立ち話をしていた。
フォウリーは手を挙げて後続を止め、あわてて木の陰に隠れるよう指示した。
そして慎重に小屋の様子を伺う。
盗賊の一人はどうやらラギルの家で見た男らしかった。
また小屋の周りには魚を干す時に使うような屋根の形に組んだ板が並べられていて、何か黒っぽいものが干されていた。
− なに?あれは。
 フォウリーはそう思ったがあいにく良く見えないので正体は分からなかった。
 しばらく彼らが様子を伺っていると、盗賊達は別れて、一人は小屋の中へ、もう一人は小屋の裏手の方に回り込んでいった。
開け放たれた小屋の中には盗賊が一人いて、退屈そうに何かを袋に詰めていた。
「ロッキッキー、中覗いてきて。」
 それを見てフォウリーは小声でそう指示を出した。
彼は頷いて忍び足で小屋をのぞきに言った。
だが彼が小屋に着くか着かないかの辺りで、状況は一変した。
突然小屋の裏手の山道から5人の盗賊が走り降りてきたのである。
そして驚いたことに、武器を抜くとまっすぐに彼らのいる方向に走り寄ってくるのだ。
− 見つかった?何故?
 フォウリーは突然のことに混乱した。
だがどこからか彼らの居場所を教える声が響いた。
「上だ!」
 ルーズがそう言って山の方を示した。
そちらの方を見ると山の崖の上から一人の盗賊が彼らを指さしていた。
− 見張り!しまったわね。
 フォウリーは自分のうかつさを呪った。
その騒ぎにロッキッキーは慌てて彼らの所へと戻ってきた。
小屋にいた盗賊も加わって、6人が彼らの方へと向かってきた。
「どうするよ?」
 戻ってきたロッキッキーが半狂乱でそう言った。
「話し合いが通じると思う?こうなれば交戦よ!」
 フォウリーはそう言って武器を構えると話の中から飛び出した。
リュウもそれに続いた。
渋々ながらロッキッキーも白兵に参加した。
こうして戦いは始まった。
 戦いはまずフォウリーがブラインドを食らった事から始まった。
驚いたことにただの盗賊集団ではなかったのだ。
ルーズ、エルフィーネ、ザンは林の中から魔法による援護をするにとどまった。
ロッキッキーはがむしゃらに武器を振り回すフォウリーに声をかけながら、3度目にしてようやく彼女に掛かっていた魔法を解除した。
恨みがこもったのかフォウリーの闇司祭に対する攻撃は熾烈を極め、彼が死ぬのにそれほどの時間もかからなかった。
リーダー格の盗賊もザンが殺してしまい、彼女らが捕虜に出来たのは雑魚だけという有り様であった。
がけの上で見張りをしていた者も降参して自らフォウリーらのもとへ投降した。
生き残った盗賊達は縄で簀巻きにされ、小屋の前に座らされた。
そしてその場で事の次第を聞くために尋問が始まるのであった。
「さてあなた達はここで何をしていたのかしら?」
 フォウリーはシャムシールを肩に担いだままでそう尋ねた。
「‥‥ドリーム・ランナーを栽培していた。」
 男は黙しても自分のためにならずと考えたようで素直にそう言った。
「ドリーム・ランナー?!麻薬じゃないの!!」
 フォウリーは驚愕した表情でそう叫んだ。
「別に珍しくもねぇと思うが‥‥なあ?」
 心外そうな顔でロッキッキーがそう仲間達に同意を求めた。
エルフィーネを除く男達はそれぞれに頷いたり、苦笑を浮かべたりしていた。
「私は育ちが良いのよ!麻薬に何か頼らなくたって十分幸せな夢が見れるわ。」
 フォウリーはロッキッキーに詰め寄ってそう言った。
「確かにドリーム・ランナーはそれほど珍しくはないですが、それにしてもこの量は異常です。あなた達、これを何処で見つけたのですか?」
 いつの間にか乾燥途中の切り株の近くに行っていたザンがそう尋ねた。
「詳しいことはしらねぇが、何でもオーヴェルって奴が自然の群生地を見つけたらしい。この山の上だ。」
 盗賊は裏山の方を顎で示しながらそう言った。
「ちょっと待て。なんでその事をお前らが知るようになった?」
 リュウがそう話に割り込んできた。
「そのオーヴェルって奴が娘を病気から助けるために、ドリーム・ランナーを売って金を得たからだ。」
 男の口調はだんだんと重くなってきた。
話が核心に近付いていることがあるからだろうか。
「誰に売った?」
 リュウはその隠された名詞を尋ねた。
「‥‥ラギルって商人だ。」
 男はしばらく黙っていたがフォウリーが担いだ剣で肩を叩くと、素直にそう言った。
その名を聞いてフォウリーらはそれぞれに顔を見合わせた。
まさか自分たちの雇い主の名が出て来ようとは。
「それならオーヴェル一家がタラントに引っ越したってのは嘘ね。彼らはどうしたの?」
 リュウの後ろからエルフィーネがそう尋ねた。
口調はいつもと変わっていなかったが、表情はさすがに真剣であった。
「‥‥ラギルに命じられて俺たちの仲間が始末した。」
 男はわざと動詞をぼかした。
だが彼らの中でその動詞の意味することが分からぬ者はいなかった。
「何てことを‥‥。」
 フォウリーはしばし絶句した。
明らかに彼らに対する慈悲の心は消え失せた。
もっともそんな物最初から無かったという話もあるが。
「ザン、とりあえず証拠として一株もっといて。」
 フォウリーはそう言ってザンの方を見た。
「はあ、分かりました。」
 彼は黒い塊を一つ取ると、荷物の中に入れた。
「とりあえず、こいつらの身ぐるみを剥いどくか。」
 突然リュウがそんなことを言い出し、盗賊の服などを出来るだけ剥ぎにかかった。
『ビーデス』
 それを見て前回と同じ言葉をエルフィーネは呟いた。
しかしリュウの努力もむなしく、この盗賊達もろくな物を持っていなかった。
彼の評価を下げただけの話である。
「とりあえずそのドリーム・ランナーの群生地へと行ってみようよ。」
 何故かうきうきした表情でルーズがそう言った。
「そうね‥‥、案内して貰いましょうか。」
 フォウリーは冷たい声で簀巻きにされた2人の盗賊を立たせると、縄の端を持って裏山へとのぼり始めた。

 小屋の裏から続く細い道をフォウリーらと捕虜の盗賊らはゆっくりと登っていった。
道はやがて家のある所と同じ様な高台へとたどり着いた。
そしてそこには一種類の植物が繁殖の限りを尽くしていた。
「これがドリーム・ランナーね。」
 フォウリーは無関心な表情出そう言った。
しかしこれだけのドリーム・ランナーを製品化し、ドレックノールかどこかの麻薬商人に卸せばかなりの額になるであろう。
もっともそんなことをしたら、彼らは 昼間の道を歩けなくなってしまうであろう。
盗賊達は仕事の最中で彼らとの戦いに降りてきたのだろうか、あちこちに引き抜かれたドリーム・ランナーや葉の入った篭などが放り出されたままになっていた。
「しかし一篭だけでも持って帰りてぇな。」
 それを見ながらロッキッキーがそんなことを呟いた。
「お尋ね者になりたいのならかまわないわよ。遠慮無く私たちが捕まえてあげるわ。」
 フォウリーは本気とも冗談ともつかない表情でそう言った。
その彼女を見て、ロッキッキーは肩をすくめて首を振った。
「ねぇ、向こうにも道があるよ。」
 エルフィーネがそう言って群生地の奥の方を示した。
「本当‥‥あの道は何処に続いているのかしら?」
 フォウリーはそう盗賊へと尋ねた。
「見張りをするための崖に通じている。」
 先ほどとは違う、見張りをしていた男がそう言った。
「そう、じゃあ、そっちにも行ってみましょうか。」
 フォウリーはそう言って仲間達を促した。
ロッキッキーとルーズは目の前にある禁断の宝の山を残念そうに見ながら、フォウリーらの後を着いていった。

 崖っぷちへと来た彼らがまずしたことは、当然下を覗き込むことであった。
崖の高さは20メートルほどで、底はかなり岩でごつごつとしているようであった。
「うわあ‥‥落ちたらひとたまりもなさそうね。」
 エルフィーネは下を覗き込みながらそんなことを言った。
「あぶねぇから誰かの背中を押すなよ。」
 ロッキッキーは彼女にそう釘をさした。
「そんな事するわけないでしょ!」
 彼女はそう言って頬を膨らませた。
しかし彼女はその様なことをしないから怒っているのではなく、心の中を見透かされたから怒って見せたのだ。
「‥‥あなた達オーヴェル一家を始末したって言ってたわね。ここに死体を捨てたんじゃなくて?」
 フォウリーは下を覗いて戻ってくるとそう盗賊達に切り出した。
2人の盗賊は顔を見合わせていたがやがて頷いた。
「ああ、オーヴェルと下の娘を‥‥。」
「‥‥やっぱりね。」
 フォウリーの眼光はさらに険しいものになった。
このままでは彼らを突き落としかねないと見たザンが慌てて口をはさむ。
「ならば彼らに遺体を、そうでなければ遺骨を拾ってきて貰いましょう。」
 ザンはそう提案した。
「そうね‥‥、どっちが下に降りる?」
 フォウリーはそう言って交互に男達を見た。
男達は顔を見合わせていたが、見張りをしていた男の方が地位が低かったのか彼が行くことに決まったようだ。
「まあ、どっちでも良いけどね。」
 フォウリーはそう言って薄い笑みを浮かべた。
男は縄を解かれたその後で、谷底へと垂らされたロープをゆっくりと降りていった。
背中には彼らがドリーム・ランナーを入れるのに使っていた篭が背負われていた。
「早くしないとロープを引き上げるわよ。」
 フォウリーは谷底に降りた男にそうハッパをかけた。
男は慌てて辺りを捜索し、やがて見つけたのか篭を下ろしてしゃがみ込んだ。
だがここからでは男が何をしているか良く分からなかった。
20分ぐらいたってからであろうか、ようやく下に降りていた男が戻ってきた。
そして何も言わずに篭を下へと下ろした。
すばやくその男をロッキッキーが縄で縛り上げる。
その間に他の者は篭の中を覗いた。
「うわっ。」
 中には2人分の白骨がいくばかの服や装飾品と共に入っていた。
大きい方がオーヴェルで、小さい方が下の娘のマーサのものであろう。
エルフィーネは何かやりきれない悲しみに襲われ、知らず知らずの内に目に涙を溜めていた。
フォウリーも同様だったであろう。
男達はぐっとこらえていたようであるが、唯一ロッキッキーだけが一滴だけ涙を流した。
同じハーフ・エルフとして共感するものがあるのだろうか。
「どうします、この遺体を。」
 ザンはしばらく続いた沈黙を打ち破ってそう尋ねた。
「‥‥分からないわ。分からないけど、ジャンに相談してみましょう。」
 フォウリーはそうぼそっと呟いた。
篭は一番身軽なリュウが背負うことになった。
彼らは沈痛な面もちのまま、その場を後にするのであった。

 ジャンはまだ自分の牛舎にいた。
ロッキッキーとザンを盗賊達と共に外で待たせ、中に入ったのは他の4人であった。
事の次第をフォウリーらに聞いたジャンは始めは信じなかったが、遺骨やぼろぼろになった衣服を見てようやく信じてくれたようだ。
「あんなにいい人が何故、何故?」
 篭の中の白骨をじっと見ながらジャンはそう何度も何度も呟いた。
「そうだ。サラは?シャイニングスターは?」
 ジャンは思い出したようにそう言った。
「シャイニングスター?」
 フォウリーは知らぬ固有名詞を繰り返した。
「儂がサラやマーサらに譲った馬の名だ。額の所に星の輝きのような模様があったので彼女らがそう名付けた。」
 ジャンのその言葉を聞いてフォウリーやエルフィーネは顔を見合わせた。
確かラギルの家に現れる化け物馬の額にもその様な模様があった。
だがその事を話す必要はないだろう。
フォウリーは首を横に振った。
「そうか‥‥。」
 ジャンは肩を落としてそう呟いた。
「彼らの遺体をどうすればよいでしょうか?」
 悲しみにくれるジャンにフォウリーはためらいがちにそう尋ねた。
ジャンはしばらくじっと遺骨を見つめていたが、やがて口を開いた。
「‥‥正式な埋葬までの間、彼らには村はずれの墓地の安置所にいて貰う。」
 ジャンはそう言った。
遺骨を物ではなく人として扱っているところに、友だった者に対する気持ちがあった。
「その辺はよろしくお願いします。それからこの事は事件の決着が付くまでの間、内密にお願いします。」
 フォウリーはそう言って頭を下げた。
他の者もそれぞれに頭を下げた。
「決着って‥‥あんたら何をする気だ。」
 ジャンは視線をフォウリー達の方へと向けた。
「今はまだ分かりませんが‥‥、やってはいけないことをした者はそれなりの報いを受けなければなりません。」
 フォウリーはそう言い切った。
「‥‥分かった、君たちの指示があるまでは誰にもしゃべらん。」
 ジャンは何かを閃いたようだが、それを口にすることはなかった。
「よろしくお願いします。」
 フォウリーはもう一度頭を下げるとその場を後にした。
他の者もそれぞれに頭を下げ、外に出ていった。
そしてザンらと合流した彼らは、一路ラギルの屋敷へと戻るのであった。

 小屋へとたどり着いた彼らは疲労の極地にいた。
今日はかなり色々なところを歩き回ったのでそれでであろう。
盗賊達を小屋の裏手の方に縛りあげると、2人ずつ交替で見張ることにして、他の者はゆっくりと睡眠をとることにした。
 彼らはスペクターとスペクター・ホースが現れるのを待つつもりなのだ。
スペクター達の正体は分かった。
そしてなぜラギルの屋敷に現れるのかも分かった。
だが、彼らはどうしたらよいのだろうか。
ラギルは罰せられなければならない。
これは6人の共通した思いだと思う。
だが、どうすればよいのか。
ベルダインの警備団に引き渡すのか、それともサラとシャイニングスターに恨みを晴らさせればよいのか。
 その事を考えていると、身体は疲れているにも関わらず頭は冴えてきてしまうのだ。
だがその夜はついにスペクターは現れなかった。
ラギルが商談から帰っていないのだろうか。
「いっそのこと沼まで行ってみましょうか?」
 夜半を過ぎた頃、ザンがそんなことを言った。
「どうして?」
 そう答えたのは窓辺に座っていたエルフィーネだ。
「いえ、ここで待っていても出てきてくれそうにないですからね。」
 ザンはそう答えた。
「それもそうだな。」
 リュウがそれに同調した。
「暇だしね。」
 ルーズは立ち上がりつつそう言った。
「よし、じゃあ行ってみましょうか。」
 フォウリーもそう言って立ち上がった。
彼らはランタンと松明に明かりを灯し、スペクターが言った沼であるはずの沼に行ってみることにした。
だがそれも無駄骨に終わった。
沼はランタンと松明の明かりの下、不気味な姿を彼らの前に見せていたが、小一時間ほど待ってもスペクターが現れる気配はなかった。
結局彼らは諦めて小屋で待つことにしたのだ。
 翌朝早く、ようやく起き出した使用人をつかまえてラギルが昨日帰ってこなかったことについて尋ねてみた。
「商談が長引いたときは先方に泊まることが普通ですし、うかつに夜中に戻ってきて死神の馬とはち合わせたくはないのでしょう。」
 彼女はそう言うと足早にその場から去っていった。
あまり馬のことについて話したくはない様子であった。
口に出すのも恐ろしいのであろうか。
当事者が双方ともいないのでは、フォウリーらは何もする事が出来なかった。
とりあえず寝不足な身体に十分な睡眠を与えることがせいぜい出来ることであった。
 その日の昼過ぎにようやくラギルは商談から帰ってきた。
フォウリーらはその事に気付いたものの彼の方は放っておくことにした。
とりあえずはスペクターの方が先決である、と考えたからだ。
 その夜、待ちわびていた彼らの前にスペクターはスペクター・ホースと共にラギルの屋敷の前に現れた。
そしていつものように蹄鉄を地面に打ち鳴らし、雷鳴のような音を辺り一帯に響かせた。
フォウリーらは準備をし待ちかまえていたので、その音がすると同時に小屋を飛び出した。
そしていつものように馬と屋敷の間に分け入った。
「スペクター、いえサラ、私たちの話を聞いて!」
 フォウリーは馬上の”もや”に対してそう叫んだ。
”もや”は一瞬戸惑ったように揺らめくが、それは本当に一瞬のことであった。
「事の全てを私たちに話してみて。ねぇ、サラ、お願い。」
 フォウリーは立て続けにそう叫んだ。
おそらく”もや”には彼女の言葉が聞こえているし、理解もしているはずであった。
「そうよ、もしかしたら力になれるかも。」
 エルフィーネがそう付け足した。
「君の父と妹の遺体は俺たちが見つけた。君は何処にいるんだ?」
 リュウが続けてそう叫んだ。
とたんに明らかに”もや”に動揺が走った。
いつしか”もや”ははかなげな形ながら一人の少女の姿になっていた。
だが相変わらず足は馬と解け合うようになっていた。
”彼女”は悲しげな視線をフォウリーらに向けた。
「私は決して死なない。父と妹の敵を、私と同じ沼の底に沈めるまで。」
 ”彼女”は共通語でそう叫ぶと、おぼろげに見える馬の手綱を取り、馬首を翻した。
そして南へと走って行った。
フォウリーらは今度は追わなかった。
ただ明日、全ての決着を付けると思いながら。

 翌日の朝早く、彼女らは盗賊を連れ、ラギルの屋敷を訪れた。
「ラギルは何処?」
 フォウリーはそう使用人に尋ねた。
彼女の決死の表情にか、それとも縛られた盗賊にか、使用人達は仰天したようだ。
「居、居間の方におられると思いますが。」
 思わずそう口走ってしまった。
「そう、ありがとう。」
 フォウリーらは2人の盗賊を連れてずかずかと屋敷内へと入っていった。
「あ、こ、困ります。」
 彼女はそう言ってフォウリーらを押し止めようとしたが、女のやわ腕でフォウリーを押し止めることなど出来なかった。
ロッキッキーの感で居間を探し当てると、彼女らはノックもせずに部屋の中へと入り込んだ。
中ではラギルがゆったりとしたソファーに座り、物思いに耽っていた。
「何用だ?!入室を許可した覚えは無いぞ!!」
 騒がしさに目を開けたラギルはフォウリーらの姿を認めるとそう叫んだ。
「これは失礼いたしました。ですがいち早くラギルさんにお顔合わせして貰いたいものがおりまして、ご無礼を働いた次第であります。」
 フォウリーは恭しくそう言うと、後ろのザンに合図を送った。
ザンは頷いて、縛られた盗賊2人を前に押し出した。
とたんにラギルの表情が変わった。
「この輩はこの村の北の山でドリーム・ランナーという麻薬を栽培、精製していた者達です。ふとしたことから、我らと戦いになりまして、この様に捕まえた次第です。いろいろと聞きましたところ、なかなか面白い話を教えてくれました。」
 フォウリーは冷ややかな視線をラギルへと向けた。
「ほ、ほう、どんな話だ。」
 ラギルは脂汗を流しながらも、平静を装いそう尋ねた。
「あら、貴方の方がお詳しいと思いますけどね。」
 冷笑を浮かべてフォウリーはそう呟いた。
「わ、儂はそんな男らは知らんし、君たちが言っている意味もよくわからん。だ、第一君たちの仕事は麻薬を作っていた者を退治するのではなくて、あの化け物馬を退治することであろう。」
 ラギルは声を荒げてそう言った。
「確かにそうですわね。でもそれは簡単ですよ。」
「ほ、ほんとか?」
 ラギルはほっとした表情でそう言った。
「あの化け物はスペクターというアンデットです。スペクターを消滅させるにはその恨みを晴らさせれば良いんです。つまり、彼女の父と妹、それに彼女自身の殺害を命じた者を沼に沈めればね。」
 フォウリーは淡々とそう言った。
それを聞いて一時は良くなったラギルの顔色も一層青くなった。
「そ、それが私だと言うのか?ばかばかしい、話にならん。」
 ラギルはフォウリーをきっとにらみ返した。
「そうでもないと思いますよ。この盗賊達は結構正直者でしたからね。貴方がオーヴェル一家の殺人を依頼したこと、このドリーム・ランナーで大金を儲けていることを話してくれましたよ。」
 フォウリーはそう言って盗賊を示し、そしてザンを促した。
ザンは頷いて乾燥したドリーム・ランナーを取り出した。
「し、知らん知らん知らん。不愉快だ!君たちの話などもう聞きたくない。出ていけ!仕事も首だ!!。」
 ラギルはそう叫んだ。
「分かりました。では私たちはこの証拠を持って、ベルダインの警備団に提訴します。ビルシュの村に住むラギルという商人は麻薬の販売をし、そのために殺人を犯したとね。」
 フォウリーはそう言うと仲間達を促し、部屋の外へ出た。
彼女らの退出を見守った後で、ラギルは予想もしなかった展開に愕然とした。

 ラギルの屋敷を出た彼らはその足でベルダインへと向かった。
そして輝く翼亭のデビアスを通じて警備団に事の次第を報告した。
この時をもって事件はフォウリーらの手を放れたのであった。
結果として数日後にはラギルはベルダインの警備団に逮捕された。
オーヴェル一家惨殺はともかくも麻薬を売っていたことには疑いの余地がなかったからだ。
しかし後味の悪い事件であったのは間違いなかった。
フォウリーらは結果としてただ働きとなったことを酒で紛らわすことにした。
 ラギルの逮捕から10日ほどたって一人の男が輝く翼亭にいるフォウリーらを訪れた。
男とはビルシュの村のジャンであった。
ジャンはその後のことを彼らに伝えに来たのだ。
「この節はどうも。」
 ジャンは丸テーブルに座って酒を飲んでいた6人にそう言って頭を下げた。
「ご免ね、最後まで面倒見切れなくて。」
 フォウリーはエールの入ったカップをテーブルに置いてそう言った。
「いえいえ、あなた達のお陰で村の悪が一掃されたのですから‥‥。」
 ジャンはそう言ったが、瞳には少し悲しげな色が浮かんでいた。
彼らが無用なことに首を突っ込まなければ、多少の疑問は持ちつつも親友の死を知らずに済んだのだから。
「で、今日は何のよう?」
 フォウリーの隣に座っていたエルフィーネがそう口をはさんだ。
「とりあえず、オーヴェル親子の遺体も無事に埋葬されたこと、同じ悲劇を招かぬようにドリーム・ランナーの株は全て焼き尽くされたことを報告しようとと思いまして。」
 ジャンはそう言った。
「サラとシャイニング・スターは見つかったのか?」
 奥の方からロッキッキーがそう聞いた。
「はい、あの沼の中央付近に沈んでいました。可哀想に‥‥。」
 ジャンはそう言って瞳を潤ませた。
「何も罪はないですのにね‥‥。」
 ザンがしんみりとした表情でそう言った。
「そういや罪のあるラギルは死んだって話だぜ。何でも緑腐病にかかったらしいな。もっとも奴の死んだ後に残った泥土は美しい緑でなく、腐った、そうまるで沼の泥のようだったって話だ。」
 ロッキッキーは何処から聞いてきたのであろうか、そんなことを言った。
「しかし泥とはな。」
 嘲笑を込めてリュウはそう言った。
最近ではあるがリュウはかなり口が回るようになってきた。
騒がしい仲間に囲まれているからであろうか。
「そうそう、でも奇妙なことに病気はある一点から広がったらしいよ。なんでも始めは首の周りをつかまれたような形で。」
 ルーズがそう言った。
緑腐病は普通体中に緑色の斑点が出来て、やがてそこから腐っていくのである。
ラギルのように一点から腐るのは珍しいと言えた。
だがその話を聞いた時のジャンの様子は、まるで信じがたいものを聞いたと言う表情であった。
「まさか‥‥サラが?」
「サラ?」
 フォウリーらはそれを聞き逃さなかった。
「あ、いえ、あの実は、あなた達が帰ったその日の夜、私たちもラギルにつめよったのですよ。奴はしらを切り通しましたがね。そのうちにサラが現れたんですよ。青い光で出来たシャイニング・スターに乗って。ラギルは逃げようとしたんですが、周りを村人に囲まれているからそれもできずに、ただひきつった顔でサラとシャイニング・スターを見ていましたがね。やがてサラは馬から下りてゆっくりとラギルへと近付いていったんですよ。ラギルも始めは強がっていたんですが、サラが近付いて来ると、村人達に『助けてくれ!』って懇願しだしたんですけどね、いや、儂らもびっくりして動けなかったんですよ。やがてサラはラギルの目の前に立ち、右手をすっとラギルの首に伸ばしたんですよ。そう首を絞めるように。」
 ジャンはそう言って自分の右手で首を絞めるような格好をした。
「なんかすり抜けてしまいましたけどね。だがサラは満足そうに笑みを浮かべてこう言ったんですよ。『私たちの苦しみや悔しさは、お前を殺しても癒えることはない。
だから私たちはお前を殺さない。生きながら地獄を味わうがいい。』ってそう言ってサラとシャイニング・スターは来た道を戻っていきましたけどね。そのあとラギルは『は、はったりだ‥‥。わしの勝ちだ。』って呟いて昏倒しちまって、儂達も気勢をそがれてその場はそれで終わりになりましてね。で、翌日警備団が来て連れてっちまった訳で。」
 ジャンは一気にそうしゃべった。
「生きながらの地獄ね‥‥。生きながら腐るってどういう気持ちなのかしら?」
 フォウリーは気味悪そうにそういった。
「壮絶な仇討ちですね。ラギルも死ぬまでの間、さぞ後悔したでしょうね。」
 ザンはそう呟いた。
「俺達も後悔したよ。金貰えなかったんだからな。」
 ロッキッキーはそう言っておどけて見せた。
他のものに薄い笑いが伝播する。
「あ、そうだ。あの、これ少ないんですが、村からの気持ちです。」
 ジャンはそう言って革袋をテーブルの上に置いた。
「良いの?」
 フォウリーはまじめな顔でそう聞いた。
「はい、あなた達のお陰で事件は解決したようなものですから。では、私はこれで。」
 ジャンはそう言ってもう一度頭を下げると、宿から出ていった。
革袋の中には1200ガメルほど入っていた。
恐らく村総出でかき集めたお金なのだろう。
フォウリーらはありがたく頂戴し、愚痴の酒は祝杯へと変わったのであった。

              STORY WRITTEN BY
                     Gimlet 1993

                            1993 加筆修正
                PRESENTED BY
                   group WERE BUNNY

FIN

幻想協奏曲に戻る カウンターに戻る