SW6-1(前編)

SWリプレイ小説Vol.6-1(前編)

遙か南の島の冒険譚・第一章 色彩を喰らいしもの


             ソード・ワールドシナリオ集
               「虹の水晶宮第一章『虹の水晶宮』」より

 突然にそれは起こった。
見張りの船員が急を告げてからの僅かな間に、空は青から黒へと変化したのである。
大きな嵐の到来であった。
 見張りを含む、甲板にいた治安部隊の多くが高波によって一瞬のうちに姿を消した。
怒声と緊張、そして船員達の走り回る音が甲板を支配した。
2隻の船は嵐の混迷の中別れ離れになり、どちらも僚船の消息の確認が出来なくなってしまった。
 フォウリー、ロッキッキー、ザン、エルフィーネ、ルーズ、ソアラの6人が乗っていた船はどうにか沈没は免れたものの、舵を嵐によって失い、太平の海を上をさまよう放浪者となってしまった。
幸いにも海賊のアジトから押収した食料類が豊富にあったので、さしあたっての飢餓の心配はなかった。
どうやら彼らの船は緩やかな海流に乗って南東の方へと流されているようであった。
船は従来の貿易船の規定航路を大きくはずれているため、他の船に助けられるという事も期待できなかった。
 海上の放浪者となってからおよそ1カ月後、彼らの船は再び大きな嵐へと巻き込まれた。
彼ら6人も治安部隊に混じって雨の打ちつける甲板を走り回り、慣れぬ手つきで帆をたたんだり、ロ−プで荷物が落ちぬようにくくりつけるのを手伝っていた。
 しかし、不運は再び起こった。
再び甲板に、巨大な波が襲いかかったのである。
今度もまた6人を含む多くの者が波にさらわれていったのだ。
大半の乗組員を失った船はなおも波間をのたうち回りながら、ゆっくりと海流に流されていった。
その先に待つのはいったい何なのであろうか。
それは神のみぞ知る事であろう‥‥。

 アレクラスト大陸の南方にアザーンという名の群島がある。
アノスの真南にあるアザーン本島と、南東にあるいくつかの島々がそれである。
アザーンの歴史は別の機会に紐解くとして、そのアザーン本島の北端にザラスタという国があり、町があった。
 そのザラスタの町に、一人の変わったドワーフが住んでいた。
そのドワーフは、名をルービック=ジルコニアといった。
何故変わっているかというと、彼はドワーフでありながら海での漁で生計を立てているのである。
ザラスタの町でも彼はかなり有名で、”泳ぐドワーフ”と言うあまり有り難くない通り名で知られているようである。
だが、彼は好きで海に出、漁をして日々を暮らしているのではない。
彼はこの島にあると言う”虹の谷”と呼ばれる物に興味を持ち、苦労を重ねてアザーンへとやってきたのだ。
そしてザラスタまで来たものの、誰も”虹の谷”の話など信じていなかった。
彼一人では捜しに行く事もままならないので、やむなくここで生活をしているという次第である。
 彼は今日も網を持ち、小さな船を駆って沖まで出ていた。
しかし今日はどうも獲物が少ないようだ。
何度網を打ってもかかるのは小魚が数匹だけ、これではやるだけ無駄である。
 そろそろ帰ろうかと思いながら打ち込んだ網に、彼は強烈な手ごたえを感じた。
− 来たぞ!
 彼はそう思った、またそう思えるほどの手ごたえであったのである。
彼はドワーフの怪力によって網をぐんぐんと手繰り寄せた。
そして袂に来たところで渾身の力を振り絞りそれを船の上にあげたとき、唖然としてしまった。
なんと網にかかっていたのは魚などではなく、5人の人間やエルフだったのである。
− これならば手ごたえがあるはずじゃ‥‥。
彼は、妙に感心してしながら網にかかった5人を見た。
 とりあえず息があるようだったので、彼は船を岸へと戻し、彼らを入り江の近くにある自分の家へと運んだ。
 ジルは彼らを家の奥の部屋へと並べて寝かせた。
風貌からみるに、彼らはどうやら冒険者らしかった。
おそらく夕べの嵐で乗っていた船が難破でもして、ここへと流れ着いたのであろう。
− しかし何故、こんな島に来るのかのう?
 そんな事をジルが考えている内に、一人の男、見るからに戦士のような筋肉と髭を持った、しかし不釣り合いなスタッフを持っている男が唸り声とともに目を開いた。
その男は眠たげな目をもう一度閉じようとしたが、はっとして飛び起きた。
一瞬、辺りの様子を伺うが、仲間の顔を見、そしてジルを見るとほっとしたようだ。
「貴方が私たちを助けてくれたのですね。どうもありがとうございます。それと、厚かましいのですが、何か食べるものをいただきたいのですが。」
 男のこれまた顔に似合わない口調にジルは驚いたようだが表情には出さず、頷いて食事を用意するために席を立った。
 ジルが5人分の食事を用意し再び戻ってくると、他の4人も目を覚ましていた。
おそらく先に起きた男が起こしたのであろう。
彼らはジルに対して口々に礼をいうが、彼はつまらなそうに頷くだけであった。
「こっちに来い、飯がある。」
 いかにもドワーフらしい口調に、エルフの少女、と言ってもこの中でいちばん年齢は上だろうが、眉をしかめたのを見たが、何も言わず歩きだした。
5人はあわてて彼の後を追う。
「つかぬ事をお聞きしますが、貴方が私たちを助けられたとき、我々だけでしたか?」
 後ろからさっきの男が、そうジルへと尋ねてきた。
「そうじゃ、お主ら5人が魚の代わりに、儂の投網に引っかかって来たのじゃ。」
 訝しげにジルはそう答えた。
「そうですか。」
 彼は落胆したようにそう言った。
「ほら、やっぱりフォウリーってば鯱の餌になっちゃったんだよ。」
 エルフの少女は何でもないような口調でそう言った。
しかし内輪話にしては声が大きかったようだ。
ついジルの方も、他の仲間よりかは少ないがそれでも持っている、エルフに対する嫌悪感からぼそっと呟く。
「この辺には鯱などおらん。」
 こちらも独り言にしては声が大きかったようだ。
後ろでエルフが彼を睨んでいるのが感じられた。
しかしそんな事はものともせず、彼は居間へと入っていく。
そこには5人分の食事が用意されていた。
「さあ、食うが良いじゃろ。」
 ジルがそう言うまでもなく、5人は思い思いに食事の前に座っていた。
「いただきまーす。」
 ほくほく顔で男4人は、目の前の食事をがっつき始めるが、一人エルフの少女だけは食べようとして手を止めた。
 何もドワーフが作ったからとか、そのような小さな問題ではない。
さすがに海で漁をしているだけあって、すべてが海鮮料理だったのである。
− ドワーフってだから嫌い。
 彼女は木製のフォークを口にくわえながら、美味しそうに料理を食べる仲間を恨めしげに眺めていた。
やがて彼女の分も他の者に処理され、一人、言うまでもなくエルフの少女を除いてようやく落ちついたようだ。
彼ら4人は、改まって彼らの食事の有り様を眺めていたジルの方を向く。
「改めて、助けて貰ったばかりか、食事までさせていただいた事にお礼を申し上げます。私の名はザン、一応魔法を嗜んでいます。」
 彼はそう言って後、横の態度のでかい男をつついた。
「俺はロッキッキーってんだ。ラーダ神の教えのもとシーフをやってる。ま、よろしくな。」
 彼は小指で歯に詰まったかすを取りながらそう言った。
そのとなりに座っているのはエルフの少女だが、むすっとして口を開こうとしないのでかわりにザンと名乗った男が口を開く。
「彼女はエルフィーネと言いまして、見ての通り生粋のエルフです。ですから一応精霊魔法を嗜んでおります。」
 ザンはそう言った後、向かいの男を見た。
「俺はソアラっていうんだ。これでも戦士なんだよ。」
 ソアラと名乗った男もまた陽気そうだ。
「俺はルーズ、魔法使いだよ。」
 そのとなりの男は、もっとも軽く自己紹介した。
その後、ザンが今までの経緯を、つまらなそうに黙っているジルへと語った。
とりあえずこちらの素性を明らかにしておかねばいけないと、ザンは感じていたのだ。
 ザンの話を最初はつまらなそうに聞いていたジルであったが、話を聞く内に彼らがなかなか多くの冒険をこなしている事が分かると、聞く態度が僅かながら変わった。
ザンの話が終わった後、ジルはその重そうな口を開く。
「儂の名はルービック=ジルコニア。見てのとおりドワーフじゃよ。ところで実はお主達に頼みたい事があるのじゃが。」
 そう言ってジルは彼の事を話し始めた。
彼はこの島にあると言われる”虹の谷”という物を探している事、そして”虹の谷”の伝説、そしてこの話はこの島ではおとぎ話と思われている事を話した。
 5人はおとぎ話と言う言葉に落胆しながらも、”虹の谷”の宝物と言う言葉に、心を引かれたようだ。
そして良いタイミングで、ジルは彼らに”虹の谷”の探索を提案した。
当然1も2もなく彼らはO.K.した。
さらにジルは続ける。
「実はこの話を信じているのは儂と子供達だけではない。ザラスタの豪商の一人、たしか名をダーヴィスと言ったかの、その男も興味を持っていると聞いた事がある。」
 ザラスタは、大陸とアザーン諸島の貿易を主な産業とする一大商業都市である。
貿易に成功した大商人達が、何人もザラスタには居るのである。
ここまでくれば5人の取る道は一つである。
「話は分かりました。我々は貴方とパーティーを組み、その虹の谷の探索に行きます。ただし条件があります。」
 ザンはそうジルへと言った。
ジルは瞳に警戒の色を走らせる。
「私たちはここの事に詳しくありません。そして今はリーダーを失っています。従って貴方に、あくまで仮ですがリーダーとなって貰います。どうですか?」
 ザンはそう言ってジルの方を見る。
「そんな事ならおやすいご用じゃよ。」
 こうして5人は、フォウリーの代わりの鉄壁の盾を手にいれたのである。

 彼らはとりあえずザラスタの町へと出て、情報を集める事にした。
とりあえず彼らは大通りへと出て、そこでいく場所を決める事にした。
ここでジルが情報収拾の場として上げたのは、酒場、占いの館の2つであった。
「情報を集めるならやっぱり酒場だろうな。」
 下心が見えかくれするロッキッキーの言葉で、彼らの行き先は決まった。
そして、酒場の事に関してはジルは詳しかった。
「何軒か知っておるが、やはりこの店がよいぞ。」
 そう言ってジルを先頭にした6人は、彼のお進めの店へと入っていった。
看板には”南風の誘い亭”と、共通語と東方語で書かれていた。
ジルのお進めの店はあまり流行っていなさそうで、店にはカウンターの向こうのマスターと幾人かの客しかいなかった。
6人は一つのテーブルに座る。
「とりあえずマスターの所に行ってくるね。」
 エルフィーネは、駆け足でカウンターの席へと座った。
「いらっしゃい、かわいいエルフのお嬢さん。」
 マスターは似合わぬ笑顔を浮かべて近付いてきた。
「えっとね、エール酒頂戴。」
 お世辞に気を良くして、エルフィーネは5ガメルをカウンターに置いた。
「はい。」
 すぐに木のカップに入った生温いエール酒が、エルフィーネの前に置かれる。
「ねえねえ、虹の谷について聞きたいんだけどさ。」
 一口エールを飲んだ後、彼女はマスターへとそう尋ねた。
「いいですけどね‥‥。」
 含みのある言い方でマスターはエルフィーネを見た。
彼女は黙って5ガメルをカウンターに置く。
それを受け取りつつマスターは口を開いた。
「はいはい、虹の谷でしたね。」
 しかしマスターの話は退屈な物だった。
すべてジルから聞いたような話だったからである。
「ありがと。」
 彼女はマスターの話が終わったと見るや、すぐに席を立ち仲間の所へと戻った。
「どうだったんだ?」
 期待を込めた目でロッキッキーはそう尋ねた。
かなり時間がかかったので何か掴んだと思っているようだ。
「分かったよ、あのマスターは何も知らないって事が。」
 彼女らしい言い回しでそう言った。
「ちっ、だったら早く戻ってこいよな。」
 ロッキッキーはそう悪づいた。
「うるさいわね、勝手でしょ。」
 エルフィーネも負けてはいなかった。
つまらない話に付き合ったので、少し機嫌が悪くなったのだ。
自分から進んでいった事など、もはや地平線の彼方の事のようだ。
「次の人に行きますよ。」
 険悪なムードを押さえるために、ザンはテーブルの客の一人へと向かった。
ザンが選んだのは、1人で飲んでいる片腕の無い男だった。
「少し話を聞きたいのですが。」
 ザンは彼の向かいの席に座り、そう言った。
「話を聞きてぇのなら‥わかってるだろうよぉ?」
 片腕の男は酒で濁った瞳を力無げにザンの方へ向け、そう呟いた。
ザンは頷いて右手をあげる。
「マスター、ここに上級のエール酒を。」
 すぐに一杯のエール酒が運ばれてきて、男の前に置かれる。
ザンは5ガメルをマスターに払った後、再度口を開く。
「話を聞きたいのですが。」
「ああ、いいぜ。」
 決して呟きの範囲より出ない口調で、男はそう言った。
「貴方は虹の谷の事を知っていますか。」
 ザンがそう尋ねると、男は口へと持って行きかけたコップを止める。
「ああ、知ってるぜ。聞きてぇか?」
 男は、さも重大な事を知っているかのように薄い笑いを浮かべた。
ザンは神妙な顔で頷く。
「俺の名はグレンてんだ。かつて優秀な盗賊だったんだがな、まあ今は見ての通りよ‥‥。ふっ、あんた達には関係ねえか‥。虹の谷の事だったな‥‥。かなり前の話だが俺と仲間達は、南の森の中で迷ったとき好運にも伝説の”虹の谷”を見つけたんだ。その時はたまたま虹が薄れかかっていてな、そのおかげで俺達は、谷で地下迷宮の入り口を見つけたんだ。その迷宮には伝説の示す通り、古代王国の宝があったのさ。しかし、迷宮には恐ろしい呪いもまたかかっていた‥。仲間はすべて死に、俺一人が命辛々逃げ帰ったのさ。」
 呟いていたかと思えば突然叫びだし、かと思えば何分もしゃべらなくなる彼に対してザンは辛抱強く話しかけ、ようやくそれだけを聞きだした。
「で、その虹の谷というのは何処にあるのです?」
 ザンはさらにそう尋ねた。
とたんにグレンの顔色が変わり、椅子から立ち上がってザンへと叫んだ。
「きさま!俺の宝を横取りする気だな!」
 彼の顔は激情のためどす黒く変わり、何を言っても耳を貸しそうになかった。
それを悟ったザンは即座に立ち上がる。
「参考になるお話でしたよ。」
 ザンはそう言って、すぐに仲間の所に帰る。
「どうしたんだ、ザン?あいつまだ睨んでるぞ。」
 ソアラはグレンの方を顎で示しながらそう言った。
「ちょっと聞きすぎましてね。」
 ザンは頭をかいてそう言った。
「どうじゃ、次はラーダ神殿に行ってみんか?あそこなら知識も豊富じゃからの。」
 ここでの情報の収穫はないと見たジルは、そう言ってとっとと店を出ていった。
5人もグレンの刺すような視線に送られつつ、その後に続いた。

 ザラスタは商人の都だけあって、5大神の中でチャ=ザの信者がいちばん多かった。
それに伴い、神殿もチャ=ザの神殿がいちばん立派であった。
 だが他の神の神殿も、小さいながらも立派なたたずまいをしていた。
6人はジルに率いられ、ラーダ神殿の中へと入っていった。
彼らが中に入ると一人の青年、おそらく修行者の一人であろう、が話しかけてきた。
「ラーダ神殿にようこそ、何かの知識が必要ですか?」
「語り部殿に会いたいのじゃが。」
 ジルが遠慮深げにいった。
彼はチャ=ザの信者であるゆえ、たとえ情報を得るためとはいえ他の神殿に入るのは何か神を利用しているような気がするのだ。
もっとも神がそんなドワーフの思いなどに気づくことはないであろうが。
「こちらへ。」
 そんなジルの考えなど思いもよらない青年は、彼らを語り部の一人の所へ案内した。
語り部とは、白い神官衣を着た初老の男性の事で、過去からの知識を継承している人物でもあった。
 ここでの対処の仕方はロッキッキーが心得ていた。
「私はラーダを信ずる者です。とりあえずの気持ちを受け取ってください。」
 彼はそういって手早く銀貨を白布で包み、語り部の前へと差し出した。
「お気持ち、有り難く頂戴いたします。して、何のようですかな。」
 丁寧に折られた白布を脇へと置くと、語り部はそう尋ねた。
「アザーン諸島の事をお教えいただきたい。」
 ロッキッキーはあえて論点からずらした事を聞いた。
「良かろう。アザーンは多くの島からなり、その中でもいちばん大きな島がここアザーン本島じゃ。そしてアザーン諸島は3つの国から成り立っておる。アザーン本島北部、つまりこのあたりであるが、ザラスタ、この島の大部分を支配するアザニア、そしてこの島の南部とアザーン諸島の他の島々を支配するベノールがその3王国じゃ。ここより南へといった森には弓樫と呼ばれる木が生えておる。珍しいものゆえ、一度見てみると良いぞ。また、その地より遥か南に虹の谷と呼ばれる伝説の谷があると言われ、そこには世界の命運を握るほどの物が納められていると言われておる。真偽の程は分からぬがな。」
 その話を聞いて彼らの表情が少しだけ変わった。
世界の命運を握るほどの物とはいったい何なのだろうという疑問と、そしてそれに対する期待が心に生まれていった。
語り部はさらに話を続けた。
「ベノールの南東にカイオスという島がある。ここは猫の島と呼ばれ多くの猫科の動物が住んでおる。人も多く住んでおり、珍しい動物の毛皮が主な産業じゃ。」
 猫の島と聞いてザンが色めき立つ。
「猫‥‥紫色の猫はいないのかな?」
 彼は使い魔としての猫を欲しているのである。
それ故、珍しい猫を探しているのだ。
だが、彼の呟きには語り部は反応しなかった。
「次にカイオスの南西にはサバス、別名香り高き島と呼ばれる島がある。」
 ここでジルはドワーフの悪い癖、つまり思った事を呟いてしまった。
「香辛料でもとれるのじゃな。」
 ジルの呟きはザンの言葉よりも大きかった。
「それとも香水でもあるんじゃないの?」
 それに負けじとエルフィーネもそう言った。
語り部は今度は無視する事が出来ず、ジルに向かって頷かざるをえなかった。
「さよう。この島しかない香辛料がとれる故、過酷な環境にも関わらず幾人かの人間も住んでおる。古代王国時代の遺跡もいくつか残っておるがな。次はカイオス島の南西にあるハワラ島じゃ。ここは一年の内355日までが吹雪によって閉ざされておる、別名冬の島じゃ。イエティなどのモンスターも生息しておるぞ。次はハワラの真南にある地の底へ続く島、ターゴンじゃ。この島の北側は典型的なドワーフの住処となっておる。また、島の南側には犯罪者の収容所もあるぞ。次はターゴンの東の緑の島、マフォロ島じゃ。ここにはケンタウルスとあと小数ながらエルフ、グラスランナーがいるぞ。人は住んでおらず、たまに薬草を取りに上陸するくらいのものじゃ。次はマフォロの東にある島、人魚島ナーマじゃ。沿岸にはおおくのマーマンが住んでおるぞ。」
 一度語り部は話を区切る。
一気に話したため少し疲れたのであろうが、一つ咳払いをした後でまた口を開いた。
「この島はかつて、古代王国時代に魔法的な滅亡の危機があったと伝えられておる。そしてこの時アザーンを救ったのは古代王国の魔法使いなどではなく、蛮族と呼ばれ迫害されていた者達のシャーマンであったという。これが、アザーンに伝わる神話じゃな。アザーンについての知識はこの程度でよいかな?」
 語り部はそういってロッキッキーの方を見る。
「参考になりました。」
 ロッキッキーは深く頭を下げて仲間を促し、立ち上がった。
「またいつでも来なさい。」
 語り部が去ろうとする彼らの背越しにそう声をかけた。
 彼らはラーダ神殿を後にした。

 ラーダ神殿を出た彼らの行動を決めたのは、今度はエルフィーネの一言であった。
彼女は、猛烈に占いの婆さんの所に行くと主張したのである。
もっとも根拠があって彼女は主張しているのではない。
おもしろそうだからというのが一番の理由なのである。
結局、彼らはエルフィーネの提案を受け入れたのだ。
 占いの婆さんの場所はジルが知っていた。
ドワーフが占いに興味を持つなどという事はなさそうなので、伝え聞いた話で場所を知っていたのであろう。
 占いの店は、いかにもそうだというような路地の裏の怪しそうな場所にあった。
6人はぞろぞろと店の中へと入っていった。
最後尾のルーズが入り終わるのとほぼ同時に、黒いローブをかぶった老婆が現れた。
「ひゃっひゃっひゃ、これまた大勢さんだね。マゲラの占い館に何か用かい?占い料は一つにつき50ガメルだよ。」
 老婆はありがちな水晶球の前に座って、おもしろそうに彼らを眺めていた。
「エルフィーネ、恋愛運でも占って貰ったらどうです?」
 小声でザンがそう呟く。
「冗談でしょ?それより早く虹の谷の事について聞きなさいよ。」
 逆にエルフィーネがザンをせっつく。
エルフィーネにいわば押し出された格好となったザンは、しかたないというような感じで老婆へと口を開いた。
「虹の谷の事を聞きたいのですけれど?」
 そう切り出すととたんにマゲラの表情が鋭くなる。
「虹の谷の事かい?そうだねぇ、500でどうだい?」
 ザンは一度後ろを振り向いて仲間の顔を見たが、マゲラへと頷き500ガメルをテーブルの上に置く。
「ほう、気前の良い連中じゃな。よかろう、私の知る事をすべて話してやるぞえ。」
 こうしてマゲラの話は始まったが、6人には退屈で仕方の無い事であった。
マゲラの話はほとんどが虹の谷のおとぎ話で、今までにすべて聞いた事がある事だったからである。
 ただ、虹の谷の近くに守護者の住む村があるという事だけが、占い館の2時間の聞き込みの成果だった。

 マゲラのおとぎ話から解放された6人は、ようやくダーヴィス邸へと足を向けた。
 場所を知らなかった彼らであるが、ダーヴィス邸はすぐに見つける事ができた。
彼はかなり有名で、子供でもその家の場所を知っているくらいなのだ。
家の前、正確には門の前に立った彼らは、思わず感嘆のため息をついた。
「すごいぜ、いつしかの魔法使いの家より豪勢だな。」
 ロッキッキーはそう呟いて、ふと彼に似合わぬ感傷を持った。
あのときの仲間で今ここにいるのは彼とザン、当時はシュトラウスと名乗っていた、の2人だけなのである。
 ザンは無言で頷いただけだった。
「見ててもしょうがないだろ。まず、叩かなきゃ。」
 ソアラはそう言って、扉をどんどんと叩いた。
エルフィーネもソアラの横で、とんとんと扉を叩く。
「そんな物じゃ聞こえないよ。」
 後ろで見ていたルーズは、メイジスタッフを構えておもいっきり扉を叩いた。
確かにこれならば家の者が出てくるであろう、なにせ自分の家の扉が壊されたのだから。
彼ら5人は唖然としてルーズを見る。
「何をするのですか!?」
 すぐに召使いらしき者が飛び出してきて、金切り声を上げた。
「も、申し訳ありません。少し強く扉を叩いてしまって。弁償はしますから」  ルーズは即座にスタッフを隠して、あわててそう言った。
「当然です!1000ガメルはかかりますよ!」
 召使いは頬を震わせながらそうルーズへと詰め寄った。
ルーズは渋々1000ガメルを渡す。
「で、貴方がた、何のようですか?」
 1000ガメルを受け取った後、召し使いはうさんくさげに彼らを見た。
「あっ、ダーヴィスさんに虹の谷の話を伺わせて貰いたくてきました。」
 あわててエルフィーネがそう口を開く。
「分かりました、少しそこでお待ちください。」
 召使いはすぐに引っ込んでいった。
その間、ルーズはずっと5人の白い目に耐えなければならなかった。
ルーズには何十時間にも感じたであろう短い時間がすぎ、先の召使いが再び姿を見せた。
「ダーヴィス様がお会いになられるそうです。こちらへ。」
 召使いはそういって彼らを中へと招き入れた。
家の中は豪商だけあって、かなりの裕福さを感じさせる装飾だった。
ロッキッキーは手が延びるのを押さえるのに、かなりの気力を使っていたようだ。
「こちらでお待ちください。」
 彼らはこれも豪華な客間へと通された。
しばらく待った後で、大柄で、裕福そうな服装をした中年の男が客間へと入ってきた いかにも落ちついた感じを受けるが、今だ子供の頃を忘れえずといった印象も受ける。
「私がダーヴィス=クルザンだ。君達か、虹の谷の事を聞きたいというのは?」
 彼はしばし品定めするような、まさに商人の目で彼らを見回した。
ザンが一通りメンバーの紹介を済ませた後、口を開く。
「私達は”虹の谷”を目指しています。貴方が虹の谷の存在を信じ、また探していると聞いて立ち寄らせて貰いました。」
 ザンはその視線にめげずそう答えた。
その間エルフィーネの方も、ダーヴィスを品定めしていた。
ひと昔前は冒険者だった事が分かる体付きをしているが、それ以外はさし当たって目立つような所はない。
ここで急速にエルフィーネの関心も薄れ、それきり彼に注意を払うのをやめた。
「なるほどな‥‥。ならば私の依頼を受けて貰いたい。」
 彼は少し考えてからそう切り出した。
「依頼‥‥ですか?」
 ザンは少し当惑したようだ。
「さよう、依頼の内容は君達の目的と同じ事、つまり虹の谷の場所を突き止めて貰いたいのだ。本来なら自分でそうしたいのだが、1週間後にどうしても外せぬ重要な商談があってな、君達に頼みたいのだよ。」
「大事な商談てなに?」
 エルフィーネはそう尋ねたが、ダーヴィスは首を横に振った。
「それは教えられん。さて報酬は一人につき500ガメルでどうだ?」
 ダーヴィスは話題を転換するため、話を報酬へと持っていく。
これにはロッキッキー、ルーズの2人が、小声でぶつぶつと文句を言った。
報酬が少なすぎるというのである。
そのロッキッキーに対しエルフィーネは、ぽかんと頭を叩く。
「文句を言わないの!」
 小声で鋭くそう言った彼女に対し、ロッキッキーもこれまた小声で言い返す。
「なにすんだよ。少ねえもんは少ねえんだよ。」
 なるべく声をたてないようにした彼らであったが、行動自体は隠しようがなく一部始終ダーヴィスに見られていた。
「よかろう、必要経費もこちらで出す。」
 その言葉にロッキッキーとルーズの瞳が輝く。
「やります、いえやらせてください。」
 こうして6人はダーヴィスの依頼を受ける事になった。
その変わりように、エルフィーネやザンらはおろかダーヴィスも苦笑を見せる。
「よかろう、実はまだ発表はしておらぬのだが、先日買い取ったある旧家の屋根裏部屋から一つの古代書を見つけたのだ。ほとんどは虫に食われて読めんのだが、一部分は何とか修復できたのだ。そしてそれにはこう書かれておった。
『黒い獣が見つめる先 三本の弓立ちならぶ 弓より矢飛びて白き壁を射ん 白き壁を貫き 虹の谷へと届かん』
おそらくこれは虹の谷への行き方を書いた物と思われるのだ。これの意味を完全に理解すれば、きっと虹の谷へと行けるであろう。」
 ダーヴィスは、まるで子供のように目を輝かせながらそう語った。
「古文書と一緒に、おそらく旧世代の物であろう品物も数多く出てきたのだ。」
 その言葉をロッキッキーは聞き逃さなかった。
「その旧世代の品物ってのを見せて貰いてぇな。」
 ロッキッキーの提案をダーヴィスは拒まなかった。
「よかろう、私の後をついてきてくれ。」
 彼はそう言って歩き始めた。
6人はぞろぞろとダーヴィスの後をついていった。
 彼らは客間より少し離れたところにある部屋、と言ってもさっきの客間よりは大きい部屋に案内された。
重々しい鍵を開け、ダーヴィスは薄暗い部屋の中へと入っていく。
「ここは、私が今までに集めた旧世代の品々が置いてある。」
 ダーヴィスはそう言って6人に品物の説明を始めるが、それを聞いてむしろ意外だったのは、彼は魔法の品に興味を持っているのではなく、古代王国のそれ自体に興味を持っていると言う事であった。
 もっとも高価な物が少なくて、ロッキッキーとルーズはかなり失望したようだが。
やがて、彼らは部屋の隅の方の棚の前へとたどり着いた。
「これがそうだ。私が調べた限りではなにも目新しい物は発見できなかったが、君達ならば何か発見があるかもしれない。心行くまで調べてくれ。」
 ダーヴィスはそう言ったが、そんな発見は期待できないだろうことは一目で分かった。
が、その中で目敏く一番高価そうな者に目をつけたのは、やはりロッキッキーであった。
「この像、水晶か?」
 思わずロッキッキーが呟いたその言葉を、エルフィーネは聞き逃さなかった。
「えっ、本当?どれどれ?」
 素早く隣に来たエルフィーネに対し、ロッキッキーは無言で一つの像を指さす。
確かにそれは水晶で出来た彫像であった。
果たして、たとえドワーフの水晶彫刻家をもってしてもここまで出来るかどうかというほどの、素晴らしい水晶の彫像が何個かあった。
「本当、でも良くできてるわね。」
 エルフィーネはふと持って帰りたい衝動に駆られたが、おそらくダーヴィスは頼んでも譲ってはくれないだろう。
それほど大きくはないが、隠して持って帰れる大きさでもないので、彼女は諦めざるをえなかった。
おそらくロッキッキーも同じであろう。
「何もないようじゃな。」
 向こうでいろいろと調べていたジルは、ぼそっと呟いた。
めでたくスポンサーも見つかった彼としては、一刻も早く虹の谷探索に行きたいのだ。
「そうですね。」
 一緒になって調べていたザンも諦めたようだ。
もちろんソアラやルーズでも何も見つける事は出来なかった。
「そうか‥。客間へと戻っていてくれるか?すぐに私も行くから。」
 ダーヴィスはそう言って彼らを部屋から押し出し、倉庫の鍵を掛けると隣の部屋へと入っていった。
仕様がなく、彼らはもと居た客間へと戻った。
 しばらくしてからダーヴィスは、手に皮袋を持って戻ってきた。
「とりあえず必要経費として1000ガメルを渡しておく。足りない分は後で請求してくれれば渡そう。誰が持つのだ?」
 ダーヴィスはそう言ってぐるりと6人を見回した。
「私が預かる。」
 そう言ってエルフィーネが手を上げた。
「良かろう。」
 そう言って彼はエルフィーネに皮袋を渡した。
「それから最近この辺りを荒し回っている海賊もまた、虹の谷の宝物を狙っていると聞く。充分気を付けてくれたまえ。」
 ダーヴィスはそう言って6人を見る。
ジルはその言葉に緊張の色を隠せない様子であったが、後の5人はいまいち良く分かっていない様子であった。
彼らは海賊の事など知らないのだから、当然と言えば当然であろうが。
「では、良い報告を待っておるぞ。」
 心持ち不安を感じながらのダーヴィスに見送られながら、彼らはルーズが破壊した門を抜けダーヴィス邸を後にした。

 ダーヴィス邸を出た彼らはそのまま虹の谷目指して出発するのではなく、一路魔術師ギルドへと向かった。
これはジルの『魔法使いがおるのなら、魔術師ギルドで何か掴めるかもしれん。』と言う一言が、そうさせたのである。
魔術師ギルドのある塔はザラスタの町の南にあった。
塔の前にたつとジルは口を開いた。
「魔術師ギルドには、魔法使いしか入れんからの。おふたりさん、頼むぞ。」
 そう言って、彼はザンとルーズの肩を叩いた。
「仕様がないですね。」
「まったくだ。」
 2人はそう言いながらも4人を塔の前に残し、中へと入っていった。
 彼らが中に入ると、しばらくして一人の青年が出てきた。
彼はクーリスと名乗り、御用は何ですかと在り来たりな事を聞いた。
「虹の谷の事を聞きたいのですが‥‥。」
 遠慮がちなザンの言葉にクーリスは頷いた。
「分かりました。虹の谷ですね。」
 クーリスはそう言って口を開いた。
彼は始めこの島に伝わる伝説について語っていたが、やがて興味深い事を言い出した。
「虹の谷と言うのは、古代王国時代の文献に出てくるので確かに存在します。そしてそれは、強大な魔法の産物である事は間違いありません。しかし残念ながら、何処に虹の谷があり、そして何が存在するのかは私たちには分からないのです。」
 そう言ったクーリスの話にザンとルーズは落胆の色を隠しきれなかったが、ともかく確かに存在する事が分かっただけでもよしとせねばならないだろう。
「もし貴方達が望むならば、サバス島で見つかった石版をお見せしてもよろしいですよ。」
 クーリスは言外に寄付金を要求しているのである。
どこの魔術師ギルドも経営が苦しいのは同じなのであろう。
同情したのかそれとも必要経費だからか、ザンが1000ガメルの大金を渡そうとすると、クーリスの方が慌てて首を横に振った。
「300程度でけっこうです。」
 クーリスがそう言ったのでザンは300ガメルを彼に渡し、残りをまた皮袋にしまった。
「少しお待ちください。」
 クーリスはそう言っておくの方へと入り、しばらくして大切そうに布に包まれた一つの石版を携えてきた。
「これがそうです。下位古代語で書かれていますが、残念な事にほとんどがその年月のために薄れかかっていて読めないのです。」
 クーリスはそう言って彼らに石版を見せた。
確かにほとんどの言葉は読めなかったが、それでもいくつかの単語は拾う事は出来た。
「水晶‥‥破滅‥‥色‥‥喰らう‥‥ビフロスト‥‥守護‥‥。」
 2人は取りあえず目で文章を追ったが、それだけの単語しか読めなかった。
しかも意味の分からない言葉が一つある、”ビフロスト”がそれだ。
「ビフロストと言うのは何なんですか。」
 そう聞いたザンに、クーリスは申し訳なさそうな視線のみを返した。
彼は知らないのではなく、決まりとして代価を受け取らねば何にも答えられないのだ。
それを察したザンがさらに50ガメルを渡す。
「はい、ありがとうございます。ビフロストと言うのは色彩を司る虹の精霊の呼び名です。ただ、ビフロストを呼び出す事に成功した精霊使いは知られていないので、それ故その精霊がどんな姿をしているか、どんな力を持っているかはまるで知られていないのです。」
 彼らはそんな精霊の事など聞いた事もなかった。
果たしてあのエルフィーネは知っているのだろうか? もう聞くような事は無いだろう、ザンとルーズは顔を見合わせて無言の内にそう考えた。
「たいへん為になる事をお教え頂き、ありがとうございます。それではこの辺で失礼させていただきます。」
 型どおりの謝礼の言葉を述べて2人は魔術師ギルドを後にした。
クーリスに見送られて外に出たルーズは、早速今仕入れた知識を使おうと考えた。
「なあエルフィーネ、”ビフロスト”って知ってるか?」
 エルフィーネは何を聞いているのかと言うような表情をした後、頷いた。
「知ってるわよ、それくらい。色彩の精霊の事でしょ?」
 軽々と答えたエルフィーネにあっけに取られたルーズであったが、その後ろではザンが苦笑を浮かべていた。
「エルフィーネ、ギルドでの情報収拾に350ガメル掛かりました。それを貰えますか?」
 ルーズの脇から彼はそう話しかけた。
「了解、350ガメルね?」
 エルフィーネは自分の持ち金とは別の皮袋を取り出すと、しばらくじゃらじゃらとお金を取り出していたが、やがて一塊の銀貨をザンへと渡した。
「ありがとう。」
 ザンは彼女より受け取った金貨を、自分の皮袋へと流し込んだ。
エルフィーネの方も袋の口をしっかりと絞めて、腰に吊るした。
「さて、次はどこに行きましょうか?」
 ザンはそう言ってジルの方を見る。
「そうじゃのぉ‥‥。後、何かありそうな所と言えば、路地裏の怪しげな店ぐらいじゃの。」
 ジルのその言葉に、エルフィーネとロッキッキーが目を輝かせた。
「私行きたい!」
「俺も。」
 まるで分かる問題があった生徒のように、二人は喜々として手を上げた。
そして、結局他の者も彼らに引きずられるのである。

 世事に疎いドワーフをして”怪しい”と言わせるような路地裏は、確かに昼日中で無ければ、たとえ一人でなくても、入って行けないような路地の奥の奥にあった。
看板一つでていない店の前に立ったは、エルフィーネとロッキッキー、つまりここに行きたいといった2人のみである。
後の4人は、この店の前に来るのでさえ拒否したのである。
彼らは路地の入り口でこちらの様子を伺っていた。
 エルフィーネとロッキッキーは、取りあえず店のショウウィンドウの中を覗いていた。
ウィンドウの中は汚れるに任せられていて、一瞥しただけでは何が飾ってあるのか分かりそうもなかった。
「ねえねえ、これ何なのかな?」
 エルフィーネがそう言って指さしたのは、隅の方に飾ってある4,5体の彫像らしき物である。
「あん?これか‥。」
 そう言ってロッキッキーは示された物をしばらく眺めていたが、やがて結論がでたのだろう彼女の方へ向き変えった。
「水晶の像だな、こりゃ。しかしえらく精巧に出来てるぜ。見てみろよ、骨や血管まで作ってあらあ。」
 ロッキッキーはそう言って、彫像の中で右腕が肘の少し上から折れて無い奴を示した。
エルフィーネはじっと示された物を見たが、やがて気持ち悪そうに顔を背け右手でそれを払うような仕草を見せた。
「ひゃっひゃっひゃ、おまえでも気持ち悪いと思う事があるんだな。」
 腹を抱えておもしろそうに笑うロッキッキーの後頭部を、エルフィーネは思い切りぶったたくと荒々しく息をしながら店の中へと入っていった。
叩かれたロッキッキーの方も、後頭部をさすりながら彼女の後に続いた。
店の中の様子も外見からの想像を多分に裏切る物ではなかった。
置かれている品物もかなり市価に比べて安いのだが、唯一の問題点は本物かどうか分からないところであろう。
 エルフィーネはしばらくじっとアクセサリーの類を眺めていたが、不意にその内の一つを取ってロッキッキーに見せた。
「これ本物か分かる?」
 小声でそう言ったエルフィーネに頷き、それを手に取って眺めたロッキッキーであるが真偽のほどは分からなかったようだ。
「さあな、本物じゃねぇのか?」
 かなりいい加減な態度でいい加減な事を言ったロッキッキーの為に、彼女の購買意欲は急速に縮んでいった。
返されたアクセサリーを無造作に元の場所に戻すと、ついと出口の方へと歩いていった。
「ちょっと待てよぉ。」
 慌ててその後をロッキッキーが追った。
彼らは店を出て、大通りの所で待っている仲間の所へと戻った。
「どうでした?何か分かりましたが?」
 戻ってきた二人に対しザンはそう尋ねた。
「別に、ただ精巧な水晶の像があっただけ。」
 いかにも面白くなさそうにエルフィーネは言い放った。
彼女は”怪しい”店と聞いてもっと面白い事を期待していたのに、それほどでもなかったのでがっかりしているのである。
「そうですか‥。」
 ザンの方はそれほど落胆した様子も見せなかった。
彼は、何か分かる事など全然期待をしていなかったのだ。
「気が済んだかの?そろそろ食料を買い込んで、虹の谷探索に行きたいのじゃが。」
 ジルの提案にようやく5人は旅立つ事にしたようだ。
こうして6人の虹の谷探索の旅は始まったのである。

後編へ

幻想協奏曲に戻る カウンターに戻る