SW6-2(前編)

SWリプレイ小説Vol.6-2(前編)

遙か南の島の冒険譚・第二章 秘剣を継ぎし者達


             ソード・ワールドシナリオ集
               「虹の水晶宮第二章『緑の島の戦い』」より

 ”守護者”が消え虹が消え、世界はその終焉への道をゆっくりと進みはじめていた。
古代魔法王国の悪しき産物、”クリスタルドゥーム”によって。
やがて世界はクリスタルドゥームの手によって、美しき墓場と化すであろう。
ただこのことを知るものは少なく、信じるものはさらに少なかった。

 ジル、ロッキッキー、ザン、エルフィーネ、ルーズ、ソアラの6人は、ザラスタの豪商ダーヴィスの邸宅で冒険の疲れを癒していた。
評議会が開かれるまでの数日間、ダーヴィスが滞在するように言ってくれたのだ。
 その間にザンは、かねてからの念願であった使い魔を召還するための儀式を始めようとしていた。
ダーヴィスの邸宅の一室には閉じ込もったザンが半日後再びエルフィーネ達の前に姿を見せたとき、彼は一匹の猫を抱えていた。
彼の要望通り、色は紫の猫である。
彼は名をエムと名付けた。
こうして仲間が一匹増えたのであった。
余談ではあるがエルフィーネはもしザンが黒猫を召還したら、密かにジジと名付けようと考えていた。
 さて評議会開催の日、ダーヴィスは息揚々として出かけていったが、帰ってきた時にはその勢いはなく落胆していた。
 居間に集まった6人に対しダーヴィスは、私の報告は誰にも信用されなかったと呟いた。
その後で自嘲の表情を浮かべ、日頃が日頃だからなと付け加えた。
もちろん6人にも彼の落胆は伝わった。
そして真実を見抜けない評議会のメンバーを、心の中で罵った者もいた。
ダーヴィスは疲れきったような表情で6人の方を見た。
「説得は続けてみるが、当面は私と君達でやらねばいけないようだな。」
 ダーヴィスは6人に再び協力を約束したのであった。

 それから3日ほどの間、彼らは精力的に情報を集めまわった。
あまりにも情報が少ないため、とりあえずそれぐらいしかやる事がなかったのだ。
彼らが集めようと試みたのは、もちろん守護者の子供の事である。
だが何分昔の事なので、覚えている者がいたとしてもそんな奴がいたぐらいの事であった。
誤報や虚報も多く、出かけていっては落胆して帰ってくるという日の繰り返しであった。
 だが今日は違った。
彼らが情報収拾から帰ってくるなり、ダーヴィスがまるで抱きつかんばかりの勢いで迫ってきたのである。
「分かったぞ、その守護者の息子の事が!」
 もしダーヴィスがそう言うのが一瞬遅れていたら、きっとエルフィーネが張り手をお見舞いしていたところである。
ダーヴィスが興奮気味に彼らに話した事の概略は、次の通りである。
まず守護者の長男、ダゼックはハルダーという豪商の船に乗り込み、そして船もろとも消えたという事らしい。
 君達がハルダーの所に行くならばこれが必要になろうといって、彼は紹介状まで書いて渡してくれた。
 また弟のルーゼの方はどうやら兄を追っていてこの事を掴んだらしいが、数年前から時々起こる誘拐事件に巻き込まれたらしいという事であった。
ただ、娘の方は今持って手がかり無しという事であった。
どうやらこれで捜索の糸口が掴めたといったところであろうか。
 とりあえず部屋へと戻った彼らは冒険の支度を始めたのだが、ふと思いだしたようにジルが呟いた。
「守護者の村の村長に、ハーピー退治を頼まれていたのう。」
 その呟きにザンが答える。
「そういえばそうですね。旅立てば生きて帰ってくる保証はないんですから、今から倒しに行きますか?」
 ザンの提案に他の者は同意した。
一部の者は人助けではなく、宝物の期待からであるが。
彼らはダーヴィスにその事を断ると一路、アウロア山脈のハーピーの巣へと向かった。

 5日後、彼らはアウロア山脈の麓にたどり着いていた。
前回と同じようにロッキッキーに縄を垂れさせ、灯をつけて洞窟の中へと入っていった。
体力、精神力、装備ともに充実した6人にとって、ハーピーなどはもはやものの数ではなかった。
 小1時間ほどでハーピーを全滅させた6人は、おもにロッキッキーが先頭に立って巣をあさり始めた。
ザンやジルなどはあまり関心がなかったようである。
 しばらく探索をしていたロッキッキーがもうこれ以上の収穫がないと判断したとき、彼の手元には安っぽい宝石が1000ガメル程度、豪華な装飾が施された腕輪が一個、そしてみすぼらしいアミュレットが一つあった。
「しけてんなー。」
 ロッキッキーはアミュレットを掲げながらそう呟いた。
「ほう、そのアミュレットどうやら魔法がかかっておるようじゃな。」
 ジルはそう呟いたが、その魔法がなんであるかまでは分からないようであった。
「へえ、こいつにねえ?」
 意外そうな目でロッキッキーはアミュレットを見た。
他の者、特にエルフィーネの視線がアミュレットに注がれる。
だがそれに気付かぬようにロッキッキーは、他の宝石諸ともアミュレットを背負い袋の中にしまいこんだ。
「さあ、戻りましょう。私たちには余分な時間は無いはずですよ。」
 ザンにそう言われて6人はもはや無生物と化した洞窟を抜け、ダーヴィスの待つザラスタへと歩みを向けた。

 彼らがザラスタを発ってから9日目、6人は再びザラスタへと戻ってきていた。
クリスタルドゥームから帰還したときと同じように、かなりの強行軍で帰ってきたのだ。
 とりあえず町へと帰ってきた6人であったが、魔法がかかっていると言うアミュレットが気になるのでその足で、路地裏の怪しげな店へと向かった。
今度は6人ともが店の中へと入る。
中には店番なのかそれとも主人なのだろうか、老婆がカウンターの向こうに座っていた。
「ほう、団体さんとはめずらしいね。
何の用だい?」
 老婆はしわがれた声を発した。
言われてみればこの店の雰囲気に、この6人の姿では場違いもいいところである。
この店の雰囲気にあうのはやはりロッキッキーか、強いてルーズであろう。
「あのよ、こいつを鑑定して貰いてぇんだけどよ。」
 そのロッキッキーは袋の中から取りだしたアミュレットを見せて、そう言った。
「ほう、あんた。なかなか珍しい物を持っておるようじゃな。そうじゃな、鑑定料は100でどうじゃ?」
 老婆はアミュレットを見たあと、そう言ってほくそえんだ。
「はいよ。」
 ロッキッキーはためらわずに、皮袋から銀貨100枚を取りだした。
「よかろう。どれ、貸しなされ。」
 老婆は代金を調べもせずにそう言うと、ロッキッキーからアミュレットを取り出した。
6人の見守る中、老婆はぶつぶつと何かを呟いていたが、あまりに声が小さすぎて彼らには聞き取れなかった。
 しばらくして呟きを終えると、老婆はロッキッキーの方を向いた。
「このアミュレットには、トランスレイトがかかっているぞえ。まあ俗に言うコモンマジックのかかった物、というところじゃな。ただし魔力がもう残り少ないのであと3回使えるかどうかだね。」
 老婆はそう言ってアミュレットをロッキッキーへと返した。
「そうなのか。」
 ロッキッキーはそう呟いてみせたが、彼ならばその程度であろう。
他の5人の中でやはりエルフィーネが、そのアミュレットに素早く目をつけた。
「ねえ、そのアミュレット私に頂戴よー。」
 まるでだだをこねる子供のような目で、彼女はロッキッキーの方を見た。
「おまえなーー、‥‥分かった、ほらよ。」
 ロッキッキーは何か言おうとしたが無駄だと悟ると、アミュレットをエルフィーネに投げてよこした。
「わーい、ありがとう。」
 エルフィーネはまるで子供のようにぴょんぴょんと飛び跳ねた。
が、彼女の幸福感も長くは続かなかった。
ドワーフの呟きの一撃が彼女を見舞ったのである。
「ルーズが持っていた方が役に立つと思うがの。」
 その呟きを聞いたエルフィーネは、とたんに静かになってしまった。
「そうだ、そうだ。」
 ただで物が手に入ると感じたルーズは相づちを打ちまくる。
「分かったわよ!はい、ルーズ。」
 エルフィーネはほんの少し考えた後、恐らく半分意地になったのだと思うが、意外と素直にアミュレットをルーズへと渡した。
− 珍しい事もあるもんだ。
 その様子を見ていたロッキッキーはそう感心していたが、まだ自分に降り懸かる災難を予想していなかった。
アミュレットをルーズへと渡したエルフィーネは、すぐにロッキッキーの前へと来た。
「ねえ、さっきの宝石頂戴よーー。」
 エルフィーネは、再びだだ子の表情とともに両手を彼の前に差し出した。
「あのなーーー。」
 ロッキッキーは内心感心した事を取り消して、露骨な表情でエルフィーネを見た。
だがそんな事でめげる彼女ではなかった。
「頂戴、頂戴、頂戴!!!!」
 騒ぎ立てるエルフィーネに閉口したロッキッキーは肩で息をつくと、仕様がなく腰の皮袋をとった。
そしてその中から先ほど見つけた宝石だけを彼女へと渡した。
「ありがとう!!」
 満面の笑みを浮かべながらエルフィーネは宝石を皮袋へとしまった。
彼は彼女の下僕のように扱われているのであった。
一仕切の喜劇を老婆へと見せた6人は、礼を言って店の外へと出た。
まだ日は高く、これならば人の家へと行っても失礼な時間ではない。
 このあと6人はダーヴィスが掴んできた情報を生かすため、豪商のハルダーの邸宅へと向かうのである。

 ハルダー邸はダーヴィス邸ほどの豪華さではないが、それでも一介の冒険者などにはとても建てられないような邸宅に住んでいた。
 今度は扉を壊す事がないように、横の呼び鈴をソアラが2度3度鳴らす。
すぐに執事らしき老人が脇の覗き戸から顔を見せた。
「何か御用でしょうか?」
 一見して冒険者と分かる来訪者の服装に、その老人は警戒の色を隠さなかった。
彼は冒険者を下級な仕事と認識している、少し頭の固い人物であった。
「あのー、ダーヴィスさんの紹介で来たのですけれど、ここのご主人に少しお話を聞きたいのですが。」
 ザンはある程度の効果を見越してダーヴィスの名を使った。
いくら変人のように見られているとはいえ、ダーヴィスはザラスタの町の評議会議員を勤めている人物なのだ。
かなりの信用はあるだろうと、ザンは考えたからだ。
そして彼の思惑通り、執事の表情は一変した。
「しょ‥少々お待ちください。」
 執事は覗き戸を閉じると、扉の向こうから彼の気配は消えた。
恐らく主人に伺いをたてに行ったのであろう。
彼らが家の中に招き入れられたのは、それからしばらく後だった。
 屋敷内の装飾は外見通り、ダーヴィスの家のそれより一段と半分ほど劣る物であった。
当然ダーヴィスの家の装飾を見慣れているロッキッキーやルーズに取って、何等食指を動かされる物ではなかった。
 彼らが執事に案内されたのは客間で、そこにはすでに一人の初老の男性が深々と椅子にもたれていた。
一見裕福そうにも見えたが、それ以上に印象的であったのは疲れたような、やつれたような表情であった。
その男性は彼らの入室と共に立ち上がり、一瞬品定めをするような視線を投げつけた後、口を開いた。
「あのダーヴィスの知り合いか‥‥。して私がこの家の当主、ハルダーだが何の用だね。」
 彼の声量はかなり大きく、人物の胆力を現しているようでもあった。
「はい、ここに紹介状を持ってきています。」
 ザンはハルダーに近付くと、ダーヴィスの書状を手渡した。
彼はそれを受け取ると封を破り、中の手紙にざっと目を通した。
手紙の内容は恐らく彼の船の事を教えてくれるようお願いする、といった内容であろう。
 それを読み終えた時、不意にハルダーは6人を見やった。
「お前達の聞きたい事とは、儂の沈んだ船の事なのか?」
 その目には多少の不快感が現れていた。
「はい、そうです。でも厳密には船の事ではなくて、その船に乗っていたダゼックという青年の事ですが。」
 ザンはそう緩やかな言い方で訂正した。
「5、6年前というから、恐らくラディアン号の事であろうな。」
 彼は不意に老人が昔を懐かしむような瞳を見せた。
「ラディアン号は、当時空前の巨大船としてアザーンはおろか大陸でも評判になったほどの船だった。しかし、建造中から不沈船と詠われたその船の運命は皮肉であった。処女航海で難破し、行方知れずとなったのだよ‥‥。それ以来じゃな、我がハルダー家の繁栄に陰りが見え始めたのは。」
 老人はそこまで言って口を閉ざしてしまった。
見知らぬ人間に昔話などする物ではないと気付いたのであろう。
「その‥‥ラディアン号がその後どうなったか分かりませんか?」
 ザンはもう少しその船の事を聞こうとして、そう尋ねた。
「さあのう‥‥。海流はマフォロ島からナーマ島の方へ向かっているが‥‥。」
 ハルダーは推測ゆえの頼りない口調でそう呟いた。
「マフォロ島ですか。」
 6人の脳裏にアザーン諸島の地図が浮かび上がる。
緑の島マフォロと人魚の島ナーマ、アザーン諸島の南東に位置する島々である。
「そうじゃ!商人仲間からこんな話を聞いた事があるぞ。”マフォロ島にラディアン号の生き残りがいる。”とな。もう4年ほど前の話だがな。」
 老人の脳は”マフォロ”というキーワードによって、忘れていた一つの噂を思いだした。
そして当然それは6人の関心を引く事になった。
「本当ですか、それは?」
 6人は色めき立った。
「ああ、ただし噂じゃぞ。それゆえに儂は何もせんかったのじゃからな。」
 ハルダーの話によれば、彼がその噂を聞いたとき、すでに情報源も特定できないほど広まっていたらしい。
 繁栄に陰りの見え始めたハルダー家に取って、噂だけで探検隊を組む事はあまりに危険な賭だったのだ。
さらに噂は、真実らしくその人物の風貌を伝えていたと言う。
それを聞いた限りでは、その生き残りはどうやらダゼックなのではないかと言う感じを6人は受けた。
 こうして6人はマフォロ島へ行くことを決めた。

 ハルダーとの話をダーヴィスに伝えると、彼は船を一隻用意してくれるといった。
彼の財力を持ってすればそれほど困難な事ではないだろう。
 そしてザン、ロッキッキー、エルフィーネ、ルーズ、ソアラに取ってはあまり良い印象を持たない”船旅”というものが始まった。
マフォロ島まではおよそ16日間の旅となる。
 マフォロ島、それはベノールの遥か南東に位置する草原と森におおわれた、起伏の少ない島の名である。
 マフォロ島は東の草原地帯と、西の森林地帯に区分される。
西側の森にはエルフの村があり、かなりの数のエルフが住んでいる。
だが彼らはかなり排他的な態度を取っており、他種族のみならずよそから来た同族にさえほとんど心を開こうとはしないと言う。
 また東側の草原には、数部族のケンタウルスが生活を営んでいる。
彼らには、大賢者と呼ばれるリーダーがいると言うが、それを確かめた人間は今だかつていない。
 また小数ではあるがグラスランナーも生息しており、彼らがこの島ではほぼ唯一人間と関係があるのである。
 この島には人間の定住者はおらず、たまに商人が薬草を取るために上陸するのみと言う。
つまりマフォロ島は、人間のテリトリーでは無い所なのだ。
 16日間の船旅は、前回の船旅に比べれば1万倍もまともな旅であった。
ただし前回が船旅と言えるのなら、である。
 もっとも今回もエルフィーネは重度の船酔を起こし、他の仲間や船員に多大な迷惑を強いたのであるが‥‥。
 船はマフォロ島の南岸の小さな入り江の沖に停泊した。
この辺りは遠浅のため彼らが乗ってきたような大型船は入り江に近づけず、ここからはボートを漕いで行く事になるのだ。
 彼らがマフォロ島上陸の準備をしていると、話があると言って部屋に船長が現れた。
船長の話とは、この船の事であった。
つまり一旦ベノールまで戻り期日を決めて迎えに来るか、ここに停泊して待っているかを決めて欲しいと言うのだ。
 6人はどうするか考えたが、一旦帰らせてしまうと最低でも20日はかかってしまうのでここで停泊していて貰う事にした。
 そして彼らはボートに乗ってマフォロ島へと向かったのである。

 入り江は白い砂浜のある、綺麗な所であった。
奥には河口もあり、生活するにはなかなか快適なところであろう。
 入り江に近付くにつれ、何軒かのみすぼらしいテント小屋がまるで肩を寄せ会うように建っているのが見えるようになった。
家の回りにいる者は始め人間の子供かと思えたが、近付くとグラスランナーだという事が分かった。
人間はいないはずと思っていた彼らの小さな疑問は、すぐに回答を得、消え去った。
 砂浜へと上陸した彼らは、まずボートをできるだけ海から離れた砂浜に上げ、ロ−プで固定する事から始めた。
 そんな事をしているうちに、彼らはグラスランナー達に遠巻きに囲まれてしまった。
さすがに好奇心の強い種族である。
輪はだんだんと小さくなっていった。
6人はその中で大人であろうグラスランナーの一人に、いろいろと尋ねてみようと考え、話しかけてみた。
そのグラスランナーは彼らにいくばかの謝礼を要求した後、次のような事を話した。
まず、ケンタウロスと共に暮らしている人間についてはあまり多くの事を知らなかった。
何年かまえに聞いた事があるかもしれないと言う程度であった。
 しかしケンタウロスの情報については、かなり詳しい事を知っていた。
 草原の中央を支配していて穏健中立で人間、グラスランナーとも取引をする”斑尾”族。
 草原の西端部一帯を支配していて比較的穏やかではあるが、人間などとはあまり交流せず、またこの島のケンタウロスの中でも群を抜く足の早さを誇る”緑の風”族。
 草原の南方を支配していて未来を夢見る予知能力を持ち、またこの島のエルフと唯一交流を持つもっとも小数部族である”夢見の瞳”族。
 北の沿岸沿いを支配し人数は少ないが猛々しく、またその気性ゆえ勇者を信奉する”黒いたてがみ”族。
 草原の東を支配しもっとも抗戦的であり、また人間を卑下している”岩を割る蹄”という5つの部族が住んでいると言う事であった。
 港のグラスランナーからは、彼らに有益な話はそれだけしか聞く事は出来なかった。
ボートはいくばかの金を渡し、彼らに見ていて貰う事にした。
6人は、エルフという単語に引かれてエルフィーネが”夢見の瞳”族に会いたいという意見を出したが、多数決で入り江の北に住む”斑尾”族に会いに行く事となった。

 斑尾族の大体の野営地は港のグラスランナーが知っていたので、6人は比較的容易に彼らと接触する事が出来た。
 彼らの野営地とは、大きな天幕を張ってキャンプをしているような感じである。
このケンタウロスの部族の人口は200人程度であろう。
彼らは突然野営地に現れた6人に対し、かなり平和的な態度で接してくれた。
6人は族長には会えなかったものの、それなりの風貌をした老ケンタウロスに面会する事が出来た。
「何か用かね。冒険者達よ。」
 その老ケンタウロスは、にこやかな笑顔を見せながらそう言った。
「はい。実は私たちは人捜しをしているのですが。」
 ザンはその老ケンタウロスに今までの事を話した。
彼はしばらく黙って聞いていたが、人間がこの島のケンタウロスと共に暮らしている事を聞くととても驚いたようだ。
「そんな話は聞いた事がない。そのような事があるとは信じ難いが、もしあるとすれば我々か”緑の風”であろう。いや、もしかしたら”黒いたてがみ”かもしれんな。奴らはときどき突拍子もない事をするからな。」
 老ケンタウロスは嘘をついてるようには見えなかった。
先のグラスランナーの話と一致しているからだ。
「そうですか。」
 ザンはとりあえずそう答えた。
「”緑の風”の居場所を教えて貰いたいのじゃが。」
 ここにはもう用無しと感じたジルがそう口を開いた。
「それくらいはお安い御用じゃよ。」
 老ケンタウルスはそう言って、先にグラスランナーが”斑尾”族の居場所を教えた時よりも、もっときちんとした場所までを彼らへと教えた。
 さらにケンタウロスの間で使われる合い言葉も教えて貰う事が出来た。
これを知らねば問答無用で殺される可能性があると言って。
そして最後に彼は6人にこう忠告した。
「いま、部族間の仲が非常に険悪じゃ。なるべくなら島から立ち去った方が良いぞ。」
 だが彼は6人がその訳を聞いてもはっきりした事は言わず、ただ危険だと繰り返すだけであった。
とりあえず礼を言って立ち去った彼らであるが、心に何か引っかかるものがあった。
6人はそれぞれに引っかかりを気にしつつ今度は”緑の風”族を目指し、閑散とする緑の草原を歩いていった。

 斑尾族のテリトリーから北西に行くと、”緑の風”族のテリトリーがある。
”斑尾”族との境界を越えて3日ほど歩いた海岸沿いに、彼らの野営地がある。
彼らは”斑尾”族の老ケンタウロスが教えてくれた通りの場所にいたので、すぐに見つける事が出来たのである。
ここの野営地も”斑尾”族と同じで、大きな天幕が張られているだけのものであった。
だが海に近いだけあって潮の香りが一帯に漂っていた。
だがここのケンタウロス達は”斑尾”族よりも忙しそうに動き回っており、誰も6人に注意を払う者がいなかった。
 しかたなく彼らは野営地の外れの辺りでケンタウロスの青年を捕まえて、族長の居場所を尋ねた。
彼は最初訝しげな目で6人を見ていたが、彼らが合い言葉を知っていると分かると天幕の中央付近に族長はいると教えてくれた。
 その後彼らは比較的すんなりと族長に面会する事が出来た。
族長はまさにそう呼ばれるにふさわしい肉体を持った中年のケンタウロスであった。
だが、その雄々しい身体とは裏腹に視線は柔らげであった。
 6人は彼にひとしきり自己紹介をした後、ケンタウロスと暮らしているという人間について聞いてみた。
「私たちはケンタウロスと暮らしているという人間を捜しています。そのような話を聞いた事はありませんか?」
 ソアラはなるべく丁寧な言葉を選びながらそう尋ねた。
族長はしばし考えていたようだが、やがて大きく頷いた。
「確か”黒いたてがみ”族が人間を海から拾い上げて、一緒に暮らしていた事があった。」
 族長の言葉に6人は心の中で小踊りしたに違いなかった。
しかし族長の話しはまだ続いていた。
「だが、その人間はしばらく前に死んだそうだ。」
 その言葉に半瞬前の喜びは消えて、かわりに顔に出るほどの落胆が6人を覆った。
それを見て気の毒だと思ったのか、族長はさらに話しを続けた。
「そう聞いただけであって、我々は本当にそうなのかどうかは知らないがな。」
 彼の言葉は闇に占められた6人の心に、蝋燭の火ほどの期待の灯を灯す事に成功した。
だがその灯は、小さな息吹一つで消え去るほどのものでしかなかったが。
「そうですか。では”黒いたてがみ”族の野営地を教えていただけませんか?自分らの目で真相を確かめたいのです。」
 ソアラにかわってザンがそう言うと族長は頷いて、おおよその位置を教えてくれた。
そして彼もまた斑尾の老ケンタウロスと同じように、最後にこう忠告した。
「この島からは早く立ち去った方が良いぞ。20日後に草原中央で戦争が始まるからな。」
 ”斑尾”族の時よりは幾分具体的な忠告ではあるが、ここでもその原因については固く口を閉ざしたままだった。
彼らの心の引っかかりはますます大きくなったが、それでも彼らは途中で止める事は出来ないのだ。
 彼らは”黒きたてがみ”族の野営地を目指し、草原を東に進んでいった。

 ”緑の風”族と”黒きたてがみ”族の境界を越えて1日ほど東に進んだ辺りで、パーティーは”黒きたてがみ”族のパトロールに遭遇した。
 パトロールとは4人一組の若いケンタウルスで構成されており、テリトリー内の警備のほか日々の食料集めをかねている。
 先に相手を見つけたのはパトロールのほうで、6人が気付いたときにはすでに逃げる余裕もないほどに近付いていた。
6人はとりあえず剣の柄に手を添えるなど戦闘準備を整えて、パトロールの到着を待った。
 パトロールは6人よりわずか数メートルの所で止まった。
相手の方は剣を抜き、槍を構え、戦闘体勢は整っていた。
すぐにパトロールの長であろうケンタウロスが大声で話しかけてきた。
「お主ら!ここを我ら”黒きたてがみ”族のテリトリーと知って入ってきたのか?命惜しくば即刻立ち去れい!」
 彼らの態度は”斑尾”、”緑の風”の両部族の穏健さとはあまりにかけ離れていた。
しかしそれがかえって6人に甘い期待を捨てさせた。
つまり6人が6人とも戦いは不可避であると考えたのである。
「儂らはその”黒きたてがみ”族の族長に会いにいくのじゃ。お主らにどうこう言われる筋合いはない。」
 口火を切ったのは意外にもジルである。
本来ならばこう言った悪態は、ロッキッキーかエルフィーネの方が得意としているはずなのだが。
 ジルのこの堂々たる態度での一言は、ケンタウロス達に衝撃を与えたようだ。
もっともエルフィーネに言わせれば、あれは堂々ではなくて図太いだけ、となるのだが。
ともかくもこのジルの一言によって、彼らは戦いを回避する事が出来るのであった。
「よかろう、勇気ある者たちよ。お主らを客人と認めよう。着いてこい。」
 しばらくケンタウロス達は6人の方を見ながら何かささやきあっていたが、やがて武器を納めるとそう言った。
6人は肩すかしを喰ったような気分であったが、ともかくも戦闘を回避できた事は貧弱なエルフィーネにとって喜ばしい事であった。
 こうして6人はケンタウロスの護衛を受けながら、”黒きたてがみ”族の野営地へとたどり着いたのである。
 彼らの野営地は”緑の風”族と同じように海辺の近くにあった。
関係ない事ではあるが、エルフィーネはケンタウロスって魚も食べるのかしらと妙に新鮮な驚きを感じていた。
 ともかく彼らの野営地を見て感じた事は、全てのケンタウロスのたてがみがその族名の通り黒い事であろう。
後で知った話しであるが、彼らは好んでたてがみを黒く染めるのだそうだ。
また人口も先の2部族に比べて、かなり少ないように見受けられた。
「族長はこっちだ。」
 パトロールの長はそう言って、野営地の中を進んでいった。
6人は慌ててそれに着いていった。
 族長は”緑の風”族と同じように、巨大な天幕の中央にいた。
どうやらケンタウロス族の族長の位置と言うのは、ここに決まっているらしい。
 族長は6人を案内してきたケンタウロスを近くに呼び何やら小声で話していたが、すぐに頷いて彼らの方を見た。
「聞くところによれば、お主らは勇敢な者達であるようだな。我らは勇者には敬意を払う部族である。人を捜すために私に会いに来たというが、出来るだけの事を話そう。」
 族長は威厳ある声でそう語った。
彼らに取ってもっとも尊重すべきは勇気であり、それを持つ者はどのような者であれ友人として受け入れるのだ。
そのために彼らに取って友人であり、敵でもあるというのは矛盾ではない。
「私たちが聞きたいのは、ここで助けられたという漂流者の事なのです。」
 勇者といわれて気を良くしたソアラが、口を開こうとしたザンよりも速くそう尋ねた。
「ああ、その事か。確かにそう言う事もあったぞ。」
 あっさりと族長は認めたが、彼の口調が過去型である事に6人は眉を僅かに曇らせた。
「その人は死んだのですか?」
 それを確認する事は恐かったが、その役をザンが引き受けた。
「ああ、何年か前に死んだ。」
 族長の口調はこの時6人にはさぞ無情に聞こえた事であろう。
わざわざこんな所まで時間をかけてきたのに、すでに死んでいようとは。
「その男の名前は、ダゼックじゃなかったかのう?」
 不意にジルが人物名を確認しようとした。
ようやく他の5人はまだ男の名を聞いていない事に気付いた。
ジルが発した固有名詞に族長は意外そうな表情をした後、首を横に振った。
「いいや、違う。名はバーグと言った。」
 6人はどうやらこの情報は誤報であった事に、とりあえず胸をなで下ろした。
しかし今度は、もしかしたらダゼックと何らかの関係があるのではないかとの期待が心の中で増殖していった。
「どうゆう人間でした?」
 今度はルーズが後ろからそう尋ねた。
族長は昔の事を思い出そうと、しばしあらぬ方を見つめた。
そして不意に語り始めた。
「確か5年ほど前のある日、この近くの海岸に打ち上げられておったのだ。それを儂の娘が見つけたのだ。そいつは船員で、嵐にあって漂流している船から、一か八か海に飛び込んだと言っておった。なかなかにして勇気のある者であったので、儂らは彼を仲間として受け入れたのだ。だが、1年半ほど前に狩りの時に受けた傷がもとで死んだ。」
 族長はきわめてストレートな言い方をするが、これは仕方の無い事なのであろう。
人間が使う言い回しなど、彼らには一文の価値もない物なのだから。
「乗っていた船の事を何か言っていなかった?」
 今度はエルフィーネがそう尋ねた。
「いや、何も言ってはいなかった。」
 族長の方も忙しいであろう、次から次へと質問者が変わっていくのだから。
いい加減面倒くさくなったのか、族長は彼らが次の質問をする前に口を開いた。
「私はその人間のことはこれ以上は知らない。彼と一番親しかったのは娘のニムだ。後は娘に聞いてくれ。」
 6人もここではこれ以上情報は掴めないと見て、族長にニムの居場所を尋ねるとそこから退出したのである。

 ニムは族長よりさして離れていない所にいた。
6人が目の前に現れると、彼女は少し警戒したような視線を彼らへと向けた。
どうやら6人がバーグの事を聞き回っていると、何処かで聞いたようであった。
もしかしたら胸元に集まる、いくつかの視線のせいかも知れなかった。
「ニムさんですよね?少しバーグさんの事をお聞きしたいのですが。」
 およそ勇者とはかけ離れた口調で、ザンはそう彼女へと語りかけた。
ニムの方はそれこそ驚いたようだ。
勇敢な者であるはずの彼らが、それこそ紳士的に振る舞っているのだから。
しかしそれがかえって彼女の警戒を解く事に役立った。
多少なりとも人間と共に暮らしていたので、彼らがどういう風な生き物なのかを知っていたのであろう。
「はい、分かりました。」
 彼女ははっきりとした口調でそう頷いた。
その動きにあわせて彼女の髪と羽飾りも僅かに揺れた。
「では彼の事を聞かせてください。」
 ザンの方も緊張をゆるめてそう尋ねた。
バーグに関するニムの話しは、族長のものとさしたる違いはなかった。
強いて挙げるなら彼の性格と過去について、少し詳しいといった程度であった。
6人の内何人かは、同じ話しを2度聞けるほど忍耐力を持っていなかった。
それぞれにニムに見えないように、前の者に隠れて欠伸を押し殺す始末であった。
 ただ話しの最後にニムは逆に変な質問を6人に聞いた。
「貴方達は人間ですよね?」
 その質問に一瞬あっけに取られた6人であったが、とりあえずザンは頷いた。
「ええ、一応。」
 その後ろでエルフィーネやジルは、自分は違うと呟いていたが。
ロッキッキーもそう呟いていたが、彼の場合パーティーの誰もが人間だと思っていたし、外見的にも人間に見えるので、たとえ人間ではなくても問題はないと言える。
 彼らの答えを聞いた後、彼女はしばらく迷っていたが、やがて思いきったように彼らへと口を開いた。
「私‥‥実はバーグの残した遺言状を預かっています。」
 彼女の迷いは6人の滑稽な表情となって報われた。
「本当?!」
 自分の感情を率直に現したのはエルフィーネである。
実際他の5人の誰しもが、多かれ少なかれ驚きを感じていた。
「はい、本当です。彼の死の瀬戸際に、いつか人間に渡してくれと頼まれていたのです。でも彼の形見のように思えて手放せなかったのです。」
 彼女の思いはきっと正当なものであろう。
しかしバーグもバーグである。
ここに来る人間など、もし彼らがこなければ100年はいなかったであろうし、それくらいは分かりそうなものである。
それともそんな考えを凌ぐほどに望郷の念が強かったのか。
「それを見せて貰いたいのう。」
 ジルはバーグの遺言に、自分が該当してない事にまったく触れずにそう呟いた。
だがニムは意外にも首を横に振った。
「今はお見せする事は出来ません。ただ私の依頼を受けてくれるなら、その報酬としてお渡しします。」
 彼女の表情はかなり切羽詰まっていた。
「それは聞いてからだな。」
 かなりの美女が依頼しているのに、ロッキッキーはきわめて冷静にそう答えた。
きっと下半身が気に入らないのであろう。
「はい。じつは私たちが保管していたこの島のケンタウロスの宝である魔法の剣が、何者かによって盗まれてしまったのです。私たちはお互いの部族を疑い合い、島全体が二つに別れてしまったのです。今の所、私達には”緑の風”族と”斑尾”族が味方に着いてくれています。残る2部族は連合して私達に敵対しています。お互いにこの島の支配権を握るために、相手が剣を隠しているのではないかと疑っているのです。でも絶対に私たちはそんな事をしません。なぜならばその剣は単なる宝物ではなく、私達の社会においても非常に重要なものなのですから。」
 ニムの話とは大体このようなものであった。
 ただ彼女は犯人はケンタウロスではないと強調した。
「そこで貴方達に、疾風の剣と犯人を捜して貰いたいのです。」
 ここで6人の頭のなかで、”斑尾”、”緑の風”族での忠告、各部族の慌ただしさがこのためであった事がようやく理解できた。
「それでなのか。ケンタウロス達が俺達に立ち去った方が良いって忠告したのは。」
 それを言葉にしたのはルーズであった。
しかし宝が盗まれたとは、ケンタウロス達も他の種族には言えないだろう。
だから原因については教えてもらえなかったのだ。
「あの、引き受けて貰えますか?」
 訴えるような瞳でニムは6人を見た。
「とりあえず現場を見てみてえな。」
 即答を避け、ロッキッキーはニムにそう言った。
「はい分かりました。」
 ニムは6人を宝剣の保管されていた海辺の洞窟へと案内していった。

 ケンタウロスの見張り場からさらに少し進んだ所に、その洞窟はあった。
洞窟の入り口は海に面した岩場で、海草類がびっちり岩肌に付着していてかなり滑りやすかった。
どうやら牢屋としても使われているようで、入り口には固い木で作られた格子がはめられていた。
ただ格子自体はお粗末なもので、盗賊の心得が少しでもあれば簡単に開いてしまうようなものであった。
また潮が満ちてくると洞窟の大部分は水没してしまい、かなり奥の方まで行かないと溺れてしまうとニムは彼らに教えてくれた。
「この洞窟のいちばん奥に祭壇が創られていて、そこに宝剣は納められていました。」
 ニムは格子の鍵を外し、6人を中の方まで案内していった。
途中ロッキッキーは鋭い観察の目を辺りに光らせていたが、不意に天井にちょっとした割れ目がある事に気付いた。
「よう、ニムさんよ。あの割れ目は上まで続いているのかい?」
 ニムはロッキッキーの示した方を見、そして頷いた。
「はいそうですけど‥‥。」
 ニムはそう答えたが、彼女はその割れ目の事は知っていたので驚きはなかった。
− 壁には‥這ったような後か‥‥。
 ロッキッキーはそれ以上なにも言わなかった。
やがてニムと6人は洞窟のいちばん奥にたどり着いた。
確かにそこには剣を納めてあったらしい祭壇があった。
誰かがよく来るのか、祭壇はかなり手入れされていた。
「ここに宝剣は納められていました。」
 ニムはそういって、祭壇を指し示した。
彼らはそれを見るがロッキッキーだけは、壁や天井に気を取られていた。
ここにも先ほどと同じように、何かが這ったような後があるのである。
「その剣ってどんな剣なの?」
 戦士らしくソアラがそうニムへと尋ねた。
「はい。疾風の剣と呼ばれる刃が青く塗られたグレートソードです。これはこの島のケンタウロスのリーダーの印として用いられます。その昔にケンタウロスの伝説の英雄、ディルファスの所持品であったそうです。」
 ニムは簡潔に疾風の剣の事を説明した。
魔法の剣らしいのでソアラは欲しいと思ったが、くれるはずもないのでなにも言わずただ頷いただけであった。
「あの、それで私の依頼引き受けて貰えますか?」
 ニムはもう一度そう尋ねた。
6人はしばし小声で相談し合っていたがバーグの遺言状とやらも気になるので、結局依頼を受ける事になった。
「分かりました。受けましょう。」
 6人を代表してザンがそう言った。
「本当ですか!ありがとうございます。」
 ニムは笑顔を見せてそうお礼を述べた。
早速6人は洞窟内を調べる事から始めた。
ここでようやくロッキッキーが、壁に残っている痕跡について口を開いた。
「さっきから気になっていたんだけどよ、壁や天井に這ったような後があるんだよな。割れ目からずっと。」
 そのロッキッキーの指摘に、他の5人はぐっと目を凝らして壁や天井を見る。
確かに彼の言うとおりその後は見受けられるが、それがどうして天井にあるのかが分からなかった。
「でっかいやもりでもいるのかしらね。」
 冗談とも本気ともつかない口調で、エルフィーネはそう呟いた。
「多分侵入者のものだと思うが‥‥。」
 エルフィーネの言葉に、ソアラが真面目くさったような表情でそう言った。
「分・か・っ・て・ま・す!!」
 ソアラにそう言われた事に腹をたて、エルフィーネは力を込めてそう言い返した。
「とりあえず上に行ってみんかの?」
 ここでは収穫がないとみたジルはそう言って、ずんずんと今来た道を引き返していった。
5人とニムは慌てて気まぐれなドワーフの後を追った。

 6人とニムは、割れ目の岩場の出口の所へと場所を移した。
下の様子からどうやら侵入者はここから入ったと予想されるが、あまり手がかりは残されていなかった。
そして割れ目は人間では入るのが不可能なほどに狭く、いいとこグラスランナーの子供が入れるかどうかであった。
とりあえず割れ目の中を調べるためにエムを使おうかとも考えたが、大した情報は得られそうもないので実行に移す事はなかった。
早くも完全に手詰まりのようであった。
 どうすべきか悩む人間達を見て、エムは不意に口を開いた。
「そうだ。大賢者様の所へ行ってみてはどうでしょうか?もしかしたら力になってくれるかも知れません。」
 そんな事も聞いたかなあという程度しか、彼らはその大賢者のことを覚えていなかった。
「その大賢者ってどういう人なの?」
 少し不敬な言い方かも知れないが、ルーズはニムにそう尋ねた。
「この島の中央の岩山、ペリトン山に住んでおられる老ケンタウロスのことです。力のある魔法使いですが、俗世界とは縁を切って一人で暮らしているそうです。しかし、ケンタウロス全体に関わる問題なら力を貸してくれるかも知れません。ただし、頼みに来た者の誠意を確かめるため、知恵と心の二つの試練を課すそうです。」
 どうやら6人は、ニムの助言通りそこに行くしかないようである。
彼らはニムにペリトン山までの道を聞くと、すぐに東へと旅立つ事にした。

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