SW6-2(後編)

SWリプレイ小説Vol.6-2(後編)

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ペリトン山まではおよそ3日の旅であった。
ニムに教えて貰ったルートは他の部族と接しないものであったので、ケンタウロスに遭遇する事もなく山の麓へとたどり着いた。
山自体はニムが言っていたように、ほとんど緑の見られないごつごつとした岩山であった。
教えられた通りに岩山の道を登る6人であった。
道は始めは登りやすい一本道であったのが、だんだんと急になり登りづらくなっていった。
4時間ほど登ったところで、彼らは分かれ道にぶつかった。
 6人はとりあえず足を止めて左右の分かれ道を見る。
そのどちらにも信じ難い事にアイアンゴーレムが行く手を塞いでいた。
とりあえず見ている分には害はなさそうだが、脇を通ろうとしたときははたしてどうであろうか。
6人がどうしようか迷っているとき、何処からきたのか一羽のオウムが飛んできた。
オウムは6人の上空をぐるぐると回りながら、誰かに教え込まれたのであろうか同じ言葉を繰り返し発した。
「シレン、シレン、セキバン、セキバン、モンダイ、タダシイミチ、エラベ。」
 6人がオウムに言われて分かれ道を見ると、確かに分かれ道の中間に当たる岩に石版がはめ込めてあるのがわかった。
先ほどはアイアンゴーレムに目がいっていたので、気がつかなかったのだろう。
石版には共通語でこう書かれていた。
『一つの鉄の像は真実のみを答える 一つの鉄の像は虚偽のみを答える 問うは一度のみ 答うは一つの像のみ 答うはただ諾と否のみ されば、尋ねよ 真実の道は真実の像のみが知る』
 ありがちな問題に真っ先に答を思いついたのは、なんとエルフィーネであった。
彼女はつかつかと左のアイアンゴーレムに近付くと、後ろを指さして口を開いた。
「私の問いに答えて。麓に行くにはこの指さす方向でいいの?」
 ゴーレムは少し考えた後、その重たげな口を動かした。
『是。』
 アイアンゴーレムの声は、腹に響くような重低音であった。
そして問いに答えた後、ゴーレムはその巨体を道の脇へとずらした。
ほぼ同時刻に隣の道のアイアンゴーレムもその巨体を動かした。
「おーい。こっちが当たりだよーーー。」
      エルフィーネは両手を振って仲間を呼んだ。
5人もバラバラとエルフィーネの所に集まる。
「えへへーー。すごいでしょ。」
 真の道を当てたという自信から、エルフィーネは胸を張ってそう言った。
だがその彼女を馬鹿にするようにジルが呟いた。
「別にそんな難しい事ではなくても、”1たす1は2か”で良かったのではないかの?」
 そのジルの言葉にエルフィーネの表情は喜から怒へと変化した。
「何ですって?!」
 半分泣きそうになりながら、無謀にもドワーフに殴りかかろうとするエルフィーネを、ロッキッキーとソアラが必死になってなだめようとする。
ジルはふんと鼻で息をすると、マトックを担ぎ直しとっとと道を登りはじめた。
その後をザン、ルーズ、ロッキッキー、ソアラ、そしてエルフィーネの順に登っていった。

 6人が登る山道は、しばらくすると尾根の上へと出た。
道の両側は切り立った崖になっていて、落ちれば到底助かりそうにないほどであった。
道幅はおよそ3メートルで、ふつうに歩くのならさしたる支障はありそうになかった。
ただ風だけが驚異になるであろうが、幸いにも今は無風であった。
「今の内だね。」
 確かにルーズの言うように、風の吹いていない今の内に進んだ方がいいだろう。
6人は慎重にその道を進んでいった。
 しばらく歩いていると、不意に雲が切れて日の光が6人を照らし、一瞬目をくらませた。
それから立ち直った6人の視界には、決してこんな所にいるはずの無い者が映った。
なんと4才ぐらいの少女が、道の上で膝を抱えて泣いているのだ。
あまりに不自然なので一瞬罠かとも考えたが、どうもそうではないようだ。
「ねえどうしたの?」
「どうしてそんな所にいるんだい?」
 最初彼らは遠くからその少女に話しかけていたが、少女は反応せずただしくしくと泣いているだけであった。
「ちょっくら見てくらあ。」
 業を煮やしたのか、それともかわいそうに思ったのかロッキッキーがゆっくりと少女に近付いていった。
ロッキッキーがあと1、2歩で少女の前にたどり着くというその時、突然地震が6人とその少女を襲った。
前方の道が割れ、さらに後方の道は崩れ落ちていった。
このままそこに留まれば、自分一人は助かる、と6人はそれぞれに信じ込んだ。
だが彼らはそれよりもなんとかして仲間を助けようと試みたのだ。
 エルフィーネ、ソアラ、ロッキッキーは何とか仲間を助けようと、自分が落ちるか落ちないかの所まで行き仲間に手を伸ばした。
ジルは一人でも多くの仲間を助けようと、投網を落ちゆく仲間に打った。
ルーズとザンは魔法の力によって仲間を助けようとした。
その瞬間、全ての者は白い光に包まれ気を失った。
 6人はすぐに目覚めた。
道は崩れてなどいず、また少女は何処にもいなかった。
仲間も全てそこにいた。
そう、彼らは心を試されたのだ。
そして全員が無事なところを見ると、どうやらその試練もクリアしたようである。
 6人は山頂を目指して再び進んでいった。

 山道を行く彼らの前に、何かの遺跡のようなものが現れた。
その形からどうやら古代王国の魔術師の遺跡のようであった。
登る者を試すという2つの試練は、この遺跡に残る魔法を利用して作られたようであった。
 彼らがその遺跡に近付いていくと、まるで出迎えるように一人の老ケンタウロスが姿を見せた。
その老ケンタウロスは白い髭を胸までたらしており、いかにも偏屈な老人に見えた。
彼の肩には先ほど分かれ道でみたオウムがとまっていた。
「貴方がケンタウロスの大賢者ですか?」
 老ケンタウロスの近くまでいったソアラがそう尋ねた。
「いかにも。儂が大賢者、アルタイスじゃ。しかしよく試練を乗り越えたのう。してこのアルタイスに何用じゃ。」
 アルタイスはどうやら久方ぶりの客が同種族ではない事に興味を覚えたようだ。
「はい、実は私達に力を貸していただきたいのです。」
 ザンがそう言って彼にこれまでの事を話した。
アルタイスは頷きながら聞いていたが、この山を降りてケンタウロス達の争いを調停してくれないかという彼らの頼みには首を横に振った。
「なぜです?この島のケンタウロスの危機なのですよ?」
 ザンには理解し得なかった。
自らの種族のための提案を拒否するという事が。
「何も好きで拒否しとるわけではない。よく聞くのじゃ、儂は今年で生まれいでてより200年になる。」
 ザンの嫌悪を感じたアルタイスは、自己弁護のために口を開いた。
「と言うことは200歳?」
 そしてその年にエルフィーネを除く5人は驚いたようだ。
「さよう。普通のケンタウロスならば到底到達できる年齢ではないが、この山頂に漂う特殊な霊気を摂取する事によって、儂は長寿を保っているのだ。しかしこの山頂を離れると、その効果は消滅し、儂は瞬く間に老化して本来あるべき姿へと戻ってしまうのじゃ。」
 老ケンタウロスは自嘲気味に笑った。
そうまでして生にしがみつく自分を笑ったのだろうか、それともそこまでして寿命を伸ばしているのに目の前にいるエルフにはなお及ばぬ事を笑ったのだろうか。
もっともこれをエルフィーネが聞いたら、私はまだ190歳よ、おじさん、ときっと反論したであろう。
どちらも人間には到底かなわぬ年齢ではあるが。
「じゃあ、協力はして貰えねぇのか?」
 ここまで来させといて、というような態度でロッキッキーはそう言った。
もっともアルタイスの方にしてみれば、儂が頼んで来てもらった訳ではないと思っているであろう。
「そうは言っとらん。ここで出来るだけの協力はする。」
 アルタイスは少しむっとしながらも、そう答えた。
いまやこの島のケンタウロスの命運は、この者達にかかっているのだから。
「でもどうやって?」
 ルーズの方が今度はそう言う疑問をぶつけた。
「”疾風の剣”の場所を知りたいのであろう?待っておれ。今捜してやろう。」
『ロケーション』
 こういう輩には実際に見せた方がいいと考えたのか、アルタイスはハイ・エンシェントで呪文を唱えた。
 現物を良く知っている彼ならばの事であろう。
少なくともこれで6人の方は彼を、協力してくれないと非難する事が出来なくなった。
しばらく目を閉じて精神を集中させていたが、やがてゆっくりと瞳を開いた。
「なるほど、そんなところにあったか。」
「見つかったのですか?」
 ザンは先ほどの嫌悪感はどこえやら、思わずそう叫んでしまった。
「ああ。
いいかお主ら、良く聞くのじゃ。この山頂を真っ直ぐ南に下った麓あたりに、疾風の剣はある。恐らくは”底なしのほら穴”と呼ばれる場所であろう。」
 おおよその距離と方向から、アルタイスは大まかな場所までを言った。
だが当然6人にはどの辺の事なのかさっぱり分からなかった。
「底なしのほら穴‥か?」
 ルーズのその頼りなげな言葉に心配になったのか、彼は一つの提案をした。
「道案内として儂の使い魔であるパルを案内につけよう。」
 この提案を聞いて彼らはほっとした。
これでともかくもそのほら穴まではすぐにたどり着けるであろう。
「話は変わるのじゃが、ここは何の遺跡なのじゃ?」
 ジルは不意にこの場所について興味を持ったようだ。
「ここは古代王国時代の魔術師の別荘の一つでのう。名はサイロスというのじゃが、儂はその魔術師の研究をしているのじゃよ。そのサイロスという魔術師は、”支配の仮面”などを創ったらしいんじゃ。」
 その事を話すときのアルタイスは、非常に目を輝かせていた。
自分の趣味の事を話すとき、人はなんと生き生きとするのだろうか。
だが彼はその事を長々と話すときではない事を、充分に理解していた。
「さあ、ゆくが良い。帰りは試練は無いからのう。」
 こうしてオウムを加えて6人と2匹になった彼らは、南の”底なしのほら穴”を目指して今来た道を下ってゆくのであった。

 アルタイスが教えた”底なしのほら穴”は、ペリトン山の西側の麓付近にあった。
山頂からはそう幾らでもない距離であった。
穴は深い森に覆われており、見たところすり鉢状に開いていた。
穴の壁面まで木々が生い茂り、蔦なども穴の中へ垂れ下がっていた。
淵は長い草で覆われる始末で、どこからが穴か分からず、うかつに近付いたら足をすべらせて転落する危険もある。
この辺りは木々の葉に日光が遮られて昼でも薄暗く、かなり不気味な雰囲気であった。
穴の半径はおよそ10メートルと言ったところであろうか。
岩の出っ張りや張り出した木々に隠されて、底の方まではよく見渡せなかった。
もしかしたらその名の通り、底なしなのかも知れなかった。
だが実際はどうやらそんなには深くなさそうで、木々の木の葉の合間からちらちらと底のものであろう砂地が見えていた。
淵にはかなり蔦が生えており、それを伝って降りても行けそうであった。
6人は注意深げに穴の底の方を見ていたが、やはり何かを見つけたのはジルであった。
「底の砂地の横に、何か埋め戻したような‥‥横穴かの、あれは。」
 ジルはそう言って穴の淵の一方向を示すが、当然見えるわけもなかった。
そしてどうやらこの穴の底には、疾風の剣はなさそうだという事も分かった。
 とりあえず進めそうだとは分かったので、誰かが降りてその埋め戻された穴とやらを確かめなければならない。
ここで問題となるのは、やはり誰が降りるかであろう。
「私絶対に嫌だからね。絶対にアント・ライオンがいそうだもの。」
 エルフィーネは蟻地獄の真似をしながら、そう言った。
確かに下は砂地であるので、その確率は大きい。
しかしエルフィーネはその危険がなくても一番最初には降りないので、彼女の反対はさしたる問題にはならなかった。
結局防御力を取って、ジルとソアラが行く事になった。
この二人なら下で何があっても何とかなるであろう、という理由で。
ついでにザンはエムもついて行かせる事にしたようだ。
 で次に問題となるのはどうやって降りるかであった。
ソアラとエムは蔦を伝うとしても、よもやドワーフと鎧を支えられるほどの強さは蔦にはないであろう。
 議論の末、ジルにロ−プを結び付け、上に残る者が蔦にあまり負担のかからぬように降ろしていく、という事になった。
「では、ゆくぞ。」
 とりあえずできるだけ荷物を置いたジルは、ロ−プの結び目をもう一度確かめるとゆっくりと下に降ろされていった。
 その後を肩にエムを乗せたソアラが蔦を伝って降りていく。
穴はそれほど深くなく20メートルほどしかなかったが、それでも上でジルを支えている男3人に取ってはかなり距離があった。
それ故、始めはアント・ライオンがいると困るので、吊るしたまま穴を掘る事になっていたが、ジルがさて穴を掘ろうとしたとき、どんと砂地の上に降りてしまったのだ。
 そしてその振動を長い間今か今かと待ち受けていた砂中の狩人は、彼らの目の前に躍りでたのであった。
「うお!」
 何かが現れた瞬間に砂を浴びせられたジルとソアラは、思わず呻き声をあげてしまった。
エルフィーネの予測通り、やはり現れたのはジャイアント・アントライオンであった。
しかしかなり小さいので、恐らく生まれて間もないものであろう。
ただしその脅威は変わらないのだが。
すぐにソアラも砂の上へと降り立ち、まさに二人は生死をかけた戦いが始まった。
なにせアントライオンに捕まったらちゅうちゅうと体液を吸われてしまうのだから、二人に取ってはたまったものではない。
それだけに彼らは真剣であった。
 この戦いの勝敗を決めたのは、意外にも穴の上にいたザンとエルフィーネであった。
2人の魔法攻撃によってアントライオンは、食事にありつく事無くその生命を終えた。
危険が去った事を確認してようやく上にいた4人も、思い思いに蔦を伝って穴の底へと降りていった。
 4人が降り立ったとき、すでに埋められていた横穴はジルの手で掘り返されていた。
穴の大きさはおよそ縦横4メートルほど、彼らが進むには充分な大きさであった。
「どうやらこの中のようですね。」
 ザンは暗闇に包まれている横穴を見ながらそう言った。
アルタイスの家からここまで来るのに、彼らはそう時間を費やしてはいない。
またこの底なしのほら穴の辺りには、木々が茂るだけで剣がありそうな所はなかった。
「そうじゃな。」
 ジルもそう相づちを打った。
「なら行こう。」
 ソアラはそう言って横穴を示した。
クリスタルドゥームの事もあり、ケンタウロス達の戦争の事もあって、ともかくも彼らにはあまり時間がないのだ。
 エルフィーネとルーズが灯を灯した後、彼らは横穴へと入り込んでいった。

 彼らは穴の中を2列に並んで進んでいった。
洞窟のなかはどうやら通路になっており、奥の方へかなり延びているようであった。
しかもどうやら自然に出来たものでなく、何者かによって作られたものらしかった。
それは横穴が塞がれていた点でも同様の事が導き出せるであろう。
エルフィーネの松明とルーズのランタンの灯を頼りに進んでいく彼らであったが、やがて分かれ道へとぶつかった。
「どちらに行こうか?」
 先頭のソアラが隣のジルへとそう尋ねた。
「左じゃ。」
 どうやらジルは分かれ道は左に行く事にしているらしい。
たいして考えもせずそうソアラへと答えた。
「O.K.、左ね。」
 ソアラがそう言って左に進もうとした矢先、左の通路の奥から何やら見慣れたものがものすごい勢いで近寄ってきていた。
「蟻?!」
 ソアラは一瞬ぎょっとした。
「う゛そ゛?!ちょっと大きいよ。」
 エルフィーネの悲鳴に近い叫び声の通り、確かに蟻ではあるのだが体長が2メートル前後はありそうなのだ。
一匹でもおぞましいのになんと3匹もいっぺんに現れたのだ。
しかも蟻達はどうやら巣に入ってきた侵入者を餌にしようとしたらしく、有無を言わさず襲いかかってきた。
 蟻との戦いはそれほど長時間におよんだ訳ではなかった。
いくらでかいと言っても所詮は蟻である。
弱点、つまり腹部が無防備なのだ。
彼らが蟻をその剣のもとに倒したとき、辺りには蟻酸のせいであろうか酢の臭いが立ちこめていた。
「ところでさ、やっぱり今の奴らこれに集まったのかな?」
 ルーズがランタンをこつこつと叩きながらそう言った。
確かに昆虫なのだから灯かりに寄ったとも考えられるが、彼らは蟻の巣の中に入り込んでいるのである。
灯を消しても遭遇の確率は下がるが、暗闇の中では不意打ちの確率が上がる。
どっちみち、彼らの危険度は変わらないのである。
「そうかも知れねぇけどよ、まさか消す訳にもいかねえからな。」
 ロッキッキーは隣のルーズに対してそう言った。
この中で暗闇でも完全に動けるのはジルだけなのだ。
その他はエルフィーネが、おぼろげながら見えるだけなのである。
「人間とは不便じゃな。」
 前にも言った事をジルはもう一度言った。
「まあな。」
 それを聞いたソアラは軽く受け流す。
「さあ、行きましょう。左でしたね。」
 6人は蟻の襲撃によって中断された歩みを、再び進めはじめた。

 途中何度か蟻の襲撃はあったもののその度に撃退して、彼らはようやく少し広い場所にたどり着いた。
どうやら通路の中継点らしく、ここで五つの通路が交わっていた。
さすがにこれだけあると、何処をどう行けばいいのか分からなくなってしまった。
蟻が作ったものだからかなり無秩序であるわけで、地図など作ってもほとんど役にはたたないであろう。
 しかしここでもジルは一番左の通路に行くと言った。
確かにどちらかの手を迷路の壁につけて歩く事は、時間はかかるものの絶対に出口にたどり着けるやり方である。
ただし彼の場合はもはや信念に近いほど、”分かれた通路は左”と思っているらしい。
もっとも誰も反対せず、しかも当たってしまうのだから、結果論として彼の信念は正しいと言わざるを得ないのだが。
 しかしここでの彼の信念は、洞窟の行き止まりとなって示された。
どうやらまだ掘っている最中の通路らしかった。
「行き止まりか。」
 しかしジルは何事もなかったように呟くと、さっさとさっきの場所まで戻ってしまった。
残ったエルフィーネ達も一度肩をすくめると、彼の後を追った。
これでこりるかと思いきや、ドワーフの神経はそれほど繊細ではなかった。
次に彼が選んだ通路は、なんと左から2番目の通路だったのだ。
そしてどうやらこの通路は当たりだったようだ。
10メートルも進まない内に、一つの大きな部屋に彼らはたどり着いたのだ。
そしてそこには気持ち悪いほどの大きな腹を持った蟻と、彼らが今まであった蟻よりも屈強そうな蟻が待ちかまえていた。
彼らはまず女王蟻を見て度肝を向かれた。
ある程度の事は予想していたが、なにせ10メートルもの巨体である。
驚くなと言う方が無理なのだ。
 そして3匹のジャイアント・アントが、彼らに襲いかかってきた事で戦闘は始まった。
今回の戦闘では珍しくエルフィーネが張り切っていた。
蟻に”スネア”をかけたり、珍しく死にそうになったジルにヒーリングをかけたりしてである。
もっともスネアに関しては、せっかく彼女が転ばした蟻を狙ったロッキッキーが何を思ったのか攻撃を外して何にもならなかったのであるが。
 戦闘に置いてあと特記すべき事は、ザンは実は女王蟻に好かれていたと言う事であろう。
女王蟻は何度かその腹部の先端から粘液状の物質を出し、6人を絡め取ろうとしたが、なんと7回の内5回がザンに向けられたものだったのだ。
ロッキッキーは蜘蛛に好かれたと言うが、ザンは蟻に好かれるのであろうか。
 苦戦を強いられた戦いはロッキッキーの一撃で、終わりを告げた。
女王蟻は腹部から体液をまき散らしつつうごめいていたが、やがて息絶えた。
こう書けば何やらロッキッキーが活躍をしたように見えるが、事実は最後の美味しいところを持っていったにすぎない。
しかもこれが全てと言っていいほど、今回の戦闘は活躍をしていなかった。
 ようやく戦闘が終わり、女王蟻の巨体が地に伏した事によって、彼らはその奥の通路を見つける事が出来た。
「この奥か?」
 最初に穴を見つけたルーズは入り口の所でしゃがみ込み、ランタンで奥の方を照らそうとするが、その程度では何があるのか分からなかった。
分かったのは、奥の方が部屋になっているらしいという程度である。
「ロッキッキー、向こう見てきてよ。」
 例によってエルフィーネは穴の向こうを指し示してそう言った。
彼女の手にはもう松明はない。
彼女自身女王蟻に絡め取られたりして、その糸を燃やすさいに分泌物がついて結局消えてしまったのだ。
「分かったよ。」
 最近は素直になったようで、彼は荷物をルーズに渡すと、再度つけた松明とレイピアを持って穴の奥へと入っていった。
 穴の向こうはそれほど大きくはない部屋になっていた。
見たところ彼が入ってきたところ以外に出入口はなく、注意は部屋の中だけに向けられていれば良い。
 部屋の中にはジャイアント・アントがどこから引っ張ってきたのか、正体不明の雑多な物が積み上げられていた。
どうやら食料貯蔵庫であるらしいが、金属質の物が多いのに彼は気がついた。
− さっきの蟻ども、堅えと思ったが、なるほど金属を喰ってたのか。
 そう考えれば納得のいくことである。
− さて、とりあえず物色するかな。
 ロッキッキーはそう思い、その小山を捜しはじめるが、疾風の剣は思いのほか早く見つかった。
どうやら最近拾ってきたらしくて、小山の裏側の頂上付近に無造作に置いてあったのだ。
さらに彼は感の任すとおりに物色し、500ガメル程度の銀貨や安っぽい宝石を捜しだしたのである。
 15分ほどでロッキッキーは仲間の所へと戻ってきた。
5人の方はあまりに時間がかかるのでもしやなにかあったのではと思い、部屋に突入しようかと考えていたところだった。
「のろまーー。なにやってたのよ。」
 薄汚れたロッキッキーを見て、最初に口を開いたのはエルフィーネである。
もっとも彼女に口から慰労の言葉が出るわけもなく、悪態にロッキッキーは出迎えられた。
「わりい、ちょっと見つかんなくてな。」
 ロッキッキーはそう言って、刃が青く塗られたグレートソードを見せた。
「これがそうなの?」
 剣に疎い彼女が見ても、それは単なる趣味の悪い剣でしかなかった。
ここで剣の価値が分かるのはジルかソアラであろう。
宝物としての価値ならば、ルーズにも分かるかも知れないが。
「そうみてぇだな。ジルよぉ、この剣を見てくれねぇか。」
 ロッキッキーは剣を鞘に戻すと、ジルへと渡した。
「うむ。」
 剣を受け取ったジルは鞘から剣を抜いてしばらく眺めていたが、やがて何か分かったようだ。
剣を鞘に戻すとロッキッキーの方を見た。
「たしかに疾風の剣に間違いないようじゃな。かなり高品質の剣らしいのう。あとなにやら魔法がかかっておるわい。」
 ジルは分かった事を告げたが、見れば誰にでもおおよそ分かりそうな事で、何もかしこまって言うほどの事でもなかった。
「さて、ニムの所に行きましょうか。」
 6人と2匹は、外を目指すために女王蟻の部屋から出ていった。

 外に出てパルと別れた彼らは行きと同じルートを使って、”黒きたてがみ”族の野営地へと向かった。
 ジャイアント・アントの巣でそれほど時間を浪費したとも思えないが、速く着く事にこした事はないからである。
 帰りの行程は行きに一度通っているからか、2日半弱ほどで野営地に戻る事が出来た。
とりあえず6人は族長の所に返しに行く前に、ニムの所を尋ねた。
今までの事情を話しそして”疾風の剣”を渡すと、彼女はとても喜んでくれた。
「これで戦いは回避されるね。」
 エルフィーネも嬉しそうに言った。
何が嬉しいのかと聞かれても、多分彼女は答えないだろう。
彼女の感じた嬉しさは、彼女の性格から言えば照れくさいものであったからだ。
だがエルフィーネの言葉を聞いたとたんに、ニムの表情は反転した。
「いいえ。まだです。」
 彼女は首をゆっくりと横に振りつつそう言った。
「どうして?剣は戻ってきたじゃん?」
 ルーズはニムが持つ剣を示してそう言った。
「はい、剣は戻ってきました。けれども犯人が捕まっていません。犯人を捕まえなければ、きっと双方の疑いは消えないと思うのです。」
 ニムの言い分にも説得力があった。
犯人が捕まってなければ”黒きたてがみ”族にしてみれば、隠していたのはきっと”岩を割る蹄”族か”夢見る瞳”族だと思うだろうし、相手にしてもそうだろう。
要するにこじれた関係は、なかなかにして修復が難しいのである。
「分かりました。犯人を捜しましょう。」
 ザンはエムを肩に乗せたままの格好でそう言った。
彼らにしてみても、いくら他種族とはいえ戦争は回避して貰いたかった。
「お願いします。それから、前にも言いましたが、盗んだのは絶対にケンタウロスではありません。あそこには見張りがいますし、それに宝剣を捨てるなんてことは、絶対に出来ません。」
 ニムは頭を下げた後そう言った。
始めは彼女が仲間をかばっていると思ったが、実際はそうではない。
ケンタウロスや人間ほどの大きさの者が宝剣を盗もうとした場合、どうしても洞窟の入り口から入らなければならない。
格子の鍵を開けて剣を盗むことはそれほど難しいことではない。
しかし洞窟にはいる前と後、常時いる見張りの目をどうやって盗むのであろうか。
そして壁や天井の這いずった跡、そして岩場の割れ目。
全てはある一つの種族を示しているのではないのか。
「グラスランナー‥‥。」
 無意識にロッキッキーはそう呟いた。
恐らく他の5人も、ニムさえをそう思っていたであろう。
「港へと戻るべぇ。確かあそこにグラスランナーがいたわけだ。」
 ロッキッキーは自分の呟きによって、この島で唯一グラスランナーに会った場所を思いだした。
「そうじゃの、何か知っておるかもしれんしの。」
 彼らはすぐに港へと行くべく野営地を後にした。

 港のグラスランナーから、リュイスという名のグラスランナーが疾風の剣にひどく興味を持っていた事を聞いた6人は、今度はグラスランナーのたまり場である泉へと向かった。
 泉は”斑尾”族と”緑の風”族の丁度境界付近に位置していた。
そこにはかなりの多くのグラスランナーが集まって、情報の交換、悪く言えばほらのふきあいをしていた。
6人はその内の一人を捕まえて、リュイスの事を尋ねた。
グラスランナーはいくらかのお礼を要求してそれが満たされると、ぺらぺらと自分の知っている事を喋りはじめた。
「今から2週間ぐらい前かな、ええとね、そう丁度ケンタウロス達が何やらもめ事をはじめた頃にね、リュイスの奴、ここに来てさ何やらすごい事をやったって自慢してたよ。なんか誰も見た事の無い物を手にいれたって言ってた。でもいくら聞いてもにやにや笑うだけで、何にも答えないんだよね。でもさ、しばらくしてケンタウロスが戦いの準備をしているって教えたら、何やらおびえたようになってさ、それ以来ここに来ていないよ。」
 どうやらこのグラスランナーはリュイスの知り合いのようであった。
もっともグラスランナーほど人見知りしない部族も珍しいくらいで、ここにいる大半の者がお互いに知り合いであろう。
「そうか‥‥。やはりな。」
 話を聞いていたソアラがそうもらしたのを、彼は聞き逃さなかった。
「ねえねえ、リュイスの奴何かやったのかい?だってあんなほらふきで卑怯者のこと聞くなんてさ、何かあったとしか考えられないよ。それとも本当にあいつがすごい宝物を手にいれて、あんた達はそれを奪いに行くのかい?」
 そのグラスランナーは自分の興味を満たそうと次々とソアラに質問を浴びせ、彼を閉口させてしまった。
「さーな、どーだと思う?」
 そのソアラを助けるために、後ろで見ていたロッキッキーがそう切り返した。
「そうだね、分かんないよ。」
 グラスランナーはにこにこしながらそう言った。
「あのさ、リュイスのねぐらを教えてもらいたいんだけどさ。」
 さらにそのロッキッキーの後ろから、エルフィーネが割り込んでくる。
「わかった。でもいるかなあいつ。」
 こうして6人は、彼からリュイスがねぐらとしている洞窟の場所を聞き出した。

 6人は教えてもらった通りに泉より西へ向かっていた。
半日ほど歩くと、ようやくそれらしき物が見えてきた。
ただしどちらかと言うと洞窟とかいう立派な物ではなく、穴蔵といった方がよいだろう。
「これかのう。」
 ジルは目の前の洞窟を示しそうソアラへと尋ねた。
やはり彼の感覚では洞窟とはもっと大きい物であった。
「たぶん。」
 ソアラの返答も頼りなかった。
とにかく6人は洞窟の中へと入っていった。
洞窟自体は5メートルも進めば終わってしまうような物であった。
しかも中は食べかすやらなにやらでとても汚く、清潔好きな人ならば思わず一日かけて掃除をしたくなるような所であった。
エルフィーネは踏み出そうとした足を地に着く寸前で止めたが、後ろのルーズに押されてしかたなく中へ入っていった。
 リュイスとおぼしきグラスランナーは、洞窟の奥で汚い毛皮にくるまっていた。
彼はかなり警戒しているようで、6人が一歩近付くと奥の壁に体をくっつけるようにして逃げだそうとした。
「おい、お前がリュイスだな。疾風の剣の事で聞きたい事があ‥‥。」
 ソアラがそう言い終えようとした瞬間、リュイスは叫び声を上げダガーを抜いて、ソアラへと突進してきた。
ソアラはうろたえる事無く体をひねり、リュイスの一撃をかわすと、手首を叩いてダガーを叩き落とした。
その手の動きに連動して足の方も動き、ダガーは瞬時に位置を洞窟の奥へと変えた。
彼は戦いではかなわないと見るや、いきなり土下座をして、命ばかりはお助けをと大声で喚きはじめた。
6人は顔を見合わせて困惑した。
どう考えてもこのリュイスというグラスランナーの行為は、尋常ではなかった。
「どうする?」
 ソアラは戸惑ってジルへと尋ねたが、彼にも分かるはずがなかった。
そんな時、後ろにいたルーズが入り口の近くにあった水桶に気付いた。
彼はそれを持つと、ざあっとリュイスの頭から水をかけた。
リュイスは一瞬惚けたが、どうやら落ちついたようだ。
「落ちついた?」
 桶を持ったままのルーズがそう尋ねると、リュイスは力無げに頷いた。
「助けてくれ、お願いだ。何でもするから。」
 リュイスは先ほどと違う口調で、同じ言葉を繰り返した。
この分ならどうやら尋問も出来そうである。
「なら俺達の問に答えられるな?」
 半ば脅すような口調でソアラはそう言った。
リュイスが頷いたのを見て、ソアラはさらに続ける。
「疾風の剣を盗んだのはお前か?」
 多少は反抗するかと思っていたが、リュイスはあっさりとそれを認めた。
「ああ、そうだ。俺が盗んだ。」
「どうしてじゃ?」
 今度はジルがそう尋ねた。
「前々から噂のケンタウロスの宝物を見てみたいと思っていたんだ。そしたらある日見知らぬ人間が来て、”黒きたてがみ”族の洞窟に案内してくれる上に、洞窟に入れてしかも安全なルートも教えてくれると言ったんだ。礼もするから忍び込んでケンタウロスの宝剣を盗んで来てくれと頼まれたんだ。自分を馬鹿にしていた仲間達を見返そうと、念入りに計画を建てて、ようやく盗んだんだよ。」
 リュイスはでたらめを言っている風には見えなかった。
逆に言えばでたらめを言えば、彼らは自分を殺すつもりでいる事をリュイスは敏感に肌で感じとっているのだろう。
「何故捨てたんだ?せっかく盗んだ物をもったいねぇ‥。」
 最後の方でロッキッキーはついぽろりと本音を出してしまった。
とたんに冷たい視線が彼に集中する。
「悪い‥‥。で、何故捨てたんだ?」
 ロッキッキーはもう一度言い直した。
「恐くなったんだよ。ケンタウロスが二つになって戦うような事態になってしまって。」
 どうやら先ほどの狂気もその辺に原因があるようだ。
いつケンタウロスが彼に気付いて殺しに来るか、心の休まる時間はなかったであろう。
「それにしても、捨てるならもっと見つけやすい所にしてくれればいいものを。」
 エルフィーネはため息混じりにいったが、おそらくこれが心底思っている事であろう。
「ようやく犯人も見つかりましたしね。さあ、彼を連れてニムの所に行きましょう。」
 ザンはいつのまにか荷物からロ−プを取り出していた。
それを見たリュイスの顔は恐怖のために引きつった。
「いやだよ!殺されてしまうよ!助けてよ!」
 リュイスはどうにかして逃げだそうと必死になって哀願するが、ザンは頑として聞き入れなかった。
「自業自得です。」
 ザンはジルとソアラに手伝ってもらって、暴れるリュイスをようやく縛り上げた。
そうして再びニムのもとへと旅立つのであった。

 剣を取り戻し、犯人を見つけた彼らは”黒いたてがみ族”に勇者として認められた。
今まで彼らと保ってきた友情は、さらに強固なものになったであろう。
この島のケンタウロスは、彼らの助けにいつでも応じることも約束してくれた。
 またリュイスについては即刻処刑という強硬な意見もあったが、あまりにそれは残酷であると6人は思ったので、なんとか命だけは救ってやってくれないかとケンタウロスに対して頼み込んだ。
彼よりもその裏で操っていたもの達の方が重罪であるとして。
少しの不満は残ったものの彼らはそれを受け入れてくれた。
 ただ罪は罪なので無罪放免とも行かず、結局鞭打ち300回という事になった。
もっとも鞭を打つのがケンタウロス屈強の戦士なので、もしかしたら死んだ方がましだったかも知れなかった。
 その日はそのまま宴会へとなだれ込んでいった。
ロッキッキーやルーズはお酌してくれる美女の下半身が馬なのを始めは気にしていたようだが、やがて見ない事に決めたようだ。
あの騒ぎようでは、明日はきっと二日酔いが待っているのであろう。
ジルもまたすごい勢いで酒を飲んでいる。
どうやらケンタウロスの酒豪と競っているようであった。
彼の辞書には、たぶん二日酔いという文字はないであろうが。
宴会の席でケンタウロスの濃い地酒を飲んでいるとき、エルフィーネはふとフォウリーの事を思いだした。
彼女がいたらきっと”黒いたてがみ”族にためられている酒は、ジルと二人で一晩で空けてしまうだろうなあと。
 ほろ酔い気分の彼女の所に、嬉しそうな表情をしたニムが現れた。
何故彼女の所に来たのかというと、他の男5人はほろ酔いを通り越しており、恐らくまともな話は出来ないと考えたのであろう。
「ニムちゃん、どうしたの?」
 いきなり口調が親しくなる辺り、彼女も酔っているとしか考えられない。
だがニムの方は気付かなかったようだ。
「はい。剣と犯人を見つけてくださってありがとうございます。これ、お約束のバーグの遺言状です。」
 ニムはそういって薄茶けた紙の束を差し出した。
「ありがとう。」
 エルフィーネはそれを受け取って、それを無造作に服の内側へといれた。
「本当にありがとうございました。今夜は楽しんでいってください。」
 ニムはそういってもう一度礼をいうと、そこから立ち去った。
向こうではルーズがニムに熱烈なラブコールをしていたので、それでであろう。
エルフィーネは自分の酒量の限界を知っていて、そしてフォウリーやジルほど自分が酒に強くもない事を知っていたので、彼女がその宴会の場より去ったのはそれほど後の事ではなかった。

 次の日、やはり二日酔いになっていないのは、エルフィーネとジルだけであった。
ジルは朝から他の4人に対し、魔法をかける始末であった。
ようやく全員が落ちついたところで、エルフィーネは昨晩ニムよりもらったバーグの遺言状を5人へと見せた。
ただしもらった当初よりはすこししわの数が増えていた。
なぜならば昨夜彼女は遺言状の事をすっかり忘れていて、胸元にいれたまま寝てしまったからである。
ザンがそれを受け取り、ゆっくりと読んでいった。
「私はバーグ、ラディアン号の乗組員であった。ここに私の遺言について記す。もしこれを読まれている方がザラスタに行くのなら、ハルダーという豪商に渡して欲しい。きっと報償をくれるであろう。ラディアン号は、ナーマ島の東沖で遭難した。その時何人かの乗組員が波にさらわれた。その乗組員の中には、ザラスタで雇われた精霊使いの青年も混じっていたようだ。もしかすると彼らはナーマ島のマーマンに救われたかも知れない。だが、これは私の希望なのかも知れない。私自身はマフォロ島の北沖で一本の丸太に頼って船を脱出した。ラディアン号はその後も海流に乗っていったはずだ。だとすれば船は地図に記載されているどの島にもたどり着けないはずだ。また、漂流中の船上での生活は苦しいものであった。とても文字では現す事は出来ない。船長の死後、リーダー代わりになったのは黒髪の青年であった。だが彼の事には多くはふれまい。また、苦しい生活と絶望的な状況から半狂乱になり自暴自棄になった者達もいた。だが彼らの事も私は記すべきではないだろう。彼らが誰であったかは問題ではないのだ。これを読みし者よ、我がラディアン号の乗組員の家族達に伝えて欲しい。乗組員達の全てが、最後には貴方達の幸せを祈り、心安らかに死んでいったと‥‥。」
 遺言状はそれで終わっていた。
最後は力つきたのか、文字はかなりかすれていた。
6人の目頭はいつのまにか熱くなっていた。
バーグは自分で記しているとおり、彼らには誰だかは分からないが、自分の家族のために幸せを祈りつつ死んでいったのであろう。
「きっと無念だったでしょうね、異境の地で死ぬ無なんて。」
 長寿を誇るエルフが死について語るなど愚かな事であろう。
なぜならば、彼らに取って死とはよほど縁の薄いものなのだから。
「次はナーマ島なのか?」
 ソアラはバーグの遺言状に出てきた島の名を呟いた。
確かにそう言う可能性もあろう、ナーマ島のマーマンは人間と仲がいいとザラスタの町のラーダ神殿の語り部は言っていた。
「でもそれにはバーグも否定的だぜ。ハルダーのおっさんじゃねぇけどよ、噂より信頼度の低い個人の希望に何十日も時間をかけるのか?」
 ロッキッキーはソアラの考えに反対した。
可能性の全てに時間をかけるほど、彼らは余裕はないのである。
しかし可能性が低いからといって、無碍にはできない。
なぜならばその可能性はダゼックという人物である可能性、しいては世界をクリスタルドゥームより救う可能性だからだ。
 やがて静かにザンが口を開いた。
「一度、ザラスタまで戻りましょう。ダーヴィスさんに報告しなければいけませんし、それにハルダーさんにこのことを伝えなければいけません。」
 ザンは手に持った遺言状をぱしっと叩いた。
6人もそれには反対しようがなかった。

 こうして彼らはケンタウロス達に見送られつつ、緑の島を去るのであった。
また近い将来、ここを訪れる事になろうとは知らずに。
 そしてマフォロ島からザラスタへと向かう彼らの船には、きっとバーグの想いという乗客が増えていたに違いなかった。

              STORY WRITTEN BY
                     Gimlet 1993
                            1993 加筆修正 

                PRESENTED BY
                   group WERE BUNNY

TO BE CONTINUED‥‥
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