マーケットリサーチ・オン・インターネット


Mar.15.1996

マーケットリサーチ・オン・インターネット
−−可能性を秘める新しい調査ツール−−

1.インターネット調査には代表性があるか
  1−1 ユーザー数の把握
  1−2 ユーザー像の把握
2.インターネット調査が持つ可能性
  2−1 調査対象への影響
  2−2 調査手法への影響
  2−3 調査内容への影響
  2−4 分析手法への影響
3.当面の動向

※オリジナル図表は掲載していません。(図表4のみ本文中に挿入)
※内容が古くなっている部分がありますが、発行時のまま掲載。

出典:日経リサーチ「NIKKEI RESEARCH REPORT」96-1、p.1-5、1996.3発行



 インターネットを活用したマーケットリサーチや世論調査はまだ実用的な段階には至っていないが、近い将来には、新しい調査ツールとして欠かせないものになるだろう。本稿では現時点での問題点を整理するとともに、どのような分野・方法で活用されていくのかについて予測を試みた。


1.インターネット調査には代表性があるか

 インターネット上のアンケート調査では、2つのサンプルバイアスを意識しなくてはならない。ひとつはインターネットに接続できる人はまだ少なく、その特性に片寄りがあること、また利用者の中でもアンケートに回答するような積極的ユーザーは限られていることである。

1−1 ユーザー数の把握

 インターネットのユーザー数は誰も把握できない。全世界のユーザー数が数千万とも言われているが、これはインターネットのホスト(インターネットに繋がるコンピュータの数)から推定してきたものである。一般的にはホストの10倍程度が推定ユーザー数とされる。
 欧米では、無作為抽出による大規模な全国調査での利用率から、ユーザー数を推定できるようになってきた。インターネットビジネスの促進を目的とした非営利コンソーシアム「コマースネット」*1 が米調査会社ニールセン社 *2 の協力で実施した調査で、北米(米国・カナダ)の成人人口の11%が利用との調査結果から、ユーザー数2400万との推計を発表。また英大手調査会社NOP社 *3 は、英国内での利用率5%との結果から、235万人との数字を発表している。【図表1】
 日本では、まだ全国規模の無作為抽出調査でユーザー数を推定した例は見当たらない。ホスト数などから企業内ユーザーなどを含めて150万人(15歳以上人口の1.5%に相当)、うち家庭での利用者は3割程度と見られるが(IDC Japan 推計)、正確なところは不明である。いずれにせよ話題の割には、欧米に比べた普及率は低いのが実態である。

1−2 ユーザー像の把握

 日本でもホームページ上に企業や団体がアンケートを置いているケースは数多くみられる。その多くはアクセスしてきた利用者プロフィールや、インターネットの利用形態の把握を目的としている。
 このタイプの調査では最大規模の日経マルチメディア誌*4「アクティブユーザー調査」 からはかなり明確なユーザー像が浮かび上がるが、同調査がわざわざ「アクティブユーザー」と断っているように、代表性という意味では限界もある。
コマースネット/ニールセン社の調査では、無作為抽出調査と同じ内容のアンケートをインターネット上でも行い、回答との違いも明らかにしている。結果をみるとプロフィール、アクセス頻度やソフト利用能力など多くの質問で結果の違いが見られる。【図表2】
 またインターネットも媒体の一つであるから、個別のホームページに関する「視聴率」や「視聴者プロフィール」の把握は欠かせない。この面では、テレビの視聴率調査のように自動的ににプロフィールをデータ収集するサービスがすでに実用化しており、広告出稿料金の設定などに利用されている。
 この分野での草分けである米インターネット・プロファイルズ(I/PRO)社 *5 は、契約顧客のサーバーのログ(アクセスしてきたユーザーのアドレスなどの記録)からアクセス元や回数を統計分析したり、属性が明らかにしている一般ユーザーを組織化して、顧客サーバーにアクセスした利用者特性を分析するサービス(最近ニールセン社と提携)を行なっている。
 こういった条件や現時点での技術的な制約を理解し、ノウハウを蓄積すれば、サンプルバイアスがあっても利用価値のある調査になる。
漠然とネット上でアンケートを行っても、得られた数字を「統計学的に」分析することはできない。ニュース番組でインターネット上のアンケート結果を世論調査として報道するケースもあるが、現時点では署名活動くらいに考えた方がよい。


2.インターネット調査が持つ可能性

 しかしこのような制約があってもなお、インターネットを活用した調査には従来の手法を越えた新しい可能性を感じることができる。マーケットリサーチへの活用について予測の一部を紹介する。

2−1 調査対象への影響

 インターネットの特性を生かした調査実施が先行する分野としては、複数の国を対象とするような国際調査や、企業を対象とする調査が有望である。
 現在海外(複数国)を対象とした調査を実施するには、かなりの手間と時間、コーディネーションが必要だが、インターネット上の調査では調査票をサーバーにいれておけば、国内調査との違いは全くない。英語を基準とし他言語版も準備しておけば、ボタン一つで対象者側が自分の読める言語版に切り替えてくれる。調査実施の告知やサンプルバイアスの問題は大きいが、従来の調査では望めないその恩恵は大きく、急速に利用が増えていくだろう。
 また企業調査の分野に与える影響も大きい。日経リサーチでは、企業を対象とした多種多様なデータや情報を毎日収集している。しかし企業のインターネット接続が当たり前になると、郵送、電話、ファクスで行っていた情報収集もインターネット経由になると想定、昨年よりURL(ホームページなどのアドレス)や電子メールアドレスの収集も開始した。当初は財務、人事データなどの収集に使われようが、近い将来、一般のビジネス調査でも利用されるようになろう。

2−2 調査手法への影響

 80年代以降、調査業界はCATI(コンピュータ利用の電話調査)やCAPI(コンピュータ利用の面接調査)、ファクスによる自動入力などコンピュータや通信機器をフィールドワークに活用する動き、すなわち装置産業化を進めてきた。
 インターネットの調査への活用はこのような動きを加速し、コストとスピードの面で革新をもたらすと考えられる。これは1)どこにでもある端末(今のところはパソコン)で、2)低コストのネットワークインフラを利用でき、3)回答者側による入力がそのままデジタルデータとして蓄積される点によるものである。
 例えばCATIを導入するには数十〜数百台の電話ブースやシステム構築などの初期投資が必要であり、調査会社間の格差もあったが、インターネット調査はほとんど初期投資がいらない。例えば全国何十箇所にもわたる来場者調査(選挙投票日の出口調査等)やCLT(会場テスト)などでの入力端末としての利用が考えられる。あらかじめ端末側のディスクに質問票を入れる必要はなく、電話回線(あるいは携帯電話)とノートパソコンさえあればよい。
 また遠隔地の回答者が自分でホストにアクセスし、回答し、データを送信するケースを考えてみると、そのリアルタイム性はもちろん、調査会社が負担してきたデータ入力コスト、郵送費などを実質的に電話代などの形で回答者側が負担していることになり、スピード、コストの両面でいかに有利なシステムであるかが理解されると思う。

2−3 調査内容への影響

 現在ホームページ上で見かけるアンケート、すなわちいくつかの選択肢からマウスで選んだり、テキストを入力する仕組みは、HTMLというプログラム言語で書かれており、アンケートに必要な質問タイプのほとんどは表現できる。【図表3】
 回答者は順番に回答を入力していき、最後に「送る」(英語なら「SUBMIT」)のボタンを押せばデータがホストに送付され、ホスト側のデータ交換プログラム(CGI)によって処理される。アドレスを記入して資料請求を依頼したり、オンラインショッピングで注文品を入力してそのデータを送るのも同じしくみである。
 現状では、従来のアンケート用紙を越える印象はないが、新しい技術によって従来の枠を越えた調査票も可能になると思われる。【図表4】

【図表4】インターネットで実現する調査票の例

1)マルチメディア・クエスチョネア 三次元動画、ビデオ映像、音声提示などが可能な調査票。写真やイラストに比べリアリティのある提示が可能
2)ハイパーリンク・クエスチョネア リンクによって回答者に必要な質問のみ回答させる仕組み。複数の調査票の組み合わせでも、回答により該当する調査(質問)に飛ぶのが容易。
3)インタラクティブ・クエスチョネア 回答者と「対話」しながら進行する調査票。回答パタンにより異なるメッセージを返し、それに対して再質問することが可能。


 特に注目されるのは、テキストだけでなく、音声や画像などを提示する質問票である。今年急速に浸透するはずの新しいプログラム言語「JAVA(ジャヴァ)」*6 を使えば、WWW上で音声やビデオ画像をリアルタイムで表示することができる。
 電話線では困難だが、ケーブルテレビ網など高速、大容量の通信回線が気軽に利用できるようになれば、アンケート画面上でテレビCMを見てもらって認知度や評価を聞いたり、動く三次元画像を利用したパッケージテストなどで活用がすすむに違いない。
 一方、ハイパーリンクやインターラクティブとは、つきつめれば「個」への対応、いわば「オーダーメイド」の質問表ができることに他ならない。これはインターネットの特性をフル活用したものである。インターネットを企業内ネットワークと一体化するいわゆる「イントラネット」が浸透してゆけば、例えばアクセスした顧客の回答パターンと顧客データベースとを連動させ、詳細なデータ収集も可能である。

2−4 分析手法への影響

 日付だけでなく、時間が情報処理の単位として重要との感覚は、電子メールのやりとりやネットワーク媒体利用のあらゆる場面で感じるものである。
 インターネット上の調査票は24時間掲示されており、回答者が答えた時点の意見や行動が連続的に把握できることで時系列の概念が拡がる。
 アンケート調査の時系列と言えば、年次かせいぜい月次というのが常識だが、インターネット調査では、日次、時次、分次分析も重要な切り口となる。いわばアンケート調査でありながらあたかもPOSデータのように扱えるのである。
 新製品発売後の浸透度を毎日トラッキングしたり、来店者・来場者などを時間別に分析するなど応用範囲は広い。望めばリアルタイムで結果をモニターすることもできるようになるだろう。

3.当面の動向

 本稿で述べたような可能性は今年確実に実現するものもあるし、新しい技術も次々に登場するので、さらに予想を越える動きがでることも考えられる。調査会社としても、サンプルバイアスを克服するための研究や、インターネット調査協力者をパネル化するなどして技術的なノウハウを積み上げる必要があるだろう。(米国での実例を次頁囲みで紹介した)
 いずれにせよ、他のインターネットビジネス同様、利用者の裾野がどのように拡大していくかに注目せざるをえない。日本でのパソコンの世帯普及率はまだ10%程度である。モデムなどにより外部ネットワークと接続できるパソコンとなるとさらに少ない。
 一般家庭にインターネットが浸透する鍵は、やはり今年発売される低価格の専用端末(バンダイ「ピピン」*7ソニーの「ソネット」*8 端末)や、ネットワーク機能に絞ったいわゆる500ドル(5万円)パソコンが握る。 また個人的に最も注目しているのは、来年には店頭に並ぶと予想されるインターネットテレビである。アンテナを繋ぐように電話回線につなぎ、あたかもチャネルの一つとしてWWWが見られるようなコンセプトのものであれば、急速に普及すると思われる。

(市場調査第3部 萩原雅之 RXE06401@niftyserve.or.jp)


copyright: Nikkei Research 1996
Back to HOME