



時として人は人と出会う。
部屋を出て、薄暗い廊下(電気ぐらいつけろよ。しかも、この廊下何だかまっすぐじゃないし。どうまっすぐじゃないって、よくわかんないんですけど、何だかねじれてる気がするんですよね。とにかくまっすぐじゃない)を突っ切り、食堂へ向かった。
食堂にはもはや人が集まっていた。そうなんですよね、一般に人ってこういうとき、早いんですよね。何ででしょうね? って、そりゃ、私がのんびりしてるからなんでしょうけど。
その皆さんに好青年ぶって「お早うございま〜す」なんて口では、さわやかに挨拶なんかしたりしながら、目で、自分の座るべき席を探していた。我がツアーが使っていいテーブルは5つだったので、みんなが無駄なく座んなきゃいけなかった。できれば、あまり歳の離れた人とは座りたくない。だって、いろいろめんどうなんだもん。
目当ての人物たちはいた。でもどうしよう名前を忘れているぞ。一人は中川君だったはずだ。もう一人は? え〜と、、、
前回、構成の関係で省略していたのだが、この二人(って、宮崎君と中川君)と、女の子たち(また後で書きます)とはすでに知り合いになっていた。
それは、初日の夕食の時。やはり座るべき席を探していて目にしたのが、唯一の若い二人連れの男の旅行客であった。「ここいいですか?」と彼らの隣の空席にさーっと座り込んだ。そこで自己紹介をしたのだった。
「垣内です」、「宮崎です」「中川です」と。ここで、普段は人の名前を覚えようとしない私にしては珍しく心の中で、二人の名前を何度も唱えた。やっぱり一人旅は不安だったのだろうか? 失礼があって、知り合いをなくしてはならないと考えたのである。
二人は、それとすぐに分かる関西のことばだった。そして、この時は「独りできたんですか?」とか、「初めてですか?」の差し障りのないことを話していたと思う。
で、その後に、やはり二人連れの若い女性が「ここいいですか?」と我々のテーブルにやってきた。皆考えることは似たり寄ったりである。女の子たちの名前はやっぱりすぐには覚えられなかった。まずは、男を覚えようとするだけで精いっぱいであった(ここには私のものすごい計算がありますね。ある種のサバイバルテクニックですね)。
でも、しっかり忘れていたのだ。なんか割とある名前だったんだけどな、、、
やっぱ聞き直せないんで、うまく名前を呼ばないように会話をした。っていっても、まだ、あまり打ち解けた感じではないので(っていっても、中川君の方はもとより無口な人だったんですけど。その時はまだよくわかんなかったから)、やはりぽつぽつと当たり障りのない会話をしていたように思う。
とそのうちに、宮崎君が「失礼ですけど(この頃はまだ、です・ます調で会話してました。といっても、そのうち私が年上って分かるとやっぱ、です・ます調を多用してましたけど)、名前なんでしたっけ?」と聞いてきた。な〜んだ、ドキドキして損した。向こうも同じだったんだ。「垣内です」。「あ〜、そうそう、そうでしたね」。しかし、こっちからは向こうの名前は聞かなかった。聞き直す絶好のチャンスだったんだけど。でも、中川君の発言から分かったから、オーケーでした。しかし、この会話があってから、何だか彼らと少し打ち解けたような気がした。
てなうちに秋葉さん登場。「お早うございます」の挨拶の後、今日の予定を告げ、出発時間を確認した。お〜、何だかツアーっぽいぞと思っていたら、「お湯を希望する人は水筒を出して下さい」だって。なんか、やっぱ普通のツアーではないぞ(って、今までツアーの経験ないからイメージでしかないんですけど)。
朝食を終え、部屋に戻り、戸締まり確認、忘れ物ないか確認して、酔止め他の薬を飲む。車酔い、飛行機酔い(国内線はやや危ないかなと思い)を避けるためである。やはり他人に迷惑かけちゃね、いけないよね。って、後で、最大に迷惑かけるんですけど。
で、お湯はもらうのめんどうだったんで、部屋にあったポットのお湯を水筒に入れた。これで準備完了。
鍵(これもまさしく鍵って感じの昔のあのでっかい奴ね)を閉め、その鍵をフロントに返し、外へ出た。
冷たい空気がぼーっとしてる体にいきなり突き刺さる。この寒さをイメージしてなかったので、少し驚いた。体中の筋肉が引き締まる。日本ではまだない冷たさだ。
「やっぱ、寒いや〜」、誰に言うのでもなく独り言をはいた。
おかしなもんだが、この時初めて自分がモンゴルにいる実感を得た。
そして、昨日と同じバスに乗り込み、昨日とは逆に道をたどり、飛行場に向かった。
いよいよ南ゴビに向かって旅立つのだ。



1997.5.4
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