やまいもの雑記

筋電義手


歩くマネキンだのじゃれる犬のぬいぐるみだのが最新技術の結晶として世間の耳目を集めているころ、ある意味趣味の世界であるこれらよりも地味ではあるけれど遥かに現実的で切実な要望に応えるための技術開発も着着と進んでいることを伝える記事を、ラーメン屋で新聞を読んでいるときにみつけた。

卵をつかむ筋電義手紹介していたのは、筋肉を動かすときに皮膚の表面を流れる電流(筋肉電流)をとらえて5本の指を自在に開閉することができる筋電義手(右図)。

パソコンの画面に表示される動作のイメージで筋肉に力を入れ、そのときの筋肉電流を測定してその人固有の電流パターンを義手に記憶させる。「新世紀エヴァンゲリオン」に出てきたパーソナルデータの書き換えを髣髴させるこの登録方式のおかげで訓練期間が従来の一ヶ月からほんの数時間に短縮されたそうで、重量も従来品の半分以下の300グラムとちょっと。このサイズでティッシュペーパーをつまみ出したりというデリケートな動作から鞄をつかんで運ぶような作業もできるという。

原田電子工業で制作して北海道自動車リースが販売やリースを行なう。一本1000万円、リースだと月20万円で、医療保険も適用できる。そう安くはないが、事故などで失った手首の機能がよみがえるならべらぼうな値段でもないだろう。

1999年5月28日から30日にかけて名古屋市国際展示場(ポートメッセなごや)で開催される第2回国際福祉健康産業展ウェルフェア'99に実物が展示されるということなので、30日の日曜日に出かけてみた。

金山総合駅から出ている無料のシャトルバスでついてみると展示場は思った以上に広い。会場となった3号館は展示面積13500平方メートルで、正方形と考えると一辺がざっと116メートル。サッカーグラウンドがまるまる2面入る。痛めた足が治った直後だったのでいきなり脱力である。この中からはたしてめざす場所は見つかるのだろうか(入り口でもらった資料の中に出展者の配置を示した見取り図を発見したのは会場をあとにしてからだったりする)。

CD-ROMを持つ筋電義手
受付をすませて適当に歩くこと1分たらず、円筒形の透明ケースの中に鎮座まします筋電義手が目にとまった。どうやら最短距離で行き着いてしまったらしい。

展示会ということでなのか人の腕には装着されておらず、筋肉電流のかわりにスイッチで指の開閉を行なうようになっていた。動きはけっこう滑らか。もっとも、じゃんけんだと後出しと判定されてしまうおそれがないでもない。

さっそく新聞記事ではわかりにくかったことをあれこれ質問。面倒な顔もせず親切に教えてくださった担当のかたと、パンフレットの写真をウェブサイトに掲載することを許可してくださった北海道自動車リースのかたに感謝します。

動力としては、5本の指の開閉用に各1個、親指を内側に折り込むのに1個、合計6個のモータを使い、それぞれが独立して動く。指の各関節はギヤとプーリとワイヤによって最初に指のつけ根が動き、つかむ対象にふれたところでつけ根が止まって次の関節、そこが対象にふれると更に先の関節、の順で対象を包み込むように動いていく。可動部分は実に22ヶ所。ホンダのP2の全身で30自由度とくらべるといかに精巧なものか想像できよう。

「握力」は5本の指の合計でも約5キログラムで、例えば卵を握ってもつぶしてしまうほどの力はない。そのかわり接触面積が広いので把握状態は良好、さらに保持力は20キログラム以上あるから、飛行機のエコノミークラスのトランクぐらいなら持ち上げることができる理屈(そこまでいくと義手をどうやって腕に固定するかの方が問題)。つまり日常的な作業ならそう困ることはない。

収納場所を聞き漏らしたけど、動力源はリチウム電池で、普通に使って一日は動くらしい。重たい大型バッテリを持ち歩く必要もないわけで、これは想像以上にすばらしい。映画「スターウォーズ・帝国の逆襲」のラストで主人公のルークがダース・ベイダーに切られた手首のかわりに義手を取りつけて指を動かすシーンがあったけど、あの光景はもはや想像の産物ではなくなったということになる。

今後の展開としては、ふれたものから生身の腕への「触感」のフィードバック。たとえば、苦痛にならない程度に腕の特定部分を押さえるとか。これが実現すればさらに細やかな動きが期待できるのでは。

それにしても、子供のころに読んだSF的未来予想図の中で、エアカーやら実用的テレビ電話より先にこんなすごい義手や二本足で歩くロボットが実現しようとは思いませんでした。

より快適な生活を実現するためにも関係各位のさらなる活躍を期待いたします。


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