桃
【続・悪戯なキス】
by 遙か
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ゆっくりと、綻んでゆく
薄桃色の花弁――
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軍閥の家系に生まれて、決められたレールに乗って。
士官学校を取り敢えずの主席で卒業しました。
頭でっかちとか、世間知らずと言われたくなかったので。
キャリアで軍に入りたくは、ありませんでしたが。
色々と柵等の裏事情もあり。
先ずは、『副官』からのスタートという事で、手を打ちました。
いっそ、身分を隠して一兵卒から入隊しようかとも思っていたのですが。
どうにも、ばれる様に気がして断念しました。
無駄なエネルギーは、使いたくありませんし。
さて、天帝からの拝命を受け、叙任式も無事に終わらせて。
僕の一番目の仕事は、直属の上司から着任の印を貰う事でしたので。
早速、訪ねて行きました。
そして、西方軍、大将の執務室のドアを叩いたのですが。
中からは、何の応答もありませんでした。
どうしようかと、思案していると。
鍵は掛かっていなかったらしく、ノブが回りました。
「失礼致します。」
断りを入れて、中に入ると誰もいませんでした。
雑然とした、統一感の無い部屋ですね。
視線をくるりと巡らすと、窓が開いている事に気が付きました。
そして、そこから見えるのは。
天界のあちらこちらに植えられている、桃の木でした。
まるで、丁度巧く切り取られた絵の様に。
窓枠の中におさまっている、満開の桃の花。
僕は惹かれる様に、窓際へと足を進めました。
――コン! ゴロゴロゴロ…
あ、吃驚しました。
足元に注意をしていなかったので、何かを蹴ってしまったみたいです。
え? 酒瓶?
転がっていくそれをつい目で追っていると。
壁にぶつかって、動きが止まりました。
何で、こんなものがここにあるのでしょうか?
執務室には、似つかわしくありません。
なので、それを拾って捨てようと思い屈み込むと。
目に付いたものが、ありました。
窓側へと向いている長ソファの端から。
はみ出している、足です。足…です、よね?
足という事は、人が居るという事で。
僕はぐるりと、長ソファの前へと回り込みました。
そこには、やっぱり人が居て。
軍の服を着て、ぐうぐうと気持ち良さそうに安眠していました。
呆気に取られるって事は、こういう事なんですね。
この部屋に居るという事は、この寝汚い方が大将という事ですよね。…ふぅ。
まあ、何事も経験という事で、こういう方を矯正してあげるのも。
僕の力量でしょう。
取り敢えず、起こしてさしあげましょうか。
肩を揺さ振るのが、オーソドックスですよね。
「済みません。起きて下さい。」
え???
肩へと伸ばした手を――手首を掴まれて、ぐいっと引かれ。
僕は力強い腕の中に、抱き込まれていました。
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ふわあっと、甘い香りがした。
どこか懐かしいような…。
俺はその正体が知りたくて、腕の中に掴まえたもんを。
ぎゅーーーっと、抱き締めてみた。
柔らかくなく、華奢で、ギスッとした感触……?
だけど、抱き心地がいい。
これって、一体…何だ?
「―――離して下さいっ!!」
夢の淵にいた俺は、至近距離からの一喝で目を覚ました。
すると、目を開けた途端に飛び込んできたのは、翡翠の色。
深く深く、吸い込まれる様に、森の色。
向こうも、俺を見ていた。
「…あんた、誰?」
「今日から、西方軍着任の猪八戒ですっ。
それより、早く離して下さいっ。」
…あ〜、そういや、副官が来るとか来ないとか。
嫌味な上官が言ってたな。
ふ〜ん、で、それがこの子な訳か。
士官学校出たばっかの、ヒヨコちゃんってか。
しかし、随分と美人だな。本当に、男か?
確かめる意味もあって、もう一度抱き締めてみると。
確かに、男だった。
この骨格は、女じゃないものな。
女より、細い腰だけどな。
「聞こえていないんですかっ。
僕は、離して下さいって、言っているんですよっ。」
「ああ、済まん済まん。
俺が西方軍大将、捲簾だ。宜しくな。」
俺の上に、新副官を乗せたまま。
初対面の挨拶を俺はした。
副官の膨れっ面を楽しみながら。
その後。
臍を曲げるというか、根が深いというか。
俺的には楽しかった初日の挨拶は。
副官には、お気に召さなかったらしく。
今だに、怒っている。膨れている。拗ねている。
見事なポーカーフェイスを保ってはいるが。
俺にだけは時々見える――見せてくれる――素の感情が。
からかいがいがあるというか…。
エリートコースの、名門家の坊ちゃんの腰掛け仕事かと思ったが。
骨のある仕事をこなしてくれるんだよな。
頭が良く、机上の理論を実践へと投入出来る柔軟さ。
俺以外に見せる、そつの無い愛想の良さには脱帽する事もある。
―――もしかして、俺、惚れたか?
こんな水と油の様に、相手に。
そう、気付いた途端、俺はククッと笑っていた。
考えれば考える程、楽しくて楽しくて仕方がない。
これから、きっともっと、面白くなるに違いない。
決して、簡単には手に入らないだろうからな、八戒副官は。
「何をにやにやしているんですか。
示しが付きませんから、止めて下さい。」
「はいはい、副官殿の仰せの通りに。」
キッと睨み付けてくる翡翠を受け止めながら。
俺は、つい八戒に伸ばしかけた手を引っ込めた。
勝負は、これからだからなv
2004.2.21 UP
☆ コメント ★
のぞみさまに、捧げますvv
西方軍副官の八戒さんの第2弾です
これは、初めて大将の捲簾と
初顔合わせの時のお話です(笑)
水と油の様に2人が出逢って
これから、どうなるかってところが
いいでしょ?(笑)vv
軍服八戒さん、見たいなあ〜♪
ねえ、のぞみさんvv
では、慎んで贈らせて下さいませvv
モドル
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