姫椿 〜序章




by 遙か



【姫元帥1】                         

その日の朝はいつもと、確かに違った
いつもは俺が起こす筈の、隣で寝ている筈の天蓬に俺は起こされていた
「捲簾捲簾起きて下さい」
目を開けるのが億劫で放っておいたら、顔をぺしぺしと叩かれ始めた
「捲簾起きて下さいってば」
「……………何だよ…もっと寝かせろよ」
「僕の一大事です。早く起きて下さい」
「………お前の一大事〜〜?」
ここで起きないといつまでも煩いんで、仕方なく起きると
天蓬が正座していた。俺のシャツを着て…いつもは真っ裸で平気なヤツが
「で?」
「女性化しました、僕。しかも女の子です…ほら」
ボタンを留めていなかったシャツの前を全開にして
天蓬は俺にその証拠を見せた……………!!!!!

【姫元帥2】

天蓬の着ているシャツの肩がズルリと滑りおちていた
撫で肩?
いや、それよりも開かれたシャツの間から見える
白い肌の隆起に目が釘付けになった
「見ました?」
「あ?…ああ」
マヌケな返事をしながら俺は掌でその胸に触った
その途端
「何するんですかーっ!!」
スパーンッ!!と横っ面をはっ倒された

【姫元帥3】

「何すんだ、こら」
「誰が触っていいと言いましたか」
頬を叩かれて完全に目が覚めた俺は
叩いた天蓬の手を掴まえた
細ぇ
へぇ爪が薄い桜の色だ
女の指だな
「何しているんですか、貴方は」
「観察」
「面白いですか」
「面白い」
カリッと噛むと天蓬が眉を顰めた       
少女の顔で

【姫元帥4】

「とにかく報告に行かなくては。付き合って下さいね」
「報告? どこにだよ」
「竜王閣下の所に決まっているでしょう」
「息の根が止まるんじゃないか?」
「馬鹿言ってないで着替えを僕の部屋から持ってきて下さい」
「着替え?」
「あのクローゼットからお願いします」
「あれか」
「ええ、まさか役に立つ日がくるとは思いませんでしたけど」
「俺もだよ」
「折角ですから使えるものは使いましょう」
「俺が選んでいいんだな?」
「貴方のセンスにお任せします」
「大人しく待ってろよ。外に出るんじゃんないぞ」
「いいから早く持ってきて下さい」
「判った判った」

【姫元帥5】

「これが貴方のセンスですか。思ったより保守的ですね」
「竜王んトコに行くんだろ。だったら堅めの方がいい」
「成る程」
ベッドの上に座ったまま
俺が持ってきた服を天蓬は両手で掲げて見上げていた          
●習院女子高等学校の制服
伝統と重みを感じる紺のセーラー服だ
女体化した天蓬の身体のサイズに合う服は今これしかない
「ほらさっさと着ろ」
「これどうやって着るんですか」
「お前なあ」
「着せて下さい捲簾」
にこにこと差し出してくるセーラー服を
溜息を付きながら俺は受け取った

【姫元帥6】

「失礼します」
ノックを省いて俺は天蓬の身体を片腕に抱いたまま
竜王の執務室に入った
一喝が飛んでくる筈がどうやら俺達の姿で
思考が固まったらしい
当然だ
何しろ俺が抱いているのはセーラー服を着た天蓬
素足の
「不作法な入室で申し訳ありません」
天蓬が俺の肩に掴まりながら非礼を詫びる
「捲簾あの椅子に僕を下ろして下さい」
「了解」
椅子の上に正座して座った天蓬が竜王へと向き合う
「見て頂いて判ると思いますがこの姿になったのをご報告しに参りました
 特に支障はありませんのでご心配なく」
「………天蓬元帥」
あーあなまっちろい顔が更に蒼白になってるよ
同情するよ
「ただ申し訳ないのですが本日一日この人共々休暇を頂けませんか」
「それは構わないが」
「ありがとうございます」
「俺もか?」
「足りないものの買い物に行きたいんです」
「ああそうだな」
「足りないもの?」
「ええ着られるものが制服しかないんです
 だからインナーを揃えないと」
椅子の上に立ち上がって天蓬がスカートの裾を捲ったのと同時に
デッカイ竜王がひっくり返る音が執務室の外まで響き渡った

【姫元帥7】

「お二人とも面会謝絶です。いいえ立ち入り禁止にさせて頂きます」
ぴしゃりと医局長に言われた俺達は顔を見合わせた
閣下が見事にぶっ倒れてくれてからの大騒ぎが落ち着いた途端の宣言
まあ仕方ないか
鼻血を噴いた竜王の名誉の為にもこれ以上刺激はしない方がいいだろう
「酷い扱いですね」
ぷぅと膨れた頬を撫でてあやす
ここで俺がお前が原因だと言ったもんなら八つ当たりの対象にされるだけだ
意識を別の方に向けさせた方がいいな
「すぐ出掛けるか」
「ええ…そうですね」
「許可は取ってあるんだしな」
「心許ないんですよねこの服って」
「もう捲るなよ?」
おっと無言で膨れた
やばいやばい
ちょいと腕を持ち上げて天蓬の身体を抱き直して
俺は下界ゲートへと足を向けた

【姫元帥・閑話休題】    

問い
・閣下の前でどこまでセーラー服の裾を捲ったのですか?
答え
・何も身に付けていないのを証明しただけですけど?
 口で言うより早いかと思いましてv

問い
・下(下着)は身に付けてないのですか?
答え
・コレクションしていたのは制服だけだったんですよ
 まさか必要になる日がくるなんて思いもしませんでしたし
 盲点でした(溜息)

―――以上ご納得頂けたでしょうか?

【姫元帥8】

「捲簾」
「何だ」
「所でこのままの体勢で買い物をするんですか」
「ああ」
「目立ちません?」
「素足のまま下に降ろせるか」
「だからいつもの履きますよ」
「頼むからそれだけは勘弁しろ
 第一サイズが合ってないじゃないか」
「大丈夫だと思うんですけど…」
「転んで膝を擦り剥くのが関の山だ」
ペシッと後頭部を叩かれた
「痛えな」
「失礼な人ですね」
「心配してるんだろ」
「もう一回叩きましょうか」
重さは軽くなっても中身は天蓬だな
軽く睨んでくる天蓬に俺は軽く口吻けた

【姫元帥9】

「………何か大人しめの可愛いのばかりですね
 これが貴方の好みなのですか捲簾」
「今のお前にはこのくらいのが良いんだって」
「でも僕としてはあの黒のとか紫のとか…」
「ああいうのはこう胸がもっとないとな」
「…小さいから似合わないと」
「形はいいじゃないか…ほらな」
先手必勝
今度は両手首を纏めて後ろに握っておいてから
セーラー服の上まだインナーを付けていない天蓬の胸を
掌に収めた
やはり形は良い
発展途上な所もな
「貴方って人は!」
………油断した
足技があったか
向こう脛を思いっきり蹴られた
このじゃじゃ馬!                         

【姫元帥10】

「天蓬」
「知りません」
「謝るって」
「知りません」
「まさかそんなに気にしてたとは思ってなかったんだって」
「口縫いますよ」
「俺は大きさより形がよけりゃいい」
「形…ですか」
おっ
やっとこっちを見たか
背中を向けて怒ってますからねをオーラを放出してんのも可愛いがな
「僕の形良いですか」
「ああ」
「どの位ですか」
「もっと見て触りたいくらいにな」
「そんなに?」
「ああ」
「そうですか」
にこりと笑った天蓬がセーラー服の胸のタイをスルリと抜いた

【姫元帥11】

セーラー服のタイを細い指先から落として天蓬は
今度胸元を開いた
元々首が長いが今はほっそりとした感じが更に増していた
白く華奢な細さが目立つ首筋
顎から続くラインに視線を下ろすと
貝殻の良く似た鎖骨に目が止まる
力を入れると粉々に砕けるんじゃないか
そんな危うさに惹き付けられる
少女の肢体
天蓬の今の器
女官達の身体を見慣れている俺にとって
胸の谷間の起伏があまりないその躰は
新鮮だった

【姫元帥12】

捲簾の視線を感じます
肌で
痛い程に
不思議な気分です
肌を晒す事にいつもと違う高揚感を覚えています
身体を重ねている関係ですから
何を今更と思うのですが
心臓の鼓動は確かに速くなっていますし
いつもと違う血の逆流を感じています
変ですね
変ですよね
僕も貴方も
捲簾                  
そんなにじっと見て
僕の身体はそんなに変わりましたか

【姫元帥13】

変わったのは身体の凹凸
表情は変わらない
俺を見返す眸の色も意味も
俺はゆっくりと手を伸ばして
天蓬の肩から腕を撫で下ろした
滑らかさは変わっていない
柔らかみが増した
肌の色はどう言ったらいいのか
うっすらと桜の色を塗したような感じだ
「捲簾」
「何だ」
「いい、ですよ?」
「煽るな」
「煽ります」
「いいのか」
「いいって言ってるじゃないですか」
屈託なく笑う天蓬に
俺は苦笑いを返した

【姫元帥14】

「…だったら」
俺は天蓬の両脇に手を差し込んでそのまま高く抱き上げた
きょとんとした顔で俺を見下ろしてくる天蓬に
俺は笑った
「だったら?」
俺の台詞を疑問形で返してくるのに
答を返す
「俺がロマンチストなの知ってるだろ」
「ええ、手堅いのも」
「判っているならいい」
「お預けって事ですか」
「情緒を楽しみたいと言ってくれ」
「楽しむ…ですか」
「お前との事だからな」
一寸不満そうに尖らせた唇に
俺は笑いながらキスをした                    

【姫元帥15】

捲簾がああ言い出したって事は少し時間が出来たって事ですね
慎重な人なんですよね元々
破天荒に見えますが
実際そうですが
肝心な所は結構繊細な人ですから
あの人は僕自身を好いてくれていますから
器の違いには拘ってないでしょう
でも僕が気付いてない事に気を遣ってくれて
拘っているんですよね
本当にロマンチストです
なのでお任せしますよ捲簾
この僕を貴方の好きにして下さい

【姫元帥16】

さーてどうするか
ああ言った手前もあるが手抜きはしたくねえ
何しろ天蓬のお初を貰うんだからな
2度目の
あいつ
自分じゃ気付いていなかったみたいだが

俺が触った時震えていたぞ
全く強情っ張りというか
ヘンなところで鈍いというか
あれじゃはいそうですかと食う訳にはなあ
さーてそれなりの準備をしとくか
お前の為にな
天蓬

【姫元帥17】

「失礼します」
「呼び出して済まん」
「いいえ」
捲簾がどうしても会議に出席しなくてはならなくて
…僕が欠席の分も
一人で捲簾の部屋にいた所に呼び出しがかかりました
捲簾には一人で外に出るなとは言われていたのですが
何しろ相手が閣下ですから部下としては行くべきですし
あれからの心配もありましたからね
…お見舞いもさせて貰えませんでしたから
「そちらの椅子に座りたまえ」
「はい」
閣下の斜め前の椅子に勧められるままに座って
閣下を見ると大丈夫そうなので一安心しました
あれぐらいでと思ったのですが
後から捲簾にお説教されましたから
「今日は…」
「ちゃんとアンダーも身に付けていますからご安心下さい」

【姫元帥18】

ガタンと大きな音がしました
でもこの間と違って閣下は目の前にいました
「………それはさておき」
「はい」
「これからの身の振り方なんだが」           
「身の振り方?誰のですか?」
「君のだ」
「僕ですか」
「そうだ」

どういう事でしょうか
閣下の意図する所が判らず僕はきょとんと
閣下を見つめてしまいました
あれ?
心無しか閣下のお顔が赤くなられたような
僕がじーーーっと更に見つめると
コホンと咳払いをされて話の続きを始められました
「そのままの姿で軍に在籍するのは君も不自由だろう」

【姫元帥19】

閣下の言わんとする所がよく理解出来ませんでした
この身体になってから何一つ不自由な事など
捲簾のおかげでありませんでしたから
「取り敢えず退役手続きは私の方で済ませるので…」
「一寸待って下さい。僕は軍を辞める気など全くありませんよ」
「しかし」
「ご命令とあれど拒否させて頂きます」
きっぱり言ってのけて立ち上がりました
閣下の顔色など知ったこっちゃありません
「天蓬元帥」
「はい」
「本当にこのままで…」
「いいんです」
僕はにっこりと閣下に向けて笑顔を送って差し上げました

【姫元帥20】

「今すぐに結論を出さなくとも少し考えてみたまえ…」
「失礼します」
回れ右をして
バタン!と扉を閉めて僕は部屋を出ました
ああもう
イライラします
右手の親指を噛んでしまいました
僕が軍を退役?
この身体の所為で?
あまりの理不尽さにお腹の辺りに怒りが溜まっているみたいです
一気に穴を掘って下へと下降していく気分の悪さ
「天蓬?こんな所でどうしたんだ」
「元帥どうされたんですか」
振り返ると会議を終わらせた捲簾が
部下の方々と歩いてくる所でした
「捲簾…」

【姫元帥21】

会議を終えて廊下を歩いていると
少し先に間違う事のない人影を見た
「天蓬?」
何でここにいるんだ
部屋で待っている筈じゃなかったかと
呼びかけると後ろの部下達がざわめきだした
天蓬の身に起きている事は周知の事実となっていて
誰も何も言わないが一目その姿をという奴等が多い   
多過ぎる
まあいい
今はそれより天蓬だ
「捲簾」
お、おい!
一直線に俺に向かって走って勢いを付けて
天蓬は俺へと飛びついたきた
涙が見えたのは気のせいだったか
後ろが低い悲鳴でどよめいた

【姫元帥21】

ぎゅうっと俺の首に腕を回して抱き付いて
肩に顔を埋めてる天蓬を
俺は黙って抱き締めた
心なしか震えているような気がして
背中を撫でながら
「捲簾」
「ん?」
「僕は元帥ですよね」
「ああお前は元帥だ」
何となく判った
天蓬に何があったか
全くウチの上司もバカだな
後のフォローも出来ないくせに
「お前しかいないだろう西方軍の誇る元帥は」
「そうですよ!」
「天蓬元帥しかいません!」
「辞めないで下さい!」
すっかり存在を忘れていた後ろから
口々に熱く声援が飛んできた

【姫元帥22】

「皆さんありがとうございます」
あーやめろって
そーゆー顔すんの
お前なあ…
止める間もなく部下の声援に
涙目でにっこり笑ったりすりゃ
あいつ等がどうなるかなんて判り切ってる
固まってるヤツ
顔真っ赤にしてるヤツ
そわそわもじもじしてるヤツ
これで確実にまた噂が回りに回って
ライバルが増えるってワケだ
盛大に溜息をついて
俺は抱き上げている天蓬に
取り敢えずは独占権を見せつける為に
キスをした
今度は違う種類の絶叫が廊下に響き渡った

【姫元帥23】

吃驚しました
捲簾にキスされた事にではなく
捲簾が部下の前で
僕にキスをした事に
おかげで一瞬頭が真っ白になりました
感情がクリアされた気がします
「天蓬」
「はい」
「元気出たか」
「はい」
僕を見る捲簾はにやにやで
視線を感じて部下の方々をみると

何て表現していいのか
種々様々で
さっきの勢いがなくて
一体どうしたのでしょう

【姫元帥24】

こいつの天然
どうしてくれようか
男の時は苦笑いで済ませられたが
この姿でやられると
かなりくる
元々の基本の修正は不可能だってのは判っちゃいるが
部下達の心情に気付く訳もなく
俺の腕の中で
小首を傾げて不思議そうな顔をするな
本気で可愛いから

【姫元帥25】

くくく
俺も末期だな
マジでコイツ
天蓬に惚れてると実感した
今更ながらにしみじみと
むくむくと沸き上がる独占欲と
青臭い衝動
細身の中にある柔らかい感触と
甘い香りが俺を擽る
天蓬だということは変わらない
だったら何も俺達は変わることはない
以前と同じだ
だったらいいよな天蓬               



2006.05.01  UP



★ コメント ★

ブログでちまちまちまちまと書き綴っていた
姫元帥を纏めてみましたv
何故か人気が出てしまった異色作(笑)
だってイロモノだもん
ちゃんと自覚あるもん
書いてて楽しかったからいいのさv
読んで楽しんでくれる人がいるから尚更に(笑)

んで、姫の部屋も同士の方々の賛同を得て
作りましたv
どこにあるかは、探して下さいvv



モドル