さる11月9日に、学会会議室において、第一勧業銀行と本学会との意見交換会が行われた。これは、9月14日に学会から提出された、同銀行京都支店(明治39年、辰野金吾設計)の保存要望書(10月号本欄既報)に対して銀行側が応じたものである。 第一勧銀の側からは、管財部の木下道夫・栗飯原正博の2名のほか、設計の山下設計、施工の清水建設の担当責任者など全体で10名が出席した。建築学会からは、中川武(建築歴史・意匠委員会)、岡田保良(同)、藤岡洋保(近代建築史小委員会)、中川理(同)、西澤英和(歴史的建造物保存WG)、足立裕司(近畿支部近代建築史部会)、大西國太郎(京都の都市景観特別研究委員会)、渡辺光良(メーソンリー工事改定小委員会)の合計10名が出席した。進行は、建築歴史・意匠委員会委員長である中川武氏により進められた。
今回の改築計画は、現在の煉瓦造建築を完全撤去して、外観だけが現状と同様の建物を新築するというものである。建物の歴史的価値については銀行側も認めており、議論はこの方法の是非をめぐって進められることになった。
まず銀行側から、今回の改築計画の経緯が説明された。そこでは、阪神大震災で同銀行の神戸支店(大正5年、長野宇平治設計)が全壊したことで、それより古い建物である京都支店の安全性は確保することができないとの判断から改築計画を考えていたが、本年たまたま条件を満たす仮店舗が見つかったため、具体的な改築計画を進めるに至ったことなどが説明された。
この説明を受けて学会側からは、この改築計画では、同じような外観は残せても建物の歴史的価値は全く損なわれてしまうことが説明され、さらに具体的な指摘として、現在駐車場となっている南側敷地を利用する方法がなぜ考えられないのかという疑問が提示された。それならば、現建物は残せるはずであり、いわゆるボーナス制度なども利用でき有利であるはずなどの意見が相次いだ。これに対して銀行側は、地下ではなく平面の駐車場を確保することが顧客のニーズとしてぜひとも必要であり、そのためには南側敷地は利用できないなどの説明があった。
銀行側の説明では、当初の計画では高層のオフィスビルを建設する予定であったが、京都市との協議などを経て、今回は改築による収益性は放棄する決断に至り、ほとんど同規模の新築建物を建設する計画となったことが明らかにされた。学会側からの質問に応じる形で新築建物の面積がなどの数値も示された。しかし、収益性をあきらめるのであれば、歴史的価値を損なわない方法はさまざまに考えられ、今回の方法は、その中でも最も歴史的価値を損なう最悪の選択であるといった意見が学会側の出席者から相次いだ。
その後の議論は多岐にわたったが、整理をすればおよそ以下の3点にまとめることができるだろう。
一つは、維持管理コストの問題である。銀行側は、現建物を補修すれば、補修費だけでなく、その後の維持管理も莫大なものとなり、一企業でそれを支えるのは困難であるとした。これに対しては、歴史的建造物は市民共有の財産でもあり、積極的に文化財指定を受けることにより企業と行政が一体となった維持管理が可能となることが指摘されたが、銀行側は、文化財指定を受けることに躊躇があるようだった。これについては、文化財指定に対する誤解があり、現在では建物の利用や改修について制限が少なくなっていることなども説明された。
2点目は、煉瓦造建物の耐震性をめぐって。これは、今回の改築計画の最大の理由となっている。銀行側は、すでに調査の結果、現在の建物では安全性を確保できないと主張し、実際に現場の行員が不安がっているという状況も示された。それに対しては、出席した構造の専門家から、煉瓦造でもきちんとした補強がなされれば充分に耐震性を確保することが可能なことが説明された。また、その構造補強に関しても、コストのかからない手法がすでに数多く開発されていることも指摘された。
3点目は、保存の手法をめぐって。本物に似せた、いわばレプリカを作る方法が、全く価値のない方法であることは学会側から繰り返し主張されたが、銀行側は、さまざまな手法を検討した結果、選択した方法であるとの説明であった。確かに、こうしたケースでたびたび使われてきた壁面保存の方法はコストの面で不利である。このことは、学会側の出席者からも指摘された。しかし、であるならばなおさら現建物の修復・補強の方法が最もコストがかからず、合理的な方法であるはずである。
以上のように、銀行側と学会側の議論は平行線のままであり、結論的には、今回の改築計画のような方法を建築学会としては「保存」の方法とは認められないことが、学会側の出席者により確認された。
こうした方法が銀行側によって選択された背景を改めて考えると、(1)歴史的建造物の歴史的価値に対する無理解、(2)歴史的建造物(煉瓦造)の耐震性に関する無理解、(3)文化財指定に対する無理解、という3つの無理解があると考えられる。これまでの企業所有の近代建築の保存問題では、(2)(3)の無理解に、土地の有効利用という収益性の主張が加わり、建物撤去の根拠とされてきた。しかし、この意見交換では、今回の改築計画においては収益性は度外視されていることが明らかにされ、その代わりに、レプリカ建築で価値は維持されるという、歴史の価値に対する深刻な無理解が加わっていることが明らかになった。技術的、あるいは制度上の誤解であるならば、実例を挙げるなどして、さまざまな説得が可能であるが、歴史的価値に対する誤解は、抽象的な理解を必要とする分だけ深刻であると言えるだろう。この認識の誤りを、今回の意見交換では繰り返し主張したつもりであったが、どれだけ銀行側の理解を得られたかは不明である。恐れるのは、この意見交換を保存要望に対する回答として、改築を強引に進めてしまうことである。銀行側には、この意見交換の結果を企業としてどのように受け止めたのかをぜひとも報告していただきたいことろだ。
最後に残る問題は景観行政である。今回のケースで言えば、レプリカ建築という方法を結果的に誘導したことになる京都市の景観課の責任も重大である。京都市だけでなく、景観誘導は、現在地方自治体の大きなテーマになっているが、今回のケースはそこでの歴史的景観の理解に重大な欠陥があることを物語っている。そこで、第一勧業銀行京都支店の保存要望書は、京都市に対しても必要とされ、10月22日に市長宛てに提出された。しかし、現時点でも残念ながら京都市からの回答はない。
●(中川理/京都工芸繊維大学)
日本建築学会『建築雑誌』1999年1月号