Motorcycle Braking

"ジワッ"とかけるブレーキって?

Jun.1997

おぱく堂主人・白龍亭主


●転倒と背中あわせのブレーキング

 二輪車の話。
 かなり前の話だが、雨上がりの交叉点でひとりのライダーが転倒した。
 ブレーキを強くかけすぎたことによるフロントロック(=前輪の回転が止まってしまった状態)が原因。たまたまその交叉点で信号待ちをしていて一部始終を見ていた自分を含め、何人かがかけよった。他は皆、ライダー(♀)にかけよったが、自分だけバイクにかけよって倒れたバイクを起こした。俺もライダーのはしくれだったから一人で起こせるけど、重いんだからもう一人ぐらいこっちに来てくれてもいいのに……って感じ。

 このように転倒の危険と背中合わせのブレーキング。二輪車をコントロールするテクニックの中でも難物のひとつである。だから二輪免許をとる時には「急制動」という項目をクリアしなければならない。でも試験の急制動なんて甘っちょろい。ブレーキのテクニックを磨けばバイクはもっと短い距離で止まれるし、現実の交通社会ではそのテクニックが要求される。
 というわけで免許をとるにしろ、免許をとったあとにしろ、ブレーキのテクニックを磨かねばならないわけだ。ところが、この難物のブレーキングに対して与えられる教えは「"ジワッ"とかけろ」だけである。

 その"ジワッ"て何なんだ?

 問うても「体で覚えるしかない」と言われる。失敗しながら覚えていくものならそれでいい。しかし失敗即転倒のバイクではその方法は危険すぎはしないか。"ジワッ"に目安はないのか?
 "ジワッ"という表現は、時間をかけることを意味する。ゆっくり、とも言える。でも「ゆっくり急ブレーキ」っていうのも変だ。変だから余計に分からない。


 ……昔から何事も理詰で答を出さないと気がすまない性格。バイクに乗っていた20代の頃の自分は"ジワッ"の謎を求めて"ブレーキング追求の鬼!?"と化したのであった(笑)。


●体感できる"ジワッ"のタイミング

 ブレーキとはつまるところタイヤと路面の摩擦である。この摩擦の限界を超えてブレーキを強くかけると、タイヤの回転が止まってしまいバイクは運動の方向性を失い転倒する。
 この摩擦の限界は変化する。タイヤが路面に押しつけられている力(=タイヤにのっかっている重さ。専門用語では「荷重(Load)」)が大きいほど限界が高い。

荷重移動

 バイクは通常走行時には後輪に重さの大半がかかっている。前輪にはあまりかかっていない。つまり通常は前輪の限界は低いのである。ところがブレーキをかけると前のめりになり前輪に重さの大半がかかる(上図参照)。前輪の限界が高くなるのだ。
 しかし、この変化には多少時間がかかる。サスペンション(クッション)があるからだ。

 ブレーキをかけて前輪のサスペンションが沈み込むまでの微妙な時間。この微妙さを体感しつつ、これにあわせてブレーキの強さを増す。前輪の摩擦の限界が低いうちは弱く、限界が高くなったら強くブレーキをかける。

 "ジワッ"とは結局これである。

 この微妙な時間差を無視してブレーキレバーを握ってしまうと、たいして急なブレーキでなくとも簡単にロックして転倒してしまうのだ。逆にこの微妙さを感じつつブレーキをかけると驚くほどの急ブレーキでも転倒しない。


●ブレーキの限界を試すが……

 "ジワッ"は分かったが、ブレーキの限界はどこにあるのか?
 これについて高度なことは言えない。自分自身がそこまでのテクニックを身につけられなかったからだ。その辺に関して自分はどう追求してどうなったのかについて軽く触れておく。

 自分が"ブレーキング追求の鬼!?"と化した時に乗っていたのは、初期型VT250F。はっきり言ってこの車種だったことは大いに幸いした。
 なぜか?
 四輪車のブレーキディスクは鉄だが、二輪車はステンレスである。ブレーキが露出している二輪車ではサビだらけになる鉄は見た目が良くない。しかしブレーキの感触は鉄の方が圧倒的に良い。鉄とステンレスの感触の差は……直接肌が触れ合うか、間に一枚膜があるかの差(なんの話だ!?)。鉄だとダイレクト感がすごくある。
 んで、初期型VT250Fというバイクは二輪には珍しく鉄ディスクだったのだ。鉄のダイレクトな感触ゆえにブレーキの限界がつかみやすかった。

 まずブレーキレバーを握る右手が微妙な入力ができるようになるまでは無理をしない。あるていど自信がついたところで、万が一のことがあっても大丈夫な条件の時のみ、徐々にブレーキ入力を強めてゆく。フロントタイヤと路面の間で軽いスキール音(キキッと鳴る音)がしたら限界の入口。パッドとディスクの間で発生する音とは似ているけど違うので注意。また路面が悪いとスキール音がないまま即ロックなのでこれまた御注意。
 しかし、不器用な自分にとっては集中力がものすごくある時だけしかできなかったし、あまり高い速度でも怖くて試せなかった。とはいえここまで試しておくと急に飛び出てくるような無謀な車にも余りパニックにならんようになったので、これはこれで成果はあったかも。

 で、その後ステンレスディスクのバイクに乗り換えたのだが……。
 ショップ主催の走行会に参加して筑波サーキットの第一コーナー入口でフロントロックして転倒。痛〜。さらなる修業の必要性を感じ、ステンレスでも微妙な感触を感じ取れるように神経を研ぎ澄ますように努めたが、バイクに乗るのがむちゃくちゃ疲れるようになった。アホである。


●後輪ブレーキの問題

 前輪ブレーキのテクニックを追求してゆくうちに困った問題が生じた。後輪ブレーキである。

 前輪ブレーキを強くかけている時は、前輪荷重が非常に高まっている状態、前輪の限界が非常に高まっている状態にある。この時、後輪は限界が非常に下がった状態になっているのだ。
 それはつまり「前輪ブレーキのテクニックを磨けば磨くほど後輪の限界が低い状態が発生する」という事。軽くブレーキペダルを踏むだけで後輪がロックしてしまうのだ。前輪ロックも転倒につながるが、後輪だってロックすると転倒しやすいのだ。困った。

 本筋から言えば、右足も鍛えて後輪ブレーキの微妙なコントロールを身につけるべきなのだろうが、人間の集中力にも限界がある。特に集中力のない自分にとっては無理な話。
 結局、後輪ブレーキを効かなくするのが一番手っとり早い。人間がメカにあわせるのではなく、メカを人間にあわせるのだ。後輪のブレーキパッドを"最低"のものに交換して感触が良くなった。

 実際レーサーレプリカタイプのバイクは後輪ブレーキはあまり効かないものがついている。ある程度のブレーキテクニックを前提としているからだ。これに関して雑誌の投稿などで「後輪ブレーキが効かない」と不満を漏らしている人がいるが、後輪が効かない理由をメディアは正しく伝えるべきだろう。
 しかしこれは問題ではある。
 免許を取ったばかりの人にとっては後輪ブレーキは効いてくれないと止まれない。逆にブレーキテクニックをあるていど身につけた人にとっては効く後輪ブレーキは邪魔だ。危険ですらある。あちらを立てればこちらが立たず。レプリカタイプが嫌いなのにブレーキテクニックがあるライダーはどうしたらいいんだ? レプリカタイプ以外の車種でも後輪ブレーキが効かないバイクがあってもいいんじゃなかろうか……。

 もうひとつ問題なのは後輪にかかるエンジンブレーキ。
 これも上と同じ理由で効いてもらっては困るのだ。これを効かなくするバックトルクリミッターというメカを搭載した車種もあるが、これまたレーサーレプリカ系専用メカである。


 ……自分は"ブレーキング追求の鬼!?"とは化したが他のテクニックはまるで修業しなかったので、ブレーキはそこそこ鋭いがコーナリングはヘロヘロというまぬけなライダーだった。ま、修業したとしてもコーナリングは下手だったかも。バランス感覚悪いからな。コーナリングの巧いライダーを見るとちょいと羨ましかったなァ。