ちょこっと行って来る山登り


    No.18  スノーキャンプと北泉ヶ岳 (1253メートル)



       EEー天気でした

        まとまった雪としては今冬初積雪であろうと思われる日に、泉のスプリングバレーから桑沼に入り、北泉を目指して敗退したのが昨年の11月27日でありました。
    そのと時の体験から、今回は2日掛かりで、ベースキャンプを設営し、アタック形式で北泉ヶ岳に挑むと言う、万全の体制を採った訳であります。
    そして、せっかく2日も掛けて行くのだから、簡単に終わってしまっては味気ない、と言う事で、わざわざ、距離の有る旗坂登山口から桑沼に行ってみる事にしたのであります・・・計画は、完璧であります。

      と、まあ、北泉ヶ岳はそれ程大袈裟な山では無いのでありますが、なんとしてもスノーキャンプをしてみたい訳でして、何処かに手軽な山とキャンプ適地は無い物かと検討した所、桑沼にキャンプの、北泉ヶ岳にアタックが手頃で宜しいのでは、と言う事で、最初にキャンプありきの計画な訳であります。
    そんな訳で、ヤフーオークションで買い求めた年代物の冬用テントやら、おもちゃのスコップやら、食料から着替えまでと荷物を作ってみた訳であります。
    そして、昔々、渓流釣りをしていた頃に使っていた、30年前のアルミの背負子に総てを括り付けてみますと、総重量は28.5キログラムになった次第であります。
    うひゃぁー・・・これを担いで雪道行くんですかぁ? あんまり楽しく無いんじゃないですかぁ? 旗坂から桑沼まで、8キロメートル有るんですけど・・・と、とても弱気になるのであります。
    が、しかし、その昔は30キロのキスリングを背負って天狗のように山を駆け巡っていた俺だもの、何のこれしき、やってやるわい、と・・・でも、かなり心配ですけど。
    しかも、30キロのキスリングを背負っていた頃には、常にバテバテで、どちらかと言うと山を這いずり回っていた訳でして、行く前から、辛いだろうなぁ、なぁーんてね。

     さて、これ以上は望めないと言う快晴の中、1月28日水曜日、午前9時20分に内水面水産試験場に到着であります。
    私はてっきり旗坂キャンプ場の駐車場まで除雪してあるのか、なぁーんて呑気に出掛けた訳ですが、水産試験場の為に除雪してある訳ですから、余計な事はされていないのでありますね。
    そんな訳で、こんな所に車を置いてしまって大丈夫なのかなぁ、と思いつつ、先行者がカメラなど背負って山へ入る準備をしていたので「あのぉー、ここに車置いて大丈夫なんでしょうか?」と尋ねてみました。
    すると、「ここは早いもん勝ちですから、試験場の中に入れなければ大丈夫ですよ」と、昨日も此所に来ていたと言う方から教えていただいたのであります。
    よっしゃぁ、これで心置きなく出発する事が出来るな、と・・・。
    そして、写真撮りの方と連れ立って歩き出して少し行くと、試験場の職員のおじさんと行き会いまして「黒い車は明日まで、泊まりで山に入りますんで宜しくお願いします」と、お断りなども入れられて、これなら置きっ放しの車から勘違いの遭難騒ぎなども起きないだろう、万全であるな、と思ったのでありました、がぁ・・・その話は後で。

     さて、桑沼までの林道は、北丸松保沢と南丸松保沢の橋を渡る辺りまで、大きく迂回している為に、直線で計ると600〜700メートルの距離を2.5キロ、大回りして登っている訳であります。
    なので、キャンプ場の下の沢沿いに行って、二つの沢を越えた辺りから林道に向かう尾根を登ってショートカットしてしまおうと計画を立てていたのであります。
    が、しかし、机上の空論と言うのは恐ろしい物でありまして、30キロにならんとする荷物を背負ってしまうと、私の登坂能力は、斜度25パーセント程度が限界になっているのでありました。
    と、言う事は、林道に出る詰めの段階での、標高差100メートル強を距離600メートルで登る傾斜は絶対に無理だと言う事であります。
    まっ、林道歩いたってたかが8キロだし、しかも、高低差はたったの250メートル・・・屁みたいなもんだわい、と、歩き始めたのでありました。

    林道と言うよりも、普通の尾根道なんです。

     歩き始めまして、ものの10分も行かないうちに、肩が悲鳴を上げるんであります・・・痛いんです、とても痛いのであります。
    うひゃぁー・・・こんなんで桑沼まで行けるのかなぁ? いや、仮に行った所で、へたばっちまって、何も出来ないんじゃないのか? なぁんて弱気になるんであります。
    ただ、救われたのは、今朝は今冬一番冷え込みだったと言う事で、気温が低く汗をあまりかかない事と、雪が本物のパウダースノーと言いますか、アスピリンスノーと言いますか・・・。
    そう言えば、最近、アスピリンスノーって言う言葉は聞きませんねぇ・・・これ、既に死語なんでありますか?
    下は一度凍った硬い雪で、その上に昨夜降ったと思われるサラサラの粉雪でありまして、スノーシューの足の運びで飛んでしまう程の軽さなのであります。
    歩き始めて30分も過ぎた頃、ようやく身体が荷物の重さに慣れて来まして、緩い登りも幸いして、歩き始めの悲壮な気分は無くなりました。
    それよりも、絶好の天気に恵まれ、又とないチャンスに来られた事に心うきうき、足取り軽く、しかし先は遠いし肩は痛いぞ、と、楽しいのか苦痛なのか、久しぶりの重装備の山歩きを堪能しているのでありました。
    林道を歩いていると言っても、傾斜が緩い事以外は普通の雪山と同じでありまして、場所によってはとてもじゃないけど林道とは認めないよ、と言う状況も多いのであります。

    林道に赤布が打ってありますから、それなりなんでありますね。

     北丸松保沢の橋まではスノーシューやスキーの跡が見られるんでありますが、これを直角に渡ってしまいますと、踏み跡は無くなります。
    そして、此所から先は、ウサギやらカモシカの足跡ばかりの雪道になる訳なのでありますが、絶好の天気に助けられ、眺望も展望も無いのに気持ち良いのであります。
    しかし、なんぼ気分の良い雪道でも、背負っている荷物は現実的に重い訳でして、特に肩の痛さには参ってしまうのであります。
    只ひたすら、桑沼目指して黙々と歩くだけでありますから、自分の頭の中で辛さを紛らわす事を考えたりする訳であります。
    それは、登山隊ごっこ・・・言わば「登山隊・ひとり」であります。
    具体的にはどんな事なのかと言いますと、休みたいなぁ、なんて思う時に「隊長、ここらで休憩を一本入れたいと思いますがぁ」と、頭の中の隊員Aが言って、それを受けた隊長が「よぉーし立ち休みで一本入れるぞぉ」となる訳です。
    そして「隊長、小腹がへったので行動食を・・・」「よぉーし、チョコ飴を一つ喰って良ぉーし」などと延々、登山隊ごっこを独りでやって行く訳であります。
    ところで、大荷物を背負って歩く場合、迂闊に降ろしてしまうと再度背負い込む事が難しくなる事が多い訳であります。
    そんな訳で、強力は「一本入れる」と言って、荷物につっかえ棒を入れて支え休憩を取った訳であります。
    で、私はと言いますと、スキーのストックを二本立て、腰を折って前屈みになり、そこに塩梅良く荷物の加重を掛けて休む訳であります。
    そんな訳で、歩き始めてから桑沼までの4時間弱、一度も降ろす事も無く担ぎ続けた訳であります・・・歩きながら山岳部時代の事を色々と思い出していました。

    おっさん、かなりバテテいるようですが、まだまだぁ・・・タイマー撮影でピンぼけです

     背負子に乗っている荷物は3段階になっておりまして、衣食住の順番で積み上げてあります。
    一番下がテントで、住でありまして、次が小型のプラスチックのコンテナに食の一式で、その上に35リットルのザックに衣の一式と寝袋であります。
    パッキングに関しては大昔、キスリングを背負っていた頃に研究を重ねました。
    で、巷では重い物を上に、と言うのが鉄則だと言われておりましたが、流石に一番下に重い物では腰をやられますが、真ん中位に重量物を入れ、そして、一番大事なのは、左右のバランスであるな、と、私は思うのであります。
    そして、もう一つの私のコツは、背負子でもザックでも、肩ひもの長さは極力詰める事であります・・・なので肩に来るんでありますが、腰には来ません。
    まあ、好きずきだと思いますが、行動中には使わない物を下に入れるのも鉄則な訳でして、私の一番上は、大荷物でもディパックでも、合羽と行動食なんであります。

    やっと着きましたが、おっさんは完全にバテバテの情けない顔です

     さて、4時間も掛かって、やっとこさ、桑沼に到着なんであります。
    スプリングバレーから来ているらしいスノーシューの踏み跡とスキーの跡も何本か在りまして、誰かがイグルーでも造ろうとしたのか、積みかけのブロックがありました。
    へぇー・・・ここでこう言う事をしようとする輩が、私以外にも居たと言うのは、驚きであるとともに、けっこう普通の行動なのかも、なぁーんて思う訳であります。
    そうですよねぇ、雪山好きがここの雰囲気を見たら考える事は似たようなモノでしょうねぇ・・・でも、イグルー造るには雪質がちょっと。
    いやいや、休んでなんか居られないのでありますね、山の夕暮れは早い上に、ここは谷間でありますから特にそうな訳です。
    さっさとテント張って、キジ場決めて・・・あっそうだ、昼飯喰ってないんだよねぇ、と。
    そんな訳で、かなり古いけれども、しかし、名門小川のテントを取り出しまして、かじかむ手で設営など進める訳であります。
    既に陽は稜線に遮られ、陰って、気温が下がって参りまして手袋無しでテントを立てるのが辛いんであります、が、しかし、ごわごわの手袋をしていてはポールのジョイント一本継げない訳です。
    かぁー・・・コリャァ失敗だったなぁ、作業用の手袋の事を考えていなかったわい・・・いゃ、マジで危なかったな、と。
    それでも、なんとか、テントを立て、荷物を納めて整理して昼飯を食べた時には、既に3時ちょっと前になっておりました・・・今日はもう何も出来ねぇじゃんかぁ、と。
    昼飯を食ったらなんだかとっても眠くなりまして、ラジオなんか掛けたまま、寝袋に潜り込んで大休止であります・・・あっ、眠気を誘ったのはビールか?。

    ふふふ、これが年代物の小川のテント・・・我がベースキャンプだぁ

     軽く寝たな、と、思って起きたら既に晩飯の時間でありまして、ありゃぁ、やっぱり相当に疲れは疲労していたんだなぁ、と驚きであります。
    そう言えば、先月船形山の升沢小屋へ行ったときも、到着後すぐに昼寝していたっけな、と思い出したのでありますが、こんなんじゃぁ明日、北泉に登ってから帰りの馬力は残っているんだろうか?と、不安になるのであります。
    なんたって、北泉往復で約5キロで、帰り道が8キロな訳です・・・まっ、基本的にはここからは下りだからな、大丈夫だろう、と。

    晩飯喰って、一人宴会やってます。足に履いているのは、フリースで造った防寒袋です。

     さて、飯を食ってしまったら何もする事は無い訳であります・・・山男の歌でも謳いたいんでありますが、何ぶん独りでは盛り上がりませんし。
    こうなると、酒を飲んでラジオを相手に返事をしてみたりして時間をつぶすんでありますが、限界はすぐにやって来るんであります。
    まっ、獲れる事は無いと思うが、紐の罠でも掛けてみっかい・・・でも、外に出るのは寒いしなぁ・・・ションペンついでに星でも眺めて・・・雪女でも出たらラッキーだな、よし、夜の桑沼探訪と行きましょう、と。
    ダウンなど着込んで、オーバーズボンを履いて、外に出てみますと、満天の星なんでありますが月明かりは無く、暗いんであります。
    こんな晴天の夜で満月だったら新聞が読めるんでありますが、本日は新月の細ーい、糸のような月でありました・・・うぅー寒い、罠なんて造ってらんねぇ、です。
    すぐ近くでフクロウが忙しなく鳴いておりました。
    ウィスキー無くなっちまったし、後は寝るしか無いな・・・で、8時就寝でありました・・・で、寒くて起きたのが3時であります。
    うひゃぁー、中途半端な時間だなぁ・・・昨夜の喰いが足りなかったな、燃料不足で寒さが襲って来たのでありますが、これは、何か喰ってもう一眠りが正解だろうと言う事で、サラミとビスケットを食べて再度寝袋へ。

     
    本日も晴天であります・・・しかも、この朝は寒く無いんであります。

     ガビョーンであります・・・なんとぉ、薄ら明るいテントの中で目覚めたら既に6時30分、私のいつもの起床時刻ではありませんか・・・参ったなぁ。
    こんなんで、今から飯喰って北泉にアタックして、明るいうちに旗坂まで戻れるのだろうか、と。
    うーん、と考え込んでいる所に「登山隊・ひとり」の隊長がお出ましであります。
    「あー、では、本日は、お日柄も良く、天候も良いので、アタック隊は予定通り」と高らかに宣言でありました。
    その後は、バタバタと、ラーメンライスの朝食をとり、アタックザックに行動食とお茶を入れ、本日は急斜面を予定してのワカン装着でありました。
    隊長に促されてあたふたと準備をしてベースキャンプを出たのが8時20分でありました。
    天気は快晴でありまして、大倉の尾根はすぐそこに、一息でひょいと登れる程に近く見えるのであります。
    夏道を行く予定で作戦を立てて来たのでありますが、急斜面に近寄ってみると、それはチョッと拙いかも知れない、雪崩なんか怖いかも知れないと言う状況なのであります。

    急斜面の上部は崩れた雪庇の跡と、小規模な雪崩の跡のような不穏な様子でした。

     いや、これはちょっと拙いんじゃないかい?気温も大分上がって来ているし・・・ああ、登りよりも下りが怖いな、気温がもっと上がるだろうし、と。
    そこでまたもや隊長の一声であります「よぉーし、北へトラバースだぁ、ブナ大木の林までだぁ」との指示であります。
    と、言う事で、雪庇の崩れた跡が途切れる所を探して、大回りになるけれども仕方が無いのであります・・・隊長命令でありますから。
    そんな訳で、なんとか崩れていないきれいな雪面で、しかも、詰めで大倉の尾根に上がる所も雪庇などの張り出しや壁になっていない所を見つけた訳であります。
    しかし、斜面は急で、キックステップを何度か打込んで完全に足場を確保してから踏み込まないとズリ落ちる訳です。
    いやぁ、予想以上に難儀するなぁ・・・と、思っていると、隊長から激が飛び「休まず一気に攻めろぉー」でありまして、ほとんどピクピクになっているふくらはぎを気遣いながら黙々と登る訳であります。

    やっと登り切った大倉尾根から桑沼を眺める

     自分としてはだいぶ北へ振ったなと思っていたんでありますが、後でGPSで軌跡を見たら(この辺の芸まで覚えました)夏道からそれ程離れていませんでした。
    と、言う事で、結局夏道ってその近辺で一番合理的な所に切られているのであるな、と、先人の見立てに驚きでありました。
    登ってはずり落ち、ずり落ちては登りを繰り返し、わずか100メートルの雪面で1時間も悪戦苦闘の結果やっとこさ、大倉の尾根に上がれました。
    ここからは尾根沿いに大した斜面も無く、詰めで北泉のすぐ手前にちょっと登りがある程度であります・・・と、隊長から「ゆっくり急げぇー」と激が飛びました。

    三峰山との三叉路です。

     大倉の稜線は、夏なら雑木に遮られて何も見えないのに、木々が裸でありますから、展望、眺望は抜群であります。
    が、しかし、眺めに釣られて不用意に踏み込みますと、雪庇ではないのですが、下が急斜面の笹っ葉でスッポリと踏み抜くのであります。
    運が悪いと雪が切れてそのまま滑り落ちてしまう事もあるので要注意であります・・・はい、私の体験談であります・・・焦りました。
    雪は軽く、足跡はカモシカ以外には何も無く・・・しかし、なんでカモシカは登山道に忠実に歩くんですか?まるっきり赤ペンキを辿っているのですが。
    そんな訳で、自分としてはゆっくり急いだつもりなのでありますが、北泉の頂上に立ったのは10時30分でありまして、2時間10分も掛かっちまった訳であります。

    雪に埋まって片鱗のみを覗かせていた山頂の標識

       さて、大汗をかいて辿り着いた北泉ヶ岳の頂上には、反対側の三叉路から上がって来た先行者が一人おりまして、正直に言うと、ちょっとガッカリでありました。
    何となれば、「厳冬期北泉ヶ岳登頂」は、本年度の「登山隊・ひとり」の一大イベントで、最大目標であった訳です。
    それなのに、絶好の晴天誘われて、ひょいひょい気安く登って来られてしまっては我が登山隊の面目が無くなっちまう訳であります。
    とまぁ、そんな事はさておき、頂上で行き会った登山者の方に記念写真のシャッターなんぞお願いし、ベテランだったようで、山頂から見える山々の冬の状況など教えていただきました。

    お約束の山頂たこおやじ記念写真・・・背景は船形山です

     20分程の休息をとり、景色を堪能してベースキャンプへ戻った訳でありますが、帰り道は転がり落ちたようなものでありまして、まあ、急斜面で雪崩れたらそん時考えますから、と言う具合に、シリセードで一気に下ったのであります。
    雪まみれで転がり落ちた下りは、ぴったり1時間で、テントに戻ったのは11時50分到着でありました。

     さあ、これからが大仕事であります・・・まず昼飯を準備して喰って、テントを撤収して後片付けなどしてパッキングをして旗坂まで下山であります。
    そこで隊長の号令であります・・・「よし、アタック隊は休息しつつ、私物をまとめる」、で、「サポート隊はテントの撤収と昼飯の支度」・・・始めぇー、と。
    ガスにコッヘルをかけ、とり釜飯とクリームシチューを入れて、温まるまでの時間を使ってテントの中を片付けに掛かる訳です。
    で、寝袋などを詰め終わったら飯を食っている間はテントをひっくり返しておく訳です・・・グランドシートが少しでも乾いて軽くなりますように、と。
    で、飯を食い終わってコッヘルとコンロをプラ・コンテナに詰めたらパッキングの仕上げであります。
    背負子に総てを括り付けて時計を見ると1時でありました・・・帰りたく無いなぁ、名残惜しいなぁ、と、カップに作っておいたコーヒーを啜りながら、しばし感慨に耽るのであります。
    さて、1時10分に隊長の号令がかかり、「ではサポート隊は装備を背負い、アタック隊は軽荷で、しゅっぱぁーつ」であります。
    もとより、「登山隊・ひとり」では、サポート隊もアタック隊もぜんぶ私一人なんでありますが、気持ちの中でこう言う事をやっていると、なんだか違う誰かが荷物を背負っているような・・・現実は、そんな甘いもんでは無いのでありますけどね。

     で、帰り道は下りだと思ったら、基本的にはそうなんでありますが、何度かそれなりに微妙な登り返しがあったりしまして、やっぱり山道なのであります。
    しかも、気温が上がり、東や南に面した所の雪は腐り切っておりまして、スノーシューにべったりくっつくんであります。
    三歩進んで二度叩く、も、余りにも長く続くとくたびれるし面倒だしで放っておくと5歩か6歩目には重くなりすぎて落ちるんであります。
    しかし、それまでの数歩の歩みがイライラする訳でありまして、スノーシューの電動雪落としなんて誰か売り出さないかなぁ、なあーんてくだらない事を考えていたら、旗坂に到着でありました。
    3時50分の到着で、所要時間は2時間40分でありました。

     さて、戻って来てキャンプ場の駐車場に出ましたら、駐在さんが私を出迎えてくれた訳であります。
    なんでも、水産試験場の方から、一晩置きっぱなしの車があるので、遭難してるんじゃないのかと連絡を受けたそうで、おまわりさんが駆けつけたのだとか。
    で、悪い事に、いつもは必ず提出している登山届けを出していなかった為に、車のナンバーから私を割り出して家に連絡してみたとの事で、いやぁ、申し訳ない事であります、と、平身低頭であります。
    しかし、昨日、試験場のおじさんに挨拶した時に、「はいはい、気をつけて」と言われたのは、あれはタヌキだったのでありましょうか?


     この話 完


    まあ、適当に書いてますんで、間違いが有っても見逃してやって下さい・・・


    ご意見ご感想は 承っておりませんが・・・


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