よたよたと、山登り


    No.43

       

    馬場島〜劔岳〜早月小屋〜馬場島

      9月06日 

     6日の午後2時に馬場島へ到着し、車中泊に丁度良い場所を見つけ陣取る事が出来た・・・ラッキーな事に、トイレまで歩いて30秒の好位置であった。
    私は、田舎者の初心者である事をひた隠しにする様に、位置決めが済むとすぐさま、クーラーで冷え冷えの缶ビールをプシュッとやった。
    一口、二口、三口と、胃袋にビールが広がるに連れ、やっと北アルプスの登山口へ辿り着いた、と言う実感がこみ上げて来るのであった。

     朝、8時30分に仙台宮城から高速に乗り、富山県の滑川インターまでノンストップで475キロを走って来た訳だけれども、劔岳へ登ると言う事で興奮状態なのか、疲労感はまるで無かった。
    カーナビで登山口の馬場島(ばんばじま)をセットしたかったが、行き先不明で案内不可能というので、取り敢えず、おにぎりなどの行動食を買おうと、手近のコンビに入った。
    しかし、アレですよ、もしも同じルートで馬場島へ行こうと思ったら、買い物はコンビニが2軒、それもインターから先へは1軒しか無いので、大したものは手に入りませんから、ご注意下さい。
    そして、ガソリンは、一度国道8号へ出ないと入れられないのでこれも用心です。
    そんな訳で、コンビニで馬場島へはどう行けば・・・と、尋ねたのですが、若い店員さんは、その名前さえ知らない訳で、えええっ?劔岳の登山口なんですけどぉー・・・有名じゃないんですかぁ?と、こっちが驚く始末でした。
    はいはい、んじゃぁいいです、と言う事で、山と高原地図No.36劔・立山の裏面の広域地図など参照しながら、概ねこっちか、と言う方向へ。
    しかし、時間的には早すぎる訳で、そう言う事なら一つ温泉でも、と、思うのは自然の成り行きであり、老眼で見難い地図とにらめっこしながら、温泉マークを探す訳です。
    ああっ、地図上の進行方向に温泉マークがある・・・うっしっしーと。
    そんな訳で、みのわ温泉にとっぷりと浸かってさっぱりし、馬場島への道も確認したところで、いざ、いざ、と。

     車の後ろのハッチを開け、涼しい風を入れ、寝袋の上に横になって、本を片手にビールなどやっている姿は、何処から見ても訳知りの玄人の風情だと思っているのは本人だけの勘違いか?
    今しがた早月小屋から下山して来たという、東京者のバ様とジ様が私の車のナンバーを見て、あらまた遠い所から、と話しかけて来た。
    そこで、黙っていれば判らないものを、初めて来たとか、高い山は知らないとか、岩場は初めてだとか、素人を曝け出してしまったものだから、バ様は面白がって有る事無い事を吹き込みたくて喋りまくった。
    まあ、バ様という人種はそう言うものなので無視で良いのだが、連れのジ様の方が、泉ケ岳に登った事があるという話しになり、しかも、面白山から仙台神室まで歩いているという、酔狂・・・いや、熱心な山好きと言う事でしばし、東北の山話しで盛り上がった。
    で、バ様の話しでは、昨晩の早月小屋は泊まりが100名程も居て、布団一枚に、頭と足を交互にして二人一組で寝たのだとか。
    うげぇー・・・そんな状況だったら小心者のオラは一睡も出来ない事間違い無しだ、うーむ、早朝出発の日帰りアタックか?と、多いに不安になるも、まあ、月曜の夜にそんなに客は居るまい、と、自分を宥めるのであった。


     9月07日

     午前4時起床〜5時40分出発。

    昨晩は満月が眩しく、夜中に照らされて目が覚めた。
    従って本日は、願ったり、適ったりのムフフ快晴・・・ドピーカンと言うやつで・・・いやぁ、心から良かったと安堵した。
    早速コーヒーを入れ、レトルトのシチューを温め、ヤマザキのランチパック、ツナとタマネギを食べる。
    こんな小食で持つだろうか?と、不安になるが、行動食はたっぷりあるし、水場が一つも無い早月尾根を想定して、背負った水が2.5リットル。
    普段どんなに厳しい山でも一日の行動で1リットルの水を飲んだ事は記憶に無いほど、水は飲まないタイプです。
    まあ、しかし、山小屋に様子伺いで電話をした際に、くれぐれも水だけは多めに、とのご忠告を頂いていた訳で、しかも、小屋で売っている水は、2リットルで800円と言う事なんで、んじゃぁ、2日分だなと2.5リットルを背負った訳です。
    まず、結果から先に申し述べると、初日の登りですっかり全部飲み干してしまったと言う事でありました。

    馬場島キャンプ場から見上げる、夜明け頃の月

     さて、登山地図のコースタイムでは、早月小屋まで5時間40分、小屋から山頂まで3時間30分で、合計9時間10分となっている訳です。
    が、しかし、私の場合はテントと鍋釜、食いものに水を背負って登った時に案内書のコースタイムとほぼ同じで、軽荷では概ね2〜3割り方早い訳です。
    そんな過去の例からも、まあ、厳しく見積もっても8時間は要らないはず、と、舐めていました。
    で、結果から言うと、1時10分山頂到着なので、ほぼ予定通りの7時間30分と言う事で、まあ、北アルプスでも劔岳でも、泉ガ岳と大差は無い、と言う事です、か?????。

    これが有名な、登山口の石碑であります。

       さて、いよいよ歩き出した訳ですが、キャンプ場の最後のトイレを見たら、なんだかもう一丁、と言う気になりまして、一寸寄り道などしたものですから、実質登りに入ったのは6時になろうという所でした。
    まあ、最悪は早月小屋まで行って、頂上アタックは明日という事でも良い訳で、まっ、余裕だろうと・・・。
    で、歩き始めてすぐ、聞きしに勝る急登から始まる訳です。
    ふーん、成る程ねぇ・・・これがアルプス3大急登だか、日本3大急登なんですね・・・まっ、流石だわね、と。
    いや、はっきり言って半端でないです・・・本当に急登です。
    しかも、東北の山と違うのは、息を抜く平らな場所がほとんど皆無で、ずーっと登り続けるという事です。
    まず、山を楽しむとか、味わうとか、そう言う感覚は吹っ飛んでしまう、ひたすら耐えるだけの登りであります。
    まあ、私は初心者ですけど、初心者なりの感想を述べさせて頂けば、今まで登ったうちで一番きつい登りではありました。
    早月小屋まで展望はほとんど得られず、樹林に囲まれた尾根は風通しも無く、汗を垂らして耐えるばかりで、最初の休憩ですでに水を欲している始末です。
    それも山では御法度の馬飲みを、ぐびりぐびりとやるんですから、絞り出された汗も推して知るべしです。

    200メートル毎に標高を示すプレートがある、が、微妙にいい加減。

     そんな訳でひたすら耐えて歩く事4時間10分・・・9時50分に早月小屋へ到着でありました。
    ここまで、見えた山はと言えば、猫又山と小窓尾根からマッチ箱・・・だと思うだけで良く分かりませんが。
    それらはこの辺りでは前座というか、脇役というか、ふんどし担ぎな訳ですが、それでも十分に迫力があり、いやぁ、大変な所に来ちまったかもしれない、と言う思いに駆られる訳です。
    さて、本来ならば小屋へ寄って情報収集なりする予定だった訳ですが、しかし、折しもヘリコプターで荷揚げの真っ最中らしく、迂闊に近寄れない雰囲気でありまして、珍しい光景を遠くから感心して眺めておりました。

    早月小屋と荷揚げのヘリの様子。

     当初、ここで早い昼飯を食う予定も立てていた訳ですが、コリャァ参ったな、であります。
    しかし、ダメなものはしょうが無いという事で、外の別棟のトイレを拝借し、後学の為にテント場など観察して先へ向かった訳です。
    もっとも快晴の炎天下では飯を食うのもちょっとナニと言う感じで、荷揚げが無くても外で休憩は無理だったかも・・・。
    そんな訳で、ちょっと登って日陰の良さそうな場所を見つけて本日初の大休止でありました。
    とは言っても、クッキーを2枚とクリームパンを一個、コンデンスミルクをチューブから直ナメで仮の昼飯は終了です。
    時間にしたら10分ちょいの休憩でしたが、腰を下ろしたのは本日初でありました。
    正直に言うと、バテてました・・・水の飲み過ぎで食欲が無くなるという、シロートを演じていました。
    小屋で標高2200メートルある訳で、ここからは東北の山には無い高さであります・・・未知との遭遇・・・でも無いけど。
    アレです・・・ここまでの行程で、2組、5人を抜いて、独りの登山者に抜かれました。
    で、下山ですれ違った人は20人は居たであろうと思うんですが、流石に映画の影響も大な天下の劔岳、登山者は多いもんです。

    これが赤谷山2258と白萩山2269、手前が小窓尾根、だと思います。

     さて、早月小屋までの登りがすごいと思ったら、この先は、もの凄い、と言う事になります。
    まず、早月尾根の本番は、小屋から上と言う事で、ここまでで諦める人も少なく無いようであります。
    とくに、雨や霧で岩場が濡れる時には危険度は倍増する訳で、小屋のおやじさんが登山者に待ったを掛ける事もしばしばだそうです。
    岩場と言うのをどの程度からそう言うのかアレですが、完全に森林限界を超える高さというと意外に高く、2600まではハイ松があります。
    で、東北では絶対にあり得ない高さの2400メートル位までは普通にダケカンバの巨木などが見られる訳です。
    と、言う事で、東北の名も無き山の森林限界の低さと、それが故に醸し出す独特の雰囲気は、北アルプスなと度は比べる事の出来ない珍品なのであるな、と感慨深いものがある訳です。

     
    天然記念物の雷鳥です・・・でかいウズラですか?

     高さが上がるに連れ、息苦しさが倍増して来まして、2600で再度の大休止であります。
    人によっては高山病が出る高さまで来ている訳ですが、そう言うヤワな身体では無いので、原因はグリコーゲンの枯渇であります。
    グリコーゲンが無くなると燃料がほとんど脂肪系にシフトされる為、グリコーゲンに比較して燃え難い脂肪は、酸素を沢山必要とするので高度が上がると辛くなります。
    で、グリコーゲンの急速チャージは無理なので、せめて、脳味噌にすぐ効く糖質を入れてやる訳です。
    この度は、試しに、こんな時に効くかもしれないと言われるスポーツドリンク500ccを1本持って来た訳です。
    で、どら焼きを一個齧り、スポーツドリンクを飲んで15分程休んだら、赤信号点滅が、黄色に改善しました。
    うーん・・・気のせいかな?で、歩き出すとすぐに苦しくなり、標高2700から頂上までは10歩歩いて10秒休み、の尺取り虫歩行でありました。
    それでもやっと、ほとんど惰性で歩いている始末で、久しぶりに歩くのが嫌だと、心底バテました。

     
    眼前に迫る劔岳の山頂・・・岩だけで、何処をどうやって登れるのか?

     さて、余程苦しそうな表情をしているのでありましょうか?下山して来る人が口々にあと一寸の頑張りですから、と励ましてくれる。
    これは、額面通りに捉えるのが全うだとは思うけれど、しかし、登頂を済ませたものの優越感が言わせてやしないか?などと僻みながら、蚊の鳴くような声で「ンちゃぁー,ス」と、高校の山岳部での挨拶を口走っていた。
    ホントーに苦しかったです・・・掛け値無しで辛い登りでした。
    下りの分、500ccは残しておきたいな、と思いつつ、しかし、休憩の度に手は水ボトルを握っている。

    立山・室堂方向からとの合流点の標識

     ガイドブックにはいくつかの鎖場を難所として紹介しているが、実際にはなんと言う事も無い。
    気になる箇所は一つも無かったと行って良い、なんちゃって。
    いや、バテているから気付かないと言うよりも、心底バテているんで、落ちて死ぬのも一興か、程度に肝が座る訳です。
    で、正味、ヤバイかなと言う所にはステンレスのボルトが足場として埋めてあり、それ以外は、まあ鎖は無くても何とでもなるかな、程度のものでありました・・・ふふふ、偉そうに言うけど、登りではほとんど鎖なんか掴んでいませんから。
    さて、危なそうな場所は、実際危ない訳で、落ちたら大変な事は間違いない訳です。
    しかし、こう言う場所で落ちる人は皆無らしく、やるとすると2600辺りの中途半端な場所で転んだり滑落が多いのだそうだ。
    この日も都合3件のレスキューが在ったそうだが、その内の1件を間近で見た・・・それは後ほど。

    山頂到着と同時にへたり込んで動けなくなった。

     1時10分・・・劔岳登頂。
    やっと頂上に立ちました・・・私の登頂を祝福して、辺り一面快晴で濃紺の空が広がっていました。
    見渡す限り山・山・山で、その向うにもまた、山・山・山、でありました。
    が、初めてなものですから、どれがどの山やら、山座同定が出来ないんであります・・・情けなやぁ。
    結局判ったのは、どっから見ても見紛う事のあり得ない、槍ヶ岳だけでありました・・・いや、間近の立山は分ったし、室堂方面の道路なんかも見えました。
    まあ、しかし、眺めた山の名前なんかドーでも良い訳で、オラが登ったのは、劔岳だぁー、と言う事です。

       
    一息ついて立てる様になったのでシャッターを押してもらいました。

     で、これからあの岩場を降りなくちゃならない訳です・・・下りは怖いですからね。
    あっ、そうだ、最後の武器をまだ温存してあったんだ・・・よっしゃ、アレを一発やっとこう、と。
    まあ、秘密兵器という程のもんでもないんですが、梅干しです。
    大量の発汗で無くしたナトリウムと、筋肉が硬くなるのを防ぐクエン酸を一気に取り、水の飲み過ぎで弱った胃袋にも喝が入る、最終秘密兵器が梅干しであります。
    いつもの山行であればおにぎりを食す段階で梅干しも摂取されている訳ですが、本日はパンやらどら焼きしか無いもんですから、梅干しは単体で持って来た訳であります。
    そんな訳で、梅干しと、ホントーは夜のお楽しみだった缶コーヒーでカステラを一欠片喰って、30分の大休憩の後、1時40分に出発であります。
    いつもは眺めの良い山頂から立ち去り難く、後ろ髪を引かれるんでありますが、この度は、一刻も早く小屋へ戻ってビールなど飲みたいと、心底思った次第であります。
     
    手前のギザギザは北方稜線で、一般登山者は通行不可能だそうです。後ろ鹿島槍、ですか?

     まあ、何だかんだ言っても慎重に下れば大丈夫な訳です。
    黙っていても重力が下に引っ張り降ろしてくれる訳で、加速度と衝撃を上手くコントロールすれば自然に足は出る訳です。
    で、心配した岩場も、鎖場もなんと言う事も無く、やっぱしアレだ、ガイドブックは大袈裟だなぁ、と、順調に下りました。
    何となく、梅干しが効いたのか、バテた、と言う感覚は無くなり、フラツキ感も胃袋のムカムカも消えていたのであります。
    おおっ、やっと本調子だと思ったら、なんでぇ、もう下りかぁ・・・つまんネェの・・・なんちゃって。
    いや、ホントーにどーしたんでありましょうか?もうひと山行けそうな程の回復でありまして、恐るべし梅干しパワー、と。

    富山県警のレスキューヘリと、遭難者

     さて、ほとんど絶好調に回復した私は、しかし、慎重に岩場を下り、一息入れられる2700の狭い按部に出ました。
    まだ水が有るから、クッキーと飴で一服しようとしてザックを降ろした時に、ヘリが尾根沿いにゆっくり飛んでいるのが見えた訳です。
    一段下の2600のピークの按部を狙って探している様に見えたんでありますが、遭難者と思しき人は、2700の尾根上に居た訳です。
    で、ヘリと私の高さが一緒くらいになった所で、下の尾根を指して手を縦に振って合図を送ったんでありますが、まあ、分って居たけど、ゆっくり近づくのが流儀なのかも知れません。
    で、テレビで見るようなオレンヂ色のレスキュー隊員がスルスルっと降下した訳です。
    で、ヘリは一旦大きく旋回して現場を離れ、10分後くらいにピックアップに戻って来ました。

      
    遭難者を収容して飛び去るレスキューヘリ

     ずっと見てたんでありますが、遭難者は立って歩けたし、赤いジャケットを力強く振っていた訳です。
    うーん・・・ヘリを呼んだ理由は何だろうか?元気そうだが、捻挫などで自力下山が無理とか?
    まあ、ナンであれ無事で何よりでした・・・本日劔岳だけで3件のレスキューって、そんなに危なく無いぞ、と言うのは生意気ですかな?
    で、そこからちょいと下った所で爺様と行き会いました。
    爺様は、名前を名乗り、早月小屋への到着がだいぶ遅れる旨を伝えて欲しいという事で、伝言を頼まれた訳です。
    私が小屋へ辿り着いたのが4時10分で、爺様が現れたのは6時でありました。
    日はすっかり暮れ、ガスが出て来まして水も無い爺様は私に言わせれば遭難状態であります・・・自分も水は無く分けてやれなかった。
    天気が良かったので助かっただけで、少し荒れていたら爺様はお陀仏間違い無し、であります。
    で、この度の劔登山で思ったんでありますが、ほとんどの登山者が早月小屋へ荷物を置いて、水とカメラとジャケット程度の軽装で行く訳です。
    小屋からの標高差は900メートル、ガイドブックの予定時間は往復で6時間であります。
    簡単に軽装備で行って良い距離でも標高でもないと自分は思うので、持っている非常装備は全部背負って行った訳です。
    私は山はシロートですが、ゆえに普段は絶対使わない緊急用の装備を、無駄と知りつつ背負う訳ですが、流石に北アルプスに馴れていらっしゃる方々は、違うもんですねぇ、と、ブッ魂消ました。

     さて、小屋へチェックインし、さっそくビールを買いました・・・500ミリで800円・・・でも安いと思う。
    序でに水2リットルも800円で購入し、明日の下山の分、500ccを残し、それもほとんど飲んでしまった・・・乾いてましたねぇ。
    で、心配だった部屋割りは、8帖程の部屋に4人だけ、布団は独り一つと、好条件でありました。
    巷で評判の、臭くて汚い布団は、自分も汗まみれのまま寝る訳で、そんなものはご愛嬌であります。
    そう言えば、風呂は無いのか?せめてシャワーは、と尋ねて大笑いされていた娘が居たね。
    で、晩飯はハンバーグカレーで、カボチャの煮物とオクラの小鉢付き、なぁーんにも言う事ありません・・・美味いです。
    で、朝飯は、塩鮭に焼き海苔、卵焼きに昆布の佃煮と小梅干し、ご飯とみそ汁お変わり自由・・・美味いし量も満足。
    これで、一泊二食付き、9000円は安いんじゃ無いですか・・・一年のうち3ヶ月しか営業出来ないんですから。
    で、ぐっすり眠れる、と安心していたら、一番先に寝付いた御仁が、爆弾イビキの持ち主で唖然・・・まあ、それでも疲れていたからなんぼか寝たようですが、本人は寝た記憶が無いまま朝になった訳です。
    9時になると発電機が停まって、自動的に消灯です。

     9月08日

    翌朝の雲海・・・高層に雲有り、天気は下り坂模様

     さて、昨晩は一時小雨など振り、朝飯時に小屋番のおやじから「本日は昼まで天気は持たないので、足に自信の無い人は山頂は無理」との事が言われていた。
    うへぇー・・・昨日のうちに登っといて正解だったな、と。
    それでも、夜明け前の薄暗い時刻から、ヘッドランプをつけて登って行く人は数人居て、あそこを懐中電灯で行く根性はオラには無いな、と、ここでも山に対する感覚の違いを知った訳であります。

    記念ですからね、はい、バタァー・・・

     ガイドブックに拠ると、小屋から馬場島までの所要時間は約4時間となっている。
    自分としては、下りはあまり得意ではないし、登りはきつすぎて景色などほとんど見ていないので、のんびり楽しんで下って見たかった。
    そんな訳で、朝飯をたっぷり食べ、出発したのが6時30分だった。
    途中で小屋番が言う様に高層の雲が早くなり、天気が急速に崩れて来るのが分った。

    見てる分にはきれいな雲ですが、これが出たら終わりです。

    で、下りだけと言っても、登りであれ程苦しんだんですから、簡単には行かせてくれません。
    まったく、登っても下っても大変な山だな、と、思いつつも、登りでは、二度と来ないぞと思ったはずなのに、また来られるかな、と考えている自分にちょっと驚きでありました・・・まぁ、苦しかった山ほど気持ちには残るもんですから。

    馬場島の建物と駐車場の辺り

    標高は1000メートル位で馬場島の建物や駐車場が見えますが、これからまだ一発、きつい下りがある訳でして、最後までやってくれるなぁ劔岳、と言う事で、9時50分、無事下山できました。


     この話 完


    場所や時間はかなり適当ですので、ご注意下さい・・・


    ご意見ご感想は 承っておりませんが・・・


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