世界一美しい花


 イラン映画『りんご』を見た。十八歳の少女監督サミラ・マフマルバフの作品。十二年間、家に幽閉された双子の少女と家族を描いたセミ・ドキュメンタリーだ。実在の人物がそれぞれ自身の役を演じている。
 少女たちは外の世界と交流がなかったために、ことばも満足に話せない。感情を十分に表現することができない。もちろん文字や絵を書くことも知らない。ところが、ある日、絵を描くことを思いつく。
 靴墨を掌に塗る。ひとりが指を広げて、白い壁にぺたり。もうひとりが、その掌に反対の手を重ねる。その瞬間、開いた十本の指がひな菊か何かの花びらのようにぱっと広がる。−−それがとても美しい。ピカソも思いつかなかったような大胆な方法。そして見事な形。黒一色なのに、その奥に流れる少女たちの喜びの血潮が感じられるせいだろうか、鮮やかな赤にも見える。どこにも存在しなかった新鮮な色に見える。
 どのような人間のなかにもある想像力・創造力を、とても大胆に描き、人間の素晴らしさを訴えるシーンだ。たくまざる人間讃歌だ。映画を見ていない人には伝えにくい美しさだが、私がこれまで見た絵の中ではもっとも美しい絵の一つだ。多くの人にぜひ見てもらいたいが、シネテリエ天神で一週間だけの上映だった。できれば再上映をしてもらいたいものだ。

  
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