カミングスは作曲家である CUMMINGS IST
DER KOMPONIST
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Paul Paray (1886ル・トレポール-1979モンテカルロ)

    


ドンレミイの空の声からルウアンの火の柱に至るまで、ジャンヌはまさしく選ばれたる女性であり、それゆゑにこそ人類の歴史は美しいのだ」 (石川淳「普賢」


今回取上げるのは、ジャンヌ・ダルク、ではなくポール・パレーです。パリに彼の名を冠した公園があるのは知っていても、彼自身については私は殆ど知りません。ただ、以前手元にあったワーグナー管弦楽集、中でも「魔の炎の音楽」のピロピロとしたフルートには苦笑しましたし、サン=サーンスの「オルガン」における不ぞろいな弦の刻みやちょっと薄っぺらなオケの音が妙な効果をこの曲に対して働きかけており、どこか捨てがたい魅力を醸し出しています。最近、シューマン交響曲全集が再発売になったようですけど、さすがに、シューマンの交響曲全集をこれ以上増やす訳にもいかず購入していません。

さて、私には殆ど未知の指揮者パレーは、作曲家としては、3曲の交響曲、オラトリオ、カンタータ各1曲、ソナタ3曲、協奏曲1曲、バレエ曲1曲等を作曲しており、中でも私が興味を持ったのが今回を取り上げた下記の作品です。


ミサ曲「ジャンヌ・ダルク没後500年を記念して」

MERCURY PHCP-10216(432 719-2)  REFERENCE RECORDINGS PR-78CD
1956年10月録音 デトロイト 1996年9月14-15日録音 グラスゴー
作曲家指揮 デトロイト交響楽団 ジェームス・ポール指揮
ラッカム・シンフォニア合唱団他 ロイヤル・スコットランド国立交響楽団&合唱団他




作曲年は不明ですが、1931年に「ラ・ピュセル(乙女)」が火刑台で灰となったルーアンの大聖堂で初演されたましたので、その直前に完成したのではないかと思います。

編成は4人の独唱者、合唱、管弦楽からなり、ミサ通常文に基づく5つの部分(キリエ、グロリア、サンクトゥス、ベディクトゥス、アニュス・デイ)から成り立っています。

さて、ジャンヌ・ダルクというと文学の世界では、それこそ、ピザン、シェークスピア、シラー、アナトール・フランス、マーク・トゥエイン、ジョージ・バーナード・ショー、アノイといった作家達が直接・間接に取上げているほか、音楽でもチャイコフスキーやヴェルディ、オネゲルにジョリヴェと何人かの作曲家がのこの「オルレアンの少女」を題材とした作品を残しています。因みに、彼女とオルレアンをはじめとする戦場を共にし、彼女の崇拝者の一人であったジル・ド・レー元帥は、後に「青髭」として知られ、ペローの物語やバルトークのオペラの題材になりましたが、それはまた別のお話しに繋がっていきます。

さて、ジョリヴェ作品は未だCDにお目にかかれませんので内容不明ながら、他の作品は、何らかの形で「ラ・ピュセル」の生涯(あるいは彼女を巡る情景)を音楽化しているのに対して、パレーの作品は表題にこそ「ジャンヌ・ダルク」を掲げているものの、彼女に関する歴史的・直接的叙述は一切出てこず、あくまで「ミサ曲」として作曲されています。

では、曲順に従って簡単に紹介しましょう。なお、演奏は自作自演盤をもとにしています。

キリエ
  どことなくフォーレのレクイエムの雰囲気を引きずった感じで始まるものの、徐々に力強く盛り上がり、5分程でクライマックスを築き、また徐々に静まる。

グロリア
  アカペラで多少絶叫気味のアルト独唱、それに応えるテノール独唱によって始まる。この出だしの節回しとその後の合唱とオケの盛り上がり方は、どこかで似たような作品を聞いた記憶があるのですけど、思い出せません。中間部はおよそミサらしくなく、うねる弦、ハープの分散和音に乗ってアルトの独唱が続き、それにソプラノとバス、テノールが入る様は、マーラーの交響曲第8番第2部を通り越して、「トリスタン」の世界を感じさせます。最後は「グロリア」に相応しく弦の急速な動きとシンバルが打ちなさられる中、合唱が壮麗に神の栄光を称えます。

サンクトゥス、ベネディクトゥス
  グロリアの盛り上がりそのままに、出だしからとても高いテンションのユニゾンによる合唱から始まります。そのサンクトゥスから切れ目なく続く「ベネディクトゥス」は、それまでのエネルギッシュな盛り上がりから一転して穏やかな独唱者達の応唱と合唱主体で進みます。オケも木管独奏がメロディを縁取っていく点が特徴でしょうか。

アニュス・デイ
  オケの前奏に続いて合唱が入ってきます。部分部分にこれまでの各部の旋律を聞かせながら、緩やかに合唱と独唱がアニュス・ディを歌いつづけ、最後はフルートによる旋律が吹かれ、全体で静かにアーメンを唱え終わります。最後をフルートで締めくくりは、後に初演されたオネゲルの劇的オラトリオ「火刑台上のジャンヌ・ダルク」と同じく、感慨深いものです。


技法的にはそう複雑なことはしていない(フーガっぽい部分すら殆ど聞かれない)ですし、6人組(といってもオネゲル、プーランク、ミヨーくらいしかまともに聞いたことがないけど)よりも保守的な感じで、一般的に今後とも聞かれ続け得る作品かというと、ちょっと疑問ですが、「ジャンヌ」物として私は結構聴いたりします。なお、初演を聞いたフローラン・シュミット(バレエ音楽「サロメの悲劇」等の作曲者。「7つの封印の書」を作曲したフランツとは別人)は、この作品の5つの部分についてそれぞれとても感じ入った旨の批評を残しています(REFERENCE RECORDINGS PR-78CDの解説書参照)ので、シュミットの作品が好きな人は一度聞いてみるのも一興でしょう。

最後に、ポール・パレーのバイオグラフィーとディスコ・グラフィについては「斉諧生音盤志」を参照して下さい。