道楽者の成り行き
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1.じょにーは演奏しなかった

2月17日 ベルリン 

2月17日曇り時々晴れ

昼前にベルリン空港につく、数日前と同じルートを辿って同じホテルに向かう。荷物を置いて、直ぐ近くの楽譜屋に早速向かう。ベルリンで一番大きい楽譜ショップ、名前が思い出せないが犬が店内をうろついていることでも有名な店である。Want Listを片手に調べていると店主らしい初老の男性が声をかけてきたので、リストを提示すると探しに飛び回ってくれたが、シュナーベルやスカルコッタスはここにもないとのことであった。
続いて、フリードリヒ・シュトラーセ駅南のKulturkaufhaus Dussmannに向かう。ここは本やCDの総合ショップであり、地下1階がすべてクラシック売場になっている。広さ的には新宿タワーの1フロアくらい(クラシック・ジャズ・アヴァンギャルドの合計)である。値段は日本よりも高いものもあるので、不思議だ。シノーポリのブルックナー5番も日本より速く売り出していたが、石丸電気で購入する方が為替レート上安いので見来り、まだ日本では売っていないもの、見かけないもの、アルテミスSQのリゲティの弦楽四重奏曲集などを中心に購入。どうしても欲しかったが見送ったものにビデオがあった。
  ラッヘンマンのムーヴメン(アンサンブル・モデルン)、リゲティのピアノ協奏曲(ブーレーズ指揮アンサンブル・アンテルコンタンポラン、エマールのピアノ)、ナンカロウの自動ピアノ作品、のリハーサルと演奏会風景の3本セットでDM200なので、買わない手はないのだが、日本とヨーロッパではTVの再生方式が違うので、見れない。DVD化されることを願いつつ(まずないだろう)、ホテルに戻った。


昼寝

 夕方起きてZOO駅から観光客御用達の100番バスでウンター・デン・リンデンに向かう。本日は、ベルリン・ドイツ・オペラでクルシェネク「ジョニーは演奏する」のプレミエが本来ならば催される日であり、今回の旅行計画をこの日を起点にして私は立案していたのだが、最後の最後、出発一週間前になって、いきなり「中止」。さらにヴェルディ「運命の力」に変更となってしまったので、それならばウンーター・デン・リンデンでクプファー演出の「ラインの黄金」でも見ようということにした(これが、今回の旅行記の表題の背景である)。
 さて、多少時間があったのでウンター・デン・リンデンの一つ前の停留場で下りてそこから散歩することとした、というよりは見てみたい場所があったからだ、その名は「図書室」。州立歌劇場横の広場にある。

「図書室」といってもそれは広場の地下に埋め込まれている、白い棚だけが並んでいる空間で、上から覗き込む格好になっている。93年に訪れた時は、このような建造物は存在していなかったが、その後「ある事」を記念して造られた。その「ある事」とは、こにおいて多数の「本」が燃やされたことである。詩人ハイネは、「本を燃やす人間は、いずれ人をも燃やすだろう」と述べていたが、当時本を燃やした人々は、数多くの人々を実際に燃やした挙句に国土までも焼尽させてしまった。それを記念する建造物として選ばれたのが、本のない真っ白な地下の図書室だった。夜に訪れるととても不気味である、さらに言えばその場所に面したライトアップされた時代錯誤的な建物でヴァーグナーをみるのは奇妙に意心地が悪い感じもしたが。


クプファー演出については、すでに語り尽くされているだろうし私もビデオでみていて大体分かっていたので、今更であったが(最後に手をつないで延々と花一匁をやるのは何とかならんのかね)、歌手はやはり生が一番であった。指揮はシモーネ・ヤング、最近評判がいいらしく、劇場の前には「チケット求む」の人だかりが出来ていた。歌手は、と書きたいところだが配役表が紛失してしまい、たいしてオペラ歌手に詳しくない私には誰が誰だかわからない状況なのだが、ミーメとグンターの歌唱は良かったですな、一方ヴォータンは声が出ておらんかったしねえ。隣のドイツ人のおばさんは指揮者を含めてほぼ全員にブーイングしていました、因みに、この人、開演前にクナパーツブッシュの本を熱心に読んでおりました。

取りあえず、旅はこれで終わりました。ここには書かなかったような細かいトラブルや疲れとか、懐が寂しくなるとか、色々ありましたけど、振り返ってみると無理にでも決行して良かったと思いました、とりわけドレスデンの二日間は、旅行日程に含まれていたのが偶然でしたけど、本当に思い出に残るものとなりました。

終わり


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