August 13,1996



1996年8月13日(火)晴れ
 アンカラから東へ300km余り。ここは、トルコ東部の主要都市シワス。
モンゴル時代やセルジュク・トルコ時代から栄えていた街であり、現在のトルコ共和国建国の父、ケマル・アタチュルクが独立運動の際に最初に決起した街としても有名。

 現在のトルコ東部は、クルド民族問題に絡むゲリラのテロ事件が頻発しており、決して安全とはいえない地方だ。
1年余り前に街一番の高級ホテルで爆弾テロがあり、いまだにそのホテルは休業のままだという。
数ヶ月前には、爆弾を抱えた女性がそのまま自爆するテロ事件もあったらしい。

 しかし、街の様子はいたって平和で治安の状態も悪くない。街の中心部では夜11時を過ぎても子供連れの家族が歩いており、街の観光名所であるチフテ・ミナーレ神学校やシファヒイェ神学校(現在はみやげもの屋と喫茶店になっている)のあたりの人通りも少なくない。
酒場は一軒もないのだが、トルコ名物ドンドルマ(ネバネバする甘いアイスクリーム)の店が軒を連ねており、家族そろってドンドルマを食べながら歩いている。

 トルコの西部はすっかりヨーロッパ風の生活様式が身についており、お酒もタバコもOKなのだが、こちら東部では、まだまだイスラム色が強く保守的だといわれている。たしかに酒を出す店がほとんどなく、街を歩く女性もカブリモノ(?)をしている人が比較的多いようだ。

 しかし、宴会ともなればラク(トルコ独特のお酒。透明だが、水を注ぐと白くなる。ブドウが原料だが、ハーブの香りがするリキュールのような風味。)をがぶ飲みして、フォルクローレのリズムに合わせて踊り出す…。敬謙な信者であるのかないのか、実態はよくわからないのだが、人によっては< Light Muslim(軽いイスラム教信者?)>などと冗談を言っている。

 そのシワス市街から、さらに車で1時間半ほど東に行ったところに、ひと際珍しい名所がある。カンガル犬で世界的に有名なカンガルという町のさらに郊外…バルク・カプルチャ(魚温泉)と呼ばれる所だ。その名の通り、ここには温泉に棲む魚がいるという。しかも、温泉に入っている人のそばによってきて、傷口などをついばんでは癒してくれる、という。

 実際に、行ってみるまでは半信半疑だった。同行したみんながそんな感じだった。ここまで東に来てしまうと、海外からの観光客はほとんど来ることがないらしい。アンカラやイスタンブールのトルコ人でさえ、ほとんど実態はよく知らないようだ。ガイドブックをみても「シワス:この町の近くには、体の悪いところ、特に皮膚病をつついて直してくれる小魚が住むという温泉がある。」という記述しかない。

 午後2時、シワスを3台の車に分乗して出発。1時間余りでカンガルに到着。シワス保健部の要人が同行していたため、地元カンガルの警察がここからパトカーで護衛にあたってくれる。さらに20程、パトカーを先頭にものものしく温泉のある森までたどり着いた。人里離れた所かと思ったが、意外によくある「郊外のピクニック公園」のような佇まいで、けっこう人がいる。聞けば、国内の遠方からも皮膚病治療のためにやってくる人々がいるらしい。しかし、温泉街と呼ぶほどには観光化されておらず宿泊施設もほとんど見当たらない。

 温泉プールはいくつかあるのだが、そのうちのひとつを見学。ちょうど市営の屋外プールをイメージしてもらえばいいだろう。照り付ける日差しの中で、大勢の男性たちがのんびりとプールに浸かっている。あまりの人の多さに圧倒される。

 係の人が、「彼らをあまり刺激しないほうがいいな。けっこうひどい病気の人も来ているし…見るだけにしておきなよ」と言う。海水パンツまで持参して観光気分だった我々は、辺りのシリアスな雰囲気に、少し冷静さをとりもどした。実際、かなり深刻な皮膚病患者などがやってきているようだ。

「プールはダメだが、外の川ならOKだよ」という声に従い、外の川(それ自体が温泉が流れている)岸に向かう。こちらも大勢の人々がいたが、それほどシリアスな感じではない。橋の上流側が女性、下流側が男性用と明記されており、皆水着姿で肩まで浸かっている。我々も着替えはしなかったが短パン姿で、川岸に降りていって、足だけ浸かってみた。すると、即座に小魚の群が、寄ってきて肌をついばむ。「チュチュ」という音こそ聞こえてこないが、その肌触りは、とにかくくすぐったいの一言で、しばらく我慢していても慣れることができないくらいだ。皮膚病であろうとなかろうと、とにかく寄ってきてはあたり構わず、ついばみだすのだ。

photo by F.Shinohara

 Aさんが、試しに小枝を川底に立ててみると、これにも群がってくる。「なんだ、何でもいいんじゃないかあ?」ということになってきたが、深くは詮索しなかった。たしかに注意深く見てみると、しばらく浸かっている男たちの周りにはあまり魚が来ないようで、新しくはいってきた人間の周りにだけ群がっている。

「意外と飽きっぽいんだな。珍しい味がするものなら何でもいいのかもね」この魚の名前はなんというのか?、と何人かの人に尋ねたが、皆よくわからない。ただ、詳しい人間によれば、この魚は3種類あり、仮にビル、イキ、ウチュと名づけると、「まず、ビルが寄ってきて、肌の傷口を軽く噛むんだよね。そのあと、イキたちが寄ってきて傷口を吸う。これで傷の悪いところを吸い出してしまうんだ。そして、最後にウチュが来て舐めてくれる・・」という話。たしかに、大きいのと小さいのの2種類いそうではあったが、3種類をどうやって見分けるのかはよくわからなかった。

 なんだか嘘のような本当の話なのだが、とにかく不思議なのは、この魚たちの生態だ。この温泉は40度はあるだろう、その水温の中で自然繁殖をして棲息している、というのだ。普通、熱帯魚でさえも30度を超える水温の中では棲息できないといわれている。世界的にみても、珍しい種の魚なのだろう。

 1時間余り遊んで帰路につく。後日わかったのだが、その日我々のいた所から数百キロ先の鉄道駅でテロがあったらしい。役人が二人射殺された、という。テロの標的は主に政府関係者…つまり、一番あぶないのは、役人なのだった。パトカーに先導されて走るというのは、役人ですよ、と旗を立てているようなものなのだ。

 その日、同行した保健部の要人は防弾チョッキを身につけていた、という噂があった。彼もまた命をはって仕事をしている一人なのだった。

 

 シワス・ブユックホテルにて

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