August 21,1996



1996年8月21日(水)晴れ
 アンカラでのワークショップも3日目となった。明日はアンカラを出発してブルサに向かう。今晩は、映画を観に行こう、ということになった。Zeynep、それに葛木さん夫妻とのダブルデート(?)だ。

 午後9時。夕食を済ませた我々は、映画館に向かう。どの映画を観るかはZeynepにおまかせだ。
入場料は25万TL(トルコリラ)。日本円にして、300円ちょっとくらい。
Zeynepが顔見知りの映画館のようで5万安くなった。

 トルコでも映画はポピュラーな娯楽のひとつだ。ハリウッド映画が幅を効かせており、トルコ語字幕で観ることができる。人気のある映画は「ロングラン40週目!」などと看板に書かれている。
さて、トルコの映画館は全て指定席となっていて、窓口で渡されるチケットには座席番号がふられている。劇場に入ると案内係が寄ってきて席まで誘導してくれる。

 その場合は、チップを渡す。もちろん、必要なければ断ってもいい。勝手知ったるZeynepは、案内係を断ると、我々を案内してくれた。ところが、そこには老夫婦が座っている。どうやら彼らが座席を間違えていたらしい。彼らに席を移ってもらって、やっと落ち着いたと思ったら、上映が始まった。最初は、これから公開される映画の予告編が数本。これらには、まだ字幕がついていない。英語オリジナルの予告編がそのまま流される。

 劇場内の雰囲気は、ひと昔前にできた有楽町のおおきな映画館といった風であり、座席は必要以上にたっぷりあるし、作りも大きい。ちょっと内装が古びた感じだが、サウンドシステムはドルビーデジタルステレオに対応している最新鋭だ。

 今日の映画は<Restoration>。この映画に関して予備知識はまったくなかった。16世紀のロンドンを舞台に、王室に仕えた一人の若い医者の波乱万丈の半生を描いた物語だ。

「途中で、休憩があるから・・」と始まる前に彼女が言っていた。映画が2部構成なのか、と思っていたが、そうではなかった。フィルム・ロールの切り替わるところでスクリーンが突然消えた。その瞬間に劇場内の照明がいきなり(フェーダーなどかからずに)明るくなる。「さあ、10分間の休憩よ」と言って、彼女は葛木さんの奥さんと共にスタスタと出口へ向かう。彼女たちはそのままトイレに向かっていった。葛木さんと僕もトイレに入る。

「こちらの映画館って、こういう感じなんですか?」
「そうですね。必ず休憩が入るんですよ、それも突然にね。ロール交換の変わり目でプッツン、とね。」
「いきなり明るくなっちゃうんですねえ」
「ちょっと慣れないと抵抗あるでしょう?」と言って葛木さんが笑う。
彼は、以前某映画会社のプロダクションに携わっていた映像畑の人物だ。数ヶ月前から、ご夫婦でアンカラに2年間の長期滞在の予定となっている。

 休憩の間、ロビーで一服している。辺りを見ると、子供連れの家族も何組かいる。この9時からの回が最終回だが、終われば11時を過ぎるだろう。ほんとうにこの国の人たちは、子供も大人も夜更かし連中が多いな、と感心する。Zeynepは売店の男と談笑しながら、コーラなどを買ってきてくれる。「彼ね、大学時代の演劇仲間なの。同じ演劇科にいた人なのよ」と言って、また奥さんとゲラゲラ笑いながら話を始める。彼女と葛木さん夫婦は知り合ってまだ数ヶ月なのだが、もうすっかり奥さんと仲良しになったようだ。

 そのうち、ロビーの人影がまばらになった。あわてて、席にもどる。もうフィルムが始まっている。開始のベルも何もなくて、10分たったらとにかく始めてしまうのが、この国の映画上映のしきたりのようだ。暗闇でまた座席を探すのが面倒なので、一番通路に近いところの空席に座る。

 それから、約50分程だろうか、映画は後半になって盛り上がりをみせ、それなりに楽しめたが、正直あまりピンとくるものではなかった。だが、トルコの映画館の風情は充分に楽しむことができた。

 上映が終わり、タイトルクレジットが流れ始めると、お客は次々と席を立っていった。我々はかなり最後までねばっていたほうだったが、それでもクレジットが終わる前には席を立ってしまった。帰り道でのZeynepとの会話。

「どうだった?この映画?」
「うーん、そうだなあ。キミはどう?」
「前半はつまらなかったけれど、後半は結構面白かった!」
「なるほどね。やっぱり前半、後半って考えるんだ。僕も同じようなものかな。…でも、日本の場合は休憩なしで続けて上映しちゃうんだよ」
「そうすると、どういう印象になるのかしら? 少なくとも前半、後半っていう風には観ないわけね」
「そういうこと…。 ねえ、この映画館って大きいほうなの?」
「アンカラでは二番目くらいかな。どう?ここの映画館は? 日本のと違う?」
「そうだな。正直いえば、ちょっと古めかしい感じだな。日本でも昔建てられた映画館はこんな感じだよ。でも、ここ、サウンドシステムは最高だったよ。」
「そう、ここは音がいいのよね。」
「…それに日本では新しい映画館はこんなに大きなキャパをもっていないんだよ。」
「それはわかるわ。日本は土地が高いんでしょ?」
「そういうこと…。こっちで公開される映画って、みんな字幕なのかな? テレビは吹替えのようだけど。」
「劇場公開される映画は、ほとんど字幕ね。子供向けは吹替えだけど。レンタルビデオも盛んだけれど、ビデオになっているものは結構吹替えも多いかな。…字幕だと大衆受けしないのよ。」
「なるほどね。日本とあまり変わらないな。…キミがどうやって英語覚えたか、わかったよ。ハリウッド映画をいっぱい観たんでしょ?」
「あら、そんな風に思う? Hey!man,whachyugannadu?なあんて言っていないでしょ?」と言って、彼女は顔を赤らめながら笑っていた。

アンカラ・キングホテルにて

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