金色日記 Diary in
Gold (←これもいいかげんにしないとなー……)
8月1日(日曜日)
1999年7の月も無事終わろうとする夜中、『LINUXがWindowsを超える日』(脇英世著、日経BP社)という本を読み、その後、なぜか、『聖書』(中央公論、世界の名著13、1978年刊)を読んでから、ネットに接続すると、通信が不安定になり、何度も切断されてしまう。
しかたないのでDTIのHPへ行き、(二回も切断されながら)サポートへメールを書く。
翌日も改善しないし、メールの返事も来てないようなので、今度は、電話のサポートに相談する。応対に出たオニーサンは、親切に、よくある、「ダイアルアップの削除、設定」などを指示してくれたが、改善せず、そのうち、メールの返事が来ていたので、読むと、そっちの方が、「専門的」で役に立つようだった。要するに、モデムが不安定になっているかもで、さまざまな対処方法が書いてあった。
勘で、モデムを再インストールすると、改善した、みたいだ。とはいうものの、この再インストール、必ずしも「マニュアル」通りではなかった。なんせ、TDKのこれ(モデムカード)は、DOSの画面を出してインストールするのである。Win95用でも。
これを読んでいるみなさん方の多くは、すでにWin98に移行されてると思いますが……
そこで、最初に書いた本に戻るのであるが、それを読んでいたら、(2000年にはWindowsから脱却していよ!)と思ったのであるが、「思った」だけで、これだもんなー……
なんでも、米国司法省は、ビル・ゲイツのメールをすべて読み、分析しているとか。
対するビルは、(メールはヤバイので)「手書きメモ」で、「メールを一掃せよ」との指示を出したとか。
こんなことを書いている私も、ハッ、消される……
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2000年7の月
フィンランド製の道具で
多くの窓が割られる
(恐山のノストラダムス)
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こちらは梅雨から台風にバトンタッチ。やれやれ……
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(そしてここまで↑書いたファイルを誤って消してしまい、再び書いている始末である……やっぱりー……)
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小説更新したので、読んでねん ![]()
8月2日(月曜日)
昨日、いつものようにJMMのニュースレターが来たが、うっかり読んでしまった、「リュウ→リエ」のメールを。
それによれば、リュウは、その日起きて新聞を開き、はじめて、「J文学」(『噂の真相』によれば、『文藝』の編集長だかが、Jポップスかなんかに引っ掛けて造った、おもにそこ出身の若手作家を売り出すための言葉だとか)なるものの存在を知ったとか。また、これに対して、
野村沙千代(こーゆー、ぢだったのかー)に対するのと同じような態度、つまり、批判も非難もしないで、いっさい関わりを持たない態度を堅持していきたい、と言っている。なぜなら、批判にしろ、非難にしろ、それと関わりを持てば、その中に取り込まれる、からである──。
って、ゆーこと自体が、すでになんらかの「批判」じゃんか、とは思えど、ま、いっか、と思う今日の私だった。
というのも、村上龍なんかやっぱり、ネット社会を意識してなんらかの活動をしているんだし、ま、よく勉強しているし、ズレてないほうだよなー……
ナベツネの好みに合わなかったのか、中央公論のザッシから角川のザッシ(どうせ発行人とかは、ホラ、あの人です。文春→朝日→角川と華麗なる(?)トラバーユをした。なんか、どこか似てるよう感じもするが)に変わった(前置きが長い)、『マリ・クレール』9月号の特集、「読書の快楽」で、「ビブリオフィル」として対談している、鹿島茂と中沢けいに比べたら(←この文章、ひとつ前の段落に続く)。
なに? ビブリオフィルって? 腸炎ビブリオとなんかカンケイあるのー? とか。
なんでも「愛書家」のことだってぇー、フランス語ぉー?
鹿島ってのは、最近(って、かなり前か)売りだし中の仏文学者で、なんで人気あるのか? ホントに人気あるのー? この人。この対談読んだかぎり、あんまり「深い」人じゃないよー。Monsieurの綴りも間違えてる(のをそのままにさせてるし)、フランスでの体験を語っても、リカイの底が浅いし。カルヴィーノの本の題名も違ってるし。もちろん、引用も間違っている。しーかーもー! 「引用を間違う文学者は大物」だと豪語。サルトルがそうだったってぇー。
一方、対する中沢けい。古典を読んでるのはわかるけど、それで言ってることは、読んでなくても言えるようなことばかり。しーかーもー、演劇の解釈がうすっぺらなくせに一丁前にモンクつけてアタマにくるー。「豊かな社会になったら、ものすごく華麗な芝居が書けなければいけないのに、昭和40年代を境に小劇場にひっかかってしまったでしょう。あれでは、豊かさにふさわしい作品は生まれません」だとー。
日本の演劇史まるで無視。これで、馬琴がどーたらとか、言えるわけぇー?(日本の演劇関係者が聞いたら怒るヨー、あの人とか、あの人とかー……(たぶん、そういう人たちは、『マリ・クレール』なんか読まんと思うが、さいわいにも))
まあさ、日本では、だいたいこのテードのアタマでも「作家」とか「文学者」とかいって、大きな顔ができるっちゅー見本かな。
だからまー、村上龍なんかいいほうだよ、と今日は珍しくも思ってしまったのである。
どーでもいいんだけど、『マリ・クレール』が想定する読者ってのは、どんな人々なんだろーねー? 『マルコポーロ』を読んでたやつの娘とかー?
8月3日(火曜日)
スタンリー・キューブリックの遺作『アイズ・ワイド・シャット』___トム・クルーズ+ニコール・キッドマン主演。
この映画が「インスパイアされた」とクレジットしている、「原作」、シュニッツラーの『夢奇譚』については、先週書いた。やはり、先に読んでおいてよかった。
映画は、原作に、台詞やディティールまで同じところと、まったく関係ない「つけたし」ような場面が繋ぎ合わせてあり、それらははっきりしている。
原作は奥深い哲学を含んでいるが、この映画は、残念ながら、その深みにまで到達していない。
なぜか?
いくつかの原因は推定される。
1、ほんとうはこの映画は、まだ完成していなかった。これから編集に入るところだった。
2、人嫌いで、世間から隠れるように暮しているうちに、キューブリックは、アタマまでズレてしまった。
3、2の結果、脚本をまるで理解していないトム・クルーズを主役として起用してしまった。
……
いずれにしろ、1だった場合、ほんとうにお気の毒である。まだ製作途中にあるものを「作品」として世に出されてしまったとしたら。しかし、キューブリックに関するウワサは絶えない。そのハナシは、すると長くなるので、いずれまた、その機会があったときにでも……
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それとはまったくべつに、ニコール・キッドマンが、裸で裸足で、眼鏡をかけたまま、鏡の前で、音楽に合わせて体を揺すりながら、イアリングを外しているシーンは、「快感」である。
8月5日(木曜日)
意味もなく、フランス語ページをリニューアルしたから見てねん。読める人も読めない人も、楽しめるオシャレなページにする「予定」だが……。
ただし、ブラウザの「Document Encoding」(言語)を、Western (Latin1)変えてから見てねん。そうでないと、テン、テン、テン……
メニューのシャシンは、コバヤシ・アキラ(♪とぉきょぉ〜にいるときゃぁ〜……じゃないって)氏(八才)の作品を起用させていただきました。天才かも……
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デマ→バレエ界で、私が山下達郎のいとこである、とゆー、信じがたいうわさがたっている。なんでもネットで、誰かが悪口書いたら、私がかばったとか。ここに、一度だって、「山下達郎」なんて、書きました? ……ちょ、ちょっと、待って……山下達郎って、あの、名高達郎とは、ちがうよね……。ホントに、ウワサって、根拠が全然わからんだけに、コワイ!(どーでもいいウワサであるが)。
カム・アウト→ついでだから、告白しとくかー。あの、ガッツ石松とは、なにをかくそう親戚なんです(笑←なんだ、この笑いは!)。私の従弟が、あちらの姪御さんと結婚したんで。
うーーーん……山下達郎の方が、なんか、かっこいいーというかー……>すみません、ガッツさん。
8月6日(金曜日)
仏語のページは、Communicator 4.5で見ると、「言語」を変えなくても、「日本語」のエンコーディングでも、きれいに見えますね。相変わらずGoldを抜けきれてないのでねー(苦笑)。
ひさびさ、ハギオさん登場、また三人で、『アフタヌーン・ティー』にて、だらだらだら……。紅茶は三人三様のをたのんだが、「カントリー風ケーキ」は一人前。わかってるお店の人はフォークを三本。
8月7日(土曜日)
メアリー・スキアヴォ著『危ない飛行機が今日も飛んでいる』上下(杉浦一機翻訳監修 草思社)
著者は、アメリカの運輸省の元監察総監、運輸省がまともに機能しているか、文字通り「監察」する仕事をしていた人である。こういう、お役所の内部にありながら、厳しく内部を監察し、場合によっては告発も辞さないポストがあるアメリカは、やはり、開かれている。
飛行機の操縦免許も持っていて、しかも、あらゆる飛行機に乗った経験のある、航空業界の内部事情にも詳しい人が、あらんかぎりの「資料」を公開し、冷静かつ実用的に、
どんな航空会社がヤバイか?
どんな種類の飛行機がアブナイか?
飛行機に乗る際のサバイバル術は?
などを明確に示したのが本書である。飛行機に乗る機会の多い人は必読の書であるが、だいたいのとこ言ってしまうと、
1、旅慣れた人が行きそうな、アジアやアフリカ、南米などの、予算のあまりなそうな国の航空会社はやはり、避けた方がいいようである。
2、機齢二十年以上の飛行機とか。具体的に言うと、DC-10と、ロッキード-1011。
3、航空会社では、アエロフロート(ほかにもいろいろあるが、代表として)。
また、飛行機の安全性というのは、どこかそういう機関があって統一されているものではなく、各航空会社まかせであるということ。ということは、経費削減とかで、おろそかにされることもある、ということ。
だいたい、われわれは、なんか、「国家」とか、航空会社とかが、通常は、乗客の安全を守ってくれていると、漠然と信じているが、全然そんなことはない、ということがこの本を読むとわかる。
つまり、海外旅行などで、飛行機を利用しなければならないときも、頼りになるのは、自分の常識と用心(たとえ空港が閉鎖になっていなくても、雷雨の時には、避けた方がいいとか)ということになる。
いたずらに「安い」ということだけを考えてチケットを買うのは考え物である。
なにかっつーと、気軽に海外に出たがる人々は、そーゆーこと(飛行機の安全、空港の危険度、機内の衛生……などなど)、考えたことあるのかねー……
(やっぱり大韓航空もやめておこー。事故にまで至らないトラブルを「インシデント」というが、あたしゃ、それにあっちゃったもんねー。あんときは、死ぬほど怖かったもんねー)。
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なお、こないだの全日空のハイジャック事件を、この本を読んでから、私的に分析すれば、
新聞で報じられた通り、警備体制のミスだけど、やはり、機長がりっぱだったと思う。そういう、経験も技術もあるすぐれたパイロットは、給料の安い、労働条件の悪い会社では雇えないということです。
現に、アエロフロートの機長が16才の息子と操縦を入れ替わり、墜落したって事件があったそーな。
8月8日(日曜日)
『恋は嵐のように』__サンドラ・ブロック+ベン・アフレック主演。結婚式を目前に控え、遠く離れた式場に向かう途中、案の定(↑)飛行機事故に見舞われ、たまたま飛行機で隣席だった女性と、陸路を進むことになり、お決まりのように彼女と恋に落ちる男婚約者を描いたものであるが、
その恋に落ちる女ってのをサンドラ・ブロックが演じているが、全然魅力的でないので、全然面白くない映画。
それに、あんなにも離婚があたりまえの国で、今更、「結婚前の不安」もないだろう。
余談ではあるが、男フィアンセ役の、ベン・アフレックの職業が、「ジャケット・ライター」、本の帯を書くコピー・ライターだって。アメリカでは、そういう仕事が独立してあるんだー。
8月13日(金曜日)
エッー?! 知らない間に、「日記」をこんなにあけていたんだー……。
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キューブリックの遺作『アイズ・ワイド・シャット』をまた見る。なんせ遺作なんで、「次の作」はもうないんで、前の映画館の映りがヒジョーニ!(古い!)悪かった(ひどいピンぼけ)ので、しかたない、「もういっぺん(別の所で)見てやるかー」である。
そうしたら、「えっ? こんな映画だった?」という具合である。それほどキューブリックの映画では、映像が意味をなしていたのかー……。思えば、『シャイニング』も妙にくっきりした映像であったような……。
ニューヨークの街が、世紀末のウィーンめいて、トム・クルーズの歩く街の背景の明かりのひとつひとつがくっきりと映し出されている。トム・クルーズが自分で車を運転して、郊外へと向かう、その道端の風景も、夜ながら、半分闇に覆われた木立が、くっきり、なのである。
それで、テーマも見えてきたような……。これは、「ウィーンの明かり」である。すっごく単純なテーマなのだ。世間の評論家が言いそうな、「深層心理」だの、「異常性欲」(←嘲笑)だのの世界ではないのだ。
「時代は現代、舞台はニューヨークなんだけどさー、そこへ突如、『ウィーン』を持ってきたらどうなるか、なんだよねー」と、キューブリックは言っているようである。
だからさー、アメリカ人は、ヨーロッパに長い間住もうと、所詮アメリカ人なんだよねー。テオ・アンゲロプロスなどが持つような、「深み」は、金輪際持てないのであった。どんなにうまくても。
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実を言えば、昨日は、ハギオさんから「又借りした」、さる映画のビデオを見た。これも一度映画館で見たことのある映画だが(一度では、「わからなかった」のである(苦笑))。インパイアされて「小説」に書いちゃったので、題名は、伏せておこう(って、見てる人にはわかるけどー)。
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『噂の真相』を立ち読みする。声を大にして、みなさんにお伝えしたいような、いろいろオモシロイことが書いてあった。しかし、そんなものをいちいち書いていてもしょーがないので、ひとつだけ。
筑紫哲也って人が、「ホームページは便所のラクガキ」って、言ったとか。高橋春男氏は、「なんでも『便所』に結びつける発想は困ったものだ」みたいに書いてました。
ホームページを開いているみなさん、どーします? 刺客でも送りますか。