金色日記 Diary in Gold


9月21日(金曜日)

 『ブロウ』___テッド・デミ監督+ジョニー・デップ+ペネロペ・クルス

 結局のハナシが、ドラッグの売人の「出世」と転落の物語である。ケチな売人から「大物」にのし上がるのだが、それがあんまり「大物」に見えなくて、この主人公の、いったいどこに魅力を感じていいのかとまどってしまう。映画の作りも平板で、主人公がでかい仕事をする、一番の見せ場かもしれないところで眠ってしまった。ジョニー・デップはいい役者だと思っていたが、がっかりである。

 急に冷えてきて、鼻水ずるずるである。



9月24日(月曜日__振替休日)

 『ブリジット・ジョーンズの日記』___なんか知らんが、「イギリス映画」で、アメリカ人のレニー・ゼルウィガー+かつての「イギリス○美」(ヒュー・グラント+コリン・ファース)

 この映画が共感持てるのは、ひとえに、レニー・ゼルウィガーの、同性に好感がもたれやすい風貌(美人すぎずカワイイ)とキャラクター(暖かい感じがする)によるものだろう。

 ストーリーはなんのことはない、「ハーレクイン」である。

 現実はこんなもんじゃないっしょー、現実は。

 冷えてきたと思ったら、また暑くなって、10円安(?)



9月29日(土曜日)

 『ベティ・サイズモア』___ニール・ラビュート監督+レニー・ゼルウィガー+モーガン・フリーマン

 またして、レニー・ゼルウィガーであるが、こっちの方が先に作られた。そして、こっちの方が、彼女の「実力」がよく出ている。これによって、彼女は、「一流」の女優となった。すなわち、色は売らない。たとえば、メグ・ライアンなんか、完全に色売ってるもんね。そういう女優は、ミーハーな女にあこがれられるだけで終わる。ほかに色を売ってない一流女優と言えば、ジュリア・ロバーツなんかが思いつく。

 あ、この映画であるが、ケッコー、奥深い、いろいろなものを含んでいる映画である。

 ベティという、どーしよーもないほど、ひでぇ亭主を持った女が、その夫のどーしよーもなさに気がつかないほど「無垢で」「お人好し」なのだが、その彼女が、夫が殺されるのを目撃して、そのショックから現実と幻想の見分けがつかなくなる。

 彼女の幻想→昼メロのドクターが、自分の昔の恋人である。そして、彼を追って、2000キロの旅に出る。この旅はそのまま、彼女の自己発見の旅である。

 昼メロの画面にのめり込んだまま、コーヒーをこぼさずに注げるウェイトレスのベティは、ほんとうは、看護婦になりたいのだが、この、のめり込める「特技」は、その後の彼女の人生に生かされていく。

 やはり、人間、いい人でいる方がいい。情けは人のためならず……。



10月4日(木曜日)

 『スコア』___?監督+ロバート・デ・ニーロ+エドワード・ノートン+マーロン・ブランドー

 オハナシがなかなか見えない、ながら、ノートンが登場するあたりから、やや面白くなるが、これもひとえに、ノートンの多重人格演技のおかげ。腐った鯛以下である2名の有名俳優は、金の無駄。



10月8日(月曜日→体育の日)

 『トゥーム・レーダー』___サイモン・ウエスト監督+アンジェリーナ・ジョリー+実の父 as 実の父(ジョン・ボイト)

 実はこのゲーム、Mac版は英語しかない(仏語もあるかも)が、三部作をネットで買って、「やってから観よう」としたが、時間がなく、「観てからやる」しかなくなった。

 映画的にはいろいろ御不満な向きもあろうが、私は面白かった。というのも、こんだけかっこよくつおいヒロインはほかにないからである。ついに女はここまで来た! ニ丁拳銃もかっこいいが、貴族の令嬢にしてトレジャー・ハンターという「身分」もかっこいい。これまで(映画で)見たどんな屋敷よりも豪華な屋敷に住んでいる。

 ♪ときはゆくゆく、ときはゆく、それでもときがゆくならば、少女はババアに、ババアは少女になるかしら?___(唐十郎作『少女仮面』より)ぬあんて唄が、つい口をついて出てくる今日この頃である。


★★★ここから↓どうぞ★★★

10月?日(10/25記、もはや、正確な日付は定かでない……)

 『コレリ大尉のマンドリン』____ジョン・マッデン監督+ニコラス・ケイジ+ペネロペ・クルス+クリスチャン・ベール+ジョン・ハート

 なかなか、素晴らしい映画である。なんせ、監督が、『恋に落ちたシェイクスピア』の、あのジョン・マッデンである。前作と同じ、文学的深みがある。

 しかし、映画的にひねってみれば、この映画で、注目すべきは、外見はセックスアピールがあるが、その実、粗野な男を演じる、わき役、クリスチャン・ベールの存在である。ギリシアの島の男丸出しの彼は、その前は、高級スーツに身を包んだ70年代のヤッピーを演じていた。

 この男は、ニコラス・ケイジ演じる、女心がわかる「繊細な」コレリ大尉に、フィアンセを奪われる。このへんの葛藤が面白い。戦時下なのに、まったく手抜きなく、恋愛が描かれる。

 で、結局、コレリ大尉と女は、最後に再会を果たし、ハッピーエンドを暗示させて終わるが、よく考えてみれば、クリスチャン・ベール演じる、「肉体派」のその男が、実は、そないに粗野ではなかったのだ、とわかる。

 んーーー……、なかなか、よい役だーーー! そして、こういう役を「とって」しまう役者ってのは、すごく知的なんだろーなー……で、なんとなく、間抜け面の「二枚目」役ニコラス・ケイジより、目がいってしまうのだった。

 しかし、なんで、いつでも、どこでも、近代史が描かれる映画では、ドイツ人は悪者なんだろうね?>多和田葉子さま



10月14日(日曜日)

 『ファントム・ペイン』(第三舞台20周年記念&10年間封印公演/於:メルパルクホールFUKUOKA)___作・演出鴻上尚史

 前作『スナフキンから手紙』というが、前作が孕んでいたアナーキーなものが消失して、なにを意識してか、ただのメッセージ性のつよい、面白みのない芝居に成り果てていた。その間、鴻上は、たしか、文化庁の公費留学生として、イギリスへ留学してもいた(その前は、野田秀樹も)ような気がするが、その成果が、これだったとしたら、なんか、ただの「お行儀の文化庁の犬」に成り下がってしまったという感じだ。

 この作品は、以後、10年間上演しない、「10年封印公演」というが、わざわざそんなことを言わなくても、数ヶ月で、あとかたもなく忘れ去られてるって。

 *

 だいたい、「メルパルクホールFUKUOKA」という劇場は、芝居の劇場として、最悪である。ここでやる芝居は、見ないようにしていたが、やっぱりねー……である。

 *

 思えば、この第3世代(第三舞台、夢の遊民社から始まった野田秀樹、あと、なんとかってのもいたな……)は、純粋アングラの第1世代、唐十郎、鈴木忠志、寺山修司らに比べたら、彼らのなにかを「かっぱらい」、水で薄めたようなものなのだった。それを思い出したワ。



10月23日(火曜日)

 『トレーニング・デイ』___アントニー・フュークワー監督+デンゼル・ワシントン+イーサン・ホーク

 お、おもろいやんかー。うーん……これは、たしかに、"September 11, 2001"以前に作られた映画なんだろうけど、「それ以後」のアメリカの空気を伝えるような雰囲気に満ちた映画である。

 完全に、「それ以前」のアメリカとは、変質してしまったアメリカを描く。

 いつまでも「正義の味方の好男子」ばかりを演じていないデンゼル・ワシントンにも敬意だが、かろうじて、「それ以後」を生き延びる、すこし乱れた歯並みが美は乱調にありの、イーサン・ホークも、なかなかのものである。

 最後にいくつか流れる曲もよい。たとえば、そのひとつ、This in not Amerika...

 必見!

 おまけ「こんな夢をみた」

 某所で勉強していると、秋吉久美子が遊びに来て、私の勉強している参考書を覗き込み、「数学? 簡単じゃん」といって、すらすら解いてみせる。なんか脅威のようなものを感じていると、場所は、いつしかフランスの家庭へと移り、私はそこにホームステイしているのだが、秋吉らしき女もいっしょにいるのだが、その女は、柳美里に変貌しており、そのフランス人一家とも、親しそうにしている。私はさらに、脅威のようなものを感じ、絶対に友だちになんかならないぞ、だって、あたしのプライバシー、小説に書かれたら嫌だからな、と思う。もし書いたら、やはり、裁判しかないな……と思いながら、ソファの上のうたた寝から、目ざめるのであった……(いったい、この夢は何を意味するのか?)



10月28日(日曜日)

 『ブレスレス1990__ゴミ袋を呼吸する夜の物語』(於:北九州女性センター「ムーブ」)___作・演出坂手洋二+柄本明+島田歌穂

 悪くないんだけど、劇場が、芝居の質に向いてない感じがした。『リア王』の書き直しというが、玉石混淆な感じがした。柄本明の演技は、つかこうへいの『鎌田行進曲』、初代ヤス、以来だが、飄々とした、マイペースな感じが、なかなか、よい。


11月3日(土曜日、文化の日か)

 『オー・ブラザー!』___ジョエル・コーエン監督・脚本+イーサン・コーエン脚本・製作+ジョージ・クルーニー+ジョン・タトゥーロ+ティム・ブレイク・ネルソン

 今年の楽しみを、ついに見てしまって、あと、楽しみは残っていないような……。構想3000年って、アタシの作品の『青い花』もそうなんだけど……。

 1930年のアメリカ南部を選んだセンスも抜群。あとから、いろいろ出てくるかもしれないけど、今は、しあわせな気分に浸っていたいって、そういう映画。

 ひょっとして、アメリカ的なものというのは、ローカルなものにしかないのかもしれない。コーエン兄弟は、それを追求している。『ファーゴ』のミネソタしかり……。

 この洗練度は、非常に刺激される。

 おまけ「こんな夢をみた」

 通りを歩いていると、旅客機が、目の前のアーケードに突っ込んだ。それほどのショックはなかった。しかし、非常事態に備えて、行動せねば、と思ったのだった。





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