1/12_____「しかし旅行をするとは、いったいどういうことなのか。人と出あうことだ」
"Cependant, qu'est-ce que voyage? Rencontrer."
(ロラン・バルト『表徴の帝国』 宗左近訳 ちくま学芸文庫 1998年刊)
★実はメニューのデザインを殊更「和風」にしてみたのも、このバルトの本の影響である。「日本」という素材に触発されたエクリチュールの本である。
上記の「記述」も「日本」の「旅行案内書」から得た「意味」である。
★日本に滞在が長い某フランス人は、この書を読み、「まちがっている」と。彼は、「エクリチュール」の意味を理解していなかった。
2/5_____長いこと、上記の説明が説明不足ではないかと気にかかっていた。上にアフォリズムとして引いた言葉は、どこかの国の鉄道のキャッチ・コピーのように安っぽいヒューマニズムに響かないこともない。
実はバルトは、日本の旅行案内書にある案内一覧が、「退屈で無益なことがら(税関、郵便局、ホテル、両替商、医者、換算レートなど)について記してある」と思い、それはなぜか、と考えたとき、日本人にとっての「旅」が、「人と出あうこと」であると理解したのである。
つまり、「ただひとつの重要な項目は、約束事という項目なのである」と。
2/25____「人間というのは、やっぱり"自分の基準"と"他人の基準"との間で生きているようなもんだから、その調整でウロウロするするのはしょうがないもんだと思った方がいいと思うな。二つの基準の間でウロウロする人間的な行動を、"正体"だの
"妄執"だの "偽善" だの言ってもしょうがない」
橋本治『絶滅女類図鑑』(文春文庫 177ページ)
★女よ、この本を読め!
3/30____「忘却はしばしば記憶の深い形式にもなりうる」
ホルヘ・ルイス・ボルヘス「バベルの図書館」シリーズ、「ジョヴァンニ・パピーニ」の巻、序文より。
★「パピーニという人は不当に忘れられているのではないかと私は思う」と、同序文でボルヘス。またまたボルヘスチックな作家登場。
4/29____「一箇の哲学は携帯用(ポータブル)でなければならない」
ポール・ヴァレリー(『カイエ」]]W、713)。
★実は『カルヴィーノの文学講義』(米川良夫訳 『朝日新聞社』)よりの孫引きである。本書は例の、「新たな千年紀のための6つのメモ」の、ついに出た翻訳であるが、私にとって教科書のようなもので、200ページにも満たない本書のなかに、挿入した付箋、25枚! かつ、シャープペンシルで引いたアンダーラインやら、メモなどべたべた。示唆に富む言葉の海の中、とりわけ目を引いた言葉が上記のものである(ちと、大げさか(笑))。
9/21____"Nabokov said Lolita was the record of his
love affair with the English Language; Irons makes it a menage a trois."____VOGUE
「ナボコフは、『ロリータ』は私と英語とのラブ・アフェアの記録であると言った。そして、アイアンズはそれを三角関係にする」(『ヴォーグ』より)
★Random House版オーディオ・ブック(八巻のカセット・テープ)、『ロリータ』、ジェレミー・アイアンズ朗読の、外箱に書かれた宣伝文句である。
アイアンズは、あの厚い『ロリータ』を、すべてを朗読した。俳優とは、すごい職業である。
そして、ナボコフの文章は、ほんとうにこの言葉がぴったりくるほど、「文学的」であり、(英語という言語に対して)「挑戦的」でもある。
いかにもスキャンダラスなストーリーは、むしろ、「意匠」というべきか……。