アフォリズム'98


98/8/7_____「実現されなかった未来は単なる過去の枝だ、枯枝だ」

 (イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』 米川良夫訳 河出書房新社 1990年刊より)

 ★ カルヴィーノは、私が手本としている作家で、実を言えば、どのページを開いても、アフォリズムで溢れている。私がとくに上の行に目を止めたのは、英訳本を読んでいる時であった。米川氏の訳はすばらしいものであるが、英語で読むと、もう少し、イメージがくっきりと浮かび上がる。

 Futures not achieved are only branches of past: dead branches.

 (Italo Calvino "Invisible Cities" A Harvest Book/ Harcourt Brace & Company)

 日本語版は、最初、1977年に出たのだが、その後絶版になっていて、1990年の各出版社共催の「ブック・フェア」のリクエスト復刊となったものである。これによって、読みたかった本がたくさん読めるようになって、ほんとうにうれしかった。



98/8/27_____「おんなとは世間そのものである」

 (荒川洋治詩集『渡世』 筑摩書房 1997年7月刊 所収「赤くなるまで」より)

 ★20年以上前、『現代詩手帖』に詩を投稿していた頃、氏を介して、間にもう一人を介して、「原稿依頼をしたいので投稿をやめるように」言われた。ちょうど、「もう詩は卒業かなー」と思っていた矢先であった。その後、依頼があり、掲載されたが、それが、「詩人」としては、最後の舞台でもあった。もはや、どんな詩を書いたかも忘れたし、掲載号もどこかに紛失した。原稿料は、一篇、2000円であった。たぶん、いまも、それほど変わってない……と、思うけどー……(笑)。
 で、何が言いたいのか? その後、文芸誌に小説を発表することができたが、そのとき、荒川氏は某誌で、文藝時評をしていました。が、完全に無視されました。氏の取り上げる作品は、どちらかといえば、古風な、マイナーな作品が多い。それらを支援しているようだ。
 で、何が言いたいのか? 結局、この『渡世』を見て思うのは、ひょっとして、私と同じようなことを、詩でやってるのね、ということ。つまり、荒川洋治もまた、「フィクション」と「メタ」の世界を行き来しているのである。
 ま、この世界には数少ない、良心的な人なのかも……。



98/10/6_____「男性の成熟とは、__子供のころ遊戯のおりにみせた真剣さをふたたび取りもどしたこと」

 (ニーチェ『善悪の彼岸』 第四章「箴言と間奏曲」より、ちくま学芸文庫版 信太正三=訳)

 ★実を言えば、ニーチェはまだ、読んでない。しかし、最近、友人の翻訳の仕事を手伝ったおり、家にあった『ニーチェ全集』を開かねばならなくなった。
 ニーチェこそ、アフォリズムの巨匠であった。調べものをしながら、ぱらぱらめくり、ふと目に止まったのが、上記の「箴言」である。


98/12/5____「現代では長い小説というのはひとつの矛盾なのだ。時間のディメンションは細分化され、われわれはそれぞれの弾道に沿って遠ざかっていってはたちまち消えるシリンダー爆弾のように断片的な時間しか生き、考えることができないのだ。時間の連続性は時間というものがもはやじっと停止したものでもなければ、まだ一瞬に爆発するようなものでもなかったあの時代、およそ百年間続いて、それで終ってしまったあの時代にしか見出すことができないのだ」

 (イタロ・カルヴィーノ『冬の夜ひとりの旅人が』脇功訳 松籟社 1981年刊)



98/12/21____「時代は90年後半、人々はシニカルだ。運営方針はホームページにかかげちゃいけない」

(ビンセント・フランダース&マイケル・ウィリス著『くたばれチープなウェブサイト』MdN 98年11月刊より)

 ★真面目さを強調したくて、いきなりナガーイ「運営方針」が載ったサイトってありますよねー……よく考えてみれば、うんざりですよね。この本は、「人のふりみて、わがふり直す」本です。関連Websiteあり→Web Pages That Suck



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