23 プロムナイト
幼なじみの二人が恋しあう___。「むかし、田舎わたらひしける人の子ども」と、テキストは語り始める。欄外の註に曰く、「田舎わたらひ」とは、地方をまわって生計をたてている人。それが、行商人であるのか、下級官吏であるのか、わからない。さらに付け足せば、それは、男の方の親のことなのか、女の方の親のことなのか、それとも両方の親なのか。それでも、暮らしはそれほど貧しいわけではないらしい。表には、井戸があって、そのまわりで遊んだ。子どもは男の子も女の子も同じに見える。同じ、振り分け髪といって、真ん中で分ける、五月人形のような髪型をしている。「ボクの髪ぃ〜が、肩まで伸びて、キミと同じになったら〜♪」てなものである。
しかし、女の親は、べつの男に娘を嫁がせようと思っていた。男は慌ててラブレターを書く。
「あの井戸の柵と比べた私の背いつか越えたよハニー見ぬまに」
女からの返事。
「比べあった子ども時代の髪型を結い上げたのはあなたのためよ」
男女同型の「振り分け髪」を結い上げ、女は成人する。それは、この国のこの時代の風習だった。すなわち、まだ、紫式部が生まれていない時代。
そして、二人は結婚した。なんのことはない、プロムに二人ででかけ、そのまま結婚しちゃったようなもんである。これは、このオハナシの第一幕。
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さて、「初恋が実った物語」の第二幕は、お決まりのように、男の浮気である。テキストに曰く、女の親が死んで、生活が困窮して来た……、なんのことはない、この頃は、男は女の親の財産を頼りに生活していたのである。「ちくしょう! おもしろくねぇーな、こんなしけた生活はよお」である。そこで普通なら、女はこう言い返す、「なによ、あんた。ひとの親ばかりあてにして、ちっとは働いたらどうなの?」「うるせー!」ってんで、掴みあいのケンカが起こる……。
しかし、そうはならずに、というか、男の心は上記のようなものであったと思うのだが、そして、よそに女、しかも金持ちの女をこさえて、そこに通い出したのだが、女はそれを、
(オトウサンは、お金のために、よその女のもとに通ってるんだわ。かわいそうに。うちにお金があったら、あんな険しい山を越えて通うこともないのにね)と思った。そう思ったからこそ、「いってらっしゃい」と笑顔で送りだした。しかし、男は、どうもおかしいと思った。なんで、浮気相手に会いにいくのに、笑顔で送りだすんだ? さては、あいつも「男」がいるな。そう考えて、男は、ある時、出かけるふりをして、庭の植え込みに隠れて女の様子を窺っていた。女はいそいそと化粧などはじめ、庭に座り、歌を詠み始めた___。
「この夜更けたった一人で山越える哀れな男妻に金なく」
けなげな女の態度に男は心を打たれ、そうだ、自分がほんとうに愛していたのは、やはり、初恋のこの女だったんだ、と、浮気相手のもとに通うのをやめた。
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第三幕は、なんかちがう話になっている。ごくたまに例の浮気相手の女のところに男が訪れると、男の目に、女はなんか「ちがう」ふうに映る。なんでこんなおんなと関わったんだろう? 男はそんなふうに思った。以前は奥ゆかしくふるまっていた女が男の前でも平気でご飯をよそったりする。昔の女は、そんなことは召し使いにやらせた。それが妙に下品に見えた。そして男はついにその女のところへは通わなくなった。……と、ここまでは、幼なじみ同士の恋のてん末の物語である。しかし物語の視点は、そこから、その男に「興醒めされた」浮気相手の女の方に移る___。
男が来なくなってその女は、男の住んでいる方を眺めながら、こんな歌を詠む。
「あなた住む山の向こうを見ていよう雲よ隠すな雨が降っても」
その歌を知って、男が、「それでは行きましょう」としかたなく言うのであるから、この歌は手紙にして届けられたのであろう。テキストはそうは明言していないが、女の上記のつぶやきのようなものを、男が「情報」として「聞いて」いるのだから。そしてその「行こう」という言葉を女も「聞く」。それも手紙によるものだろうが、肝腎なのは、そこに、男の「歌」はない、ということである。ある意味で、歌を送り、歌を返すということは、そこにある種の意志の疏通が成立したことである。しかしここに、意志の疏通はなかった。ゆえに、上記の歌のあとに登場するのは、また同じ女の歌である。
「今夜行く言うたびごとに過ぎた夜もはや待たないだけど恋しい」
もちろん、と言うべきか、男が女を訪れることは二度となかった。
この章に出てくる合計五つの歌のうち、二つは「浮気相手」のその女の歌である。いったいこの女って、なんだったのさ、である。
さらに言うなら、アメリカの高校生活最後のダンス・パーティー、「プロムナイト」に登場する人物群像の一人としては、なんかありそうな人物ではある。