私は火星がどこにあるのかも知らなかった。だから火星人が、「窒素を吸って生きていた」なんてまったく知らなかった。彼らは、窒素のないところでは生きていけないので、地球に来る時は、地球人が地球の外に出る時、酸素で満たされたヘルメットが必要なように、窒素で満たされたヘルメットが必要だった。私が驚いたのは、その形状が、地球の宇宙飛行士が頭に付けているものと、ほとんど変わらなかったということだ。
(このように、火星と地球とでは、いろいろなものが相似しているのだ)と私は心密かに思った。
これはたぶん、ある種のSF作家のせいだ。ごく初期の。いったい「人類」はいつ頃から、地球以外の生物を思いついたのだろう?
私は頭の中で自分の貧しい世界史年表を広げてみる。漫然と続くそのでこぼこ道には、ごくありふれた歴史上の人物があっちこっちにまばらに散らばっていて、どこからというくぎりはつけられないのだった。たとえば、ホメロスなる有名人は、地球外生物について考えたことがあるのか?
きっとホメロス学者は「シ(あるとも)!」と答えるだろう。答えはみえみえである。「事実、オデュッセイアの中には、それらしいものが登場するではないか、オデュッセウスが流れ着いた島の異人種とか」・・・こういう「読み」を始めたら、時間はいくらあってもたりない。しかし実際のところ、「はっきりとしたこと」は、アレキサンドリアの図書館のパピルスにも、クレタ島で発見された線文字Bにも記されていない。
正しい答えはたぶん、SF研究家が与えてくれるだろう。それはざっと見積もって、グーテンベルクが活字印刷を発明してからよりこっち、われわれが現在知っている「本」ができてからだ。その時私は、
(火星にも「本」があるのだろうか? SF研究家が存在するだろうか? そもそもSFなるものがあるのだろうか?)と思ってしまった
火星にSFがあるという考えはかなり刺激的な考えだった。
私はいまだに火星がどこにあるか知らない。水、金、地、火、木、土・・・指を折って数えてみる。子、牛、虎、兎・・・みたいに。「われわれ、ごくふつうの地球人」にとって、火星なんて、たかだかそんなものなのである。こうしてみると、なるほど、火星は地球の「隣人」である。われわれが出会う可能性があるのは、火星人か、さもなくば、金星人、ということになる。しかし、金星人の噂はあまり聞かない。簡単な科学的知識があれば、それがなぜかなんてすぐにわかる。つまり、火星の環境が、生物が存在する可能性をほのめかしているということなのだ。わずかながら、酸素が認められる。・・・などと、なにかの本で読んだような気がする。だが今の私は、れっきとしたおとなで、本気で火星の環境について調べるほど暇ではない。いや、言葉には気をつけなければいけない。世の中には、「本気で火星について調べることを、職業にしている人が存在するのだ」。ごくわずかながら。
超大国と自認する国は、当然、火星に関する調査にそれなりの費用を割いている。それはそれらの国の国民の税金で賄われる。「国防費を減らせ!」と言うよりは、「宇宙探査を廃止せよ!」と叫んだ方が、ほんとうは、貧しい人々への援助が増える道かもしれない。地球の外へ出てゆくことは、夢があり、まるでいいことのように、世の中では思われている。少なくとも、豊かで、飢饉や民族紛争とは関わりがない国の人々はそう思っている。
だが、なにもかも、地球的考えは捨てなければならない。火星では、予想されたことながら、「なにもかもが違っている」のだ!。
第一、火星では、攻めて来るのは、火星人ではなく、「地球人なのだ」! これはおちついて考えてみればあたりまえの話かもしれない。
ニューヨーク・タイムズ、日曜版の一面を見たまえ! 見出しはでっかく、
とある。
まあ、気をおちつけて。これは、「火星でのお話」つまり、「火星人のSFね」
火星人が、体の大きさにおいて、だいたい、地球人の2/3ほどであるなんて、知らなかった。つまり、火星人は、全体において「かわいらしい」。でも、気持ち悪い。なぜかというと、「皮膚に柄があるのだ」。ちょうど、ペイズリー模様のネクタイみたいに。でもよく見ると、それは、「ペイズリーよりも、もっともっと、ずっと気持ち悪い」模様なのだ。それが全身に血管のように行き渡っている。そのとおり、それは血管その他の組織そのもので、それが透けて見えてるってわけ。でもその組織にしたって、人間のものとはかなりちがう。
ホワイトハウスで、アサイチで、各紙のブリーフをスタッフから見せられた「アメリカ大統領」は、すぐさま「参謀会議」を招集した。それぞれのセクションの長は、アシスタントにノートパソコンを持たせて列席した。それに、この方面の専門家も呼ばれた。
「諸君、困ったことだ」とアメリカ大統領は言った。
この時あなたは、「アメリカ大統領」として、誰を思い浮かべますか? それによってあなたの性格がわかります。
1、ビル・クリントン
2、フランクリン・ルーズベルト
3、セオドア・ルーズベルト
4、アブラハム・リンカーン
5、ドナルド・レーガン
6、マイケル・ダグラス
7、ビル・プルマン
8、ジャック・ニコルスン
答えは以下のとおりです。
1、あなたはフィクションが楽しめない人です。もっと「気を楽に持って」人生を生きようじゃありませんか。
2、あなたは大変まじめな理想家ですが、やや現実ばなれしたところがあります。
3、あなたは、「ニューヨーク・タイムズ」の記者ですか? でなかったら、「ニューヨーク・タイムズ」の読みすぎです。
4、あなたは完全な時代錯誤に陥っています。いったい今をいつだと思っているのっですか?
5、あなたは辛い青春を送りましたね。
6、あなたは「女性」で、だれかの誘惑を待ち望んでいますね。
7、あなたは、たぶん、「日本人」で、「鉄人28号」を見て育った世代です。
8、あなたはコミュニストです。
では、この小説の作者が考える「アメリカ大統領」とは誰なのか? もちろん、橋本龍太郎、ハシリュウです。もおー、困ってしまいますね、こんな展開。ほんとは誰だっていいんですよ、「主役」じゃないんだから。そうこうしているうちに「会議は進む」。火星人研究の世界的権威である、ドクター・マースアッタクが意見を求められた。博士はなにぶん体が不自由な身で、車椅子に乗っている。それはさておき、博士は、火星におけるスキャンダル、すなわち、「帝国主義者、地球人!」なる「マーズ・ポスト」紙の見出しについて、見解を求められたのだった。
たくさんの目、しかも、この国家を牛耳る力強い目がいっせいにこちらを見た。そして息を殺して、博士の一挙手一投足をじっと見守っている。超タカ派といえど、博士の「右手」の思想よりはリベラルな目。ここで、ぼんやりしてない読者は上記の文章を疑うであろう。すなわち、
というように。つまり、ここでいう「右手」は何のメタファーでもなくて、実際の右手そのもの。なにを隠そう、博士の右手は、博士の人格全体とは独立して、思想を持っていたのだ。
You know? 日本人は上記の英語を結構頻繁に使う。アメリカ人よりも多いくらいだ。たぶん、この表現(音も含めて)が日本人の感性にぴったりくるのであろう。それはさておき、「博士の右手が彼の人格とは独立した思想を持つ」という事実であるが、それは実際どういうことなのか、その思想はどのように表現されるのか、と、賢明な読者は考えるだろう。よしんば、右手が「思想」を、独立した「思想」を持ち得たとしても、そして、その右手で何かを記述したとしても、それは結局、彼の人格と見分けのつかないもの、すなわち、それもまた、彼の別の人格ということになるのではないか?
ま、そういうことになるのかもしれません。文字、つまり、言葉で何かを、思想のようなものを表すとしたら。しかし、思想は、言葉によってのみ表されるものではないことは、みなさんよくご存知でしょう?
そうなんです。だから、彼の右手も、「手」であることを最大限に利用して、自らの思想を表すのです。たとえばこんなふうに・・・。
ドクター・マーズアタックは見つめられて緊張した。口を開く前に「左手」(こっちは彼に従順だった)で、ポケットからハンカチを出して額の汗を押さえた。
「つまり、火星には火星特有の言語が存在するのです」
りっぱな経歴や地位を持った四十個ぐらいの目が、「で?」と博士の言葉を促している。
「それは、われわれ地球人が考える言語とはまったくちがいます」
「で?」
「だからすなわち・・・」
「だからすなわち・・・?」
「は・・・」と言いかけて博士は再び汗を拭った。「は・・・」
約四十個の目が博士の口元を見つめ、約二十個の口が、博士の口の形をなぞって、同じように「は」という形に開いていた。
一堂の者はそれがいかなる意味か、すぐには理解しかねた。彼らは一瞬ぽかんとした顔になった。そしてその凍てつきが解けるや、その表情はしだいに困惑へと変わっていった。右手はといえば、斜め前方に高々と上がって、自らの思想を誇らしげに宣言していた。いまや、博士の口までもが右手に占拠されていた。しかし博士はとても理性的な人だったので、「不法占拠」を許さず、懸命に左手の力を借りて右手を押さえ込み、お歴々の困惑に同調した微笑さえ浮かべ、発言を続けた。