私のように美しい女──あるいは、いかにして私は『オデュッセイア』を書いたか
1
まだどんな化学物質によっても汚染されていない入り江に、私は小さな船を漕ぎ入れた。裸の手足を切るような葦をかき分け、その村に入っていった。村は夕闇に包まれていた。私は神殿を目差した。神殿といっても、大層な建築があるわけではなかった。粗末な木造の祠は焼け落ち、そのままになっていた。その草の生えていない跡地に、私は体を横たえた。夢見るために。それが私の仕事だった。すわなち、ただ一人の男を──。
3000年後の社会から、その男は告発されていた。罪状──大量殺人、強姦、強盗、死体遺棄、人間性に背いた罪。最後に挙げた罪には、時効がなかった。そればかりか、この男に関するかぎり、時効は凍結されていた。
3000年をかけた男の逃亡生活が始まった。だが、その男は、私が夢見た男なのだ。つまり、実在しない男の罪を問うことはできるのか? しかし男は、自分が、私によって、夢見られた存在であることを知らなかった。
私は男に、その事実を告げるべきだろうか? そうすれば男は、逃亡生活から解放される。しかし、同時に、ひどい衝撃を受けるだろう。自分が誰かの夢でできていたと知ったら……。
……そのようなことを考えながら、私は男を作り出す作業を始めた。一週間のあいだ飲まず食わず、その神殿の跡地で眠り続けた。その村には、数年前の大火以来、本来の村人は絶え、異国語を話す人々が住み着いていた。その人々が、好奇心から、遠巻きに、私の仕事を見守っていた。
ボルヘスの短篇の「オチ」は、その男を夢見る仕事をしていた人間も、また、誰かの夢でできていた、というものだ。つまり、この私も、誰かに夢見られた存在なのだ。では、いったい誰が、私を夢見ているというのだろう? その「主」を、私はぜひとも知りたいと思う。いま、私は、その短篇を改めて開いてみることをしない。思い出せるかぎりの記憶で、それを「再現」している。しかも、男が、3000年後の社会から告発されているというところは、私の創作である。そして、かつてあったこの神殿が、大火で焼けた、というところにも、たしか「意味」があった。つまり、その人が本物の人間か、誰かに夢見られた人間かを見分けるすべは、火にあった。誰かに夢見られた人間は、火にまかれても死ぬことはないと。だから、自分が、実在の人間かどうかを知りたかったら、火を放てばよいのだ。
つまり、十数年前の神殿の大火の時、私は神殿に仕える巫女であった。辺境の国から蛮族が押し寄せ、この村が襲われ、神殿にも火が放たれた時、私の周囲の人々はみな焼け焦げて死んでいったのに、私は無傷だった。火の熱ささえ感じなかった。それで私は、自分が誰かの夢でできていたことを知った。
英国の歴史家、M・I・フィンリーは、オデュッセウスの世界を暴いた著書『オデュッセウスの世界』で、次のことを明らかにしている。
1、われわれがオデュッセウスが生きていたと信じるミュケーナイ時代は、紀元前1600年頃であった。
2、一方、ホメロスが描くオデュッセウスの時代風俗は、せいぜいホメロスが生きた時代から数百年前のものである。
3、そのホメロスは、紀元前700年頃の人である。
4、また、ミュケーナイ時代には、神々を祭るために、神殿を建てなかった。
フィンリーの言ってることが正しいかどうか、わからない。ただ私は、こんなふうに思う。3000年近くも前にホメロスは、数百年前のことをどうやって知り得たか? その頃の、「数百年前」とはどんな感じであったか?
そう、時間はまだ、ゆっくりと進んでいた。というか、「世の中」は、それほど急激に変化しないかに見えた。何百年も変わらないかに見えた。もちろん、実際は、たとえわずかではあるが、変わっていたのであるが。
まだどんな化学物質にも汚染されていない村で、私は、一人の男を夢見るという作業を続けた。そして、その男を3000年後の世界と結びつけ、生き延びさせるために、その男の行為を、3000年後の倫理観で、裁かせる。そうすれば、男は、自分が誰かの夢でできているということを知らないですむ?
2
上記の文章を生むきっかけとなった、ボルヘスの短編を読みなおした。多くの箇所が抜け落ちていた。集英社版『世界の文学9』の、ボルヘスの巻の篠田一士訳で読む、その文章は、重厚で濃縮されている。何度読んだかわからないが、何度読んでもわからない箇所もある。
「それらの村ではゼンド語がギリシア語に汚染されていず、……」とある。
ゼンド語とはいったいどこの言語なのか? どういう綴りを書くのか?
スペイン語とフランス語訳が、見開きページに対訳になっている、ガリマールのフォリオ文庫版『Ficciones 』にあたってみる。上記の日本語訳に相当する箇所は、
「...ou la langue zend n'est pas contaminee par le grec...」である。
スペイン語では、
「...donde el idioma zend no esta contaminado de griego...」となっている。
さらに、英語版(Everyman's Library,1993)を見てみよう。これは、ブエノスアイレスのEmece社から出た初版本を翻訳したニューヨークのGrove Pressの版(1962年)をそのままプリントしたものである。先のスペイン語版もオリジナル初版をプリントしたものである。
英語版の訳者は、とくに明記されていず、「出版社訳」となっている。
「...where the Zend language has not been contaminated by Greek...」
仏訳版には、訳者が明記されている。そこには、三人の訳者の名が列記されているが、いちばん最初にあるのは、文化人類学者ロジェ・カイヨワの名前である。このロジェ・カイヨワこそがほかならぬ「世界的文学者」ボルヘスを見い出した人である。もしカイヨワが見い出さなかったら、ボルヘスはアルゼンチンのローカルなカルト作家であったに違いない。
さて、「カイヨワ版」は、欄外に、「ゼンド語」がいかなる言語か注記してある。
「ゼンド語あるいはアヴェスティック語は、古代イランの言語」
つまり、この「物語」は、イラン、イラク、トルコ、エジプトあたりを舞台にしていることがわかる。
「彼の家が山の深い渓谷の無数の村のひとつにあったことを……」(篠田訳)
「西アジア・アフリカ北部」の地図を開き、「山の奥深い渓谷」を探す。「彼」はそこから、さらに北に上ったのだ。そこでは、ギリシア語がまだ、届いていなかった……。
*
ボルヘスの短編「円環の廃虚」は、あるいは、「聖書」成立の物語として読むことができるかもしれない。
その頃、ギリシアでは、ミュケーナイ文化が栄え、ホメロスの想像の中の、オデュッセウスが活躍していた。
3
後世の「歴史家」たちが、私のテキストにケチをつける。やれ年代がズレた話が混入しているだの、やれあんなに長大な詩を記憶できるわけないだの、と。それはわれわれの生きた世界をまったく想像できない者の言うことだ。われわれは、その場その場で話を作り替えたし、それは、そのときの状況に従って、また、人々の顔を見て、即興で行なった。
また、われわれは、3000年後の人間には想像できないほどの記憶力を持っていた。それを書き留める術をわれわれは知らなかったし、知っていたとしても、書き留めようなどとは誰も思わなかった。
私はいつも、夜寝る前に、闇の中で、私の詩編を組み立てた。私は思った。いつか……、私の歌が、文字に書き留められることがあるだろうか、と。そう、私は文字の存在を知っていた。しかしそのときは、私にはまだ無縁のものだった。
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しかし、ホメロスの「作品」は、文字に書き留められて、アレキサンドリアの図書館に残った。同時代の誰よりも、彼は「名声」を得た。
その時代の名声とは、どんなものだったのか?
ボルヘスはホメロスをモデルに、『不死の人』と『記憶の人フネス』を書いたのか?
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いや、と私は闇の中で洩らす。書き留めるべきではない。なぜなら、スピードもリズムも、壊れてしまう。
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しかし、ホメロスの「作品」は、パピルスに、イオニア方言とアイオリス方言で書き留められて、3000年後の人間も読むことができる。
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闇の中で私は何度も何度も推敲する。頭の中で。「書いて」は「消し」、「書いて」は「消し」……。反故の言葉は闇の中に溢れる。こうして私は、この時代を生きた。
4
当局は『円環の廃虚』の舞台となった土地をほぼ特定した。それは現イラクのユーフラテス川とティグリス川が合流する沼沢地のイランよりの地域である。そして彼がやって来たとされる、南にある「山の深い渓谷の」村は、イラン高原のどこかと思われる。
「時代」は、その村では「ゼンド語がまだギリシア語に汚されていない」ところから、ギリシアの都市国家の人口が急増し、外へ植民市を求めていくようになる紀元前750年より前ということになる。
そのころ「そこ」は、エラムと呼ばれた。メソポタミアは、アッシリアに支配されていた。「そこ」は肥沃な土地ゆえ、さまざまな民族がやってきては国を建てようとした。バビロニアだったり、ペルシアだったりした。いずれにしろ、どんな帝国が栄えようと、常に奴隷の立場に甘んじる最下層の人々がいた。彼らは、ヘブライ人と呼ばれた。
ヘブライ人たちは、権力から逃れるために、自分たちだけの神、豪華の神殿を必要としない、心の中にいつでも再現することのできる神を考え出した。と、ともに、王や権力者の言葉ではない、やさしい言葉も作った。それが、ヘブライ語であり、『聖書』と呼ばれる文献の最古の部分をなすテキストが形成された。
紀元前1000年頃のことである。
それら、ヘブライ人のテキストも、もとはと言えば、口承のものであった。
口承のテキストは、人々の口から口へ、やがて、「私」の耳にも伝わった。紀元前700年頃のことである。
もちろん、その男が、のちにペルシア帝国となるエラムの出身でありながら、時の支配者に対しては常にアウトローであった、ヘブライ人である可能性がある。
当局はその「可能性」を示唆するにとどめ、今回の報告を閉じる。
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「ミスター・ハント。われわれの仕事は、報告が閉じられた時から、いつも始まるのだよ」
「その男が、ホメロスその人である可能性もありますね」
「だとしたら、どうだと言うのだね、ミスター・ハント」
「彼がホメロスなら、夢見た男は、オデュッセウス。3000年後の世界から『人道に背いた罪』で告発されると言うのなら、オデュッセウスはナチということになります」
「ははは……。実にユニークな見解だね、ミスター・ハント』