Save the Earth!

 たしかに円盤の側面にはそう刻み込まれていたが、火星人はそれがいかなる意味か、解読できなかった。また、しようとも考えなかった。ではなぜ、そのような文字がそこに刻み込まれていたのか。

 Good question!

 それはさる惑星のバザーに出ていたのである。ちょうど「スター・ウォーズ」のような市が、どこか、地球からは遠い惑星で開かれていた。その、ガラクタの山(失礼!)の中から、円盤作りの火星人が見つけたのだ。つまり「Save the Earth!」と書かれた金属板を。それは地球から打ち上げられて迷子になった惑星探査機が落としていったものかもしれない。
 パイオニア10号は時速45000キロで、宇宙のはるかかなたへ飛び去りつつあった。バックグラウンド・ミュージックはもちろん、ヨハン・シュトラウスの「美しき青きドナウ」。タ、タ、タ、タータタ・・・チャッ、チャッ、チャッ、チャッ・・・。「次に恒星に近づくのは3万年後」。うーーーん、今すぐ、NASAのホームページにアクセスしてみたいな。だめ。ここにいて。
 えーと、なんだっけ、あっ、そうだ。円盤作りの火星人が「Save the Earth!」って書かれた金属板をさる惑星のバザールで見つけたってとこね。その円盤作りの火星人は、名をば、サヌキノミヤツコといった。あっ、どっかで聞いたような名前。しーらないっと。サヌキノミヤツコは円盤作って15年。もちろん火星時間であるが。彼女が、

 えっ? 彼女? 女だったの?
 あら、知らなかった?

 サヌキノミヤツコは火星じゃ、典型的な女性の名前よ。そのサヌキノミヤツコが、その惑星に洗濯に行ったのよ。きたきたきた・・・なんか胡散臭い話。ほっといてよ。彼女は毎日タライを持ってそこのコインランドリーに洗濯に来てるんだから。ふーーーん・・・。そこへ、向こうから、その金属板がどんぶらこ、どんぶらこ、と流れて来たわけ? そう。
 地球から99億キロ先を、パイオニア10号は漂っていく。たとえそれが、われわれ地球人にはものすごいスピードであったとしても、彼女、(え? 彼女も女・・・)は、夢見ながら漂っていく。そこは、すでに春だろうか?
 3万年経ったら、われわれはどうなっているだろう?
 「ばかだな、そんなこと考えるなんて」
 ローズヒップが言った。ローズヒップは私の恋人である。恋人にして探偵。火星人とはなんの関係もない。今のところ。


10

 ピアーズ・ブロズナンはどう見たって役者以外の何者でもないような顔をしている。こんな男が会社でフツーのサラリーマンをしていたら目立つ。それが火山学者となって、わが町、人口1万だか2万だかの小さなわが町へ、調査に来たらどうする? わが町には美しい火山があって、近くには温泉もある。わたしはその町の、町長と聞いて、たいていの人がイメージする人物像よりは、若くて美人の町長である。どこから見ても役者のような火山学者が訪ねて来て、
 「あなたの町の火山を調査したいんですが、案内していただけますか?」と言った。
 私は快諾し、私のバンで、火山のふもとまで連れってあげた。私は途中、二人の私の子どもをピックアップしていった。役者のような火山学者は人当たりもよく、子ども好きで、子供たちともすぐに友達になった。彼がいろいろ調査した結果、わが町の火山はじきに活動を開始するおそれがある。そんなことはもう何百年も忘れられていたのに。住民を避難させるかどうかについて、会議が開かれた。せっかく育てかかった企業の関係者は、そんないつ噴火するかもわからない火山のために、町の経済を破壊するようなことはできないという。役者のような火山学者のボスも、噴火の可能性は決定的なものとは言えないから、住民をパニックに陥れるようなことは慎めという。だが、役者のような火山学者には、科学的データはまだないものの、科学者の勘で、噴火がすぐにでもおこるような気がしてならない。
 彼はそのことを、私の家で、私がディナーに招待した時、打ち明ける。町長として、どうしたものか、私は考える。
 結局のところ噴火は起こり、町は破壊された。多くの人間が逃げ遅れて死んだ。風光明媚な土地は、灰色の廃虚と化した。私も彼と、私の二人の子供たちと、蒸発した夫の母と、犬とで逃げたが、途中、蒸発した夫の母は、死んだ。
 われわれは命からがら、彼の運転する車で、私の息子が遊びに使っていた地下壕へ突っ込んだ。大噴火によってわれわれはそこに閉じ込められた。われわれは非常に心細かった。彼は、われわれを励ますために、
 「ここから出られたら、みんなでお菓子をいっぱい買い込んで、カリフォルニアの海へ釣りに行こう」と提案した。子供たちの顔に活気が戻った。彼は私を見つめ、私も彼を見つめ返した。そして彼は、入り口付近に乗り捨てた車のところに戻った。そこには、NASAに信号を、というか、NASAのシステム、おそらく通信衛星システムを使って、仲間に信号を送る装置が置いてあった。途中落盤があり彼は脚を砕いて歩けなくなったが、それでも懸命に車まで這っていった。またまた石が落ちてきて、彼は、ひしゃげた車のなかで身動きが取れなくなった。それでも必死でその通信装置(見たとこ発電機みたいだ)を、動く方の足で蹴り、発信させることに成功した。

ピーコ、ピーコ、ピーコ・・・

 装置は赤いランプがついて、NASAに向けて発信する。その信号がめぐりめぐって、彼の仲間のオフィスの装置に赤いランプを点滅させる。同僚が気がつく。台詞。

「サンキューNASA! サンキューNASA! サンキューNASA!」

 なんたる単純な台詞。
 ところで、この物語の教訓は・・・

1やって来る火山学者は絶対に、どこから見ても役者のようないい男である。
2噴火は絶対に起こる。
3死ぬのは、他愛のないアベックと頑固な年寄りで、子どもと犬は絶対に助かる。
4上司も死ぬ。
5主人公には子どもが二人いて、なぜか彼女の夫は姿を消している。

 そこで火星人は、とるべき二つの道を考えた。

1派遣する火山学者をうんとむさ苦しい男にするか。
2すべての活動に、このブロズナン風美男を派遣するか。


11

 確かに私は映画『マーズ・アタック』の予告編に刺激されてこの小説を書き出した。それはまさに画期的な映画、新しいイデアをわれわれに与えてくれる映画のように思えた。いまや、われわれ地球人は「平和的手段」とか、「友好」とか「きっとわかりあえる」という観念になれっこになっていて、あのサダム・フセインとて、(もし何かの会議があったとして、そこに出席して)会議の席の壇上に立ち、人々が息を殺して彼の言葉を待っている時、いきなり壇上からそれらの人々を皆殺しにしたりはしないだろう。しかし火星人の「大使」はそうした。まさに人々が、彼の最初の言葉を待っている時に。言葉の代わりにマイクを払い、

なんだかよくわからない火器で、

 壇上から客席に詰めた人々を一瞬のうちに焼き殺してしまったのである。
 ・・・これにはまさに意表をつかれた。火星人は、地球人の持つありとあらゆる甘さを完膚なきまでに打ち砕いてしまった。それでもわれわれは、まだ、「話し合いの余地は残されている」などと考えていたのだ。火星人は、なんの余地も残さないほどに地球人をただの灰にしていった。おそらくそれは、21世紀の入り口、すべての人々が共存の道を見出した時だった。そしてその時、われわれは、異星人の突然の襲来によって、地球がいかに「甘い環境」にあり、われわれがいかに「ぬくぬくと暮らしてきた」かを思い知らされたのである。われわれの歴史。それはもちろん、アフリカでの奴隷狩りとか、よそのテリトリーへの侵略、例の「ガス室」、「日本の教科書問題」とかいろいろあったにもせよ、である。

 「それでも地球は平和だったなー」

 などと言える。しかし映画(予告編)のなかの火星人はそんな地球のアマチャンをせせら笑っているかのようであった。

 「これこそ新しいイデー!」

 と、私なんか即座に思っちゃったもんね。その容赦のなさが実に新しかったのである。ヒットラーのように、皆殺しするのに、いちいち「理由」なんか説明しない。それが彼らの常識だと言わんばかりである。そんなクレージーな人種に対応できる人物と言ったら、地球人では、ジャック・ニコルスンしかいないではないか。映画は当然のように、彼をアメリカ大統領役に迎えた。

 しかしだ!

 「あっ、早く見たい!」と思っても、その気持ちが続くのにも限度がある。あんまり待たされると、だんだん「その気」が薄れて来るのだ。だからあんまり早くから予告編を流し、「Coming Soon!」などといって何ヶ月も待たすのは考えものである。人間というものは、

そんなに長く期待を維持できない

ようにできている。
 だからもはや、『マーズ・アタック』本編もどうでもいいような気がしてきて、

気持ちは『ファースト・ワイブス・クラブ』に移った。

 ファースト・ワイブス、つまり「先妻」たちのクラブである。それぞれ夫に逃げられたり捨てられたりした三人の「元妻」たちが、復讐のために組んだ? その三人の「元妻」たちとは、ダイアン・キートン、ゴールディー・ホーン、ベット・ミドラーである。もうこれだけで、なにかありそうと期待してしまう。
 つまり、そういうことなのである。何が?

12(『マーズ・アタック』本編鑑賞記念 スペシャル・チャプター!)

 われわれがこの映画から得る、いくつかの画期的イデアについて記しておこう。

1、チャチな題材に豪華なキャスト。
2、その豪華なキャストでさえ、次々に死んでいく。
3、人の死に方がポップ。人や動物の死をこれほどポップに捉えた作品は今までになかった。あの『バタ リアン』でさえ、「重かった」。
4、キッチュなストーリーにきめこまかなディテール。
5、そして、このSFは、

 「人間が描けている!」

 ゆえに不気味なのであるが。
 感動的ないくつかのシーン。
 かわいらしくも夥しい円盤の隊列。不気味でロマンティックなテーマ音楽。何も明かされない事実。
 事実、

1、火星人は何のために、何をしに、地球に来たのか?
2、火星人の思考、言語、精神構造、社会はどうなっているのか?

 これらのことはまるで明かされない。
 道入部からして非凡である。___アメリカ大統領のジャック・ニコルスンが、目撃された円盤の数枚の拡大写真(例の「特番」などで持ち出される類のものである)を眺めて、どうしたものか考え込んでいる。側近たちに意見を求める。その側近たちがまたすべて胡散臭い。

 鳩は平和のシンボルではなかった!

 すべてはそこから始まる。

 Misunderstanding!

 それが地球人と火星人の「関係」である。そしてそれは最後まで保存される。
 教訓なし。説明なし。そして、大統領夫人のグレン・クロースは、頭にカーラーを巻き、栄養クリームのてかりも残る、ただのオバサン丸出しのスッピン顔をわれわれの前にさらけ出す。つまり、われわれにとって、火星人の到来、いや、襲撃とは、そのようなものであった。
 地球にやってきた火星人は、地球の「ノスタルジックな変な音楽」のために絶滅した。どういう理由でかはわからないが、それが彼らの「アキレス腱」であった。平和が戻った地球の、というよりは、主に合衆国のあちこちでは、火星人の死体の片づけ作業が始まっている・・・

 いったいあれは何だったのか?

 誰にもわからない。そして、本編は終わってしまったが、この小説はまだ続いていく。




13へ