みたいな雰囲気が漂うなか、合衆国のそこここでは、火星人の遺体の収容作業が始まっていた。大騒ぎの後のクラッカーの残りかすや、食べ物のかすを集めるみたいに。すべての人間は死んだ。いや、すべての要人は、というか、「権力を持っていたおとな」は死んだ。しかたないから大統領の娘が、地球を救った英雄の少年とおばあちゃんを表彰した。それからアフリカ系アメリカ人の一家も生き残った。地球に来た火星人のすべても(おそらく)全滅した。
米航空宇宙局は、地球を周回するハッブル望遠鏡が撮影した、鮮明な火星の画像を公開した。それによれば、極地の二酸化炭素の氷(ドライアイス)が小さくなり、火星にも春が訪れているという(読売新聞夕刊、毎日新聞では「夏」)。
さて、このテキストにNASAのURLを埋め込むほど私は俗っぽくない。行きたい人は勝手に立花隆の『インターネット探訪』(題が違ってるかも)かなんか見て行けばいいのだ。
毎日新聞が載せた火星の写真はカラーで、真珠のようである。どうやら、火星には、
地球人はこんなにも火星に恋してる。なぜって、星の数ほどある星のなかで、火星がいちばん地球に近く、環境も似ているから。火星は地球の「お隣りさん」だったのだ。だだっ広いこの宇宙で、「なかよくやっていこうね」と気軽に声をかけられる存在だったのだ。しかしそれが問題でもある。地球の歴史によれば、「お隣りさん」同士は憎しみ合いやすい。
火星の春は何もない春ですね。ぜんぜん、わけわかんなくなっちゃいましたね。でもお話はまだまだ続くんですよ。
火星より愛をこめて。ここ火星では、春はありません。永遠の冬です。気温はだいたいにおいて氷点下。大気は地球の150分の一の二酸化炭素。砂漠とわずかな氷の国です。国?
国はありません。ただそちらが勝手に名づけた、なんとか平原とか、なんとか峡谷なんかがあるだけです。
さて、われわれはもうすぐお客さまをお迎えします。それはあなたがたです。なんでもあなたがたのカレンダーで、1997年7月4日に、ご到着の予定だそうです。またそこに合衆国の国旗が立てられて、「人類の偉大な2歩」とかいうのかしら?
でも今度のはヒトは乗ってないみたいですね。
そちらではなんか、こちらに生命は存在するか、したか、が話題になっているようですね。なんでも36億年前に微生物が存在した痕跡があったとか。それも1500万年前に、彗星か小惑星の衝突による衝撃で、こちらを飛び出した物質が、隕石としてそっちの南極に1万3000年ほど留まっていたのが発見されて、それに微生物の化石らしいものが付着していたとか。・・・あなたたちは、こう言ってはなんですが、ほんとうに暇ですね。そんな時間と金があったら、もっと有益なものに使ったらどうですか。そうでなくても飢餓や貧困や戦争がまだ存在しているのでしょう?
そういうそっちはどうなんだって? もちろんこっちには、
ありようがないじゃありませんか。国もなく、都市もなく、「人間」もいないんじゃ。それではおまえはだれだって? 私? 私は、
オー・マイ・ゴッド! 誰だと思った? ふふふ・・・「隕石」とか「微生物」とか言うと思ったんでしょ? だからあなたがた地球人はいつまでも
女言葉なのが気になる? だってワタシ、
(オー・マイ・ゴッド!)×2。カール・セーガンの霊がなんでそんなとこにいるんだって?
だって、わかるでしょ? 未練てものよ、この世ならぬ、この宇宙への。同じことのような気がするけど。私がここへこれたのはほんと、神さまの思し召しね。この世・・・あの世もまんざらすてたもんじゃないわ。ほかの人物は見なかったかって?
見なかったわ。私一人。たったひとりよ。火星に生物がいたかもしれないなんて考え、ほんと馬鹿げていたわ。私は宇宙というものを、カジュアルにしてきたけど、今となっては、私の仕事は間違っていたかもしれないと思う。あてどもない火星の砂漠を歩きながら、私は「生前」の生について、ああでもないこうでもないと、思いめぐらすのだけど。
この手紙は、ヘール・ボップ君に託します。北西の空に彼の見事な「たてがみ」が見えたら、私のオーラを感じて。チャオ!
そろそろ「ホームページ」ブームも終りだね。だって飽きて来ちゃったもん。いったい、インターネットっていつまで続くんだろ?
永久に? 永久ってどれくらい? まさか1000年とか、そんな単位を持ち出すんじゃないでしょうね。言っとくけどね、こちとら、少なくとも、1億年がひとつの単位なんだからね。地球人の時間に換算したら。
映画の『マーズ・アタック』の予告編にインスパイアされて書き始めたこの「小説」も、本編を見てしまった後は、なんか気が抜けて、ハッキリ言ってネタ切れよ。だいたいこの小説はSFじゃないのよね。でも題名が題名だけに、SFっぽくならざるをえない。まったく外すという手もあるが、もう冒頭をあんなふうに書いちゃったからねー・・・。小説って言うのは、やっぱり、冒頭で決まっちゃうのよねー。
んだから、いきなり、行くぞー! おさらい。
だからって、それがなんらかの「欠陥」なんだろうか? それは「そっち」の見方でしょうが。もしこれがSFなら、こんなところでおとなしく引っ込んではいられない。実は火星の表面には、超酸化物が多量に存在している。これは、水によって化学反応を起こし、酸素を発生する。これがなにを意味するか。つまり、
では、それが今どこにいるのか? どこにもいない。滅びたのか? 他の星に移住したのか?
それとも、古臭い肉体という形式を捨てて、精神だけになってしまったのか?
それを考えるのは、あなたです。この小説はそういうことには関与しません。だってSFじゃないんだもん。
おりしも、4月10日付、毎朝読各紙は、なぜ、毎朝読なのかはさておくとして、「木星の衛生『エウロパ』にも生命の可能性が・・・」の、NASA発表の記事を載せている。そこには氷があり、その氷は、厚さ1メートル程度だから、その下には、温かな海がある。海の底にはマグマを吹き出す穴があるからね。
それがどーした?

火山星子(かやませいこ)は自分は火星人の子孫であると婚約者に打ち明けた。もちろん、彼は初め、それは冗談だと思った。しかしそれが冗談ではないと判断した(どこで判断したのかは不明だが)時点で精神科へ行くことを勧めた。精神科医は彼女に、なぜそう思うのか聞いた。彼女が答えたところによると、彼女がそう思うのではなく、それは紛れもない事実なのだ、そしてそれは自分の名前に現れていると言った。しかしだよ、と医者は言った。いまわかりうる最新の調査によれば、火星にはほとんど、生命らしきものは存在しない、したとしても微生物程度じゃないかな。われわれのような高度に発達した生物が生活しているような形跡はない。あるのは半ば凍りついた砂漠だけじゃないか。彼女は答えた。
医者はこの見解を面白いと思った。それから医者は彼女に入院を勧め、しばらく彼女の様子、というか彼女との対話をノートに取った。
「空間が時間に変化しているとしたら、火星には何があるんだね?」
「観念とは何だ?」
「そう来ると思った。きみは単に、ある種のSF小説の読みすぎだとは思わんのかね」
「なぜ読んでないのかね?」
さらにコンピューターは格段の進歩を遂げた。近未来を扱ったSFはともすれば時代に追い越され、アナクロと化す危険が伴う。そんなことはわかりきっている。べつに予言者じゃないんだから、それが実際と似ていなかったとしても、咎められる筋合いはない。
ところで、火山星子の精神科医はアメリカ人で、漢字が読めなかった。容姿は、なぜか、ブラッド・ピットそっくりであった。一方彼女の婚約者、いや、いまは、元婚約者というべきか、彼もまたアメリカ人で、容姿はなぜか、ダニー・デビートに生き写しであった。
と、精神科医は、火山の言った言葉をノートに書きつけた。
MALIS---Mars Attack Living Intelligent System(火星における攻撃的な生ける情報システム)。
攻撃的な自動追跡をする負のエントロピーの渦動が形成され、自らの環境を更新しつつ情報を再配置する。現実場における、観念。関係の再編、主題の変更、アンチ・エディプス、非歴史、脱物語的破綻を特徴とする。(『火星大辞典』
1997年刊 第5版)