(メタ)小説「私のように美しい女__あるいは、いかにして私は、火星人を愛するようになったか」


29

 ローズヒップがその国の、その空港に降り立ち、街に入ろうとした時、もう人々の視線が彼を捉え、噂した。
 あの男は誰? CIA? FBI? 彼はきちんと髪を整え、両手に荷物、少しよれてはいるが、スーツ姿だった。端正な顔は、不安と緊張で緩むことがなかった。
 その時からして、彼はすでに違っていた。その国で見かけるどの男とも。その国の人間にしろ、外国人にしろ、その小さな島国を歩いている男たちは、すでになにかに汚れていた。高級なリゾートにたむろする観光客や官僚にしろ、泥のような肌をした兵士や、商人、スラムに住む人間にしろ。
 男たちは、まず、そのようなあからさまで繊細な不安を顔に出すことはなかった。それは非常に贅沢で、無垢なものであった。
 土地の女たちは、ローズヒップを見た時に、すでに忘れていたなにものかがそこにあるのを見て、心ときめいた。
 一人の女が彼を迎えに出た。女は子供の背丈しかない老女で、猿のような顔をしていたが、目つきは知性の光に満たされていた。女は外国人特派員がたむろするバーへ、ローズヒップを連れていった。そこには、夢のかけらさえ持ち合わせてはいない、すれっからしのジャーナリストたちが、与太話をしたり、カードゲームをしたり、玉を突いたりしていた。ローズヒップを好奇の目で眺めまわした。
 女はジャーナリストたちに挨拶の言葉を投げかけながら、ローズヒップにそっと、耳打ちした。
 「寄生虫どもめが」
 ローズヒップは仕事を始めた。その国のニュースを集めタイプし、本国へ送った。
 その国は、発展途上にある貧しい国であった。しかし、美しい自然を持っていた。とくに海岸はすばらしかった。しかし、それは、今では、その国の人々の手の届かないところにあった。高級なリゾートホテルが、最も美しい浜を囲い込み、金持ちのために開放した。
 民衆は、裏側の、ゴミの溜まった岸に沿って、スラムを築いていた。パンフレットに載る、高級リゾートのイメージとは裏腹に、政情は常に不安定だった。しかしそれは、軍の力に押え込まれていた。地下では、反政府運動が盛り上がっていた。
 ある日、女は、ローズヒップをスラムに案内した。海岸にへばりついた粗末な家で、幼い少年が死にかけていた。女は必死で、少年の名を呼び、力づけた。それを、ローズヒップはそっと見守っていた。彼に何ができただろう?
 正義感、そんなもので、世界が動くのか? 今宵、ローズヒップは、下宿に戻り、スーツケースの中を探って、しわくちゃのダークスーツを取り出し、大使館のパーティーに行くだろう。そこで、一人の魅力的な女性に出会うだろう。彼は彼女に惹かれながらも、結果として、記事をものするために、彼女を利用したことになるだろう。しかし、二人は、和解するだろう。
 だが、私が、彼に会うことはない。なぜなら彼は、私が描いた男だから。


30

 このうぇぶで、わたしは、ささやかなあばんちゅーるをこころみた。それはよくあるはなしで、ありすぎるはなしで、はいてすてるほどあるはなしで、ひとびとのきおくからきえさるほどありふれた、すりきれたはなしだった。ひとりのおとこが、わたしのしゃしんをみて、よくじょうしたのだ。そんなことがありうるなんて、わたしはかんがえただろうか? いや、かんがえただろう、いずれにせよ。おんなだから。まだ、おんなであることをすててないから。いや、おんなであることなど、すてるおんななど、いない。いくつになっても。そのおとこはわたしをたびにさそい、ほんきでいくきはないにしろ、わたしはとてもいいきもちであった。わたしのしらないがいこくのりぞーとほてるが、わたしをよくじょうさせた。そう、わたしはよくじょうしたのだ。そのおとこそのものよりも、その、いったことのないほてるのこうきゅうさに。がいどぶっくで、そのほてるのしゃしんをみた。うっとりした。まるで、そのおとこがみりょくあるものにおもえた。わたしはいちどはことわったものの、ちょうはつてきなめーるをかいた。おとこはそれにのってきた。もんくは、すこししゃれたところがあった、それで、やりとりは、なんかいか、つづいた。わたしはじゆうにこんとろーるしてかくことができた。ちょうはつ、よくせいを、おもうがままに、つかいわけることができた。おとこのへんじを、わくわくしてこころまちにしたひもあった。しょうじきなはなし、ほんとうに、そのおとこと、「やって」いるようなきさえ、した。・・・いや、そのすんぜんだ。「そのき」をなくしたのは。せっくすについてかたる、おとこのかたりに、どうしようもない「だんせいゆうい」のいしきがまじっているのを、まざまざとみてとったしゅんかん、きもちはなえた。「かった」とおもった。このげーむに。そう、これは、げーむだったにちがいない。どちらかが、うんざりしててをひくまでの。ひとのこころは、うわきもの。ゆれている。あなたは、じぶんが、どこのだれか、わかっていますか? ひとはいつになったら、なるししずむをあきらめるのだろうか? じぶんがひょっとしたら、「いいおんな」かもしれないというおもいこみ。どんなおばさんにだってある。うまれたときは、ぴかぴかのにくたいで、しんでいくときは、(ひとなみにてんじゅをまっとうするとして)、なえてしわくちゃのにくたいなんて、ひにくすぎる。わたしは、そぼがしんだとき、そぼのつめたくなったほほをなぜながらそうおもった。かせいじんはいったい、このけんにかんして、いかように、かんがえているのか? はくめい。まっさらなひかりがのぼる。このこくはくを、いまこれをよみつつある、あなたにうちあけます。わたしはほくそえみ、ちょうしにのり、よくじょうし、まちこがれ、あこがれ、つみのいしきをおぼえ、ゆめみ、げんめつし、あんどした。げんめつとは、あんどのべつのな。これで、あいは、いきのびられる。

 Dedicate to My Honey


31

 雨が、窓ガラスを濡らす。温室のガラスの上を滑るように、斜めに横切る。これから起こり、すでに起こってしまったことについて思いを巡らす。この一連の出来事を、たった一章で言うことは難しい。しかし今は、一章しか与えられていない。
 物語はすでにあるのに、時間はバラバラで、どう繋げたものか、思案に暮れる。それは、カード・ゲーム、双六、ロール・プレイング・ゲーム、人生ゲーム、チェス、レゴ、・・・結局のところ、「Do-it-yourself kit」。殺人はすでに行われ、犯人は、31章の物語の中に書き込まれている。
 ある人物が、私の部屋の扉をノックするだろう。私は出ないだろう。それでもその人物は、強く扉を叩き続けるだろう。それでも私は知らん顔して、ワープロを叩き続けるだろう。あんまり執拗にドアを叩き続けるものだから、アパートの周囲の部屋の人々から、文句を言われるかもしれない・・・と、私が考えた時、ふと、扉が開く。私は言う。
 「住居侵入よ」
 ジャンパーの男は、黙って鍵を見せる。私は言う。
 「執筆中よ」
 男は、私の机の端に尻を載せて、私の顔を見つめる。
 「昨夜の11時頃どこにいた?」
 「令状はあるの?」
 「個人的な質問だ」
 私は最終行を入力し、文章をフロッピーに収めた。
 「どこにいたかって?」と、私はゆっくりと言った。「ここにいたわ」
 「それを証明できる人物はいるのか?」男は私を見つめた。相変わらず、魅力的な目つきだった。
 「この部屋の合鍵を持っている人よ」
 「合鍵を持っていることと、アリバイを証明できることは、別のことだよ」
 「どういうつもりなの? なにが言いたいの?」
 それから男は、コーヒーが飲みたいと言い、私は、勝手に煎れたらと答え、クロゼットからコートを取り出して着た。
 「私はでかけるわ」そう言って私はワープロからフロッピーを抜き、鞄に入れた。
 夜になって、出版社の人から連絡が入り、あのフロッピーには、何も入っていなかったと言われた。私は雨の中を車を走らせて男を捜した。埠頭へ向かう道で、発見し、追いかけた。行き止まり。そこから先は、青黒い海の水が、電燈に照らされてたゆたっていた。
 男は、車を降り、私が彼に近づいていくのを待っていた。
 「泥棒!」私は男に向って叫んだ。「原稿を返してよ!」
 男はジャンパーのポケットからフロッピーを取り出した。そして私に向って掲げて見せた。
 「二度読んだが、つまらなかった」
 男はそう言って、フロッピーを青黒い水の中に放り投げた。フロッピーはゆっくりと水の底へ沈んでいった。
 (なにもかも失った!)


32

 やがて・・・今ある世界が終ってしまうかもしれないし、何もない世界が始まるのかもしれない。「この世界」のことをどう考えたらいいのか。「この世界」とは、いったい何を指しているのか。
 地球か、銀河か、それとも、その外側の宇宙のことか。
 「その外側の宇宙」だって? それはいったい何を指しているのか? 「宇宙」の年齢は二百億年。「膨張宇宙」の視界は百数十億光年。そのなかに存在する「銀河」の数は、千億個。
 「われわれの銀河」の大きさは、十万光年。そのうち、「太陽」みたいな星は、千億個。「隣りの銀河」までは、百万光年。
 「われわれの太陽」の年齢は、四十五億年で、その寿命の半分であると言われている。やがて、「われわれの太陽」は、百倍の大きさになり、「われわれの地球」を呑み込む。
 四十五億年も経てば、われわれだって、何か取るべき手を考えるだろう。しかし四十五億年も、「われわれ」が存在しているだろうか?
 四十五億年て、どのくらいの時間? その前に、近くで超新星が生まれ、その爆発の影響を受けるかもしれない。その猶予は、百万年と考えられている。その間にも、「われわれ」は、まだ、「われわれ」であると言えるだろうか?
 いずれにしろ、「宇宙」はだんだん暗くなる。星はもう輝かなくなる。「宇宙」はだんだん重い元素に汚染されていき、重い元素は、エネルギーを出すことができないから、光を出すことができない。だから、「宇宙」は暗闇になる。「宇宙」は星の燃え滓ばかりになる。
 あちこちに、ブラック・ホールや、中性子星が散らばり、もはや、どんなものにも、変化しないものになっていく。
 そんな「宇宙」がそこにあり、「われわれ」は、「隣人」のことを考えている。今のところ、「隣人」は、空想科学の中にしかいない。
 「われわれ」は、数百万才です。「歴史」と言うものを持っています。「宇宙」について、いろいろ考えました。なぜ、考えたのか? 「考える」とは何か? 「宇宙」は考えるのか? そもそも、いま、「われわれ」が使用している単位とは何のか?
 これは、「人類の未来」についての、感傷的な詩ではない。お手軽な空想科学小説を始めたいわけでもない。未来? そんなものに何の意味がある? 私はただここにいて、今晩起こることに備えて、準備している。「この世界」の存亡をかけた戦い。「われわれのこの世界」を救うために。私はただのウェイトレスで、まだ若く、戦うだけの体力がある。それはどのような戦いになるのだろうか? 「それ」は反乱を始めている。あなたはそれを、遠い、未来のことだと思っている。だが、未来なんてどこにある? あなたは、私のことを忘れるだろう。私に救われたことなど。だが、いま、言ってやろう。あなたなんて・・・微分方程式を書いた、ただのユダヤ人にすぎない。



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