第108話「口取り」


さあ、これを持ってごらん。
高木さんがそう言いながら、真矢ちゃんにそっとボクの「たづな」を差し出した。
真矢ちゃんはそれをおずおずと握ると、ボクの顔を見た。

それはね、オラ君に考えを伝える大事な道具なんだよ。
高木さんは真矢ちゃんに笑いかけた。
真矢ちゃんは「たづな」に目を落とすと、しばらくじっと見つめていた。
そしてまたボクの顔を見ると、恥ずかしそうにちらと微笑んだ。
そしてまた「たづな」に目を落とすと、今度はぎゅっと力強く握った。

「かめら」の音がかしゃかしゃ鳴って、最近は鳴らないのもあるみたい、「くちとり」が終わった。
真矢ちゃんは坂石のおいちゃんの背中に隠れるようにして、その場を後にした。
ちょっぴり顔が赤くなっていたな。

いやあ〜、とーってもいい口取りでしたよぉ。
かんらからとした声が響いた。
鍋井さんだ。
真矢ちゃんがびくっとしたようにおいちゃんの陰に隠れて、そっと顔をのぞかせる。

あら、またびっくりさせちゃったわね。
ごめんなさいねぇ、お姉さんがさつで。
真矢ちゃんはちょっとほっとしたような顔になって、それでもおいちゃんの陰に隠れちゃった。

おい、おめぇ、まさかあのお嬢ちゃんのことを記事にするつもりじゃあねぇだろうな。
大井さんが怖い顔で鍋井さんを睨みつける。
まさかぁ、しませんよ、そんなこと。
鍋井さんがからから笑う。
まあ、デスクが知ったら記事にしろってうるさいでしょうけど、あたしは記者失格でいいんですぅ。
そ、そうか、ならいいんだけどよ。

んん〜、それにしてもぉ。
鍋井さんがいたずらっぽく笑った。
大井さんって、口は悪いし、見た目もあれだけど、優しいんですねぇ。
ば、馬鹿野郎。
くだらねぇこと言ってるんじゃねぇや。
大井さんがあたふたしているのがおかしかった。




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