第65話「緊張」


ち、調教のときみたいに、好きなように走れば、い、いいよ。
ボクの背中でゲンちゃんがそう言って、ボクの首をポンポンと叩いた。
けっ、そういう自分が調教通りに乗れんのかよ、ゲン。
ひでぇ顔色だぜ。
ボクの脇を歩きながら、大井さんがちらりとゲンちゃんを見やった。

ここは「ぱどっく」だ。
もうすぐボクが走る「れーす」が始まるんだよ。
この前、高木さんがゲンちゃんに、次のボクの「れーす」の時に乗るように言ったけど、
みんなは「はんしんはんぎ」ってやつだったらしい。
スカイ兄さんがそう言ってた。
だって、ゲン坊戻ってきたけど、ほとんどレースに乗ってないんだぜ。
さすがに前のことがあるから、まだほかの厩舎の馬には乗れねぇし、
うちの馬に乗せるんでも、ほとんどの馬主はあまりいい顔しねぇらしいんだ。
まあ、実績もねぇからしょうがねえけどよ。
兄さんはため息をつきながら首を振ってた。

せ、先生、今日は、ど、どう乗りますか?
ゲンちゃんが高木さんにそう声をかけた。
うーん、そうだねぇ。
高木さんはそう言うとにっこり笑った。
今日は指示はなし。
さっき、君自身がオラ君に言ってたじゃないか。
好きに乗りなさい。

へっ、ふぇふぇふぇ。
それを聞いたゲンちゃんが、なんかよくわからない声を上げた。

けっ、何いっちょ前にてんぱってやがる。
最低人気だぜ、お前らにゃ誰も期待してねぇんだ。
緊張なんてぇのは、期待されてる奴らがするもんだ。
大井さんが、ゲンちゃんをまたちらりと見やって言った。




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