第77話「過去」


大井さんってボクのこと嫌いなんじゃないの?

それはねえんじゃねぇか?
前にも言ったけど、あの人は誰にでもあんなんだぜ。
スカイクルー兄さんが首を振った。
それどころか、いつもの憎まれ口だけど、
お前のとこにいる時は、口数が多い気がするんだよなぁ。

そして、高木さんのほうを向いて続けた。
ねぇ、先生。
あの人、必要以上においらたちの前に現れねぇし、現れたと思えばあんなだけどさ、
すごく仕事が丁寧ぇだよな。
おいらたちのこと嫌いじゃ、ああはできねぇと思うんだけど。

お、スカイ君、意外と観察眼が鋭いねぇ。
高木さんが感心したようにちょっと目を見開いた。
そうだねぇ。
高木さんはちょっと遠い目をした。
彼はね、うちに来る前にいたところで立て続けに担当馬が予後不良になってねぇ。

よごふりょう?
はじめて聞くことばに、ボクは首を傾げた。
ああ、うん、簡単に言うと、レース中にけがをして死んじゃったんだ(※)。
彼はとても愛情込めて馬を世話することで、当時はトレセン内では有名でねぇ。
その時の落ち込みようは見ていられないくらいだった。
特に2頭目の時はねぇ。

高木さんはちょっとそこで口をつぐんだ。
レース前に様子がいつもと違うって言って、出走を取りやめるように強硬に主張したらしいんだが。。。
そんなこともあって、食べ物ものどを通らなかったみたいで、ひどくやつれてしまっていてね。
見るに見かねて、環境を変えてあげようと僕に世話をしてくれた人がいて、ここに来ることになったんだ。
これは僕の個人的な見解だけど、彼は同じ思いをするのが怖いんじゃないかな。
だから、担当馬に感情が移らないように、あんな風なんじゃないかと思うんだよねぇ。

※予後不良・・・レースや調教などで重度のけがをして、救命が難しいと診断されて安楽死処分となること。




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