ま、松沢先生が来てるね。
「ちょうきょう」が終わって、ゲンちゃんがボクの背中から「くら」をおろしながら、ちらりと母屋を見た。
松沢さんがちょっと前にやって来て、高木さんの部屋で何やら話し込んでいるらしい。
な、なんだろうね。
こ、この前言ってた、た、頼み事ってやつかな。
そんなことボクに聞いてもわからないよ?
い、いや、し、質問しているわけじゃなくて、た、ただの、ひ、独り言みたいなものだよ。
ゲンちゃんはちょっと赤くなって、あわてたように手を振った。
あははー、それくらいボクでもわかるよ。
ちょっとからかっただけだよ。
おめぇは、なに弱虫をからかって遊んでんだ。
ボクは大井さんにあたまをぺしりと叩かれた。
むー。
やあ、ゲン君ちょっといいかな?
そこへ、高木さんが松沢さんと一緒にやって来た。
な、なんでしょう?
元司君、うちのセキトの次走に乗ってくれんかね?
セキトって誰?
ボクは大井さんに聞いてみた。
去年の最優秀スプリンターだ。
めずらしく、大井さんが目を真ん丸に見開いている。
いつもなら、おめぇはそれくらいも知らねぇのか、とか言われているところだけど、
なぜかそれどころじゃないみたいだぞ。
で、でも、セキト号は、は、早さんのお手馬ですよね。
は、早さんは。。。
いや、早君はドバイだから乗れないんでね、今回も代打で悪いけど。
ど、ドバイ。
ってことは、宮記念ですかい、松沢せんせ?
大井さんが今度はあんぐりと口を開けている。
いろんなところが開いてちょっと面白いな、ぷぷ。
でも、宮記念てなぁに?
た、高松宮記念、じ、G1だよ。
ゲンちゃんが青い顔になって教えてくれる。
弱虫、おめぇ、G1なんて乗ったことあるか?
あ、あるわけ、な、ないじゃないですか。
じゅ、重賞も1回しか、の、乗ってないです。
ゲンちゃんは、青い顔のまま口をパクパクさせていた。