「じーわん」を勝った後も、ゲンちゃんは相変わらずだった。
別に乗鞍が増えたわけじゃないしねぇ。
高木さんが笑っている。
セキト号の強さだけが目立って、世間的にはそっちばかり注目されたからなぁ。
でもねぇ。
そう続けながら、高木さんはクスリと笑った。
一握りのジョッキーたちの見る目が変わったねぇ。
やだなぁ、見る目が変わったのは他にもいますよぉ。
ふいにからからとした声が響いた。
高木さんが、声のほうに目を向ける。
おや、鍋井君、いらっしゃい。
ボクもそれにつられて目を向けると、ひょろっと背の高い女の人が立っていた。
鍋井さん、最近よくボク達のいる「きゅうしゃ」にやってくる、「けいばきしゃ」の人だ。
ええと、最近「けいばたんとう」になったばかりの、しん、しんば?しんめ?とか言ってたな。
それを言うなら新米ね。
鍋井さんが指を立ててひらひらと顔の前で振った。
話し戻しますけど、元司さん、すごかったじゃないですか。
あたしも見直しちゃいましたよぉ。
って、いうか、自分の目の節穴ぶりが恥ずかしいですぅ。
セキトを無印にしてたもんな、あんた。
大井さんがボクのご飯をもってやって来た。
わーい。
そういやぁ、宮記念のあと、弱虫の特集記事を書くとか言ってたけど、ありゃあどうなったんだい。
あ、デスクに没にされました。
鍋井さんが肩をすくめる。
デスクにみる目がないのはしょうがないですけど、なんでみんなもっと元司さんを乗せないんですかね?
高木さんや松沢さん以外でも、元司さんの腕を知っている調教師さんは、もうちょっといるんじゃないですか?
うーん、ゲン君は昔色々あったからねぇ。
それは一応知ってますけど、それとこれとは別じゃないですか。
下手なんだったらまだしも。
この世界は色々めんどくせぇことが多いんだよ。
大井さんがぼそっと吐き捨てる。
そんなもんなんですかねぇ。
人差し指をあごにあてながら、鍋井さんが首をひねる。
そして、はっとしたように高木さんのほうを見た。
そんなことより先生、オラ君の次走はいつなんですか?
鍋井さんの目が急にキラキラと光った。