クリスマスツリー 2008.11.08

いつもくだらないことを書いているが、本日もまたくだらないことを書く。
くだらないのは毎度のこと、分かりきっているからわざわざ言わなくてもよい、なんて言われそうですね 

私がJRの電車で通勤できる路線は三つある。ふつうは当然ながらその中で一番所要時間が短い路線を利用しているが、列車の遅れなどがあると電車が正常に運行しているルートを利用する。定期券には通勤経路が記載されているが、乗るところと降りるところが同じの場合も別ルートを使うのはきせるとかになのだろうか?・・よくわからない。
電車の事故や遅延というのは毎週のようにあり、そういったときは誰でもとにかく動いている路線を使うことになると思うが、そういうのもだめなのだろうか?
ご存じの方教えてください。

ともかく某日、電車の運行に乱れがあっていつもと違う路線の電車に久しぶりに乗った。窓から外の景色を見るともなく見ていると、通過する駅前ロータリーにクリスマスツリーが設置されていた。いつも使っている路線では通過駅のどこも駅のロータリーが見えないのだ。
東京近辺の駅は、どこでも駅前に車が回るようにロータリーがあり、その中央にだいたい木が植えてあり、年末にはそこに飾り付けをするのがこれまた決まりのようである。
もっともデコレーションの具合は都市によって異なり、豪華な飾り付けもあるしプアな飾り付けのところもある。豪華絢爛なツリーのところは潤沢な予算があるのだろう、ということは景気のいい街なのだろうかと思ったりする。
反面貧弱な飾り付けのツリーを見ると、そんな貧乏くさいデコレーションならつけない方がいいんじゃないか? なんても思う。
以前住んでいた地方都市では、市が指定した道路の両側にある会社はクリスマスのデコレーションをつけるのが義務であった。もちろん義務といっても条例ではなく、市からクリスマスのイルミネーションのお願いというお手紙がきた。
そんなことでもして町おこしでもしようということなのだろう。
数年前までは年の暮れには丸の内仲通りに丸ビルから有楽町までミレナリオという電飾をして大勢の人を呼んだが東京駅改築の影響とかで中止となってしまった。
あれは素晴らしかった。中止になったのは、ちょっとというか大いに残念である。
そう言えば以前、イルミネーションという駄文を書いたことがあった。私の頭の中は全然進歩がないようでだ。
ともあれ、駅前のクリスマスツリーをみて、ああ今年も終わりかと気が付いた。

クリスマスツリーと聞いて私が真っ先に思い浮かべるのは映画である。
似たようなタイトルの映画はたくさんあるようだが、私の記憶に残るのは1969年のウイリアム・ホールデンのクリスマスツリーである。
ウイリアム・ホールデンって役者は西部劇にもたくさんでたが、かっこいい中年であった。私もあんなかっこいい中年になりたいと思っていたが、私が中年になった頃には中年は忌み嫌われる存在となり、現在は若くないと価値がないようである。
ところで映画の中身は「まあ、なんてかわいそう!」というお涙ちょうだいのストーリーであるが、おばQ青年の心にグットくるものがあった。ホールデンの恋人役ヴィルナ・リージの姿態が強烈だったせいだろうか? 
最後にクリスマスツリーの下で少年が倒れているシーンをいまだに覚えている。

我が家には子供がいないのでもうクリスマスのお祝いはしない。私の精神年齢は若いので、毎年クリスマスになると家内にシャンペンを飲もうよとか、ケーキが欲しいとか、ごちそうを!なんておねだりするのだが、無視されている。
ちょっと悲しい。 
二年くらい前の夏、家内と二人で行ったフリーマーケットで木で作ったクリスマスツリーが500円で出ていたので、家内にねだって買ってもらった。
チョーうれしかった。
私はこういうクリスマスツリーが小さい時からずっと欲しかったのだ。なにしろ私は精神年齢が若いままなのである。
しかし家内は買ってくれたものの、じゃまだから居間に飾るのはだめだという。自分のパソコンの上にでも置けというのだ。ひどい女である。
でも私は家内に口答えする勇気がなく、それ以降12月になるとそのツリーを取り出してパソコンラックの上に飾っている。
子供の時からこんなのが欲しかった
今年もあとわずかでおわり
アメリカのサブプライムローンの破たんから始まった不況は、21世紀の大恐慌の始まりになるのだろうか?
世界中の景気後退で京都議定書を達成するのと、経済発展を天秤にかけられるようなありさまである。私はとりあえず京都議定書を棚上げして経済発展に注力すべきではないかと考える。明日の命を考えるよりも、今を生き延びることが優先するのではないだろうか?

はたして今年は良い年だったのだろうか? 厄年だったのだろうか?
北朝鮮に誘拐された人々は今年も返ってこなかった。
来年こそは、きっと取り返そう
日本人みながクリスマスとお正月をお祝いできるようになることをお祈りします。


本日の〆
私がクリスマスの歌といえば一押しは冬の歌姫 広瀬香美のDear againである。
クリスマスまでには間に合うように、私のもとに帰ってきてね〜♪
切なくて涙がこぼれます。 



tono様からお便りを頂きました(08.11.10)
クリスマスイルミネーション
私の友人の家は、父上が何を思ったか、家の屋根から植木までイルミネーションをつけています。
クリスマス用なのでしょうが11月に入ったとたんに飾り始めました。
11月3日夕刻にちょっと寄ったところ、光輝くイルミネーションの間から、ニョキと日の丸が顔を出していると言う風景でした。
日が落ちれば日の丸は家の中に収められますので、一瞬のトワイライトの風景だったわけです。
この家は、旗日にはいつも日の丸があがって居るわけですが、クリスマスイルミネーションもやる。
クリスマスだけは派手に飾るのに、国旗も揚げない家が多い中、何かとてもホンワカしてしまいました。

tono様 毎度ありがとうございます。
そうです!日本人は派手好き、楽しいことが大好き、どんちゃん騒ぎが大好き(本当でしょうか?)
年に一度くらいイルミネーションを楽しむのもよいでしょう。
省エネとか無駄使いなんて言っちゃ悲しいではないですか。
ぜひとも大いに楽しみましょうと伝えてください。
そして旗日には国旗を掲げましょう。

かわいい娘からお便りを頂きました(08.11.14)
あのツリーの絵はすばらしい!
写真を元につくったの??きれいですわ。(お世辞でなく)
ところで・・・あのタイプのツリーは私も何年か前に父にあげたことあるけど・・・・二つならべて置いてたのを見たことがあるぞ・・・
可愛い娘である なぜ母からのツリーのことばかりで娘からのものには言及しないのだ・・・
私と夫の住んでいる街は、海辺の開発が進んでいて、近代的なビル群の明かりが水面に反射してきれいなのだが、クリスマスともなれば、ツリーの点灯式というのが行われる。
(去年偶然とおりかかったら、ゲストにクリスペプラーが呼ばれていて、私はツリーより、イイオトコに見入ってしまったが。)
丸の内がルミナリエを中止したのでチャンスだ!(というと、兵庫県知事みたいになってしまうが)
残念なことに、父の娘である私は、同じ運命をたどり、夫にツリーを飾ろうよ、といっても、「わしは、キリシタンではない!」と・・・・・
(夫は関西人のため一人称がわしである)
しかし、クリスマスが冬至の祭りだろうが、もはや日本人にはどうでもいいのである。
バレンタインデー、ハロウィンもしかり。
(ハロウィンってどういう意味のある行事か娘はしらない)
本来の意味から離れ、クリスマスは商業的な行事の一つになってしまった。
しかし、別に私はそれを否定するではなく、景気の回復にちょっとでもプラスに働いてくれたらいいな、と思う。
年度の後半に、突然に悪化した景気でケーキも買えない・・・そんな世知辛い昨今であるが、街のイルミネーションを見て、一瞬現実逃避をし、おそらくもらえるであろう12000円を一体何に当てるか考えて正月が来るのかぁ〜。
もちろん増税が待ってるが。
12月25日の夜にはクリスマスツリーを撤去して、代わりにすばやく門松を飾り、仏壇と神棚をどっちも所有、敬語は使えないけど英語は話せる、中国の毒食品の被害にあいながらも、地震の被害者に援助、そんな矛盾だらけの日本人を私はネオ日本人と心の中で呼んでいる・・・。
クリスマスツリーからこんなことに考えをめぐらせるのは、きっとあなたの娘だけでしょう!
で、クリスマスプレゼントにはティ○ニーのピアスをヨロシク♪
の次のセリフが「来年はわたくし厄年なので厄落としせねば・・」という私もネオ日本人ですよ、もちろん。

津波のように現れて、突風のように去っていく娘である。
娘から頂いたクリスマスツリーもしっかりと飾っておる。安心せい
クリスペプラーなんぞ知らん、いい男なのか?
今日妻と買い物に行って電車に乗ったら「セコムしていますか?」なんて中吊広告に若者の写真があったので妻に「あれは有名人か?」と聞いたら「キムタクを知らないの!」と毛虫でも見るような目で見られた。
ほんとうにわしは世の中の事情に疎いようである。
娘の指導が足らんのではないか?


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