ISO審査員座談会 09.07.12

私はパソコン中毒でひまがあるとパソコンをいじっている。もちろんゲームをするわけじゃない。ネットをさまよい、面白いものはないか?と渡り歩いている
そんなことをしていて、面白いものを見つけた
ISO 審査員座談会というものだ。09年4月実施とあるが、ウェブへのアップは最近のことである。
元ネタをそのまま表示したりリンクを示すのははばかられるので、ぜひみなさま「ISO審査員座談会」と入れてググッテください。一発で見つかります。
なおこの座談会は2009/4/27から6/15にかけて分割してアップされたもので、私は07/12時点のコンテンツを基に書いています。
今後、内容の書き換え、あるいは削除されるかどうかわかりません。
ともかくご一読されて、おお!これがその認証機関の平均的審査員の理解度であり、力量であるとご確認するのが一番だ。
正確にいえば、平均的審査員ではなく、平均以上の審査員レベルなのだろうと思う。わざわざ座談会に参加し、そこでの発言が認証機関の顔であるウェブサイトに文字となって載るのだから、平均的であるはずがない。
読むと・・・まあ、参加している審査員はISOとはなんぞやと知っているのかな?と考えてしまう。ともかく、本日はそんなことを俎上にあげて考えてみたいと思う。 座談会に参加した審査員、いやその認証機関はマネジメントシステムとは何ぞやということを理解していないようだ。真のマネジメントとか経営を知らずに、マネジメントシステムをサークル活動とか田舎の囲碁クラブと勘違いしているのではないだろうか?
いやそうに違いない
会社は定款を定め、それを実現するために存在する。そしてそれを実行していくためにシステム、すなわち、組織、機能、権限をさだめた仕組みを確立する。これがマネジメントシステムである。
そのマネジメントシステムの一部で環境方針を立てそれを実現するためのものが環境マネジメントシステムである。クラブ活動じゃない
経営の「ケ」の字も知らない人たちが、審査員をして、しかも「経営に寄与する審査」をしようというのだから、これは困難なことに違いない。
はたして、審査する力量があるのだろうか?
本日も人生不可解なり、ISO摩訶不思議なり

おまえは人の批判ばかりしていると言われるかもしれない。
残念ながらそれははずれです。
私は日本のISOを良くしようと一生懸命にボランタリコンサルを行っております。そしてアホな審査員やダメなコンサルの指導によって崩壊させられたQMSやEMSを再建するために行動しております。
それと、私が書く文章は駄文ばかりでありますが、キーボードの脇にはISO対訳本、JAB基準類、ISOTC委員が書かれた多数の文献を置いて参照しております。決して思いつきとか一つ批判をしてやろうなんて軽い気持ちで行っているわけではありません。
でも、それにしては書くのが速いでしょう。実際の仕事もそりゃ速いんですよ。



外資社員様からお便りを頂きました(09.07.13)
ISO審査員座談会によせて
佐為さま ISO1400シリーズやEMSの話題にてご教示頂けると幸いです。
目標や取り組みは会社ごとに異なると思いますが、基本的には企業の運営による環境負荷を減らす方向なのだと思います。
ご紹介の座談会では、ハイブリッド車の導入などを書いておりますが、環境面のみを見ても、環境負担ゼロで車が出来る訳はありませんので、ある期間の試用をすれば環境負荷が減るという環境面の損益分岐点があるのだと思います。
そうした議論や考え方をするのですよね。

もう一つ、経営面で言えば、費用と環境負荷とのバランスです。
法規で規定された部分は、問答無用に実施ですが、環境負荷は軽減できるが初期費用もランニングコストもかかるような場合です。
こうした利益と対策経費の対立に対しては、誰がどうやって判断するのでしょうか?
先の環境面の損益分岐点に、費用との相反が入れば、判断は更に難しくなるのだと思います。とは言え、それを考えるのがマネジメントだと思うのですが、そんな考え方でよろしいでしょうか?
(理屈上は、利益面と環境面での換算値を決めれば、ORの手法で判断できるラインが引けるように思います。 条件が複雑になれば差分方程式を解いてなどと、頭が痛くなりそうですが)

少なくとも、座談会やHPを読む限り、そうした利益対立の解消法や判断基準や、損益分岐の考えについて書いていないので不思議に思いました。

外資社員様 毎度ありがとうございます。
私はISOの素人ではありませんが、ISOの世界では全くの異端児という前提でお読みくださいね。
私は環境のために企業が何をするか、しなければならないか、なんて全然思っていないです。企業は株主のために定款に沿って事業を行い利益を出し、存続していくことが目的であり、そのためにさまざまな目標を立てて活動します。
ただし、利益の最大化をいっても短期的ではなく、長期的かつ社会規範に則って行動しなければならないことはいうまでもありません。そんなことは半世紀も前にドラッカーが語っています。
ということを踏まえて、企業はさまざまな事業を行い、そのために投資もするし、プロジェクトも立ち上げ、あるいは事業から撤退し、リストラしていくことになります。
そのとき、企業は好き勝手にできるわけではなく、法規制、社会規範、組合との協議、近隣住民との友好的関係の維持・・などなど利害関係者に配慮しなければなりません。そしてその一項目として環境があるのだと考えております。
もうひとつ覚えておかなければならないことは、環境マネジメントシステムというものが単独で存在するわけではなく、品質マネジメントシステムというものが存在するわけでもありません。企業にはただ一つのマネジメントシステムが企業発祥時からその性質として存在しており、その環境に関する部分を環境マネジメントシステム、品質に関わるところを品質マネジメントシステムと呼ぶにすぎません。
いいかえると、環境マネジメントシステムのための環境目的とか環境目標というのがあるはずがありません。企業の事業上の目的(objectives)があり目標(target)があるにすぎません。
私の独断的理解ですが、ISO14001でいうところの
目的目標を設定するにあたって、組織は法的要求事項及び組織が同意するその他の要求事項並びに著しい環境側面を考慮に入れること(ISO14001 4.3.3)
ということは、企業が事業計画を立てるときにはそのすべてのテーマについて環境配慮しなさいということだろうと理解しています。わざわざ環境のためにこういうことをするぞ!と決めたものが目的(objectives)とか目標(target)ではないということです。
正直言いまして、このように割り切っている人は少ないようです。しかしひとたび管理者をしたり、経営を担った方なら、当然のこととご理解いただけることと思います。
しかしながらそう考えず、規格の文言そのまんまにとらえている人が審査員にも企業側にも多いというか、ほとんどがそうなのです。
環境目的や環境目標が事業活動そのものであるという認識がなければ、 利益対立の解消法や判断基準や、損益分岐の考えについて 考えが至らないのは当然でしょう。
それが日本のISOの実態なのです。
そんなISOならはやいところ崩壊して、企業は変なノイズに煩わされないことを願います。


外資社員様からお便りを頂きました(09.07.14)
ISO審査座談会によせて その2
コメントを読んで、とてもすっきりしました。
環境への配慮は、国も推進し、多くの団体が同様な活動をしており、いつの間にかそれが目的の如く見えてしまうので、つい勘違いをしそうになります。
多分 誤解がおきている事例では、本来の企業がもっているマネジメントシステムが不明確になっているので、環境とか品質というお題目に対して、時と人により企業目的が置き換えられたり、優先順位が変わってしまうのでしょうね。
取引先から、品質や環境に関する資料提出を求められて、一番困るのはご担当が、それらが企業目的であるかのような言われ方をされて、不十分などとご指導を賜った場合です。
本音では、「儲けがあっての企業でしょ」と言いたいのですが、「ご高察、拝聴致しました」と持ち上げて、やり過ごしております。
そうした場合の見分けは簡単で、佐為さまのような言い方をされる方ならば、始めから安心、「側面」という言葉を使う人は目的ではなく配慮するべき一面だと思われています。
危険なのは、当社の品質体制、環境保全体制に対して自信をもって取引先も指導しようと思っている方です。 同じ会社ならばともかく、環境も立場も違う会社を指導するのは時間がかかると思いますが、どうもそう思わないようです。 結果が押し付けになってしまうので困ります。
なぜそうなるのかと考えたのですが、第三者認証が、多くの場合、テンプレート的な一律審査をするからではないかと、推察していおります。
自身がそのような認証をされていれば、それを良いことと思い、取引先にも広めようとするのではと怪しんでおります。

外資社員様 毎度ありがとうございます。
ちょっと正気で考えれば、環境が企業の目的なんて笑いますよ。本気でそう考えているなら小学校からやり直さないといけませんね。もしお金のためにそういう建前を語るなら私は潔いと思います。
ひとさまの会社に行ってなにごとでも指導するということは大変難しいと思います。生産性向上、品質対策、人事管理、購買管理、下請けの管理、そんなことちょっと訪問してできるはずがありません。世の中そんなに甘くないです。
環境ならできるのか? なわけありません。
第三者認証制度というのは砂上の楼閣とまでは言いませんが、いつも申しあげておりますが、認証したことの責任をとるという仕組みでない限り、信頼を得ることはできないでしょう。
たとえば賞味期限改ざん、賞味期限書き換え、クレーム隠し・・そんな会社のISO認証していた審査機関が今のうのうとしてビジネス(金儲け)を継続していることに憤りを感じます。
それどころか、認証した企業に不祥事が起きると「私たちは迷惑している」なんて語る審査機関の経営者は頭が狂っているのと違いますか?
お金で賠償せよなどというつもりはありませんが、社会に対して平身低頭して今後は誤らないようにしますと謝罪と改善を誓わなければ、私は信用しません。
もっともそんなことを要求したら、日本に存在する50以上の認証機関は明日にも廃業するでしょう。己の仕事に自信を持たないなんて、なんて哀れな人たちでしょう。


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