ISOや環境の雑誌などで「ISO審査を外圧として活用しよう」とか「事務局が言いたいことを審査員に発言してもらう」なんてことを書いている人がいる。
つい最近訪問した会社の事務局担当者が自慢そうに「審査の前に審査員に会って、我々が取り上げてほしい問題点とか提案を説明して、審査員から幹部に話してもらうように打合せています」と言う。
ウーン、私は声も出なかった。
勘違いしてほしくない。事務局の手腕のあまりの素晴らしさに感動したのではない。あまりにもアホなので声も出なかったのだ。
では本日は審査員を使って会社を動かそうという発想が、いかにアホらしいかを考えたい。
はじまり、はじまり
私たちは会社で仕事をしている。いかに職階が低かろうと平社員であろうと、与えられた職分に応じて責任もあるし権限もあるし裁量を働かせる余地もある。たとえ何も決裁権が与えられていなくても、その職位において最善を尽くし会社に貢献しなければならないし、そうしているはずだ。
なんとなれば、私たちは仕事をするために雇用されており、仕事をするのが仕事だからだ。
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私は古い人間だから、自分の仕事に誇りを持たない人間は好きになれない。いかにつまらないように見える仕事であっても、その仕事を愛し常に最善を尽くし、それだけでなく改善に努めるのが当然と考えている。
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では事務局を担当している人が審査員に入れ知恵して発言させるということは、己の本来のルートである職制を通じて自分の職務を果たせないということを白状しているとしか思えない。
違いますか?
いや事務局だけではない、審査員を外圧にしてなにかをしようという発想自体が巨悪であるといってはまずいかな?
そんなちまちましたことに巨悪という言葉を使っては、田中角栄に叱られるかもしれない。それなら、姑息と言いなおそう。
では各個について検討してみよう。
- 事務局が審査員に依頼する場合
- 経営層に言ってほしいとき
根源的な疑問だが、事務局自身が経営に影響を与えるべきだと考えているのだろうか? ISO規格は詳しいとしよう。あなたは経営に詳しいのか? 万が一、あなたが示唆したことが誤ったらその責任をとるのか? とることができるのか? 事務局がそのようなことを踏まえて経営に口出しできるものなのか?
会社の経営に責任を負わず、自分の稚拙な考えを採用させようという発想に、いやしさ、さもしさを感じるの私だけだろうか?
- 管理責任者に言ってほしいとき
事務局が管理責任者に言いたいことを言えないというケースは・・私の信条からすれば考えるどころか想像もつかない。私は過去40年、私利私欲のために行動したことはないが、会社のためとか働くみんなのためと思ったことは、若い時からズケズケと上司に言ってきた。己が信じるところを率直に言えない人は社会人ではないし、言えない職場なら辞めた方が良い。
もっともそのせいか、私は出世もせずリストラにあってしまった
- 一般社員に言ってほしいとき
これこそまさに事務局の力不足を白状しているとしか思えない。そんな事務局なら管理責任者に「事務局としての力量がありません」と白状して辞めさしてもらいなさい。
- 管理責任者が経営者に話してほしいと審査員に依頼する場合
管理責任者が直接経営層に言うことができないので、審査員に言ってもらうというケースとはどんなことだろうか? ちょっとこれも変だ。規格では、
The organization's top management shall appoint a specific management representative.とある。
管理責任者なるISOの用語を忘れて平易に読めば「トップ経営者は一人の経営管理者を選任する」という意味であって、管理責任者たるものは経営層の一員であるはずだ。元々管理責任者とは品質担当役員とか環境担当役員の役割なのだ。
ISO14001:2004 4.4.1 その管理責任者は、次の事項に関する定められた役割、責任及び権限を、他の責任に関わりなくもつこと。
a) この規格の要求事項に従って、環境マネジメントシステムが確立され、実施され、維持されることを確実にする。
b) 改善のための提案を含め、レビューのために、トップマネジメントに対し環境マネジメントシステムの実績を報告する。
これは役員の役割であり、課長レベルの仕事であるはずはない。
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管理責任者のあるべき地位は様々な論議がある。ISO-TC委員の寺田さんは管理責任者が一般社員であっても仕方がないという発言をされたことがある。しかし、私はそんな管理責任者ではISO規格を満たさないと考えている。ISO-TC委員が言おうが誰が言おうが間違いは間違いだ。
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経営層の一員である役員が社長に面と向かって言うことができないなら、そりゃもう役員の資質はない。そんな管理責任者は管理無責任者だから即刻更迭するのが最良の道だ。
- 経営層が審査員に依頼する場合
- 幹部社員に言ってほしいとき
社長が役員や管理者に己の意思を伝えるのに、外部の審査員に頼む人がいれば、もはやその方は会社を引っぱって行くべき社長ではなく、関係者の利害を調整する役でしかないだろう。こんな社長では会社が危ない。
- 一般社員に言ってほしいとき
社長が己の思いを伝えるのは当然だ。それが方針であり、事業目標であるはずだ。それを己の口から熱い言葉で伝えることができないなら、やはり社長を務めるのは無理としか思えない。
- 一般社員が審査員に依頼する場合
これはありえないことではない。社員に対するインタビューの時社員はその機会を活用することができる。
しかし、従来から一般社員が上司あるいは経営層にもの申すことはできたし、そのルートは一つではなかった。まず職制そのものが報告、命令、伺いといった本来の道筋である。そして労働組合というルートもある。しかし一般に査定が悪いとか転勤が気に食わないという場合は組合ルートではなく職制ルートを使うはずだ。更に最近は公益通報制度による上司を飛び越えた密告ルートもできた。そういう正規なルートを使わず、あるいは使えないで、審査員を通して提案とか問題を伝えようという第四のルートは、かなり隔靴掻痒(かっかそうよう)的な回りくどい方法であろうし、それが効果を生むかどうか定かではない。
どう考えても一般社員が審査員にインタビューを受けるのは極めてまれであり、そんな機会に「社長に言ってくださいよ」なんていうより、昼休みに社長室のドアを叩いた方が速そうだ。
いろいろ考えてみた結論は、やはり私が直感で浮かんだことと同じだ。
つまり、審査を外圧に利用しようというのは大きな間違いであるということだ。
経営層が審査員を使って社員に伝えようとするのは、経営層のリーダーシップそのものに問題がある。
事務局が審査員を使って上を動かそうというのはとんでもない思い上がりだ。そして一般社員に言うことを聞かせようとするなら、それは事務局の力不足そのものでしかない。
本日の結論
審査を外圧に利用するというのはさもしい考えである。
そもそも、審査員はトラじゃない。猫の威を借りるのは無理というもの。
ぶらっくたいがぁ様からお便りを頂きました(09.09.27)
まいど、たいがぁです。
あいすみません。わざと審査員に指摘させて要改善点としてクローズアップさせている無力な漢籍の一人ですwww
他にも、こちらが意図することを社長に頼んで社長の口から言ってもらい、社員を従わせるということもやっております。
目的さえ達せられるのであれば手段は選ばず、「無用ノ介」ならぬ「無力ノ介」といったところでしょうか。はぁorz
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あはははは・・
黒虎様、まあ世の中いろいろ、人生いろいろでございます
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外資社員様からお便りを頂きました(09.09.29)
外圧利用によせて
佐為さま 御無沙汰しております。
私も、”目的の為ならば利用できるものはする派”なので、社内で徹底したいが、自分が努力しても不足なものは、外部の講師や、審査機関などにもお願いすることをしています。
本来は、自分の力や、職責の中で出来れば、一番良いのだと思います。
とは言え、従来ない概念を導入したり、新しい組織を作ろうとするならば、外部の力は必要なのだと思います。
もちろん、品質や経営監査という点では、会社が当然に持っていなければならない能力ではあります。
その点では、外圧を利用すること自体が、自己の能力不足を認めたことでもあります。
ですから、最善ではないのですが、駄目ならば、素直に現状を認めて、借りられる力は何でも借りたいのが正直な木本です。
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外資社員様 毎度ご指導ありがとうございます。
ぶらっくたいがぁ様にも噛みつかれ!外資社員様からも諭されては、私は改宗するしかありません。
実を言いまして、これには個人的な思いもあるのですよ。
私が精魂こめて指導した会社が審査を受けて、アホな審査員がバカなことをいって、それを信じてシステムを改悪するようなめにあうこと数え切れず。
それどころか、私の弟子さえ審査員に言われたから変えましょうなんて語るのを聞くと、まさにブルータスよお前もか!と嘆くばかり・・
ですから、私は自分の思うことを主張するためにも審査員に頼るなどという発想がでてきません。
もちろん、私の考えが間違っている可能性も多々ありますので、そこはISO-TC委員とか、認証機関のお偉方に問い合わせて見解を確認しています。
ところで審査の神様LMJが言いました。
その会社のことはその会社が一番知っているのだ。
その通りではないでしょうか?
まさかちょっと訪問した審査員の方が詳しいということはありますまい
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外資社員様からお便りを頂きました(09.09.30)
外圧によせて その2
指導された人が、後からきた審査員の言うことを聞いてしまうのならば、残念ですね。
その会社のことはその会社が一番知っているのだ。
まさにその通りだと思います。
外圧の利用も主体性が重要なのだと思います。
社内の意識改革とか今までない概念を理解をしてもらおうなどと、主体性が自分にある中で”外圧を利用”するならば、次善の策になるのだと思います。
一方で、自分の主体性を失い、外部に変えてもらおうと思っているのならば、それは危険なことなのだと思います。
そう思うと、佐為さまも、ぶらっくたいがーさまも、私も 多分同じことを言っているのですが、改善する側の主体性の有無で結果がかわるような気がしました。
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外資社員様 毎度ありがとうございます。
外側から見るとまったく同じ行為に見えても、目的も結果も全く異なることは多いと思います。
わけもわからず審査員様のおっしゃる通りというのではなく、計算ずくで外圧を利用しようというのを批判するつもりはありません。
ただ、どうでしょうかねえ〜
世の中でISOをやって紙が減った、電気が減った、費用が減ったなんてのを聞くと、まさにISOという外圧を利用して改善を行ったように思えます。
ISOやらずとも、紙を減らせなかったのか? 節電できなかったのか? 費用削減できなかったのか? という気がします。
己が理想をもってその実現に努力すればよいだけではないか? その思いは否定できません。
そう言えば子供の頃よく言われました。先生に叱られるよ、トーチャンに殴られるよ、おまわりさんに捕まるよ、そんな言い方をしないで、なぜだめなのか、どうあるべきかを諭した方が子供の教育になるのではないでしょうか?
あまり関係ないですか 笑
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あらま様からお便りを頂きました(09.10.01)
外圧はイヤだ
佐為さま あらまです
ちょいと違いますが、外圧に頼る例として、組合活動があります。
つまり、経営者側と団交をする際に、外部組織の人間を潜入させて、まくしたてることがあります。
総会屋のように・・・
目的のために手段を選ばす・・・
そんなことをした組合の会社は弱体化し、結局、目的は達成されなかったことが多いと思います。
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あらま様 毎度ありがとうございます。
わかります、わかります 私も長い会社人生を送ってますので、
どの会社でも、組合員 or 社員 or 従業員が会社ともめると、突然革新政党(サヨク)団体が現れて、朝門の前で大演説何んてしてましたね。
あんなのはもう過去のものになったのかと思ってましたが、最近でも大手町で昼休み大会社のビルの前で騒いでいるのを見かけました。
まったく何を考えているのやら・・・外圧頼みは右も左も、会社側も労働者側も止めましょうよ、
自主的に、独力で・・
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